奇跡と共に   作:祥雲

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槽の中の魚は幸せでした。
    餌に困りはしないから。

槽の中の魚は幸せでした。
    餌の種類を見ないから。

槽の中の魚は幸せでした。
    餌と疑いもしないから。
    


因果応報

カルネ村から少し離れた小高い丘の上。

一陣の風が、そのくすんだ金の髪を撫でた。

 

「各員傾聴」

 

低い声が風に乗り、丘を巡る。

 

「獲物は檻に入った」

 

何処までも平坦な声。

 

「汝らの祈りを神に捧げよ」

 

しかし、その双眸は、強い光を灯している。

彼こそ、スレイン法国特殊部隊。

亜人や異端の殲滅を主とする陽光聖典が部隊長。

『ニグン・グリッド・ルーイン』

以下、最難関の狭き門を潜り抜けてきた精鋭達30余名。

 

「……さて。では、作戦を開始する」

 

そして、丘の上に天使が舞い降りた。

これより先は、神罰の時間なり。

 

 

 

だから―これは当然の未来であったのだろう。

 

 

 

「…くく…はははは! この程度か? この程度の力で我々を? 『アインズ・ウール・ゴウン』を相手にしようと本気で思ったのか? だとすれば可愛すぎるぞ、貴様ら」

 

目の前で、漆黒の山羊の被り物を被ったナニカが嗤う。

 

「くすくす……本当だわ。従えてた天使にしたって、『その辺の雑魚』だもの。あぁ……出し惜しみしてるの? 力はイマイチだけど、笑いのセンスだけはありそうね」

 

目の前で、漆黒の山羊の被り物を被ったナニカが嗤う。

 

「……あり……えない…………なんだ貴様らは!? ありえん!! ガゼフ・ストロノーフを何処へ……いや、どうやって、あの数の天使を……!!」

 

 目の前で起きる、理解を超えた出来事の連続に、ニグンは叫ぶ。

ガゼフを追い詰め、後は止めを刺すのみ。

そう、自分達は勝っていた。

勝てたのだ!

 何時の間にかガゼフと入れ替わって現れた、山羊頭の可怪しな集団が蹂躙するまでは! 

 

「ただの<負の爆裂>だろう? ……あんなので消えるなんて、やっぱり見た目通りの雑魚なんですかね? 監視の権天使っぽかったですし」

 

「それにさっきから向こうが使ってるのも、ユグドラシルの魔法だわ。やっぱり、ただの異世界って訳でもなさそうよ」

 

「う~ん……これは要検証ですね」

 

「あら? 目の前にとっても手ごろな『サンプル品』があるわよ?」

 

「確かに」

 

40体以上はいた天使が、一瞬で砕け散った。

隊員達が血反吐を吐きながら習得した、人類最高峰たる第三位階の魔法ですら、山羊頭達には平然と障壁を展開して防がれる。

そしてなにより、何故狩る側の自分達が狩られようとしている!?

ニグンの思考はズタボロであろう。

だが、その位でニグンの信仰心は揺るがない。

彼の唯一の矜持は、まだ折れていなかった。

 

「認めん! 断じて認めん!! 我らは陽光聖典!! 貴様ら異教徒なんぞに! 敗れて良い筈がないのだぁぁぁああああ!!」

 

「「「!」」」

 

その叫びに、先頭の意思を失いかけていた隊員達も途端に構え直した。

 

「ほぅ? やはり長が有能ならば部下はついて来るのだな。え? 異教徒?」

 

「黒山羊さんだからじゃないの?」

 

「モモンガ様は、私の最高の主人にございますぅ!!」

 

「あ。はい。そうですね……そうだよなぁ……はは……」

 

ついさっき鉄のスリングを撃ち返して、隊員の頭を炸裂させたアルべドが、クネクネと気色悪い動きをしている。

 先頭のモモンガが額っぽい所を押さえた。

 

―! 隙を見せたな!! その余裕を後悔するが良い!!

 

「最高位天使を召喚する! 時間を稼げ!!」

 

ニグンは懐から、中央に何かが埋まったクリスタルの塊を取り出した。

今回のガゼフ暗殺の切り札。

神官長より賜った、スレイン法国の至宝が一つ。

中には200年前、猛威を振るった魔神を滅ぼした最強の天使を召喚する魔法が込められている。

そのクリスタルを天へ掲げ……

 

「見よ! 最高位天s「……なぁんだ。最高位、なんて言うから熾天使級かと思えば……主天使級じゃない」……ぃ……ぁ……!?」

 

気付けば、ベルンエステルが、ニグンの肩越しにクリスタルを掴んでいた。

 

「それにコレ。<魔封じの水晶>よね? ……ユグドラシルのアイテムも存在する……と。あぁ、もう良いわ。続けて結構よ」

 

ブワリと、ベルンエステルの体を闇が包んだと思えば、向こうのモモンガ達の隣に立っている。

 

「……なん……なんだ…………なんだ、貴様らは!? ……まぁ良い! その余裕もここまでだ!!」

 

改めてニグンはクリスタルを天に掲げた。

 

「出でよ! 威光の主天使ィィィィイイイ!!」

 

草原を眩い光が包み込む。

顕現するのは光り輝く翼の集合体。

間違いなく、ニグンの叫んだ名の通り。

ユグドラシルにおいてのモンスター名と同じであった。

 

「ははは! どうだぁあ! これぞ最高位天使の姿!!」

 

ニグンは掴んだと確信する。

勝利への切符を、掴んだのだと。

 

「なんという事だ……実にくだらん」

 

「は?」

 

「全くね。そんな『大して変わらない雑魚』如きで、私達に勝てるだなんて……」

 

「「本当、不愉快だ(わ)」」

 

「……な……ぁ……ぁ……」

 

ニグンは言葉を失った。

 

―コイツラは一体なにを言っている!? この最高位天使たる、威光の主天使を『雑魚』だとぉお!? は、はったりだ!!

 

「<善なる極撃>を放てぇぇえ!!」

 

ニグンの命令を受け、威光の主天使の持つ錫が変形した。

しかし、目の前のモモンガ達は避けようともしない。

恰好だけでなく、頭もおかしいのかと勘繰る。

遅れて上空から光の柱が降り注いだ。

だが、自分の目にした現実が、その淡い希望を木っ端微塵に粉砕する。

 

「ん……結構、気持ち良い? 電気風呂って感じ」

 

「あ~。なんとなくわかりますね。強い痛みもなく半端ですし。これがダメージかは微妙ですが、良い実験にはなりました」

 

悉く―健在。

世間話すら交わしながら、しっかり両の足で立っていた。

平然……いや、どちらかと言えば満足した、そう捉えるべき声。

が、約1名だけは違った様である。

 

「か、かぁ、かとうせいぶつがぁぁぁああ!?」

 

突然の絶叫が空気を裂いた。

 

「かぁとぅすぇえいぶつがぁぁあ! わ、わた、私達のある、私のだいすきな、ちょーあいしてるモモンガさまにぃぃいいいい痛みを与えるぅぅうう!? ゴミである身の程をしれぇぇぇえええ! 容易くは殺すぁんんんん! この世界で最大の苦痛を与え続けぇ、発狂するまで弄んでやぁぁあらぁぁぁあああ!?」

 

着込んだ黒い鎧ごと掻き毟る様に、自らの体を包む腕を蠢かすアルべド。

その内部で、なにかが大きく膨れ上がるのをニグンは確かに感じた

 

「よい、アルべド。先の一撃を含めて私の計算の内だ。どこに憤る必要がある?」

 

「……はっ。取り乱しました事をお詫びいたします、モモンガ様」

 

「私達を思っての事だろう? 我らの身を憂慮してのお前の怒りは嬉しいぞ。感謝しよう、アルべド」

 

「くふー! ――ゴホン。ありがとうございます、モモンガ様」

 

「もしかしなくても、待たせちゃってるかしら?」 

 

ベルンエステルの言葉で、惚けていたニグンは我に返る。

 

「わかった……わかったぞ! お前達の正体が! ―魔神! 魔神だなぁ!」

 

最高位天使と戦える存在を、ニグンはほとんど知らない。

自らが信仰を捧げる六大神や、最強種たる竜王、たった一人で国を滅ぼしたと伝わる国堕とし、そして魔神。

伝承で魔神は、かの十三英雄によって倒されたとも、封印されたとも聞くのだ。

先程目の当たりにした邪悪な波動や、消え去る前の闇、頭を覆う黒山羊の被り物。

封印から目覚めた魔神と考えれば納得がいった。

 

「もう一度だ! もう一度<善なる極撃>を叩き込め!!」

 

もしかしたら勝てるかもしれない。

もしかしたら消耗しているのを、隠しているだけかもしれない。

もしかしたら立つ事が精一杯かもしれない。

無数の『もしかしたら』という願望が、ニグンの心を占めた。

そうしなくては、心が壊れてしまうから。

 

「……まだ『奇跡』を信じているの? この私を前にして『奇跡』が起こると?」

 

「べ、ベルンさん?」

 

威光の主天使が輝く。

召喚主の意思を代行する為に。

その光で目を細めたニグンは、ベルンエステルの表情がよく見えなかった。

 

「……とても嫌な気分だわ。こんなの何時以来かしら。まるで、どこぞのおっぱいマイスターに殴られたみたい」

 

「おっ!? ベルンさん! 落ち着いて!」

 

「<集え子猫> あの木偶を飲み込みなさい」

 

その声で、草原の彼方此方から黒猫が現れたかと思えば、ベルンエステル達の頭上へ収束。

エメラルド色の、巨大な鯨を彷彿させるナニカへと変貌した。

 

―GyaaaaaaaaAAAAAAA!!!

 

声を上げて、その大きな口で、あっさりと威光の主天使を飲み込む。

グルンと身体を翻し、空中で静止。

余りにも簡単に。

余りにもあっけなく、威光の主天使は消滅した。

草原を照らすのは、神々しい光ではなく、毒々しい光。

明るい筈なのに、周囲が一気に暗くなった気さえする。

静まり返った草原を風が駆け抜けた。

静寂が辺りを包む。

ニグンの掠れた声がはっきり響いた。

 

「お前達は……何者なんだ……」

 

超常としか表せない存在へ、ニグンは三度訪ねる。

 

「アインズ・ウール・ゴウンなんていう組織の名は聞いた事がない。……最高位天使の一撃すら効かず、ましてや一撃で葬れる魔法が使える存在なんかいるはずがない! いちゃぁぁあいけないんだ…………!」

 

力なくニグンは首を振る。

 

「私にわかるのは……お前達は魔神すら遥かに超える存在という事だけ…………ぁありえない様な話だが……お前達は一体…………」

 

「アインズ・ウール・ゴウンだよ。我々は正しく『アインズ・ウール・ゴウン』だ。かつてはこの名も、知らぬ者がいないほど轟いていたのだがね」

 

「もう一つ教えてあげる。周辺には部下を伏せてあるから、逃げるのはオススメしないわ」

 

夕日が完全に沈む。

曇り一つない星空を泳ぐ鯨が、どこか幻想的だった。

その近くで、大きく空間が割れて元に戻る。

ニグンが困惑していると、モモンガが口を開いた。

 

「なんらかの情報系魔法で、お前を監視しようとした者がいたみたいだな。まぁ、私の対情報の攻勢魔法が発動したから、大して覗かれはしなかっただろうさ」

 

「私が……監視……?」

 

ニグンは思い当たる。

土の巫女姫という存在に。

本国では、任務状況の確認の為に、自分を定期的に監視していたのだろうと。

 

「広範囲に拡散する<エクスプロージョン>程度だったが……まぁ、覗き見への仕置きには丁度良いかもしれないな。…あれ? ベルンさん、鯨がいませんよ?」

 

「あら? 気付かなかったわ。今頃何処か、火の海でも泳いでるんじゃない?」

 

「え゛!? まさか…………」

 

「大丈夫よ。2時間もすれば勝手に消えるし」

 

「あぁ……見知らぬ誰か……俺にはベルンさんを止められませんでした……」

 

その言葉にニグンは、戦慄した。

あの威光の主天使を簡単に滅ぼした化け物が、神殿に送られたとでも。

 

―なんという事だ……

 

絶望に打ちひしがれるニグンに、更に追い打ちがかかる。

 

「では、遊びはこれぐらいにしよう」

 

「っ!」

 

言葉の意味を悟ってしまったニグンの背筋が凍る。

この日まで奪う側であったニグンが、奪われる側となった。

それが堪らなく怖くて恐ろしい。

今まで奪ってきた命の怨嗟が聞こえてくる錯覚すら覚える。

 

「ま、待て! いや、待って下さい! アインズ・ウール・ゴウン殿……いや、の皆様方! お待ちを! 取引をしたいのです! 決して損はさせないとお誓いします!!」

 

「ほぉ? 申してみよ」

 

「私達……いや、私だけでも構いません!! い、命を助けて下さるならば、望む額をご用意いたします!!」

 

「「「なっ!?」」」

 

周りの部下が驚愕の表情を浮かべた。

それすら今のニグンには、関係ない。

この瞬間に大切なのは自分の命だ。

部下の代えはいくらでもいよう。

されど、『召喚モンスターの強力化』という<生まれながらの異能>を持つ自身の代えはいない。

 

―法国の為、人類の為、私はこんな所で死ねんのだ!

 

「貴方方の様な偉大な魔法詠唱者を満足させるのは難しいでしょうが、それに近いだけの額を必ずやご用意いたします! 私はこれでも国ではかなり価値のある者。破格の金額だろうと国は用意出来る筈です!」

 

例え泥を啜ろうと、生き残らねばとニグンは荒く言葉を紡ぐ。

 

「なんだってご用意いたします! だからどうか、命だけはお助けを! ど、どうでしょう、アインズ・ウール・ゴウンの皆様方!!」

 

「ふふ」

 

「!」

 

ニグンの必死の懇願に、アルべドの優し気な声が返る。

弾かれた様にニグンはアルべドを見た。

 

「貴方からモモンガ様のお優しく、慈悲深いお言葉のご提案を、拒絶したのではなかったかしら?」

 

「それは!」

 

ニグンの脳裏に、ここに至るまで口にした言葉が再生される。

記憶が蘇る度に、ニグンの顔面から血の気が失せていった。

 

「そこが間違ってるのよ。ナザリックにおける生殺与奪の権利は至高の御方にある。その御方が仰った事は絶対。下等生物の貴方達は頭を垂れ、命を奪われる時を感謝しながら喜び泣くべきだったの」

 

―この女は狂っている!

 

完全のアルべドの言は、狂人のソレであった。

そして、その事を絶対だと信じている。

ニグンは一縷の望みをかけ、モモンガとベルンエステルを見た。

今まで黙っていた2人の内、ベルンエステルがパチンと指を鳴らす。

すると3人の山羊頭が光る黄金の蝶へと変わった。

そのまま空へと溶ける。

初めてニグンは、彼らの顔を見た。

 

「確か……なんだったかしら、モモンガさん?」

 

片や、青い髪と黒い尻尾を風に揺らす一人の少女。

その瞳は何処までも深く、光を感じさせない。

 

「……やだなぁ、ベルンさん。こうでしたよ」

 

片や、剥き出しの髑髏の顎をカタカタ鳴らして笑う骸骨。

その空っぽの眼窩の奥、地獄を思わせる炎が揺れた。

背後の狂人は、そんな骸骨を、まるで恋する乙女の様に見つめている。

こちらもニンゲンではない。

純白の角がそれを物語っている。

 

「無駄な足掻きを止め、そこで大人しく横になれ。せめてもの情けに苦痛なく殺してやる」

 

「思い出した。あと、モモンガさん。こうも言ってたわよ? 生き残っている村人達も殺すって」

 

「ひぃっ……!?」

 

2人の視線がニグンに集まる。

 

「それは……面白い冗談ですねぇ? くくく」

 

「ホント笑えちゃう! くすくす」

 

「「あはははははは!!」」

 

ゲラゲラと、ニグンにとっての魔神が嗤う。

心底可笑しそうに。

 

「ぁ……ぁぁあ…………!!……」

 

ニグンが掴んだのは勝利の切符等ではなかったのだ。

 

それは素敵な楽園への招待状。

 

栄えある『ナザリック地下大墳墓への片道切符』に他ならない。

 

 

「「あはははははははは!!!」」

 

 

極上のお持て成しが、招待者を待っている。

 




第11話『因果応報』如何でしたでしょう。
ガゼフさんのご活躍は、カットとなってしまいました。
次回の登場をお楽しみに。

さて。
ご感想をお寄せ下さいました、『絹豆腐』様、ありがとうございます。
以前より引き続きご感想を下さっている 『頃宮ころり』様、『ナナシ』様、『kei』様、『couse28』様、『緋想天』様、誠にありがとうございます。
ご評価下さった方への感謝も忘れずに述べさせていただきます。
ありがとうございました。
気付けばお気に入りが600超えてるじゃぁないですか!?
UAも然り。
作者びっくりです。
お読みいただいている皆様方。
今後も頑張らせていただきますね!
それでは次話にて。
                                     祥雲
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