奇跡と共に   作:祥雲

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誰かが望むものがある。
    ソレを為すのは自分自身?

誰かが望むものがある。
    ソレを為せるかは自分次第?

誰もが望むものがある。
    ソレを叶えるのは誰だろう?





大通りを歓声が包む。

たった今、最後の悪魔が倒された所だ。

 

「……ふぅ。流石にあのコの真似事は疲れるわね」

 

市民が避難している大聖堂。

その屋根の上に腰かけ、大きく伸びをする。

 

「私のスキルだと猿真似も良い所。……だけれど」

 

何処か楽し気な表情で、ベルンエステルは軽やかに立ち上がった。

 

「ふふ……いつか……また見たいわ。本物を」

 

そのままトンッと屋根を蹴る。

フワリと体が宙に浮かび上がった。

ベルンエステルの体が、足元から光る青色の蝶へと変わっては、溶ける様に消えていく。

 

「その内、挨拶に行くつもり。歓迎して頂戴ね。あんたの紅茶は楽しみだもの」

 

完全に消える前に、そう、ベルンエステルは呟きを残した。

誰もいない大聖堂の屋根には、人影などないというのに。

しかし。

 

「…………ぷっくっく! ……流石は大ベルンエステル卿。私如きの隠形など通用しませんか」

 

屋根の影から滲みだす様に一人の男が現れる。

 

口ひげを生やした執事服に身を包んだ男。

なにが嬉しいのか、口元に手を当てながら笑っていた。

 

「ゲストの期待に応えられねば執事の名折れ。心よりのもてなしをご用意いたしましょうとも ……」

 

男が不意に表情を正す。

真剣で、それでいて縋る様な表情。

 

「漸く……ですな…………漸く……」

 

眩しそうにしつつも、太陽の光に片手を重ねる。

 

「……お嬢様……」

 

 

 

長い夜が終わり、エ・ランテルに朝が来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

王都。

 

その名の通り、リ・エスティーゼ王国の中心都市だ。

最奥にあるのは王城ロ・レンテ。

華美という言葉とは余り縁がない、機能性を重視したこの城にも例外は存在する。

王族の住居が入る建物の中のとある1室。

『黄金』と称される王女、ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフの自室も当然、含まれていた。

 

「……なにやら変な感じがしますね……」

 

豪華なカーテンを開きながら、ラナーは首を傾げる。

視界に映る景色は、先程から少しも変わりないというのに。

 

「まぁ、気の所為でしょう。すみません、誰かいませんか? 喉が渇いたのですが」

 

扉越しに給仕を呼ぶ。

だが……

 

「……誰もいないのですか?」

 

ラナーの声に反応して、扉を開ける者はいなかった。

いくら今が朝とはいえ、別段、不思議な事ではないのだが。

王侯貴族の屋敷や住居には、1日中交代制で給士がついているのが常。

それは勿論、この王城でも当たり前だ。

 

―……周りの給仕や護衛を全て始末したとでも? 扉は……

 

試しに扉を開けようとするも、扉はビクともしない。

窓も同様。

 

―脱出・救助は現時点では不可能……と。もし、私の命が目的ならこんな遊び心は見せないでしょうし……ふむ

 

仮に居住区内の衛兵といった存在、全てを始末出来たとする。

身柄が目的ならば既に攫われているだろう。

命が目的ならば、既に殺されているだろう。

肉体が目的ならば既に慰み者にされている筈。

 

―そうなると、目的は……

 

ラナーの頭は次々と思考を加速させていく。

この間、1秒となかった。

自分なりの考えがまとまったのか、落ち着いた様子で椅子に座る。

 

「まるで、私だけが世界から取り残されたみたいです」

 

「似た様なモノね。少しの間、特定フィールドごと対象を切り離せるの。1日の使用制限もあるのだけれど…気に入ったかしら?」

 

「っ」

 

その正面に、何時の間にやら少女が座っていた。

青い髪を指先で弄りながら此方を見ている。

 

「初めまして。あんたが評判の王女様ね?」

 

「……リ・エスティーゼ王国第3王女、ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフと申します。気軽にラナーとお呼び下さい」

 

クスリと微笑んだ少女に対して、ラナーも同様に微笑みを返す。

 

「貴女のお名前をお聞きしても宜しいですか? 私だけ名乗るのは不公平です」

 

ぷくっと頬を膨らませながら言うラナーの言葉に、眼前の少女はパチパチと目を瞬かせた。

 

「……面白い。この状況で平静を見せ、尚且つ私に堂々と接するなんて……くす!」

 

ラナーの態度が気に入ったのか、少女は上機嫌に言葉を続ける。

 

「私の名は…………そうね。フレデリカとでも」

 

口ぶりからすれば、明らかな偽名。

しかし、偽名特有の違和感が微塵も感じられない。

 

―偽名とは思うのですが。それにしては名乗りの響きが自然過ぎますね

 

取り敢えず、疑問は置いておく事にしたラナーが口を開く。

 

「フレデリカとお呼びしても?」

 

「構わないわ」

 

「では、フレデリカ。フレデリカは一体私になんの用でしょうか?」

 

「特にないわよ」

 

「……はい?」

 

―聞き間違いでしょうか。 え? ない?

 

笑顔で固まっているラナーへ、もう一度フレデリカが答えた。

 

「ないわ」

 

「……ちょっと待って下さいね」

 

「えぇ。どうぞ」

 

律儀に相手の了承を得てから、顔を伏せる辺り、流石育ちの良さが伺える。

ラナーの頭脳が回転する。

答えを導こうと思考が巡った。

 

―目的を明かす気はない様子。しかも、御伽噺でしかない様な大魔法を行使出来るとアピールまで。ならば印象付け? そんな魔法詠唱者がいるという話は耳にした事がないですが……ラキュースからも聞いた事はありません。つまり王国外から来た? それでも噂にならないのは可笑しいですね。見た目は私よりも数歳若い。あ、尻尾可愛いですね。見た目も美人ですし。ふむ。これは…面白い。……もしかして、かの隠された十三外の英雄の生き残りですか!? 失われた英雄譚の原本には、今ではあり得ない規模の魔法を使う魔女や悪魔が記されていたとも聞きますし……

 

時間にして2秒程。

ラナーという人間の頭脳は、凡人を遥かに超える出来であった。

良くも、悪くも。

惜しくも、奇しくも。

 

「もしやフレデリカは、御伽噺の魔女さんですね!?」

 

「……は?」

 

ラナーが興奮した面持ちで、グイッと体ごとフレデリカに近づいた。

 

「王城の蔵書の中に、原本に限りなく近い英雄譚の写本がありまして! その中に暗号としていくつかの物語があったんですよ! 小さい頃に解いてソレを目にした時の感動は今でも覚えています! そうでなくとも、王国領では様々な伝承が残されていますし!!」

 

「……ちょっと近い。凄く近いわ」

 

身を乗り出したラナー顔面が迫る。

それを片手でフレデリカは押しのけた。

 

「あっ。こ、これは失礼しました」

 

すぐに我に返ったラナーが、恥ずかしそうに椅子へと座り直す。

コホンと咳払いをしても、若干赤らんだ頬は隠せていない。

フレデリカが呆れた様に目を細めた。

 

「……噂の王女様がどんな傑物かと思えば……」

 

「あ、あははは。これでも花も恥じらう乙女……という奴ですよ? えぇ。仕方ないのです。全ては若さ故の過ち…」

 

「小娘がなにを言っているのかしら?」

 

「? フレデリカの方が私よりもお若く見えますが?」

 

「魔女に歳を尋ねるものじゃないわ。根に持たれて呪われちゃうわよ」

 

「まぁ! やっぱり、魔女さんなんですね!!」

 

「あんたの言う御伽噺とやらの魔女ではないけどね」

 

ラナーの瞳が宝石の如くキラキラと輝く。

それはもう、眩しい位。

 

「私、本物の魔女さんにいつか会いたいと思ってたんです! 魔女ならきっと、私の事を理解してくれるでしょうから。ねぇ、フレデリカ? 聞いてもいいですか?」

 

「なに?」

 

「フレデリカは愛する人を、いつまでも自分の手元に置いておきたい。永遠に閉じ込めたいと思いますか?」

 

「……永遠に閉じ込める?」

 

「はい! 私の愛だけを与えて、私だけを見て、私だけが抱きしめる。他にはなにもいりません! そんな素敵な「ゲロカス以下ね。反吐が出る」……え?」

 

笑顔でラナーが固まった。

眼前のフレデリカの表情はただの無表情。

しかし、立場上様々な相手を見て来たラナーをもってして、身が竦む程の恐怖を感じさせる。

恐怖で笑顔が凍り付くのだと、ラナーは生まれて初めて知った。

 

「永遠の牢獄。一方通行の愛。全部、全部、全部。不愉快でたまらない。あんたは良いでしょう。でも相手は? そんな事を望むとでも?」

 

「なっ! クライムは……!」

 

「知ってる? 永遠の牢獄がどんなものか。出口のない迷路の怖さを…その恐ろしさを。……私は知ってるわ。えぇ。私達は知っている」

 

固まるラナーの頬に、フレデリカの手が添えられた。

ゾワリ、と。

ラナーの背筋に悪寒が走る。

 

「覚えておきなさい、人の子よ。人は愛がなければ生きられない。でもね、『愛』をはき違えてはいけないの」

 

パクパクと、口を開閉させるだけで、言葉が出せない。

結果としてラナーは無言だった。

 

「それは恋も同じ。言葉の意味を、想いの責任を。宿る重みを蔑ろにしてはならない。それだけは私達が認めない。なにを掲げようと、なにを望もうと。未来永劫、その理を曲げてはならない」

 

フレデリカの光の感じられない瞳の奥。

濁った憤怒の色が見えた気がした。

 

「これは忠告よ。魔女の気まぐれ。かつて人だった残り滓からの戯言に過ぎないけれど…………あんたは人だもの。よく、その意味を考えなさい」

 

指の感触が消える。

ラナーは思わず手を当てた。

まるで今も、頬をなぞられている気がしたから。

その熱が残っている。

 

「…………ぁ……」

 

一度も視線を外していないにも関わらず、幻の様にフレデリカの姿は消えていた。

だが、頬に残る熱が。

脳に残る言葉が、決して夢幻ではなかっとのだと、物語っている。

 

「失礼します。お呼びでしょうか、姫様」

 

後ろの扉から、女性の給仕が姿を見せた。

 

「…………」

 

「? 姫様? ラナー様?」

 

「あっ。えーと、なんでしょう?」

 

訝しんだ様子の給仕の二度目の呼びかけに、やっとラナーは反応を示す。

 

「なにかご用では? 先程、お声が聞こえましたが」

 

「そうでした。紅茶をいただけますか? 喉が酷く乾いてしまって……」

 

「畏まりました」

 

ラナーの言葉を受けて、給仕が扉を開けて奥へと消えた。

再び、ラナーだけが残される。

 

「…………」

 

無言。

ラナーの視線は、誰もいない正面の椅子へと注がれている。

 

「……私にはなにが見えていないのですか?」

 

その問いに答える存在はいない。

 

「姫様。お待たせいたしました」

 

「……ありがとう」

 

出された紅茶に口を付ける。

 

「……苦いです」

 

「!? す、すぐにおt「いえ。きっと、これで良いのでしょう」は、はぁ」

 

慌てる給仕を制して、ラナーは再び紅茶を飲んだ。

 

「……やっぱり苦い」

 

いつもと変わらぬ筈の紅茶なのに。

 

「……苦いなぁ……」

 

その味わいは、初めて感じる苦さだから。

 

「ふふ」

 

黄金と称された王女は笑みを溢す。

 

「でも……」

 

給仕の女性は扉の前に控えようと、背中を向けており、ラナーの表情を見られなかった。

それは幸運と呼べただろう。

なぜなら。

 

「……次はお友達になりたいですね。ふふふ……」

 

その口元は裂けんばかりに吊り上がり……歪められた悍ましい笑みだったのだから。

扉の向こうから、ノックと若い男の声が聞こえた。

瞬時にラナーの笑みが変化する。

 

「失礼します」

 

それは華の様な笑顔。

 

民草から『黄金』と称えられる王女ラナー。

 

彼女は今日も美しくそこに在る。

 

いつもの笑顔を張り付けて。

 

「会いたかったですよ。クライム」

 

 

彼が望み、彼だけに望まれた仮面を被るのだ。

 

 

 




第24話『問』お楽しみいただけましたでしょうか。

更新が遅くなりまして申し訳ありませんでした。
因みにこの話、何回か丸ごと書き直しております。
脇道にそれた話ですが、ご容赦いただきたく。

ご感想を下さいました『NAGI』様、『にゃん丸』様。
以前よりご感想をいただいております『yoshiaki』様、『月輪熊』様、『ナナシ』様、
                 『炬燵猫鍋氏』様、『鬼さん』様
誠にありがとうございます。

そろそろナザリック陣営が動き出す予定。
モモンガさんにはちゃんと一仕事待ってますけどね。
メインストーリーも大事ですが、サイドストーリーも楽しんで下さればと。
それでは次話にて。
                                   祥雲
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