時に友への助言を授けました。
その口は何を語ったのですか?
時に一つの真実を授けました。
その心は何を語りたかったのですか?
時が来れば、答えを授けます。
言葉遊び
ナザリック地下大墳墓。
モモンガの執務室。
柔らかな緋色の絨毯が敷き詰められたその部屋は、細かな装飾品も相まってある種の品位を感じさせた。
歩いてみても、足音一つ起こらぬ程だ。
奥の壁には様々な文様の旗が交差しており、見事という他にはない内装だろう。
「……なるほど。言いたい事は理解したわ」
「……もう……俺にはこれしかないんです」
貫禄を感じさせる黒檀の机の前に、新たに用意された2組のソファ。
相対するのは、腕を組んだモモンガと足を組んだベルンエステルの2人だ。
人払いを済ませた執務室は、異様な緊張感に包まれている。
「考えは変わらないのね?」
「はい。……決めましたから」
張り詰めた緊張の糸を断ち切ったのは、モモンガだった。
「あんな…………あんなヒシヒシ伝わる忠誠心と勘違いと魔王ロールの日々なんて、耐えられないんですよぉ!? すぐそこに未知の世界があるんです! 冒険がしたい! 息抜きがしたぁい!」
つまりはそういう事である。
現在、モモンガは眼前のベルンエステルに絶賛交渉中。
NPC達が向ける忠誠心MAX具合や勝手に生まれる勘違い、日常的に行う魔王ロールにモモンガは疲れていた。
肉体があったのならば、虚ろな目をする位には。
「お願い! ね? お土産買ってきますから! 綺麗な櫛とか装飾品があったらその都度送りますからぁ!!」
「……モモンガさん。結構際どい事言ってる自覚ある? それって屑男の台詞まんまよ?」
「え!? 嘘!?」
ベルンエステルがコクリと頷けば、モモンガはビシリと固まった。
―確かに…物で釣るなんて、よくドラマで見るチャラオとかマダオそのままじゃないか!?
大口を開けた愉快な骸骨のオブジェを前に、ベルンエステルは欠伸を一つ。
「で?」
「……え?」
「どういうプランを立ててるの? 眠いからさっさと話しなさい」
「いいん……ですか……?」
「お土産忘れたら、カタツムリ風呂に雁字搦めにして放り込むから」
「絶対忘れません、マム!!」
―カタツムリってカルシウムが好物じゃなかった!?
モモンガは思わず、骨の体を抱きしめる。
それと同時にガッツポーズ。
怖いモノは恐いが、嬉しいモノは嬉しいのだから。
そこでふと、頭の片隅に引っかかるものがあった。
―あれ? でもベルンさんって装飾品とかに興味なかった様な…
「……さん? モモンガさん? ……おい、童貞」
「せめて骸骨は付けよう!?」
ベルンエステルのドスの利いた声で意識が戻る。
「ゴホン。えーとですね。ベルンさんが以前、ぷにっと萌えさんと話してた世界侵略のすゝめって覚えてます?」
「あぁ。三徹しながらクリアしたイベント中の雑談の事?」
「はい。そこにウルベルトさん、るし★ふぁーさんも加わって…」
「で、何時の間にか本になっちゃったのよね。予想以上に売れたわ」
そう。
ユグドラシル内で、冗談半分に販売してみた結果、『あのアインズ・ウール・ゴウンの制作』という箔が付きバカ売れしたのだ。
実行犯は勿論、腐れゴーレムクラフターである。
「……その中で販売品にワザと取り上げなかった章節は覚えていますか?」
「へぇ?」
モモンガが切り出した言葉に、ベルンエステルの表情が動く。
それを見届けてから、モモンガは続きを口にした。
「あの章節をモデルにしようと思います。古典的で王道な。まさにこの世界にピッタリです」
「くす! 良いチョイスね」
「じゃあ?」
「乗るわ。考案者の一人として興味あるもの」
「やった!」
モモンガは喜びの余りソファで飛び跳ねる。
スプリングも高級品なのか、モモンガの巨体でもビクともしない。
軽やかにオーバーロードが宙を舞った。
「それでですね!」
モモンガが回転する。
「俺は冒険者として!」
更に捻りを加える。
「ベルンさんには!」
方向を変えては。
「の最後に!」
華麗に舞い。
「つきましてh「ステイ」っぶるわぁぁぁぁああ!?」
青筋を浮かべたベルンエステルにグーで殴られ、ベシャリと墜落した。
頭蓋骨から煙が出ているのは、きっと床との摩擦に違いないだろう。
拳の威力では断じてないと、モモンガは信じたかった。
「真面目に話なさい」
「……はい……」
ムクリと起き上がったモモンガは、今度こそしっかりとソファに座った。
ベルンエステルもソファに座りなおす。
「いやぁ。つい、テンションが上がっちゃいまして。最後の部分になりますが、同行者を決めたいんですよ。忠誠心とかで気疲れしない感じの」
「……モモンガさんの要望としては、気楽に接してくれるのが大前提なの?」
「出来れば羽目を外したいなぁ、と」
「それ、ナザリックのNPCだとほぼ不可能じゃない?」
「………………」
「………………」
「助けてベルン姉さん!? お願い!!」
ついにモモンガは土下座しそうな勢いで頭を下げた。
その様子を眺めるベルンエステルの口がゆっくり弧を描く。
「……良いわよ。助けてあげる」
「ホントですか!?」
ガバリとモモンガが顔を上げる。
「モモンガさんって、私のNPC見た事あるかしら?」
「……そういえば一度もないですね。ギルドの所属一覧にも載ってなかった様な」
「当然よ。だって、アインズ・ウール・ゴウンの所属にしてないもの」
「はい?」
「正確に言うと、ギルドでなく私個人の所有。造ったのもアインズ・ウール・ゴウンに加入する前ね。見た事あるのって、ごく一部の魔女連中位?」
「つまり……」
「私に忠誠を誓ってはいるけれど、モモンガさんには微塵もないわね」
「キタ━━━━━━━━!!」
モモンガは思わず天に拳を突き出した。
「流石は姐さん! 俺に出来ない事を平然とやってくれる! そこに痺れる! 憧れるぅ!!」
「はいはい。それじゃぁ同行者は決まりね」
「えぇ! それで、どんなNPCなんですか?」
「見た目は普通のニンゲンにしか見えないから、安心しなさい」
「よかった。ナザリックだと、その地点から候補者が絞られちゃいますからね。で、どんなNPCなんですか?」
「まだ秘密。モモンガさんの出立と同時に発表するわ」
「え~?」
「文句でも?」
「わぁい! 嬉しいなぁ!」
「宜しい」
この日も、ナザリックの支配者2人は平常運転だった。
数刻後。
ベルンエステルは、自室に戻っていた。
椅子に腰かけ、テーブルにチェス盤を置く。
すると、チェス盤が独りでに開き、一斉に駒が並べられた。
その内の一つの駒がフワリと宙に浮く。
「あんたの出番も近いわね」
『――――――――』
「くす。その通りよ」
『―――――――』
「…ちゃんと私好みの脚本になる様に、上手くやりなさい」
『――――――!』
「えぇ。期待してるわ」
『―!――――!』
「くすくす」
駒は、ベルンエステルの周囲をクルクル飛んで、元の位置に戻っていった。
すると背後で、扉を叩く音がする。
「開いてるわ」
「失礼いたします。ベルンエステル様、私に何のご用でございましょうか?」
入ってきたのはアルべド。
それ以外の同行者は誰もいない。
「あら。ちゃんと一人で来たのね。感心感心」
「……ベルンエステル様のご希望通りかと存じますが? それで、如何なるご用件でしょう。わざわざ、使いの猫までご用意なされて」
アルべドの足元で、小さな黒猫が一鳴きする。
そのままトテトテと、部屋の奥の暗がりへ溶けていった。
「とりあえず座りなさい」
「畏まりました」
促されるままに、アルべドはテーブルの対面の椅子に腰かけた。
そこで漸くテーブルの上のチェス盤に気が付く。
「……もしや、私にチェスのお相手をしろと?」
「これはあんたには関係ないわ。今は、だけど」
ベルンエステルは微かに笑いながら指を鳴らす。
チェス盤が一人でに畳まれると、近くの棚に仕舞い込まれる。
「では、一体なんのご用でございましょう。まさか私とお喋りがされたかっただけ、などとは……」
「惜しいわね。実はあんたにプレゼントがあるの」
「!?」
まさか、そう言われるとは微塵も想定していなかったアルべドが固まった。
その様子が見えている筈のベルンエステルは、気にせずに用意した『プレゼント』をテーブルに置く。
「これをあんたにあげるわ」
「ハっ!?……失礼しました。……これは……」
再起動したアルべドの眼前には、一振りの短刀があった。
華美な装飾がある訳でもなく、かといってみすぼらしい訳でもない。
いたってシンプルな黒く染まった短刀。
特徴といえば、鋼などで出来ている様には見えない事位だろうか。
「それはね。とある異端審問官の愛剣をモデルにして私と友人とで作ったの。効果は幻想の否定。特に魔女には猛毒よ。今となっては、それで心臓を抉れば例え私でも死ぬでしょうね」
「!!」
なんて事はないという風に言ったベルンエステルの言葉が、アルべドには信じられなかった。
「……一体なんの御冗談でしょうか。それでは御身を殺せる手段を私に贈られるという事になりますが?」
「その通り。そして冗談ではなく、あんたにあげる」
ベルンエステルは笑顔のまま、困惑するアルべドに告げる。
その笑顔が何故か、アルべドには直視出来ない。
「折角のプレゼントだもの。ちゃぁんと、使ってちょうだいね? くすくす」
「!! ……謹んで頂戴いたします」
「用はそれだけよ。下がりなさい」
「っ……失礼いたします」
ベルンエステルがヒラヒラと手を振れば、アルべドは逃げる様に部屋を後にした。
しっかりと、短刀をその胸に抱えて。
微かな音を立てて、静かに扉が閉まる。
振り返る事なくベルンエステルは天井を見上げた。
先のアルべドの会話を思い返す。
アルべドに語った事も、渡した短刀の効果も真実だ。
何一つとして嘘は言っていない。
そう嘘は言っていないのだ。
ベルンエステルが口にした、この身を殺せるという言葉に偽りはなく。
アルべドの口にした、自身を殺せる手段という言葉にも偽りはない。
胸元に手を置けば、トクン、トクンと、一定のリズムで鼓動を感じられる。
この心臓に届けば、容易くベルンエステルという魔女を殺せるだろう。
そう。
あくまで、殺す事に関しては可能である。
「……くす。楽しみね」
そのままゆっくりと深呼吸。
息を吐き出して椅子から降りた。
迷わずに、壁際の棚まで歩く。
棚からワインとグラスを取り出した。
ついでにおつまみのキムチも忘れない。
「ん……美味しい」
パクリとキムチを放り込んでは、ワインを喉に流していく。
本来ならば飾りに過ぎない窓からは、月が覗いていた。
かつてはプログラム化された景色の投影だったが、異世界に転移した現在では、地表の映像をリアルタイムで送っている。
その窓辺に、グラスを持ちながらもたれかかる。
今日は雲一つない満月だった。
「良い夜だわ。あんたもそう思うでしょう?」
ベルンエステルの呟きに答える存在はいない。
発した声だけが、夜に溶ける。
「……なぁんて」
僅かに苦笑して、再びグラスを傾ける。
視線を落とせば紅い表面に、此方を見る少女の顔が映った。
「……恥ずかしがり屋ね、まったく」
グラスが揺れる。
僅かに波立ったワインの表面が映った顔を歪ませた。
それがおさまれば、魔女の顔が見える。
「ふぅ」
残ったワインを飲み干して、ボンヤリと月を見た。
ピクリとも動かないベルンエステルの姿は、よく出来たビスクドールの様。
掛け時計の針が刻む音だけが部屋に響く。
「…………?」
ベルンエステルの視線が動いた。
月から部屋の中へ。
正確には、入り口の扉の方に。
ジッと扉を凝視する。
「…………」
その視線は僅かに移動していた。
最後には、ワインが置かれている棚の隣に行き着く。
お茶請けを仕舞う棚だ。
「…………ふふ」
ベルンエステルは立ち上がると、奥のベッドへと向かっていった。
空のグラスにワインボトル、蓋の閉まったキムチが残されたままだが。
明日にでもメイドが片付けるだろうし、別段気にはしていない様である。
仮にお茶請けや嗜好品がなにか減っていても、すぐに補充してくれるのだから。
実によく出来たメイド達であろう。
「……ん」
ベッドに体重をかけて倒れ込む。
ユグドラシルの時代に、ドロップ率が0.002%と囁かれたレア素材をふんだんに使用したキングサイズのベッド。
それは一切の抵抗なく、ベルンエステルの体を包んだ。
枕も同様。
この世界で、ベルンエステルの密かなお気に入りとなっている。
「…………」
目を閉じると、早々に睡魔がやってきた。
勿論アイテムやアクセサリーを使用すれば、睡眠や興奮といったバッドステータスに分類される状態異常は無効化出来る。
モモンガの種族特性もその一例だ。
しかし、ベルンエステルはその類の無効化を選ばなかった。
それが一体どんな意図の上にあるかは、ベルンエステル本人にしかわからない。
「……………………すぅ……」
今日も謎を重ねる魔女は静かに眠る。
小さな体躯を、巨大なベッドの上に投げ出して。
純白のシーツの海に丸く眠る姿は、まるで猫か外見相応の少女の様。
魔女は眠る。
果たして魔女の見る夢とは如何なるモノか。
ハッピーエンド?
バッドエンド?
惨劇、喜劇?
それも夢の主にしかわからない。
微かに身じろきを一つして。
クスリと、安らかな寝顔が微笑んだ。
第14話『言葉遊び』如何でしたでしょう。
更新が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。
まだ少しリアルが忙しめなので、以前の様な更新速度が出来るかは、正直微妙です。
出来うる限りで、話を書き上げますので、どうか温かくお待ち下さいませ。
本来であれば、前話の様な短編を予定しておりましたが、本編へと変更になりました。
ちょっと脳内の草案達が吹っ飛んだので………
その内に短編も挟みたいなと。
さて、ご感想をいただきました『ながも~』様、『ロミアス』様、『炬燵猫鍋氏』様
前話まで続けて感想を寄せて下さっております『couse268』様、『ナナシ』様、
『頃宮ころり』様、『緋想天』様
誠にありがとうございます。
評価を付けて下さった方々にも、感謝を。
更新が滞ってしまったにも関わらず、お気に入りが900を超えました。
こんなにもたくさんの方にお読みいただけて、とても嬉しいです。
今後とも『奇跡と共に』を宜しくお願いいたします。
それでは次話にて。
祥雲