奇跡と共に   作:祥雲

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今日も街は騒がしい。
   人々の活気に満ちている。

今日も街は騒がしい。
   いつも浪漫に満ちている。

今夜の街が騒がしい。
   恐怖と脅威に満ちている。



夜の始まり

大通りは何時にも増して、沢山の人で溢れかえっている。

 

 

「……見ろ……」

 

「……なんて事だ……」

 

「おい…………嘘……だろ……」

 

そして通行人の誰もが、似た様な台詞を口にした。

彼らの見つめる先。

そこには、恐ろしくも威厳溢れる魔獣の背に乗る、漆黒の戦士の姿があったのだから。

 

 

 

 

 

 

―きゃぁぁぁぁぁあ!? 見ないで! こんな俺の姿を見ないでぇええ!?

 

 

モモンガは内心で大絶叫する。

もう何度目の確認になろうか。

小刻みに震えながら、兜ごしに自分が跨る存在を見下ろした。

 

―……どう見てもハムスターじゃん!? 恐ろしさなんて微塵もないよ!? ファンシーさしかないよぉおお! え? 今なら全身鎧のおまけ付? ……誰得だっ!! 

 

そう。

現在モモンガは、森の賢王改め、ハムスケの背に乗って大通りを闊歩しているのだ。

見物人や、少し後ろを歩く漆黒の剣の面々といった皆がいくら絶賛するとは言え、モモンガにとってはただの羞恥プレイでしかない。

 

「凄げぇ……あんな魔獣を馬代わりかよ……」

 

「わぁ、お母さん! アレ見てぇ!!」

 

「あらあら。凄いわねぇ。あむあむ」

 

―ちょっ!? そこの少年! 俺を見るんじゃない! 隣のお母さんもぉお!? なんで上品な見た目で干し肉食ってんですか!? その手に持ってるカップはなんだ!? 酒か? 酒なのか!?

 

「んく……あら? ポーションがもうない……ぐすっ……」

 

―ポーションンンン!? なんでポーション!? そこは酒だろ!? というか合うの!? 

 

寧ろ罰ゲームと言える。

自分の今の状況も。

周りの見物人も、全てがそうだ。

まるっきり質の悪い冗談を、三割増しにして現実化しましたとしか思えない程の悪夢。

某薬局の入り口にあるオレンジ色の象さんに跨る方が、遥かにマシである。

体勢すらも無様としか表現の仕様がなかった。

 

―跳び箱の練習風景じゃないんだよ! おのれ、バトラ!!

 

モモンガは全ての元凶へと恨みを募らせる。

このアイデアは、バトラによってもたらされたからだ。

勿論、最初はモモンガも止めようとした。

しかし、漆黒の剣のメンバーとンフィーレアに煽てられ、ベタ褒めされて、ほんの僅かに『良いかも』という錯覚に陥ってしまったのだ。

 

―その結果がこれだよ、ちくしょぉぉおお! 

 

モモンガが後ろを振り向けば、実に爽やかな笑顔を浮かべ、親指を立てる相棒の姿があった。

 

『ひゃっはははっは! やっぱモモンさん最高だぜ! なぁ、今どんな気持ちなんだ? 甘い言葉に惑わされて、大観衆の中をハムスターに乗って練り歩くってのはさぁ? 教えてくれよ? ぶふっ!』

 

『お前マジでなんなの!? もしかして俺に恨みでもあるのか!?』

 

『ほらほら。子供が手を振ってるぜぇ?』

 

『ぐっ!? 子供の真っ直ぐな瞳が突き刺さるぅう!? 見るな! そんなピュアな眼差しを向けちゃいけません! メッ!!』

 

『あ。言うタイミングなくてすっかり忘れてたわ。この映像は、ちゃんと姫さんに送ってるから安心しろよ!』

 

『いやぁぁぁぁぁあああああ!?』

 

そしてバトラのこの一言である。

黒歴史へ追加待ったなしの羞恥プレイが、よりにもよって、かの魔女へと送られているという。

本日一番の悲鳴が、モモンガから発せられた。

 

―ははは……終わった……お終いだぁ…………

 

鎧の中で、モモンガは真っ白に燃え尽きている。

既に真っ白な骨の身だが、それはご愛嬌というものだろう。

 

『これでお望み通りインパクトあっただろうぜ。モモンさんも、俺も、姫さんも。見ている周りもハッピーエンド。いやぁ、良い仕事したわぁ、イッヒッヒ!』

 

『……え?』

 

鎧に隠れ、羞恥に震えていたモモンガの体が固まった。

今、この愉快犯はなんと言ったのだ?

 

『ごめん。もう一回言って貰える?』

 

『ん? いやぁ、良い仕事『その前! 最初の所ぉ!』……これでお望み通りインパクトあっただろうぜ?』

 

『!!!』

 

バトラが言葉を繰り返したその瞬間、モモンガの体に衝撃が走る!

 

『ほら? 一応、俺も相棒らしくさぁ。なんか出来ないかなぁって考えてみた訳よ? モモンさんが欲しがってたインパクトについて』

 

―ま、まさか……そんな!?

 

『んで、普通に帰らせたんじゃ申し訳が立たねぇだろ? そこでチェス盤をひっくり返したのさ。それで凱旋パレードに行き着いた』

 

―本当の元凶って……俺じゃねぇぇかぁぁぁぁああ!?

 

記憶を辿れば、確かに口にしていた。

 

 

――――モモンさんはインパクトが欲しいのか?――――

 

――――あった方が良いだろうとは…――――

 

 

全てはあの会話から始まっていたのだと、モモンガは理解してしまった。

モモンガが大して気にする訳でもなく漏らした言葉を、バトラが律儀に叶えようとした事が、この事態を引き起こした要因で。

ほんの少し前の教訓を見事に忘れていたのが、モモンガの敗因である。

 

「…………」

 

「それでは、これで依頼完了とさせていただきますね」

 

「…………」

 

「では、我々でバレアレさんを家まで送りましょう。お2人は組合で森の賢王の登録がまだ残っていますしね」

 

黙々と通りを進むと、ンフィーレアによって依頼達成の言葉が言い渡された。

組合にハムスケの登録に向かう2人の為に、ンフィーレアを家まで送り届けてくれるという漆黒の剣の温かい気遣いの言葉や姿も、ショックに慄くモモンガには認識されていない。

放心状態の中身を、見事な鎧が覆い隠す。

 

既に日は傾きかけ、エ・ランテルは夜になり始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃぁっ!?」

 

苦悶の声を上げた老人が、暗い地下室の壁へと叩きつけられる。

常として傅かれる立場であり、痛みを与える立場にあった老人―ガジット・デイル・バダンテールは、与えられる痛みとは久しく無縁であったのだ。

数年、数十年と失われていた感覚が、身を焦がす耐えがたい灼熱と化して、ガジットを襲っていた。

 

「あれあれ? もう終わりー? もう少し頑張ろうよぉ、ガジッちゃんもさー。名高い十二高弟の1人でしょ?」

 

その様子を笑いながら見ているのは、可愛らしい笑顔をみせるクレマンティーヌだ。

近くの手頃な岩に腰かけてケラケラと笑っている。

しかし、それはズルズルと壁にもたれかかる様に立ち上がるガジットからすれば、堪ったものではない。

 

「クレマンティーヌ! さっさと儂を助けぬかぁあ! なにを呑気に座り込んでおるのだ!?」

 

ガジットが力の限り吠える。

更にクレマンティーヌへ口汚く叫ぼうとした所で、暗闇の向こうから声が届いた。

 

「くす。出会い頭に息巻いてた割には、歯応えがないわね。私の友人を見習って欲しいものだわ。歯応え抜群よ。カルシウム100%」

 

嘲笑を携えて現れたのは1人の少女。

こんな暗い地下にいるのが場違いとすら思える、洒落たドレスに身を包んでいる。

 

「ぐっ……オヌシは一体何者だ!? この儂をこうも容易く……いや、なにより他の者達はどうしたのだ!」

 

「あぁ、あの連中? ちょっと話かけただけなのに、いきなり魔法を撃って来るんだもの。ついうっかり潰しちゃったわ」

 

「ば、馬鹿な!?」

 

世間話でもする様に返された言葉に、ガジットはただでさえ悪い顔色を白くする。

彼の弟子たる者達は決して非力でもなければ、少ない訳でもない。

1人1人が、ズーラーノーンに身を置くに相応しい力を持つ存在だ。

その彼らを相手にして、大した消耗もなく無傷でいられる筈がないというのに。

 

「おのれ……この儂の……!……50年の悲願を……貴様の様な小娘に邪魔されてなるものかぁぁぁああああ!!!」

 

カジットの足元から、鉤爪を思わせる骨が少女へと殺到した。

だが。

 

「骨なら間に合ってるわ」

 

「なっ!?」

 

ゆったりとした動作で向けられた少女の指先。

そこから溢れる闇に触れた瞬間、ボロボロと砂の様に崩れる。

地表から吹き抜けた風に乗せられ、サラサラと彼方へと消えていった。

 

「な……ぁ……」

 

「もう手札はないの? 他には?」

 

「ま、まだだ! まだ奥に「奥にいたアンデッドなら子猫のおやつになってるけど?」んな!?」

 

今度こそカジットは言葉を失う。

気付けば自分の支配下にあったアンデッドの気配も繋がりも、その一切が感じ取れなくなっていたからだ。

代わりに暗がりから見えるのは、2対ずつの光りを放つ無数のナニカ。

それが段々と増えて、増えて、増えて。

今ではもう、その数も百なんかじゃきかない程。

 

「……もうなさそうね」

 

「っ!」

 

ギリっと、ガジットは唇を噛み締める。

そして精一杯、目の前の少女を睨みつけた。

対する少女は唇を吊り上げている。

この場を制している存在がどちらかは、最早明確だった。

 

「さようなら、ノロマな亀さん。少しは退屈しなくてすんだわ」

 

「まっ……」

 

ガジットが言葉を発するよりも、少女が鎌を発現させ、振るう方が早い。

 

「……っ……か……ぁ……」

 

宙を舞うカジットの頭がなにやら呟いたが、少女の意識は既に彼には向けられていない。

認識される事もなく、コロコロと暗闇へと消えた。

グチャグチャ、ペチャペチャと耳障りな音が聞こえる。

それが消えた後には、首のない胴体だけが残されていた。

 

「それにしても、あんたが道案内をしてくれたのは意外だったわ」

 

「えへへ」

 

少女の言葉を受けて、クレマンティーヌは照れくさそうに笑う。

なにを隠そう、入り口からずっと少女を先導して来たのはクレマンティーヌなのだから。

 

「実はさぁ。魔女様にお願いがあるんだよねー?」

 

「……へぇ? 言ってみなさい。言うだけタダよ?」

 

魔女と呼ばれた少女は、愉快そうに目を細める。

対するクレマンティーヌは、モジモジと恥ずかしそうに赤面した後、意を決した様に口を開いた。

 

「私と勝負して欲しいの! 手加減ナシの、一本勝負!!」

 

「あら? てっきり愛の告白かと思ったのに…」

 

「そ、それは……まだ、早いというか……その……」

 

今のクレマンティーヌを、これまでの彼女を知る者が見たならば唖然としたに違いないだろう。

誰が見ても、ただの恋する乙女にしか見えない。

お願いの中身は割と脳筋な感じだが、表情だけは外見相応に可愛らしかった。

 

「くす……良いわよ。予定より時間が余っちゃったしね」

 

「! ほ、ホントに!? やったぁ! ありがと、魔女様!」

 

そのままクレマンティーヌが体勢を変えた。

陸上競技のクラウチングスタートのポーズに近いが、立ったまま行われたその動作は、限界まで引き絞られた弓を想像させる。

 

「いっくよー! <疾風走破>……<超回避>……<能力向上>……<能力超向上>」

 

「何時でもどうぞ? ……おいで。遊んであげるわ、野良猫さん」

 

少女の手にした鎌が光る蝶へと変わったかと思えば、瞬きの内に槍へと変化する。

左半身を前に出し、クレマンティーヌ同様に引き絞る様に腰を低くして構えた。

 

「…………」

 

「…………」

 

互いに無言。

そして――クレマンティーヌが動いた。

 

「っ!!」

 

一直線に向かい、放たれた一撃は、正に流星の如く!

 

全身の筋肉を、この瞬間の為だけに一個のバネとして収束させた刺突の究極系。

それを前にした少女の行動は…

 

「!? うっそ!?」

 

迫るスティレットの切っ先に、寸分たがわず槍の矛先を合わせ、威力を相殺するというモノ。

言葉にすれば簡単だが、実際に行うとすれば容易な事では決してない。

ピシッという音がしたかと思えば、オリハルコンでコーティングされている筈のスティレットが砕け散った。

 

「……あははは…………負けちゃったぁ…………」

 

「今のは……中々ヒヤッとしたわ」

 

ついさっきまで文字通りの真剣勝負をしていたにも関わらず、クレマンティーヌは苦笑してその場に座り込む。

行動からも表情からも、彼女に戦闘の意思がない事は明白だ。

少女がクルリと槍を回転させると、青い蝶へと変わりキラキラと虚空にとける。

 

「綺麗……」

 

光の残滓を眺めるクレマンティーヌの元へ、少女がゆっくりと近付いていく。

身1つ分程の距離まで来た所で足を止める。

 

「さてと。折角だし、昨日と同じ質問でもしましょうか。あんた、生きたい? それとも、死にたい?」

 

「…………」

 

少女の問いに対して、クレマンティーヌは晴れやかな表情で答えた。

 

「私は……魔女様、貴女に殺されたい」

 

「! あははは! 面白い事を言うわね、あんた」

 

「私は他に愛するって事を知らないの。私が知っている『愛』は殺す事だもん。だから……」

 

自分を見下ろす少女へ、クレマンティーヌは心からの笑顔を送る。

 

「私を……愛して?」

 

その笑顔を受け取った少女も、負けない位の笑顔で返す。

 

「……良いわ。あんたを愛してあげる」

 

しゃがみ込むと、クレマンティーヌの胸元へと手を乗せた。

 

「あっ……っ……」

 

そのまま魔法の様に、少女の手がクレマンティーヌの胸に沈む。

小さな手が温かく脈動するナニカに触れた。

 

「私は奇跡の魔女、ベルンエステル。あんたを愛す存在よ」

 

壊れ物でも手にした様に、静かに引き抜かれていく。

 

「……ル……ン………………」

 

「えぇ、そう。だから今はお休みなさい。もし、次に目を開ければそこは私のベッドよ」

 

「……ん…………」

 

ベルンエステルの言葉に、クレマンティーヌはとても幸せそうに微笑んだ。

それが、彼女の浮かべた最期の表情。

 

力の抜けた体を地面に横たえて、ベルンエステルは立ち上がる。

手には赤い紅い宝物。

そっとソレを抱きしめ、ベルンエステルは地上へと歩いていく。

残されるのは骸のみ。

 

入り口から見える空は、すっかり日が傾いて、夜の色へと変わりかけていた。

 

 

 

 

 

 

深夜。

 

 

皆が寝静まりかけた頃。

 

エ・ランテルに緊急事態を知らせる鐘の音が響き渡る。

それも1回、2回……いや、1か所、2か所の騒ぎではなかったのだ。

墓地、市街、役所、駐屯所。

文字通りの街中から響く異常の知らせ。

 

いち早く事態に反応した冒険者組合を中心に、様々な情報が各地点に伝達された。

以下が、その情報の一部である。

 

―――エ・ランテル各地に悪魔が大量発生! 繰り返す! 悪魔が大量発生!―――

 

―――中にはアンデッドもいる模様! 発生元と思しき共同墓地は既に壊滅状態だ! 至急、応援を求む!―――

 

―――悪魔の外見は、黒い山羊頭に深紅の双眸。首から下は人間型で、燕尾服に似た装いをしているとの事―――

 

―――強大という訳でもないが、数が異常だ! 見えるだけでも千はいるぞ!―――

 

―――既に冒険者や警備隊が動いている。市民の避難を最優先に―――

 

―――! 強力な魔獣を従えた冒険者が悪魔を殲滅しているとの報告アリ!―――

 

―――英雄だ。漆黒の英雄だ!!―――

 

 

 

エ・ランテルの長い夜が始まる。

 

 

 




第22話『夜の始まり』如何でしたでしょうか。

大筋は変わりませんが、この改変を予想していた方はおられましたかね?
はい。
次回は『あの集団』が降臨しますよ。
一体、○の皆さんなんでしょう……

『妖夢』様、ご感想をお寄せ下さいましてありがとうございました。
『炬燵猫鍋氏』様、『couse268』様、『月輪熊』様、『鬼さん』様、『ナナシ』様、『アズサ』様、 以前よりご感想をありがとうございます。
ここまでお読み下さっている皆様も同様。
これからも頑張らせていただきますね。
それでは次話にて。
                                   祥雲
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