奇跡と共に   作:祥雲

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誰もが昔は子供だった。
    何時しか体は変りゆく。

誰もが昔は子供だった。
    何時しか周りも変わってく。

そうして皆が大人になって。
    心だけが変わっていない。



路地裏の夜

倒れる死体が着込んだ鎧が、耳障りな金属音を奏でる。

時折、そして確実に起きる死の戦慄が、闇夜に響いた。

 

「んふふふ~。後はお兄さんだけだね~」

 

住居エリアの貧困層に分類される中でも、当の昔に破棄された区画。

本来はとっくに人が訪れる事もなかったであろう場所で、血濡れのスティレットを携えた女が嗤う。

その笑みは、みっともなく尻餅をついて、ジリジリと後退る男に向けられていた。

 

「な……なんでこんな事をする!?」

 

男は『ワーカー』と呼ばれる存在だった。

ワーカーは冒険者からドロップアウトしたはぐれ者で、犯罪ギリギリ、内容によっては犯罪そのものでも引き受ける。

世にいう裏の人間である。

恨まれる事があっても可笑しくはないが、男はこのエ・ランテルでまだ仕事をしていないのだ。

スティレットから滴る血を軽く振って、刀身に舌なめずりをする様な女にも、当然見覚えはなかった。

 

「あ、理由が聞きたいのぉ? いやー、お兄さんが欲しいなぁって思ってさー?」

 

女は猫科を思わせる顔に、可愛らしい笑みを張り付けた。

これが街の酒場とかであれば、男も嬉しかっただろうが、死が香るこの裏路地では余りに異質。

言葉にも表情にも理解が及ばず、男は瞬きを繰り返しつつ問いかける。

 

「ど、どういう事だ?」

 

女は待ってましたとばかりに、両手を合わせて答えた。

 

「有名なさぁー、薬師のお孫さんが留守だったんだよねー。で、何時帰ってくるかわかんないじゃん? だから監視してくれる人が欲しいの! 私は、そういうメンドクサイ事したくないもん」

 

唇を突き出して、ブーブーと嫌そうに語る女の言葉に、男は混乱する。

 

「それならそう依頼をすればいいだろう!? そういうつもりで来たんじゃなかったのか!? なんでこんな……」

 

叫んだ男も、転がる仲間だった死体も、女の語った目的なら違法であろうと引き受けただろう。

なのに女に殺される理由がわからなかった。

 

「いやいや。だって裏切るかもしれないじゃん? 一人いれば十分だしぃ」

 

「俺達は約束の金さえ貰えれば、裏切ったりなんてしない!」

 

男の言葉に、女は首を傾げた。

まるで、そうなの?とでも言いたげな感じで。

 

「ん? じゃぁ依頼変えよっか? 私はね、人を殺すのが大好きなの! 好きで好きで、恋して焦がれて、愛してるの! 勿論、拷問もだぁい好き!!」

 

「っ……!?」

 

男は絶句する。

目の前にいる女は常識の通じないナニカだと、漸く理解したからだ。

 

「なんで、なんでお前、そんなにイカれてるんだよ!?」

 

「……なんで?」

 

不意に女の表情が変化した。

声の調子すらも違う。

ついさっきまでの、ふざけた態度は消えていた。

 

「本当になんでだろう? 仕事で色んな人を殺し続けたから? 優秀過ぎる兄と比べ続けられたから? 親の愛情が兄にばっかり行っていたから? まだ弱っちかった頃に、グルグル姦されたから? 友人が目の前で死んだから? それともミスって捕まって、何日も拷問を受けたから? アッツイ洋梨って痛いよねぇ」

 

代わりに男に見えたのは幼子だ。

だがそれも一瞬。

すぐに元の女の表情に戻り、張り付けた様な笑みを浮かべる。

 

「なぁーんてね。全部ぜぇんぶ、嘘、嘘、う~そぉ。そんな事された事ないよ? どーでも良いじゃん。過去を知ってもなにも変わらないんだから。人生って積み重ねが大事だよねぇ、ホント」

 

女は持っていたスティレットを手放した。

剣先が地面へと吸い込まれる様に沈む。

その異様な鋭利さが、スティレットが並みの武器ではない事を物語っていた。

 

「オリハルコンでミスリルの刀身をコーティングしてんの。自慢になるけど、結構な逸品だよぉ」

 

希少な武器と、瞬時に仲間を屠った動きが、女の強さを証明している。

男が立ち向かった所で、勝算は皆無だと。

 

「私的にはサクッと終わらせたいんだよねぇ。だからさお兄さん、動かないで頂戴?」

 

女はローブの下から、別のスティレットを抜き放つ。

月明りを反射して、冷ややかな刀身が煌いた。

 

「確かこれで良かった筈だけど…………外れたり、間違っちゃったらごめんねー。そしたらもっかいやるからさ」

 

舌をペロっと出して、女は頭をコツンと叩く。

外見は確かに、誰が見ても可愛らしいだろう。

なれど、透ける内面は泥の様に濁って見えた。

 

「っひ……!」

 

「あれー? 逃げちゃったぁー」

 

男は女に背を向けて走り出す。

背後からワザとらしい声が聞こえるが、そんな事に構ってはいられない。

 明かり一つない暗闇を、自慢出来る優れた方向感覚をフル回転させて走り続ける。

しかし、すぐに背後から小さな金属が擦れる音と、息を乱してもいない冷たい女の声が聞こえた。

 

「―ざぁんねん、遅すぎ」

 

「あ゛ぁ゛!?」

 

肩口に灼ける痛みが走る。

スティレットで肩を刺されたと考えると同時に、男の思考は霞んでいった。

男は理解する。

 

「精神……操作……」

 

「おぉー。だいせいかーい」

 

男は必死に耐えようとするが、無情にも意識が押し負けた。

 

「…………」

 

「ちぇっ……いやー、大丈夫だった? 傷は深くない?」

 

やがて、男の後ろから親しい友人の声が掛かる。

 

「あぁ、大丈夫だとも」

 

振り返って、男は友人に笑いかけた。

 

「そっかぁ! それは良かったー」

 

対する女も、おぞましい表情で微笑んだのだった。

 

 

 

 

 

 

ドサリ、と。

 

路地裏に鈍い音が響く。

暗闇に紛れ、傍目からは良く見えない位置に、男が転がっていた。

 

「結局、我慢出来なくて殺しちゃった……うへぇ、監視なんてしたくないよぉ。今度こそちゃんと依頼してみよっかなぁ」

 

血を払ったスティレットをローブに隠し、月明りがクレマンティーヌを照らす。

渋々といった風に、踵を返そうとした所で、耳元から声がした。

 

「あら? もう終わり? ハラを裂いたりはしないのね」

 

「!?」

 

弾かれた様に、クレマンティーヌはその場を飛び退く。

一瞬で数mもの距離をあけるのは、流石は英雄の領域に踏み込んだと称されただけはあろう。

だが、同時にその逸脱人としての勘は、煩い位の警鐘を鳴らしていた。

 

―この私が気配を一切感じなかった? ありえねぇだろう…クソが…

 

「誰だ、テメェ……」

 

月が暗がりにいる存在を露わにする。

腰まで届く青い髪は前髪が切り揃えられ、纏うドレスはかつて王城で見かけたソレよりも上等な代物に見えた。

そのスカートから伸びるリボンが結われた黒い尻尾。

 

「……名乗った所で意味はあるのかしら? ……でも、そうね。奇跡の魔女とでも名乗りましょうか」

 

「魔女ぉ? お嬢ちゃん、ふざけてるのぉ? 此処は子供の来る所じゃないよ?」

 

クレマンティーヌは、あくまで調子を崩さない。

例え王国戦士長でも息をのむであろう殺気を、目の前の少女に向かって浴びせる。

 だが、魔女と名乗った少女は全く意に介さないようだった。

向けられる瞳は、どこまでも深く深く、光を一切感じさせない。

 

「くす。そんなに睨まないで。ちょっと聞きたい事があるだけだもの」

 

―なんだコイツ、なんだコイツは! 

 

クレマンティーヌは、知らず背中に冷たい汗が流れるのを自覚する。

今まで何度も死線を潜り、踏み倒してきた。

だが、目の前の少女が今までの誰よりも、どれよりも恐ろしくて仕方がない。

 

「質問はシンプル。あんた、生きたい? それとも、死にたい?」

 

だから、普通に問われた言葉が脳に浸透するまでに数秒を要した。

 

「……なにを、言ってるのかなぁ?」

 

「言葉の通りよ。生きたいか、死にたいか。簡単な二択ね」

 

少女は笑いながらクレマンティーヌを見つめる。

心臓が早鐘を打つのを止められない。

動いてすらおらず、戦闘をした訳でもない。

たった一人の少女に見つめられただけで、元漆黒聖典第九席次は動けない。

 

「……答えたら、なんかある訳?」

 

「少なくとも、あんたの明日が決まるわね」

 

まるで何時でも自分を好きに出来ると言いたげな少女の言葉。

普段であればクレマンティーヌは激昂していただろう。

だが、この時ばかりは不思議とそうはならなかった。

そうしてはイケないと、本能が叫ぶのだ。

 

「…………生きたい……」

 

「そう」

 

クレマンティーヌが呟いた答えを聞くと、少女は瞳を閉じる。

 

 

「なら、このままお帰りなさい。暗い地下でコソコソと動けばいい」

 

「!」

 

―コイツ……何処まで知ってやがる!? まさか法国の追っ手か?

 

最悪の予想をクレマンティーヌが考え付いた所で、少女はクスリと微笑んだ。

 

「……あんたの考えてる様な事はないから安心して良いわ。私は誰かを奉って、罪を、赦しを、勝手に押し付ける連中は大嫌いだもの」

 

「そう……なんだ……」

 

言葉の意味はわからないが、どうやら追っ手の類ではない様だ。

ついに法国が、自分を消しに本腰を入れてきたのかと思ってしまった。

 

「それじゃぁね。可愛い野良猫さん。もう会う事もないでしょう」

 

様々な思考が脳内を駆けるクレマンティーヌを残して、少女は歩き始める。

これ以上、関わらない事が賢明とは理解出来ても、何処かで囁く好奇心を抑えきれない。

 

「……もし、死にたいって答えてたらどうしたの?」

 

気が付けばそう、少女に問いかけていた。

 

「…………」

 

少女がクルリと振り返る。

 

「っ……!?」

 

その表情を見て、クレマンティーヌは、今度こそ完全に『のまれた』

 

「私の可愛い飼い猫にでもしてあげてたかもしれないわ。……飽きるまで、ずぅっと、何時までも。くすくす」

 

楽しくて愉しくて堪らない。

そんな未来を夢想しているであろう少女の笑顔は、醜悪な程……美しかった。

 

「ぁ……ぁ……」

 

身体の震えが止まらない。

何時の間にか、地面にへたり込み、両腕で体を抱きしめている。

定まらない視界の中で、少女の姿がブレた。

瞬き一つすれば、幻の様に消えている。

路地裏には、震えるクレマンティーヌしか残されていない。

 

「……本物の……魔女…………」

 

漸く絞り出せたのは、普段のクレマンティーヌからは想像もつかない弱弱しい声。

だが、その声音は何処か……喜色を孕んでいる。

 

「……あははは…………魔女様っているんだぁ……あは!」

 

壊れたレコーダーの様に、笑いを繰り返す。

その表情は、初めて魔法を見た少女の様に、赤く染まっていた。

 

 

空を見上げれば、満天の星空から流れ落ちる滴が1つ、2つ……

 

クレマンティーヌは、童女の様に手を組んで。

 

「……お星様、お星様。お願いがあるんです……」

 

消えゆく星に、祈りを込める。

 

「――――――」

 

 

また1つ、星が流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――おまけ――――――『音色』

 

 

 

「……それ、本気で言ってる?」

 

聞き返すベルンエステルへ、モモンガはもう一度自分の考えを口にした。

 

「えっと。ギルドメンバーで音楽でもしたいなぁ……と」

 

「そうそう。ベルンちゃんもやろうぜ? 姉貴がノリノリなんだよ」

 

変態紳士の称号を名実ともに欲しいままにしているバードマンこと、ペロロンチーノも勧める。

 

「ベルンちゃんも一緒にやろうよぉ。ね? お願い☆」

 

「……姉ちゃん……歳考え「あ゛?」……すみませんでした」

 

「どうでしょう? 私も恥ずかしながら参加してみようと思いますので」

 

最早、鉄板と化しつつあるネタを披露するぶくぶく茶釜を余所に、たっち・みーは穏やかな口調でベルンエステルに問う。

 

「ワシも興味あるな。ドラムなら若いころ齧ったぞ?」

 

「マジでw 朱雀爺さんパネェwww」

 

「俺はギターなら出来るな」

 

「……エレキ」

 

「ぼ、ボクはリコーダーなら…」

 

「やまいこちゃん……マジ天使…………あたしは、出来てもカスタネットかなぁ……」

 

「実はバイオリン出来る」

 

死獣天朱雀、るし★ふぁー、ウルベルト、やまいこetc.

ギルメンが口々に会話を始める。

場の空気は、ベルンエステルを除いて纏まっている様だった。

 

「……はぁ。これじゃ、私が悪者になるわね」

 

「! それじゃぁ……」

 

「良いわ。参加しましょうとも」

 

「やった!!」

 

「お~! ベルンちゃんがデレた! ナイス、モモンガさん!!」

 

「黙れ弟。……それじゃぁ、ベルンちゃんは、私と一緒にボーカルね☆」

 

「別に構わないけど、なに歌うの?」

 

ベルンエステルの疑問に、待ってましたと動いたのは、かの腐れゴーレムクラフターである。

 

「俺が作詞・作曲したwww 安心しろよなwww」

 

「「「「「チェンジで」」」」」

 

「おいおい、流石に酷いぞ。……!……こ、これは!」

 

「どれどれ~? おぉ!?」

 

「……普通に良い歌っぽくて、負けた気がするんだが」

 

送られたサンプルを個別で聞いてみれば、予想に反して素晴らしい出来映えだったらしい。

 

「じゃぁ、後は楽器の担当を決めましょうか」

 

「アレンジは任せろ。法螺貝吹いてもらっても構わないぜ?」

 

「……弦や打楽器はともかく、管楽器ってゲームで出来るの?」

 

「「「「あ」」」」

 

「しまった!?」

  

  ・

  ・

  :

  :

 

 

その会話ログが運営の目に留まったのは……幸運と呼べたのか。

後日、謎のアップデートが行われた。

息を吹き込むという、通常使わないモーションと、各種スキル・アイテムの追加である。

 

 

「キタコレ!」

 

「……運営、狂ってんな。でもナイスだ!!」

 

「出でよ! るし★ふぁー!!」

 

「すたこらさっさー……っとw」

 

その通知を見たギルメンの一部の行動は早かった。

アレよコレよという間に、準備、練習が行われる。

しかも、全ての準備に半日もかからないという可笑しさ。

 

「うんうん! 皆、張り切ってますね! 俺も頑張るぞぉ!」

 

「モモンガさん。ワシのスティック知らんかね?」

 

「あ。朱雀さん。腰についてますよ」

 

「たっちさん。どっちが早弾き出来るか、ギター勝負といこうじゃないか」

 

「いいでしょう、ウルベルトさん。その挑戦、受けて立ちましょう」

 

「ふ~! ふ~! あ、あれ? ドが出ない!?」

 

「……他愛なし……」

 

練習風景に至ってはカオスそのものだった。

別室を使ってボーカル練習をしている、ぶくぶく茶釜とベルンエステルの2人にまで聞こえるのだから。

 

「お~! 盛り上がってるねぇ!」

 

「ちょっと、茶釜さん。次のBメロ、貴女よ?」

 

「おっと! そいつぁ失礼したぜぇぃ☆」

 

「くす。何キャラ、ソレ?」

 

「次のエロゲの担当ヒロイン。弟が予約してたタイトルの隠しキャラ♪」

 

瞬間、別室から悲鳴が響く。

 

「あぁ!? ペロロンチーノが倒れた!!」

 

「この人でなし!!」

 

「メディーック! メディーック!?」

 

「わんこ! わんこを呼べぇ!」

 

「いや、この場にヒーラーいるでしょう!?」

 

そんな叫びが木霊する。

 

「……」

 

「……」

 

「……アイツ、時々人間の限界超えるんだよね……」

 

「さ。歌いましょ」

 

しかし、あの姿形でどうやってバイオリンやらギターやらを演奏しているのだろうか。

その疑問に突っ込む存在はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「って事もあったわね」

 

「懐かしいですねぇ。途中で運営が混ざって来て、まさか、練習成果を全世界発信されるとは思ってもみませんでしたよ」

 

「映像…残ってなかったかしら?」

 

「確かあります。その内上映でもします?」

 

「良いわね。NPCの皆も喜ぶでしょうし」

 

「デミウルゴス辺りに広報とかは任せましょうか」

 

 

後日、至高の41人による大演奏会の模様がナザリックで上映され、大反響を呼んだ。

 

余りの人気故に、1週間おきに上映されるという事態に発展する。

 

 

毎回会場の隅で、その様子をご満悦で見る骸骨の姿があるのだとか。

 

 

真偽の程は定かではない。

 

 




第19話『路地裏の夜』如何でしたでしょうか。
モモンガさん達の冒険の裏で起きたストーリーの一部始終。
プラスして、短編のおまけが一つ。
お楽しみいただけましたか?

『神絵 黒のん』様、『鬼さん』様、誤字の指摘をありがとうございました。
『couse268』様、『炬燵猫鍋氏』様、『ナナシ』様、『緋想天』様、『月輪熊』様、
いつもご感想ありがとうございます。
お気に入りが遂に1000件突破しました!
本編の区切りが良い所で、記念回を挟みたいと思います。
それでは次話にて。
                                   祥雲
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