そこにあるのが真実だから
語り部はただ、文字を読む
物語を伝えるのが責だから
語り部はふと、首を傾げる
此れは誰が為の物語だろう
エ・ランテルより数kmの夜道。
そこを一台の馬車が走っていた。
手綱を握り、馬を操るのはセバス。
馬車の中にはソリュシャンが乗っている。
「シャルティア様って、思っていたよりも可愛らしいお方でしたね」
思い出すのは、合流した早々に任務の都合でまた離れてしまった階層守護者の姿。
ソリュシャンの言葉に、セバスも柔らかい声音で答えた。
「その様で。私も話をさせていただいて、色々と得るものがありました」
「次にお会いするのはナザリックの中か、シャルティア様のお部屋になりそうです」
そう言って、ソリュシャンは馬車の後ろの幕を開ける。
広がるのは闇ばかり。
暫く眺めていると、遠くで眩い光が見えた。
それは、御者台にいるセバスからも同様だったらしい。
「おや。中々に荒ぶっていらっしゃいますね」
「はい。予想外の収穫でもあったのでしょうか?」
天に届くかと思われた光は、少しの時間をもってから終息する。
「ナザリックに帰還した時にでもお聞きすれば良いでしょう」
「そうですね。今は満足そうにバタつかれている殿方のお相手を、集中する事にいたします」
この馬車にはセバスとソリュシャン以外に乗っている者はいない。
静かな時間が続くかと思われたが、突如、ソリュシャンの胸元から手が飛び出た。
「あらあら。お元気だ事」
皮膚はドロドロに溶けかけ、所々に肉の繊維が覗く。
もがく手が空を切る度に、ボタボタと粘着質な液体が馬車の床板に零れ落ちる。
「ふふふ。良い声です。このままゆっくり、私の中でお暴れ下さい」
ズブズブと音を立てながら、腕がソリュシャンの体内へと沈む。
僅かな波紋を立てる事すらなく、指先が消えた。
光届かぬそこは、深き淵に他ならない。
夜の世界は人の場所ではないのだから。
「……誰でありんしょう?」
シャルティアは、見るからに不機嫌そうに問いかけた。
折角見つけた武技を扱えるブレインとかいう男には逃げ出され、自らの崇拝する偉大な支配者による策の一環かとも思えるユグドラシルのポーションを持っていた、ブリタという女は置いてきてしまった。
更には、スキル<血の狂乱>によって我を失った所為での暴走も含まれる。
良い所なしと言えば簡単だが、シャルティアの心情からすれば楽観できるモノでは断じてない。
失態に失態を重ねてしまったという思いが、重圧となって心に負荷をかけている。
故にこその低い声音と、歪んだ表情であったが、問を投げかけた相手はシャルティアとは対象的であった。
「くす。予想通りの展開ですね。こんばんは、吸血鬼。今宵は良い夜だとは思いませんか? 事件でも起こりそうな、良い夜です」
ニヤニヤとした笑みを張り付けたのは、1人の女。
フリルのついた可愛らしいドレスを纏い、頭には美しい華の髪飾り。
外見は自分と同じ位だろうか。
十代半ばから後半の少女。
クスリ、クスリと、笑いを絶やさない。
だが、なによりもシャルティアの苛立ちを募らせたのは、そのニヤついた笑みではなく少女の髪色である。
「……名乗りも満足に出来ない劣等風情が。その笑いも、その青い髪も。あの御方を辱めている様で気に入りんせん。……殺すぞ……?」
少女の笑み。
少女の髪色。
少女の表情。
どちらもシャルティアの視界に入る度、かの魔女の姿が脳裏にちらつくのだ。
眼前の人間如きに、偉大な御方を重ねてしまう自分への苛立ち。
そして、そんな不敬を何故か納得してしまいそうになる、自らの甚だしい思い違い。
様々な負の感情を込めた最後の言葉を受けて尚、少女の態度に変化はなかった。
「おぉ。怖い恐い。大丈夫ですか? カルシウム足りてますぅ? あ! 私は大丈夫ですよ。毎朝牛乳をしっかり飲んでますから。胸もちゃぁんと、ありますしぃ?」
「っ!!」
「くすくす。そんなに睨まないで欲しいですね」
ビキリ、と。
シャルティアの全身から軋む音が聞こえた。
今にも飛び出さんとする夜の住人の姿を前に、少女は変わらず立っている。
月に照らされ周囲が明るくなった所で、シャルティアは少女の背後になにかが落ちている事に気が付いた。
―落ち着くのよ、わたし。この様では、我が造物主たるペロロンチーノ様に顔向けが出来ないわ……でありんす。……ふぅ……
深呼吸を1つする。
「後ろのゴミはなんでありんしょう?」
「あぁ。コレですか?」
シャルティアの言葉に、少女は楽しそうに背後の死体をつま先で蹴り飛ばした。
「此処に来た時に偶然お会いしまして。いきなり絡んできたので、平和的に解決しただけです」
見れば男である。
心臓の位置に穴が空いており、なにが起きたかわからない、とでも言いたげな顔で事切れていた。
シャルティアの視線が死体から逸れる。
「さっきから不愉快な視線を向けてくる林の中の連中は、お知り合いかぇ?」
「いえ。ですが、こちらの方のお仲間だったそうですよ。私のお願いも快く引き受けてくれました」
「「「「……」」」」
ジロリと睨みを利かせてみれば、少女の背後から11人の男女が現れた。
内、1人の男で視線が止まる。
―あれは……強い……?
戦士が専業ではないシャルティアには、曖昧な感覚でしかわからない。
気に入らない少女も、大雑把には強いだろうとは感じられるが。
―プレアデス位には強そう……しっかし、男か女かもはっきりしない顔でありんすね
射干玉色の長髪は、地面スレスレまで伸びている。
鎧の見事さと、手にした槍のみすぼらしさがミスマッチだ。
「約束は守るな?」
「えぇ。勿論」
「ならば、良い。――使え」
男が冷ややかな声を発した瞬間、空気が変わった。
―どういう意味かはわかりんせんが……神器級アイテムだったら些か不味い……まぁ、あの2人以外は大した脅威にもなりんせんでしょ
少女以外が動き出す。
中心となっているのは、深いスリットの入ったチャイナドレスと呼ばれる代物を着込んだ老婆。
そう、老婆である。
―……うっ……
シャルティアも戦闘の前だというのに、思わず目を逸らしてしまった。
誰が好き好んで、シワシワの生足を見たいと思うのか。
だが、その行動こそが老婆の狙いだったのならば、大した役者だろう。
ゾワリ。
―っ!? あれは……不味い!!
階層守護者であり、ナザリック最高の戦力の1つであるシャルティアの体が震える。
今この時で、最優先で始末しなければならないのはあの老婆だと。
ガンガンと第六感とでもいうべき感覚が警鐘を鳴らすのだ。
何故かはわからない。
殺さなければ大変な事になると、シャルティアは本能で感じ取った。
「っ! 邪魔ぁぁぁあああ!!」
動き出そうとしたシャルティアの間に割って入った男を、本気で殴り飛ばす。
人間の体など、脆い豆腐の様に砕けさせる程の威力がある一撃。
にも関わらず、男は死んでいない。
勢いよく吹き飛びはしたものの、大したダメージを負った素振りもなく、戦意も萎えてすらいなかった。
―中々にやりんすな! でも、失態を挽回するチャンスに他なりんせんえ!!
「<集団全種族捕縛>!!」
シャルティアは老婆を中心に、捕縛系スキルを発動させる。
何人かを捕える事には成功するも、肝心の老婆は健在。
―ちぃっ! だったら……!?
更にスキルを発動させ様とした矢先、老婆が纏う衣服から光が迸った。
それは竜を形作りながら、シャルティアの体を包み込む。
―!!!!!!!
シャルティアの思考が、心が、想いすらも白く塗りつぶされていく。
まるで意識が身体から剥離するかの様だ。
―まさか!? 精神操作っ!? っざけるなぁぁぁああああああァァアアアア!!!!
アンデッドであり、そういった類への完全耐性を持つ自分が操られかけている?
シャルティアの残された心が、憎悪に染まった。
「ぎぃぃいいいいいいい!」
いくつもの最悪の想像を払う様に、絶叫を上げる。
血の涙を溢して尚、全霊をもって抵抗した。
―わたし……は……! ナザ……ク……第……者……! …………ン……ノ……様……の……!!!
しかし、そんな必死の抵抗を嘲笑うかの様に意識は染まりつつある。
僅かでも気を抜けば、即座に支配されてしまうという確信があった。
―ぐぅ……!! まだっ! まだ……りにはぁ……!!!
シャルティアの手に巨大な光の槍が現れる。
神話系属性が込められているソレは、属性が悪寄りだろうが大ダメージを与える事が出来るのだ。
更に発動に際して、追加でMPを支払う事で絶対命中という追加能力の付与が可能。
残された時間は少ない。
己を汚さんとする能力を行使した老婆を、シャルティアはギリっと睨んだ。
その老婆を守る様に前に立った、鏡を思わせる巨大な盾を構えた男など、既に眼中にはない。
ただあの老婆を殺さねば、必ずナザリックの害となる!
―ぁぁああああ゛ぁ゛ぁああああああ!!!!!
内心で、雄叫びとも悲鳴ともつかぬ声を上げながら、大きく振り被った。
そして――――投擲。
シャルティアの持てるスキルを、考えもせずにごちゃ混ぜに使用して、可能な限りで強化した一撃。
意識が薄れていようが、その効果は確かなものである。
加えて、シャルティアの矜持すらも込められた魂の一槍だ。
ソレが外れる道理は存在しない。
閃光と化した一撃が、盾をない物の様に貫通し、前に立った男ごと老婆を貫いた。
血反吐を吐き出し、地に崩れ落ちる2人。
集団が騒めく。
―……っ………………
その光景を最後に、シャルティアの意識は塗り潰される。
完全に意識が白く染まる寸前。
「グッド!」
そんな声が聞こえた気がした。
「カイレ様! お気を確かに!!」
「なんでだ!! なんで傷が塞がらない!?」
隊員の1人が、倒れる老婆に回復魔法を行使するも、傷口は一向に癒えない。
慌てふためく隊員を余所に、この漆黒聖典の隊長である第1席次だけは別の所を見ていた。
視線の先には、ニヤニヤと此方を観察する少女の姿がある。
「まさか、此処まで貴女の言った通りになるとは……驚きです」
カイレが負傷し、それを守ろうとしたセドランの死亡。
そして、吸血鬼の登場まで。
この少女と遭遇した時に聞かされた予測通りになったのだから。
当初はなにを馬鹿なとも思ったが、この少女も見た目以上の化け物だったのだ。
先走った隊員の末路とを鑑みれば、十分、一考に値する。
「くす。この程度はなんの自慢にもなりませんがね。あぁ…お仲間の方は申し訳ありませんでした。まさか、あの程度の速度についてこられないとは思いもしなかったので」
「いえ。あの馬鹿の練度の低さと、相手を図る技量がなかった所為です。気にするだけ無駄でしょう」
「おやおや。結構、言いますね」
「私は事実を述べたまでです」
視線を外せば、死体となった仲間の姿。
僅か数刻の間に2名の死者。
1名の重体。
これでは到底、任務の続行は不可能だろう。
「それで……私達を見逃してくれるというのは、本当でしょうか?」
「勿論です。私の目的は果たしましたので。どうぞ、何処へなりと」
少女が嗤う。
警戒は崩さないが、現状では敵対する意思は見えなかった。
隊の質が下がった今、目の前の少女と、背後の吸血鬼を同時に相手するなど愚行が過ぎる。
選択肢は撤退の一択だ。
「……では、失礼します。二度と再会しない事を願いたいものです」
「お気をつけて。あと、あちらで吸血鬼を捕縛しようとされている方。止めた方が良いですよ?」
少女の指差す先。
動かなくなったシャルティアに、専用の拘束具を付けようとしている隊員の姿がある。
「!? ボーマルシェ! 触るな!!」
声を荒げるも遅かった。
ボーマルシェと呼ばれた男が、一瞬で細切りにされた。
ボトボトと、人間だったパーツが落下する。
「今のアレは無暗に刺激しなければ安全です。あの方みたく、不用意に接触すればわかりませんが」
少女は嗤う。
その笑みが、声が、表情が。
人間の形をした別の存在に見えて仕方がない。
「……各員。死体の回収後、カイレ様の手当てを続行。本国へ帰投する」
隊長である彼の指示の下、漆黒聖典は撤収する準備を始めた。
その様子すらも、少女は興味深げに眺めている。
「それでは」
「えぇ。シーユーアゲイン、ハバ、ナイスディ」
準備を終え、最後に振り返れば、少女から聞きなれない言葉を送られた。
頭に僅かに残ったしこりを無視して、漆黒聖典達はこの場から遠ざかる。
その心に幾何かの恐怖を宿して。
残されるのは、少女とシャルティア。
片方は無言。
片方は笑顔。
雲に隠れていた月が顔を出す。
降り注ぐ月明りが、まるで舞台に上がった役者へのスポットライトの様だった。
「これから貴女も大変でしょうが、まぁ、私には関係ない事です」
少女の視線がシャルティアへと向けられる。
正確には、その頭上へと。
「それにしても、流石は我が主! この様なシナリオをご用意されるとは!! くす。あの骸骨さんは、考えもしていないのでしょうね。私の灰色の脳細胞が、そう告げています」
「えぇ。思い至りすらしないでしょう。だからこそ、私はやり遂げなきゃいけないの」
煌く星空を背後に浮かんでいたのは、ベルンエステルであった。
フワリと、少女の隣に着地する。
「あんたも、私の我儘に付き合わせちゃって悪いわね」
「滅相もございません! 我が主の望みは私の望み!! 何処へだって、何処までだってお供いたします!!」
「……くす。あんたのそういう所、私は好きよ?」
「ほほほほほ、本当ですか!? これで遂に相思相愛ですねっ、我が主ぃぃぃいいいいい!!」
「ほら、鼻水が垂れてるわ」
「だ、だっでぇぇええ゛」
「全く、世話の焼ける」
星と月が照らす中。
ベルンエステルは苦笑を溢しながらも、どこか嬉しそうに相手をしていた。
「……ねぇ。ヱリカ」
「ずびっ……な、なんでしょうか、我が主?」
「ありがとう」
ベルンエステルはそう呟く。
するとヱリカと呼ばれた少女は、今までの泣き顔が嘘の様に真剣な表情を見せた。
数歩、距離を空けて、スカートの裾を持ち上げながら礼をする。
「我が名はヱリカ。時に真実を暴く魔女であり、時に真実を解く名探偵。そして、我が主たる大ベルンエステル卿が一の駒! この身、この脳、この命。全てが我が主の為にございます。どうぞ存分にお使い下さい」
驚く程に麗しく。
驚く程に美しく。
月光のスポットライトを浴びて、今宵、表舞台にまた1人の役者が増えた。
「くすくす。やっぱりあんた、変なコだわ」
「がーん!? そんなぁ、我が主ぃぃ!! 今の私、結構キマッてましたよね!?」
「えぇ。私の心を撃つ位には」
「っ! わ、我が主ぃぃぃいいいいい……」
「くす。ほんと……馬鹿ね……ふふ……」
これが遡った物語の数ページ。
闇に隠された1つの真実。
魔女のシナリオの意味を、魔女の真意を。
モモンガも誰も――――いまだ知らない。
第26話『心の欠片』如何でしたでしょうか?
今話で物語は元の時間軸へと戻ります。
ベルンエステルの不穏な動きが表面化しました今回。
まさかの展開となりましたね。
予想された方はおられましたか?
賛否が別れそうで非常に怖いですが、物語の大事な仕込みです。
先の物語に免じて、どうかご容赦下さい。
さて。
『伊倉 一山』様、ご感想等をありがとうございました。
いつもご感想を下さいます『ながも~』様、『鬼さん』様、『アズサ』様、
『ナナシ』様、『月輪熊』様、『炬燵猫鍋氏』様、
誠にありがとうございます。
色々な意味で、物語の山場が近づいておりますね。
今後の展開もどうかご期待下さればと。
ご感想等、お気軽にお待ちしております。
1つ、作者からのお願いが。
今後からで構いません。
物語の評価を下さる場合は、同時に一言コメントもいただきたいのです。
読み手の皆様の中で、なにが良かったか、なにが悪かったか。
作者が知る手助けとなりますので。
お手数でしょうが、何卒、お願いいたします。
それでは次話にて。
祥雲