私はそれを祝います。
彼女は彼を愛してる。
私はそれを称えます。
彼女は恋に恋してる。
私はそれを認めない。
―あり得ない
そう漏らしたのは一体どちらが先だったのだろうか。
そんな疑問ですら、今のモモンガにとっては些事に等しかった。
「あのモモンガ様? ベルンエステル様? 私は何か粗相でも致しましたでしょうか?」
モモンガの眼前には、『不安そうに』こちらに跪いた体勢から自分を見上げるアルベドの姿がある。
―なんで表情が変わる?
―なんでコンソールが出ない?
―なんで良い匂いがする?
―なんで口が動く?
―なんでNPCが意思を持って喋る?
挙げればキリがないだろう違和感の数々。
モモンガが思わず叫び出しそうになった瞬間、『まるで何もなかった』かの様に気持ちが落ち着いていくのを感じた。
すぐに思考がクリアになっていく。
「……なんでもないぞアルベドよ。少しばかり違和感を感じてな。ベルンさんはどうだ?」
自分で喋っておいて、一体何処の魔王だ!?と言わんばかりの振る舞いに、荒れるモモンガの感情が再び静まる。
「……私もモモンガさんと同意見ね。ねぇ、アルベド。あんたはなにか違和感を感じない?」
自分のRPに合わせ意味深に返してくれた、今この瞬間の異常を共有出来るだろう友人の物言いに懐かしさを覚えるも、それですらすぐに平坦な感情に落ち着いてしまう事にモモンガは決して小さくない恐怖を覚えた。
「……誠に遺憾ながら、私には御二人の感じられた違和感というモノに気付く事が出来ません。至高の御方々のご期待にお応え出来ない私めに払拭の機会をいただければ、このアルベド。全霊を賭す覚悟にございます。なんなりとご命令下さい」
床につかんばかりに頭を更に下げたアルベド。
その後方、玉座の下ではさっきまで付き従えていた他のNPC達も同様の姿勢で伏している。
そして玉座は静寂に包まれた。
『Horen Sie es?(聞こえてる?)
Antworten Sie wirklich, ob Sie es horen?(聞こえたら返事をしなさい?)』
「やめろぉぉぉおおおお!?」
「「「モモンガ様!?」」」
突然響いた<メッセージ>は、モモンガの黒歴史を的確に抉り出す。
余りの衝撃に、謎の感情制御すら凌駕。
突如として静寂を破ったモモンガの咆哮に、跪いていたNPC達が何事か!?と主人の脅威を取り除かんと立ち上がった。
アルベドにいたっては金の両眼がギランギランと血走り、腰まで届く黒髪が意思を持ったかの如くざわつく。
その様子を間近で見てしまったモモンガは、平時であればSANチェックは免れなかったろう。
この時ばかりは謎の精神安定化に感謝した。
元凶のベルンエステルは含みのある満足気な表情をしているが。
どうやら先程の、<メッセージ>はモモンガにしか聞こえていないようだった。
「あ! き、気の所為だったようだ! お前達。主たる私やベルンさんの許可なく勝手に立ち上がるとは何事だ?」
モモンガがそれっぽい感じで、内心ビクつきながら告げてみればNPC達は乱れぬ動きで傅いた。
玉座に居るNPCの心情を代表するかの如く、恐る恐るアルベドが口を開く。
「申し訳ありません、モモンガ様。一度とならず二度に渡る失態。なんとお詫びすれば良いか…」
「良いのだアルベド。お前の全てを許そう。…セバス!」
「はい」
短く答えるは、精悍な老執事。
「地表に赴きナザリックの周囲1kmを確認せよ。知的生物が居た場合は交渉の上、友好的にここまで連れてこい。戦闘は極力避け、情報を持ち帰る事を最優先とする」
「了解いたしました。御前を失礼させていただきます、モモンガ様、ベルンエステル様」
恭しく腰を折るその姿は正に完璧な執事の体現。
在りし日に皆が望んだ存在そのものだった。
「プレアデス達は九階層に赴き、上層からの侵入者の警戒にあたるのだ」
『ベルンさんもそれで構いませんか?』
ここまで一気に捲し立てたモモンガだったが、<メッセージ>を最後に一言も言葉を発さないベルンエステルが気になった。
隣を見てみれば無表情にNPCを眺める魔女の姿。
今度はこちらから<メッセージ>を使用する。
『信じられませんが、これはもうゲームが現実になったとしか俺には思えません』
『どっちも同感ね。退屈しない展開だわ』
『他に指示とか、気になる事はありますか?』
『強いて言えば、NPC達が諸手を上げて襲ってこないって確証がないのがネックね』
『はい。現状で彼らに敵対する素振りはありませんが、今はなによりも情報が欲しい。リスクは飲み込んででも危険を冒す価値はあります』
『見えない忠誠心を見ようとする。悪魔の証明ね。実に面白い』
『いや…結構綱危ない渡りしてますからね? 今の俺ら』
その他にも少しのやり取りを行い、<メッセージ>を終える。
「ではプレアデス達よ。任せたぞ」
「頼んだわよ。働き者には後でご褒美をあげても良いわ」
「「「畏まりました! モモンガ様! ベルンエステル様!!」」」
特にベルンエステルの言葉のおかげだろうか。
プレアデス達はやる気に満ち溢れた様子で、貞淑さを損なわせない動きをもって玉座の間を後にした。
残るはアルベドただ1人。
「ではモモンガ様。ベルンエステル様。私は如何いたしましょう?」
その問いにモモンガがどうしようかと頭を悩ませていると、ベルンエステルが先に口を開いた。
「アルベド。私とモモンガさんの元に来なさい」
「はい」
アルベドが近くまでゆっくりと寄って来る。
モモンガはその手に握られている『短杖』の存在を思い出し息をのんだが、ベルンエステルはさして気にした様子もなく二、三歩前に踏み出した。
ベルンエステルの数歩後ろにモモンガ。
半歩程の至近距離にアルベドという図。
無表情のベルンエステルと、微笑みを携えたアルベドが見つめあう。
「アルベド腰を屈めなさい。私の目線までね。それとも上から私を見下ろせるのがそんなに嬉しいのかしら?」
「……失礼いたしました。直ちに゛っ!?」
「ベルンさん!?」
アルベドは微笑んだまま姿勢を低くする。
その瞬間、ベルンエステルはアルベドの顔を両手で抑えた。
ペロリとアルベドの左頬を舐める。
「……もういいわよ」
そして何事もなかったかの様にスタスタとモモンガの隣に戻っていった。
『べ、ベルンさん!? なななな何してるんですか!?』
『なにを動揺してるの? ただの確認よ確認』
『あ……18禁に該当する過剰な接触行為ですか?』
『えぇ。それとスキルとか色々ね。フレンドリーファイヤも解除されてるみたいだから気を付けないといけないわ。ちゃんと味も体温もあったわよ』
『びっくりしました。俺はてっきり『てっきり?』……なんでもないですハイ!』
モモンガは思わず直動姿勢をとる。
決して隣に無表情で佇む魔女の声音がコワかったからではない。
ましてや、目の前の光景に一瞬でも目を奪われた訳では断じてないのだ。
「……何をなさりたかったのかは解りかねますが、私如きがベルンエステル様のお役に立てたのであれば幸いでございます」
言いながら礼をするアルベド。
身体が折れる瞬間。
僅かに首が『左に』揺れた仕草をモモンガは見逃した。
「手間をかけたなアルベド。少し頼みがあるのだが構わないか?」
「勿論です。先程のご視線から察しますに、今この場で私の胸を御触りになられたいという事でございましょうか?」
モモンガの問いに対してのアルベドの回答は斜めどころか、一周して可笑しかった。
しかもモモンガはさりげなくチラ見したつもりだったのに、バッチリと本人に認識されていたという事実に震えた。
その表情は花が咲いたかの様とも、妖艶ともとれる微笑み。
―これが女性という生き物なのか!?
女性経験の無いモモンガにとって、ベルンエステルの行動でも刺激が強かったのにも関わらず、一気にコミュニケーションのハードルが上がる。
だがそこはリアル社会人。
持てる気合の限りを尽くして、言葉を紡ぐ。
「……アルベド。今はその様な冗談を言っている場合ではない」
「! し、失礼いたしました、モモンガ様」
「良い。先も言ったが私はお前の全てを許す。で…だ。改めてお前に
頼みがしたい」
「はっ。なんなりとお命じ下さい」
「今より1時間後。第六階層のアンフィテアトルムに各階層守護者を集めよ。ただし、ベルンさんの帰還は秘密とする。<メッセージ>を併用してセバスやプレアデス達にも伝えておけ。アウラとマーレの2人には先に私達が伝えるので必要はない」
「畏まりました」
微笑みを深くし、少しだけ速足でアルベドも玉座の間を後にした。
再び玉座の間を静寂が包む。
「……ベルンさん」
「なに?」
「その…………アルベドってどんな味でした?」
「流石に引くわ」
異常事態後、初めてベルンエステルの表情が動いた。
記念すべき初の表情差分はしかめっ面である。
「嘘つきの味」
「へ?」
声が小さくて聞き取れなかったのか、モモンガは呆けた声を出す。
ギルメン2人だけという、緊張感から解放された環境の所為か、魔王っぽくない素の声音だった。
「聞こえなかった? モモンガさんが好きで好きで、愛おしくてしょうがないって味だったわ」
「ああ!? お、俺はなんて事を!? タブラさん、すみません!!」
ベルンエステルの言葉で、モモンガの中で引っかかっていたモヤモヤが一気に晴れる。
アルベドの設定を『ちなみにビッチである』→『モモンガを愛している』に変えた。
だから、あんなにも衝撃的な発言をしたのだ。
そう確信する。
「式には呼んでちょうだい。でも友人代表は勘弁してほしいわ」
「え!? 俺ら友達ですよね? ね?」
「…………」
「ねぇ!? 無言ヤメテ!?」
「くすくす。冗談よ。結婚にはツッコまないの?」
「あ゛」
「くすくすくす」
モモンガの体が淡く発光する。
ナザリック地下大墳墓。
その最奥たる玉座の間。
石像よろしく固まった魔王の隣で、小さな魔女が愉しそうに微笑んだ。
少々短めですが、お楽しみ頂けましたでしょうか?
前話『幕開け』を投稿した段階で、予想よりも多くの方にお読みいただけた事を喜ばしく思います。
ご感想を下さいました『月夜野』様。
また、当作品への純粋な評価を下さった方へ、心からお礼申し上げます。
ご感想やご意見、ご要望だけでなく、ここって伏線?という様な疑問がございましたらお気軽にメッセージをお送り下さい。
楽しみにお待ちしております。
それでは次話にて。
祥雲