静かな夜を届けます。
風が運んだものはなに?
素敵な時を届けます。
風で運んだものはなに?
目を閉じればわかりましょう。
もしくは風に、聞いてみる?
夜が深まる。
月が欠け、星の輝きも雲が隠してしまった。
これでは折角の星空も堪能出来やしない。
モモンガはそう、落胆して息を吐く。
「だから溜息つくなって。ただでさえモモンさんってリアルラック低いんだろ?」
それに敏感に反応したのは、隣のベッドに大の字に転がっているバトラ。
彼は昼間からずっとこんな調子だ。
無視して室内を見渡せば調度品は小さな机が1つだけ。
残るも自分が今腰かけているベッドも含め、簡易的な鍵付きの箱が備わっている粗末な木製のそれしかない。
所詮は場末の安宿とはいえ、モモンガは軽い失望感を覚えていた。
まぁ、会話の1つでもすればいくらか気分転換にはなるだろう。
そう考え、バトラへ向き直る。
「お前もよく、こんな所で寛げるな?」
「イッヒッヒ。こんなん、裸首輪とか鎖プレイに比べたら天国天国。 モモンさんも一度は経験すれば世界が広く見えるに違いないぜ?」
「なん…だと…」
モモンガはバトラの予想外の返しに驚愕する。
普通の会話の切り出しで、特殊な内容の言葉が返ってくる事を予想しろ、という方が無理があるが。
―…まさか…ベルンさん…!?
モモンガの脳裏に、楽し気に笑いながら目の前のイケメン(リアル世界でのフェイス基準超過)を裸に剥き、首輪と鎖で締め上げる友人の姿が過った。
「あん? お~い? モモンさーん?」
自分の知らぬ所でそんな事が行われていたとでもいうのか。
「…無視すんなって。これからモモちゃんって呼ぶぞ?」
もしくは、ユグドラシルの時代に既に?
モモンガの思考はグルグルと迷走する。
「…駄目だな。聞こえちゃいねぇ。俺はちょっくら出かけてくるから良い子でいろよ」
思考の坩堝に嵌ったモモンガの目の前で、何度か手を行ったり来たりさせていたバトラであったが、諦めたのか扉へと向かっていく。
扉を開けて半身が出た辺りで、一度モモンガへ振り返った。
「…さっきの言葉だけど、アレ姫さんの話じゃねぇぜ? どこぞのミステリー好きの意地悪魔女さ」
「へ?」
その言葉にモモンガは漸く反応を示す。
だが時すでに遅し。
バトラは閉まる寸前のドアから片手をヒラヒラ振ると、部屋を後にした。
モモンガはポツリと残される。
―あれ? 俺リーダーだよね? 普通単独行動とかしなくね? え? あれれ?
余りに自然に出て行かれたものだから、首を何度も傾げる鎧の姿があったそうな。
人気のない、夜の道をバトラは歩く。
石畳で舗装された道は、歩く度にコツコツと足音がして、その音色を楽しんでいる様だった。
真っ直ぐ進んでいたかと思えば、途中で右へ左へ。
今日初めて訪れた都市にも関わらず、バトラの歩みに躊躇いは微塵も感じられない。
むしろ、この道を進むのが正しい。
そんな確信を持っているとしか思えない潔さだ。
人気どころか、明かりすらない裏路地の突き当りに出た所でバトラは足を止めた。
「…この辺で良いか」
突き当りという事は、都市の城壁の前という事だ。
バトラが地面を蹴ると、普通では届きもしない高さにある城壁の上へ軽々届く。
着地と同時に、バトラを風が撫でていった。
「おぉ。やっぱり良い景色だぜ」
都市の区画のみならず、全域を一望出来るこの場所は、バトラに以外誰もいない。
「でも、ま」
バトラが右手を前に付き出す。
そこから黒い闇が湧き出た。
「…俺の好みじゃぁないんだ」
一瞬で都市全域を覆ったかと思えば、すぐさま消える。
別に何処かで爆発が起きる訳でもなく、景色には何一つ変化がなかった。
「くくく」
しかしバトラは満足気に笑う。
―ミィ…
足元を見れば、いつの間にやら1匹の黒猫の姿が。
それを一瞥すると、バトラは足を投げ出しながら座り込んだ。
「いひひ。誰かが言ってたな。心がないミステリーは認めない…だったっけか」
その言葉は猫に向けられたのだろうか。
それとも独り言か。
視線は前を向いたまま。
「…残念だが、俺はミステリーを紡ぐつもりはない」
バトラの口が吊り上がる。
醜悪に。
それでいて楽し気に。
「それは役違いってもんだ」
片足を組んで、頬杖をつきながら。
「この身は黒き駒。ゲーム盤の主に望まれて俺は在る」
ケラケラ笑う。
「なら、差し手の期待には応えなきゃな」
―…パチ…パチ…
何処からともなく拍手が聞こえた。
当然、周囲には誰もいない。
バトラ以外、誰も。
黒猫の姿は忽然と消えている。
「…おっと。こいつは張り切っちまわぁ」
バトラは軽やかに立ち上がった。
背後から風が強く吹き荒れる。
スーツに刻まれている金色の片翼の紋様が、夜空に浮かんでいる様でさえあった。
腕を上げて、大きく背伸び。
「ん~……余り遅いとモモンさんがうるさいか」
宿のある方角を見る。
途中で、ある民家に明かりが灯ったままだと気が付いた。
「……………くく。うっかり、道に迷っちまうかもしれねぇ…」
笑みを携え、城壁から飛び降りる。
転移するのは簡単だ。
だけども。
歩いた方が楽しみも…長持ちするのだから。
「……一体どんな声で鳴いてくれるんだろぉなぁ?」
ゆっくりと目的地を目指して歩みを進めた。
静かにエ・ランテルの夜は更けていく。
……モモンガの下へ、バトラが帰ったのは朝方だった。
翌朝。
モモンガとバトラの2人組は、再び冒険者組合を訪れていた。
カウンターには、受付嬢が3人。
―あれ? 昨日対応してくれた娘がいないなぁ…休みなのか?
そんな疑問をモモンガは抱いたが、別に当たり前の事であるし、気にするだけ無駄だろう。
すぐに頭の片隅へと追いやった。
隣では朝帰りを敢行してくれたバトラがお詫びと称して、扉の右手側にあるボードに張り付けられた羊皮紙に掛かれた依頼を確認している。
「…あ~。モモちゃん、やっぱ銅には簡単な依頼しかねぇわ」
「やっぱりか…ってモモちゃん言うな! 私の名はモモンだ」
昨日、登録を済ませた際に予感はしていたのだ。
この世界では冒険者の功績に応じてランク分けがされている。
上から、英雄・アダマンタイト・ミスリル・白金・金・銀・鉄・銅
最上位である英雄クラスの存在は、大陸中でも一握りらしく、モモンガにとっては警戒と興味の対象となっていたが。
ともかく、冒険者に登録した初めは必ず『銅』のプレートが渡される仕組みだ。
つまり銅のプレートは駆け出し…言い換えればルーキーの証である。
入りたてホヤホヤの新人の依頼に、いきなりドラゴンの討伐とかを振ってくる組織はほぼないだろう。
「…とりあえず、受付で良さげな依頼がないか聞いてみよう」
「ふぅん…俺はモモ―――ンさんの方針に従うぜ。リーダー様の交渉術のお手並み拝見だ」
「ねぇ、さり気なくハードル上げないでくれる?」
しかし、ふとした拍子にバトラの言葉から滲み出る友人の面影に、気安さを感じているのもまた事実。
モモンガはもしかしたら隠れツンデレの素質があるのかもしれない。
丁度空いた左端のカウンターの前に立つ。
「すまない、仕事を探しているんだが?」
モモンガの言葉に受付嬢が顔を見上げた。
「あちらの掲示板に依頼の貼り出しがありますので。選ばれましたらこちらまで羊皮紙をお持ち下さい」
その受付嬢は、丁寧な言葉遣いであるものの節々に堅さを感じさせた。
黒髪を後ろでポニーに括っている。
刀とかが似合いそうな容姿であった。
受付を任されるだけあり、非常に整った顔立ちだ。
―懐かしいなぁ…こっちだとポニーテールってあんまいないよね
「? どうかされましたか? 私の顔なぞ面白くもないでしょうに」
「あ。いや。なんでもない。向こうの依頼は確認済みだ。だがどれも見窄らしい仕事ばかりでな。ミスリルとかの仕事は受けられんのか?」
「此方にも規則がありまして、残念ながら曲げられません。――貴方様が如何に強者であろうと」
「ふん」
モモンガの言葉と嘲笑に、周囲にいた冒険者達の表情に敵意が宿る。
不思議と応対している受付嬢に敵意は感じられなかった。
周囲の反応はごく当たり前の反応だろう。
―周りの皆さんマジですみません! ホントはこんなの、俺のキャラじゃないんです! どうかお慈悲をぉぉぉおお!?
心の中でモモンガは全力で頭を下げていた。
リアルでサラリーマンだったモモンガが、一二を争って嫌いとする輩の真似事をしているのだ。
見えない鎧の中は、それはそれは綺麗に光っていた。
――――慈悲はありませんよ。モモンガさん――――
――――モモンガお兄ちゃんひっどーい☆――――
――――くす…いい感じになったわね――――
――――受付の美少女を紹介してくれ――――
――――知ってるか? 昔の傭兵とかって両刀使い(意味深)が多かったらしいぞw――――
更には、そんな懐かしい声で幻聴が聞こえてくる始末。
―やめてぇぇえ!? くっ…脳内ですら味方はいないのか!? っていうか最後の2人!! いつか再会したら覚えとけよ!?
モモンガの完全な逆恨みである。
仮にこの場に彼らが居た場合は、ガチで言われそうな言葉なだけにモモンガの精神は荒れた。
真ん中の人に関しては確実に言ってくると、モモンガは断言出来る。
『ねぇ。なんだかモモンガさんが良い感じに奮闘してる気がするのだけど…』
『ははは。気の所為ですよベルンさん……え? ベルンさん!?』
まさかのタイミングでの、ベルンエステルからの<メッセージ>にモモンガは驚愕する。
あの魔女には距離すら関係ないとでもいうのか。
ブルリと身を震わせた。
『ホームシックになったらいつでも帰ると良いわ。ただし、お土産は忘れない事。それじゃぁね』
『え? ちょっ……』
そして開始と同じく唐突に<メッセージ>が終えられる。
気付けば周囲の冒険者質は、いきなり黙り込んだモモンガに射殺さん張りのメンチを切っていた。
今なら全方位からビームが浴びせられても納得してしまうだろう。
だがモモンガもここまで来て、すごすごと引き下がる訳にはいかないのだ。
最後には引くつもりではあるが、それはある程度の状況を確保してからの話だ。
―大丈夫だ。俺はまだ、切り札をきっていない...いざ!
「後ろに居るのは私の連れで、バトラ。彼は第三位階魔法の使い手でもある」
ザワザワと空気が動いた。
この世界において、第三位階の使い手というのは、魔法詠唱者として大成した存在である。
ハッタリか、ホントか。
周囲がその間で揺らぎ始めた所で、モモンガの見事な鎧に目がいく。
冒険者の強さに応じて装備も、相応の物へと移ろいでゆくのは一般にも知られている。
王国戦士長のフル装備が良い例だろう。
そして目の前の立派な鎧は、誰が見ても一級品と理解出来る代物。
―よし! 流れが変わったな。次は…
モモンガは周囲の視線の色が変わり始めた事に気付くと、もう一手を打ち込んだ。
「そして私も当然、バトラの強さに匹敵するだけの戦士だ。この鎧も見掛け倒しではないと理解出来よう。その瞳が硝子玉でもなければだがな」
「………」
淡々とこちらを見る受付嬢に、更に一歩近づく。
「我々であれば、例えミスリルの仕事だろうと容易と断言できる」
大の男ですら思わず下がっても可笑しくはない重圧を、真正面から受けている筈の受付嬢は表情を崩さない。
それに反して周囲の冒険者達は面白い位にコロコロ変わっているというのに。
「銅貨何枚などという簡易な仕事がしたくて、冒険者になったのではないのだ。我々はもっとレベルの高い仕事を望んでいる。仮に力が信じられないのであれば見せようとも。だからどうか上の仕事をさせては貰えないかな?」
先程まで溢れていた敵意は、自然と霧散していた。
今では、確かに、または成程、そういう類の雰囲気が流れている。
荒事を生業としている彼らの多くが、モモンガの言葉に理解出来る部分があったためだろう。
だが、受付に座る者だけは違った。
「……申し訳ありませんが承服しかねます。お話は理解しました。なれど規則は規則。我らの命令権者でもない貴方様には、その権限がありません」
そう言って受付嬢は頭を下げた。
結われた髪が、名の通り尻尾の如く揺れる。
―やった! これで引ける! でも流石は冒険者組合の受付さんだなぁ…プロ意識半端ない
内心でモモンガはガッツポーズを取ると、眼前の受付嬢に尊敬の眼差しを送った。
ともかくとして、これで印象付けとしては上出来だろう。
「それでは仕方ないな………我儘を言った様で悪かった」
モモンガも軽く頭を下げた。
「では銅のプレートの仕事で最も難しい依頼を見繕って欲しい。そこの掲示板以外に出ているものはないかな?」
「畏まりました。では……」
受付嬢が動こうと、モモンガから視線を外す。
モモンガが完全な勝利を確信した瞬間、その感動を横合いから男の声で殴り飛ばされた。
「それなら私達の仕事を手伝いませんか?」
「あぁん?」
ドスの利いた声がモモンガから発せられる。
―あ。やば…
取り繕う様に急いで、出来る限り堂々と振り返った先にいたのは、4人組の冒険者。
首から下げられた銀のプレートが、差し込む日光を反射して煌いた。
ここは夢を求める者が集う組合所。
世界は今日も、色んな出会いに満ちている。
第16話『冒険者』如何でしたでしょう。
今回は少しだけ、話が進みました。
本格的な冒険の始まりですね。
それにしても、荒くれ者って書くと、脳内で牛っぽいマスクを被ったガチムチとか、ヒャッハー!!してる世紀末な集団が召喚される作者。
間違っても作中に顕現させない様に頑張ります。
さて。
『kxxxi』様、『あくあむさん』様、『阿久祢子』様、『もずく』様
ご感想をありがとうございます。
『couse268』様、『緋想天』様、『ながも~』様、『頃宮ころり』様、
『yoshiaki』様、『月輪熊』様、『ナナシ』様、『炬燵猫鍋氏』様、『アズサ』様
いつもご感想を下さり、誠にありがとうございます。
感想や考察はいつでも大歓迎です。
皆様と、よりこの作品を楽しみたく思います。
それでは次話にて。
祥雲