奇跡と共に   作:祥雲

23 / 43
明けない夜などありません。
     どんなに闇が怖くても。

明けない夜などありません。
     どんなに闇に怯えても。

明けない夜などありません。
     希望の光が照らすでしょう。



夜の終わり

鐘の音が響く。

 

夜の静寂など、お構いなしに。

 

その音色に紛れて聞こえるのは、悲鳴。

その音色を切り裂き木霊するは、怒声。

怖ろしい悪魔から逃げ惑う市井の民の、魂からの叫びだった。

 

「助けてくれぇ!? ひ、ひぃぃいいい!?」

 

「…………」

 

足を絡ませ、地面に頭から倒れた男性に、山羊頭の悪魔が迫る。

闇夜に光る悍ましい瞳は、爛々とした煌きを見せていた。

腰が抜け、立つ事すらままならない獲物へ向かって一歩ずつ、確実に近付いていく。

悪魔の顔は、遂に男性の目と鼻の先となっていた。

 

「あ……あぁ……」

 

「…………」

 

男性は恐怖の余り、ガチガチと歯を鳴らしながら震える。

目からは涙が溢れ、血走った眼球を濡らした。

滲んでいく視界の中で、紅い光だけが変わらずに揺れている。

 

「! あ゛ぁぁ゛あぁああああ゛! がっ……! あ゛ぁぁあ゛!?」

 

グシャリ、グチャグチャ……

 

「……あ゛ぁあぁがぁああああ…あ゛……!……!!」

 

バキボキ、べチャピチャ……

 

「……っ!………………」

 

……ゴクリ…………

 

「…………」

 

ゆっくりと、悪魔が男性だったモノから離れた。

地面に広がる血溜り。

乱雑にぶちまけられた肉片。

 粗方は食い尽くされていたが、それでも見るに堪えない有様だ。

悪夢みたいな光景が、悲鳴が、断末魔が。

そこら中で当たり前の様に繰り返されている。

 

「っ! こっちだ化けモンがぁあああああ!!」

 

地獄の中としか思えない路地に、力一杯発せられた声が響き渡った。

周囲の『餌』をほとんど食い尽くしていた悪魔達の意識が、一斉にその方向に向けられる。

次の瞬間。

最も先頭にいた悪魔の額を、1本の矢が射貫いていた。

 

「ルクルット! そのまま援護射撃を頼む! ダインはアイツラの動きを止めてくれ! ニニャ! 大きい奴、頼みましたよ!!」

 

「おう!」

 

「心得たのである!」

 

「はい!」

 

路地に駆け込んできたのは、漆黒の剣のメンバーだ。

 ペテルの指示の下、それぞれが己の役割を全うする為に動き出す。

悪魔達の動きは鈍い。

あの外見で走れない事などないと思えるが、今の所は緩慢な動作しか見せていなかった。

恐らくは油断していると判断したペテルは、全力の踏み込みでもってブロードソードを一閃させる。

 

「……」

 

「よし! やっぱり動きが遅い! 囲まれでもしない限りは大丈夫だ! このまま大通りまで突っ切るぞ!!」

 

繰り出された斬撃は、悪魔の首を両断していた。

頭と胴が離れた途端に、悪魔は光る粒子になって消えていく。

 

「<トワイン・プラント>!」

 

「シッ!!」

 

ダインの魔法が発動して、壁に生えていた蔦が鎖となって悪魔達に絡みつき。

動きが止まった悪魔を片っ端から、ルクルットが射貫いていく。

 

「……ペテル! 離れて下さい!!」

 

「っ!」

 

魔力を溜め終わったのであろうニニャの声に敏感に反応したペテルが、悪魔の群れから瞬時に飛び退いた。

 

「<ライトニング>!」

 

路地に雷鳴を轟かせた閃光が迸る。

上手くペテルが注意を引いてくれていたお陰で殆ど直線に並んでいた為に、ニニャの放った<ライトニング>で路地にいた悪魔達は消滅した。

 

「ナイスだぜ、ニニャ!」

 

「ありがとうございます! …でも」

 

悪魔達が消え去った後に残ったのは、血の海に沈む人間の残骸だ。

大通りに抜ける路地に、漆黒の剣を除いて生きている者は誰もいない。

 

「感傷は後だ! まだ、助けられる人がいるかもしれない!」

 

「……そうですね! 急ぎましょう!!」

 

ペテルの叱咤を受け、ニニャの表情も再び鋭さを取り戻す。

 

4人は大通りに向けて駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「怪我人が優先じゃ! 早う、奥へ運ばんか!」

 

「おばあちゃん! 倉庫がもう一杯だよ!?」

 

「リイジーさん! ポーションの在庫も尽きそうだ!!」

 

「なんじゃと!? ちぃ……!」

 

 バレアレ薬品店はこの非常事態に対して、店周りを避難所・倉庫を治療所として開放するという迅速な動きをみせていた。

更には売り物であるポーションすらも無償で振る舞っている。

商売人としては失格だろうが、それがどうした。

人間として失格になるよりはマシだと、店主であり、街の有力者でもあるリイジー・バレアレが一切の躊躇いもなく言い切ったのだ。

だが、想定が甘過ぎたとしか言いようがない。

倉庫の広さも、ポーションの備蓄も足りていると思っていた。

向こう二月は冒険者に売ってもお釣りがきたであろうポーションの備蓄は、全て負傷者の治療でなくなり、3、40人は納まる筈の倉庫からは人が溢れている。

 

「ンフィーレア! 急いでポーションの生成に取り掛かるぞ!」

 

「う、うん!」

 

「! リイジーさん! 危ねぇ! …………ぎゃぁぁああああ!!」

 

「!? る、ルドルフ!? いきなりなn」

 

振り返ったリイジーは言葉を無くした。

男が突如リイジーを突き飛ばしたかと思えば、壁から生えた刃によって腹を貫かれていたのだから。

 

「リ、リイジーさん……逃げ……!!」

 

ルドルフと呼ばれた男が最後まで言葉を発する事はなかった。

壁から伸びる刃によって、真っ二つに裂かれたからだ。

ボトリ、と。

大量の血や臓物をまき散らして左右に落ちる。

 

「ぁ……あぁ……」

 

この光景には芯の強さに定評があるリイジーも身を震わせた。

ルドルフのいた壁は、気付けばその役割を失っている。

大きな穴が開けられ暗闇の向こうから、深紅の双眸が光っていた。

 

「お、おばあちゃん! こっちに! 早く!!」

 

「……ど、どこへ行くというのじゃ! 今ここを離れたら誰がポーションを作れるっ!!」

 

「でも……このままじゃ!」

 

暗闇から紅い光が段々と近付いて来る。

まるで嘲笑うかの如く、ゆっくり、ゆっくり。

そして遂に、山羊頭の悪魔がその姿を現した。

1体だけではない。

2体、3体……17体。

悪魔達が集まり、列を成して緩慢な動作でもって迫る。

 

「きゃぁあああ!?」

 

「く、来るな! 来るなぁああ!!」

 

叫び声が聞こえたのは、倉庫の方だ。

どうやらこの悪魔達の他にも、店や倉庫に入り込んだ悪魔がいるらしかった。

最早、逃げ場など残されてはいないだろう。

 

「……これまでか…………だが……わしの孫を死なせるものか!!」

 

「おばあちゃん!?」

 

自身を掴んでいたンフィーレアの手を払いのけ、リイジーは老人とは思えない鋭い視線を向けた。

ンフィーレアを背に庇う様にして、悪魔達へ向き直る。

 

「お前は生きるんじゃ、ンフィーレア! 生きて…いつか神の血のポーションを完成させろ!」

 

バチバチと、リイジーの右手から電流が迸った。

 

「…………せめて、お前の晴れ姿を見たかったわい…………」

 

「おばあちゃん!! 駄目だよ!! 止めて!! おばあちゃん!!!」

 

「行けぇい! ンフィーレア!!」

 

電流が膨れ上がり、正に悪魔達へ放たれんとしたその刹那。

 

「良き啖呵ですね。称賛させていただきます」

 

「……えっ?」

 

若い女の声がした。

空気を抉る様な音たてて飛ぶナニカが、悪魔達を貫く。

目で追えない速度でソレは暗がりへと戻っていった。

 

「ご無事ですか? リイジー・バレアレ様、ンフィーレア・バレアレ様」

 

カツカツという靴音を響かせ、暗がりから姿を見せた女を、ンフィーレアは最近目にしている。

 

「あ、貴女は組合の受付の!?」

 

そう。

2人の窮地を救ったのは、冒険者組合の受付嬢であった。

 

「おや、覚えておいででしたか。…しかし、流石はバレアレ薬品店。この異常事態の中、率先して治療や避難を行うとは」

 

「! そうじゃ、奥に皆が!!」

 

受付嬢の言葉で、叫び声を上げていた倉庫にいる者達の存在を思い出す。

慌てて倉庫に行こうとした2人を、受付嬢が次に発した言葉が引き留めた。

 

「ご安心下さい。倉庫の山羊達も既に我らが対処を終えていますので」

 

「なんじゃと!? それは真か!?」

 

「はい。この店の周囲にも中にも、脅威はありませんよ」

 

「そうか…」

 

ホッと胸を撫で下ろしたリイジーの後ろで、ンフィーレアが首を傾げる。

 

「あの……我らって……? それに今、どうやって悪魔達を…………いや……寧ろどうして受付嬢なのに戦闘が…」

 

「申し訳ありませんがお答えしかねます」

 

店の外へと出ていこうとしているのか、受付嬢はテクテクと歩き始めた。

 

「あ! ま、待って下さい!!」

 

ンフィーレアは思わず受付嬢の肩を掴む。

その瞬間、悪魔に囲まれた時以上の悪寒が背中を駆けた。

 

「……しつこいぞ、少年。あの方の為でなければこんな街なぞ守るものか。……さっさと肩から手を離せ」

 

「ひっ!?」

 

今までの淡々とした固い口調ではない、初めて耳にした、恐らく素であろう口調。

その声が。

ンフィーレアを見る瞳が、余りに冷たくて。

気付けばンフィーレアは床に尻餅をついていた。

 

「どうしたんじゃ、ンフィーレア!?」

 

「では、失礼いたします」

 

駆け寄るリイジーと、震えるンフィーレアを残して受付嬢は店から出て行った。

息を吐きながら、空を見上げる。

 

「……まさかとは思ったが………………間違いない…………これで……漸く……」

 

雲から覗いた月が、淡い光で受付嬢を照らす。

その輝きになにかを重ねたのか、とても眩しそうに目を細めて。

 

「この空の下に居られるのですか…………――――」

 

小さく唇を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「! マズイ!?」

 

その光景を見てペテルが叫ぶ。

大通りには、悪魔だけでなくアンデッドの大群が溢れていた。

ほとんどが西側から流れてくるあたり、確認するまでもなく発生源は共同墓地だろう。

 

「おいおい! こいつはマジでヤバいぜ!? 相手が多過ぎる……!」

 

見れば、他の冒険者・衛兵達が必死にこれ以上の進行を止めようと奮闘していた。

しかし、圧倒的に数で押し負けている。

1体を倒す頃には、既に3体は隣にいるのだ。

時間をかければかけるだけ、自らが劣勢になっていく。

時間が経てば経つ程、敗北の可能性は濃厚になるのだ。

アンデッドは放置しておくと、より強いアンデッドの発生を促してしまう。

弱いアンデッドの内に倒すのがセオリーだが、現状ではそうもいかない。

 

「ぎゃぁぁあああ!?」

 

「!? あ、兄貴ぃいいい!!」

 

「……っしょぉぉおおがぁああああああ!!」

 

また1人、また1人と見知った顔が死んでいく。

あの冒険者は以前、酒場でバカ騒ぎをしてた奴ら。

たった今、悪魔に喰われたのは前に世間話をした奴で…

 

「っ! こんな……こんな事が……許されて良い筈がないのである!!」

 

普段は寡黙なダインですらも、激昂するのは当然だ。

メイスを握り絞めた手から血が滴った。

その巨体から繰り出された一撃が、後ろにいた悪魔も巻き込んでアンデッドを吹き飛ばす。

 

「<マジックアロー>!!」

 

ニニャの魔法で、迫り来る死の群烈に穴が出来る。

僅かな隙を逃さず、彼らはダインに続いて前線へと躍り出た。

 

「っ! お前らは漆黒の剣の……」

 

「話は後だ! 今はアイツラを迎え撃つぞ!!」

 

「すまない!」

 

「礼はいりません! それで市民の方達は!?」

 

「既に避難誘導は終えている!! この先の大聖堂だ!!」

 

大聖堂の場所は、大通りを下った突き当り。

それはつまり――

 

「ここが最後の生命線か!!」

 

それがわかっているからこそ、彼らは死にもの狂いで戦っていたのだ。

皆が必死の形相で体を張って。

皆が決死の覚悟で命を懸けた。

 

 

既に一体どれ程の時間、戦っているのかも曖昧だ。

大通りに残る冒険者や衛兵の数は、多く見ても100人いるかどうか。

対する悪魔・アンデッドの数は、優に400はいるだろう。

誰もが満身創痍。

だからこそ魔法で消滅させたアンデッドにのみ意識をとられ、後ろから迫る2体の悪魔の存在に、疲弊したニニャは気付けなかった。

 

「ニニャ! 後ろだっ!!」

 

「!?」

 

慌てて振り返るも、既に悪魔との距離は体半分もない。

 

「……ぁ……」

 

「ニニャァアァアアア!!!」

 

 避けられぬ死の吐息を受けて、ニニャの体が石のように固まった。

アンデッドを斬り捨てたペテルの叫びが響く。

瞬間。

雷鳴の如き速度で飛来した、1本の『グレートソード』と、1筋の『黒い閃光』によって悪魔が消し飛ばされた。

 

「! あれは!!」

 

「っははは! タイミング良過ぎだろぉがよ!! 惚れちまったらどうしてくれるんだっての!!」

 

ソレを、漆黒の剣のメンバーは知っている。

 

その大剣の持ち主を!

あの魔法の担い手を!

 

大通りにいた者達全ての視線が、大剣と魔法が飛ばされて来た方向へと集まった。

 

「ここからは我々が引き受けましょう」

 

「運動不足だったからなぁ。肩慣らしにゃ丁度良いぜ」

 

「殿に若! 置いてくのは酷いでござるよー!」

 

片や、見事な全身鎧を身に纏い、大剣を担いだ漆黒の戦士。

片や、闇を思わせる魔力を纏った、スーツ姿の青年。

背後には、恐ろしくも偉大さを感じる魔獣まで連れている。

 

そんな存在は、唯一無二。

 

その名は――

 

「我こそ漆黒の戦士モモン」

 

「その相棒バトラ」

 

「……バトラさん!! モモンさん!!」

 

ニニャは喜びに溢れた声で叫んだ。

何時の間にか空は明るくなり、太陽が顔を出し始めている。

 

 

「「我が名を土産に、冥府へ還れ」」

 

 

昇る朝日が、2人の姿を照らした。

それが合図となって、大通りを駆ける。

モモンガの繰り出すグレートソードの剣戟で、幾体ものアンデッドが消え去り。

バトラの放つ魔法によって、幾体もの悪魔が消滅していく。

 

ほんの数分にも満たない間に、次々と、誰もが恐れた『死の具現』が蹴散らされていくのだ。

 

「あぁ……ぁぁ……!!」

 

誰かが声を震わせた。

まるで尊いモノを見たかの様に。

 

「……英雄……漆黒の英雄達だ……!!」

 

「お前達! ぼさっとしてんじゃないよ! 剣をとりな!!」

 

「彼らに続けぇ!」

 

「勝てる! この戦い…勝てるぞ!!」

 

体の震えも、恐怖を消えていた。

この場にいる彼らに共通するのは希望、そして羨望。

 

「大丈夫ですか、ニニャ!?」

 

「動けるであるか?」

 

「えぇ、すぐにでも!」

 

駆けよるダインとペテルの言葉に、ニニャは挑戦的な笑みで答える。

後ろに立つルクルットが口元を吊り上げて、バチンと背中を叩いた。

 

「なら……俺達ももう一暴れするか!!」

 

「……はい!!」

 

漆黒の剣も、他の者達に続いて戦場を駆ける。

 

生きる為に。

勝つ為に。

なにより…………あの英雄と並ぶ為に!

 

 

 

エ・ランテルの長い夜が今、終わりを迎えようとしていた。

 

 

 




第23話『夜の終わり』如何でしたでしょう。

今話はシリアス回です。
そして、山羊の皆さんのご登場。
お楽しみいただけましたか?

『ルキシェ』様、『亜姫』様、『やどかり教育者』様、ご感想を下さいまして、ありがとうございました。
『couse268』様、『yoshiaki』様、『炬燵猫鍋氏』様、『鬼さん』様、
『月輪熊』様、『ナナシ』様
いつもご感想をありがとうございます。

それにしてもUAの伸びが凄い!
このままだと10万UAも夢じゃないですねぇ……もしかすると……お気に入り記念の他にも…………?

それでは次話にて。
                                     祥雲
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。