奇跡と共に   作:祥雲

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思い出すのは笑い声
    楽しそうな、その音色

思い出すのは叫び声
    悔しそうな、あの音色

思い出すのは君の声
    嬉しそうな、ありがとう



救う心

数刻後。

 

モモンガは森の外れに立っていた。

目の前は崖。

隣にはベルンエステルの姿。

あの後、モモンガは組合で謎の吸血鬼――要はシャルティアの討伐依頼を任されている。

 

「……」

 

思い出すのは、ここに来るまでに自分が行った……いや、命じたが故の顛末。

なんの恨みをない冒険者チームを、ナザリックの僕に始末させたのだから。

他でもない、自らの意思で。

他でもない、自らの選択で。

 

―ふふ。俺はもう、人間じゃないんだな……それに臆病者だ

 

モモンガは内心で苦笑した。

この地点はシャルティアがいる場所から2km程の場所。

理由は単純。

警戒の為だ。

何処にシャルティアの精神を操作した存在がいるかの確証がない以上、慎重にならざるをえなかった。

 

「ん。了解よ」

 

意識を隣に向ければ、<メッセージ>を受け取ったであろうベルンエステルと、視線が交わる。

 

「アウラとマーレが配置に付いたわ。もし襲撃にあって、敵の数が多ければ撤退で良かったかしら?」

 

「はい。助かります。……すみません、ベルンさん。細かな指令を代わって欲しいだなんて」

 

「これからモモンガさんは、大事な正念場があるもの。これ位どうって事ないわ」

 

「ホント……ありがとうございます」

 

風が吹いた。

モモンガの着込んだボロい服が揺れる。

普段とは余りにも違う装い。

準備したアイテムの数々も、普段ならば決して使用を考えなかった代物ばかり。

 

「ベルンさん」

 

「なに?」

 

「俺……これからシャルティアを殺すんですよ」

 

「…………」

 

「この指輪を……<星に願いを>を使えば、シャルティアの精神支配が解けるかもしれないのに…… 所持している世界級アイテムもそうです。使用回数や、切り札が惜しいからって、友人の――ペロロンチーノさんの娘を殺すんですよ? ははっ。酷い話ですよねぇ」

 

そう。

 此処に来る前に一度、モモンガはシャルティアの下を訪れていた。

言葉をかけても反応はなく、触れても反応しない。

壊滅したという冒険者チームの事を考えれば、シャルティアが戦闘を行う鍵は敵対する意思の有無だろうと予測出来る。

ならば被害のない段階での解決が望ましいのは当然だ。

解決の手段があり、糸口も掴んでいる。

なのにモモンガにはソレが出来なかった。

心が騒めく。

罪悪感しか感じられない。

 

「でも「いい? モモンガさん。良く聞きなさい」……ベルンさん?」

 

心の暗い感情を吐露していたモモンガをベルンエステルの言葉が遮った。

 

「なにもモモンガさんは悪くないわ。あの墳墓の全てが貴方にとって大事なモノ。それに順列を付けろだなんていう方が酷い話だもの。えぇ。酷い話よ」

 

ベルンエステルはモモンガの正面まで歩く。

手を伸ばして、モモンガの剥き出しの頬骨を撫でた。

 

「だから、貴方が気に病む事はない。悪いのは別にいる。今はわからなくても、いつかわかるわ。来たるその時まで――その憎悪を忘れないで。貴方の心は間違いなく、優しい人間よ。貴方の宝を、貴方の想いを大事にしなさい」

 

「ベルンさん?」

 

ベルンエステルの表情は変わらない。

だがクスリと小さく笑うと、バシンとモモンガの前頭骨を叩いた。

 

「わっ!?」

 

「くす。ほら、シャキッとなさいな。貴方はシャルティアを『救う為に』来たのでしょう? 湿気た面の王子様なんて、きっとあのコも願い下げだわ。ヒーローは何時でもどんな時でも、大胆不敵でないとね」

 

きっとコレがベルンエステルなりの、モモンガへの気遣いに違いないのだろう。

不思議とモモンガの心を覆う霧は晴れていた。

 

「ありがとうございます、ベルンさん。俺……必ずシャルティアを助けますっ!!」

 

 

囚われのヒロインを救う為。

 

 

白骨――ではなく、白馬の王子となる為に。

 

 

気合いを十分に、モモンガは動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……始まったか」

 

遠くに巨大なドーム状の立体的な魔法陣が見える。

いよいよモモンガとシャルティアの戦闘が開始されたのだろう。

一度だけ意識を向けて、ベルンエステルは迷いなく森の奥へと進んでいった。

暫く進んだ所で立ち止まる。

 

「今、ナザリック全ての関心はモモンガさん達に向けられているわ。だから誰にも見られない。誰も気が付かない。安心して頂戴」

 

ベルンエステルの言葉が森に響いた。

すると。

 

「お待ちいたしておりました、ベルンエステル卿」

 

目の前に1人の少女が現れる。

黒いストレートの長髪に紅い瞳。

綺麗な礼を1つして、ベルンエステルの前に立っていた。

 

「久しぶりね。妹達は元気かしら?」

 

「はっ! 時々殴りたくなる位に元気です」

 

「そう。あんたが道案内をしてくれるの?」

 

「はいっ! 不肖、このルシファーがお連れさせていただきます。どうぞこちらへ」

 

ルシファーを先頭に、木々の間を行ったり来たり。

少しすると広い場所に出る。

辿り着いたのは豪華な屋敷だ。

庭には薔薇が咲き誇り、見事な美しさを誇っている。

視線を扉の方へと向ければ、背筋を真っ直ぐ伸ばした執事の姿があった。

 

「九羽鳥庵へ、ようこそお出で下さいました。数日ぶりでしょうかな?」

 

「そうね。私のリクエストは覚えてる?」

 

「ぷっくっく! 勿論でございます。庭の薔薇を使った紅茶と、焼き立てのスコーンのご用意が。それと……奥の部屋でお嬢様がお待ちです」

 

「……案内して」

 

「こちらです」

 

執事が扉を開ければ、広々としたロビーが姿を見せる。

正面には1枚の絵画が掲げられていた。

 

「まだ、持っていたのね」

 

「はい。あの方のお気に入りでございましたので」

 

執事の後ろをベルンエステルは歩く。

左右にある半円の階段の内、右の階段を登りながらその絵を凝視した。

場所は何処かの庭園だ。

丸いテーブルには色とりどりの菓子が並び、それを囲う数人の魔女が茶会を開いている様子が描かれている。

その中の1人は、間違いなくベルンエステル自身であった。

カツカツと、廊下を歩く音だけが響く。

いくつかの角を曲がった先の一室で、執事は立ち止まった。

 

「お嬢様。ロノウェにございます。ベルンエステル卿がおみえになりました」

 

「どうぞ。お入り下さい」

 

「失礼いたします」

 

扉の奥から聞こえたのは若い女の声。

ロノウェと名乗った執事が扉を開ける。

 

「……」

 

ベルンエステルは無言で部屋へと入った。

 まず目に飛び込んできたのは、莫大な数の黄金のインゴット。

その輝きに隠れる様に、隣にある天幕付のベッドに腰かける女の姿があった。

女は立ち上がると、小さく笑みを浮かべる。

悲しそうな、嬉しそうな、……儚げな笑顔を。

 

「……お久しぶりです……と、言うべきなのでしょうか?」

 

「……いいえ。初めましてよ」

 

ベルンエステルが口にしたのは否定の言葉。

だが女はその言葉にホッとした様に、目尻を下げた。

 

「お心遣い、感謝いたします」

 

スカートを指先で持ち上げながら礼をする。

 

「ようこそお越し下さいました、大ベルンエステル卿。貴女様の事は皆から伝え聞いております」

 

金の髪と、サファイアの如く蒼い瞳。

その美しさも顔立ちも、ベルンエステルの記憶の中と変わらない。

だが、見た目だけだ。

放つ雰囲気が。

放つ言葉が。

自分を見る表情が。

軸からして異なっている。

 

「私は――2代目の黄金の魔女ベアトニーチェ。この時が来るのをお待ち申し上げておりました」

 

ベルンエステルはなにかを噛み締める様に瞳を閉じた。

 

「……そっか。あのコは逝ったのね」

 

「はい。今より200年は昔の事でしょうか。私は先代が遺されたバックアップデータを復元しただけの模造品。貴女様や先代の言う所での、NPCに近いモノです」

 

ゆっくりと瞼を開く。

 

「詳しく聞かせて」

 

「是非もありません、あちらでロノウェがお茶の準備をしてくれています。テーブルへどうぞ」

 

促されるままにテーブルへ向かう。

既に待機していたロノウェに椅子を引かれながら、腰を下ろす。

手元に、とても良い香りを放つ紅茶が置かれた。

ベルンエステルはそっと口をつける。

フワリと、薔薇の香が広がった。

 

「……美味しい」

 

「ありがたきお言葉ですな。さぁ、お嬢様もどうぞ」

 

「ありがとう、ロノウェ。……んっ……何時も以上に美味しいですね」

 

「ぷっくっくっく!! それでは私は部屋の外に控えております。ご用がありましたら、お声がけ下さい」

 

明るく笑いながらロノウェは部屋を出た。

きっと場の雰囲気を和ませようとしたのだろう。

確かに先程より、ベルンエステルもベアトニーチェも、浮かべる表情が柔らかかった。

 

「それじゃぁ、聞かせてくれるかしら?」

 

ベルンエステルの言葉に頷いて、ベアトニーチェは語り始める。

 

「はい。ベルンエステル卿は、十三英雄をご存知でしょうか?」

 

「話程度にはね。200年位前に魔神とやらを倒して、世界を救った英雄と聞いたわ」

 

「その認識であっております。かの英雄達の正体は、異世界に転移してしまったプレイヤーの集団。ですが正確に申せば13人以上が存在しました。他の者達は故意に存在を隠されたのです」

 

「……そういう事か。それは情報だけではなかったと」

 

「……ご明察の通りです。当時の世は魔神の恐怖に打ち震えていました。特に外見や扱う力が魔神を彷彿させる様な存在は、漸く平和を迎えた世にとって余りに不都合。国々が総出となり、邪魔な存在を葬る為に兵をあげたのです。その中には先代も含まれておりました」

 

ベアトニーチェは一度、言葉を区切った。

小さく息を吸い込んで続きを話す。

 

「無論、先代も激しく抵抗しました。ロノウェやワルギリア様、煉獄の七姉妹を従えて。一部の国に協力したプレイヤーなら兎も角、只の人間との力量差は明白。双方が命をかけた戦が大陸の方々で多発しました。ですが……ある日、先代は自らお命を差し出されたのです」

 

「! 何故?」

 

「生憎私の記憶には残っておりません。あくまで先代が屋敷にいる場合しか、バックアップ機能は使えませんでしたから。ロノウェ達によれば延々と人が死に続ける毎日を嘆いての事だったと」

 

「……馬鹿ね。ほんと馬鹿よ。自分から命をくれてやるだなんて…………なら、ワルギリアは? まだ姿を見てないわ」

 

「ワルギリア様は、先代の敵討ちと称されて単身で国々に挑み……最期はかの槍に貫かれたと……」

 

「槍? 槍ってまさか」

 

「聖者殺しの槍です。だからこそワルギリア様だけは復活が出来ません」

 

「まって。ならあのコは?」

 

「……ロノウェ達の話では、完全に蘇らなくなるまで何日も何日も……火にくべられ続けたそうです」

 

「……魔女狩りの正統ね。悪趣味にも程がある」

 

「先代はこの九羽鳥庵にバックアップ機能を備えておりました。先代の死後、ロノウェ達は真っ先にその事実を思い出した。その結果は、ご覧の通りです。名も姿も力も変わらない。だけど決定的に中身が、経験が、魂が違う悪趣味な模造品が出来てしまった。私は先代の記憶をもっています。ですが……」

 

「……ですが私にとってその記憶は、私の記憶ではない。それは他人の記憶なのです。どれだけ先代の記憶が溢れようとも…………私は私ですっ!! どうして! 何故っ、私の頭には先代がいるのですか!? どうして……私を……わた……し……が…………ひっく…………ぇう……」

 

ベアトニーチェはダン!!とテーブルに拳を叩きつける。

言葉は徐々に荒々しく変わり、最後の方には涙を流していた。

 

「―もう良いわ。もう…大丈夫だから」

 

「……ぇっく…………ぅ……ぁ……」

 

ベルンエステルは椅子から立ち上がると、泣き崩れるベアトニーチェを抱きしめる。

幼子をあやす様に。

壊れ物でも扱う様に、優しく頭を撫でながら。

 

「貴女はあのコじゃない。人はね。誰かの代わりになんてなれないの。大丈夫、私は貴女を見てるわ。目の前で泣いてる貴女を見てる」

 

「…ぁ……ぇぅ……グス……」

 

ベアトニーチェが顔を上げた。

その瞳には、微笑む魔女の姿がある。

 

「私は貴女のその意思を気高く思う。貴女の心を愛しく思う。貴女は確かに此処に在る。だから……貴女は生きていていいの」

 

「っ!!」

 

「貴女が背負うべき罪はなにもない。そんな罪など私が認めない。もし、貴女が自分を許せないというのなら私が赦すわ」

 

クスリとベルンエステルは笑った。

 

「…ぁ……」

 

「奇跡の魔女ベルンエステルの名の下に、貴女に卿の称号を贈る。そして私が後見人となって、正式に貴女を黄金の魔女と認めましょう」

 

そっと指でベアトニーチェの目尻を拭う。

 

「これから宜しくね。『ベアト』卿」

 

「!……はいっ……はいっ………!!」

 

抱き締める腕に力を込める。

 

それから暫くの間、新しき黄金の魔女は奇跡の魔女に抱かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや。お帰りですか?」

 

ベルエステルが扉を開ければ、微笑むロノウェが立っている。

浮かべる表情の種類から、もしかしなくとも中の会話が筒抜けだろう事は、想像に難くなかった。

 

「えぇ。ベアトなら泣き疲れて寝ちゃったわ。寝台に運んでおいたから後は宜しくね」

 

「っ! 畏まりました。それでは、入り口までお送りしましょう」

 

来た時と同じ様に、ロノウェを先頭に廊下を歩く。

カツカツと靴音が響くが、屋敷に流れる空気の質は恐らく違う。

入り口近くまで来た所でロノウェが立ち止まった。

クルリと振り向いて深々と頭を下げる。

 

「……感謝いたします、ベルンエステル卿。私達ではお嬢様の苦悩を理解出来ても、お心を救う事は出来ませんでした」

 

「ロノウェ様の言う通りです。家具一同、心よりの感謝を贈らせていただきます」

 

「「「「「「大ベルンエステル卿への恩義!! 我らは決して忘れません!!!」」」」」」

 

気付けば玄関ホールには、人が増えていた。

道案内をしてくれたルシファー。

それにルシファーと同様の衣服を身に纏った姉妹達、全員の姿がある。

 

「ふふ。その内また来るわ。今度は皆でゆっくりお茶が飲みたいもの。ヱリカ達も喜ぶでしょうし」

 

「うげっ!? あの変態が来るんですか!?」

 

「こ、こらレヴィア! 失礼でしょう!」

 

黄緑色の髪が特徴的な少女―レヴィアタンの頭を、ルシファーが掴んだ。

そのままギャーギャーと騒がしく口喧嘩を始める。

他の姉妹も巻き込んで、徐々にヒートアップしていった。

 

「あらあら。姉妹仲は良好ね。くす」

 

苦笑を1つすれば、黒髪をポニーテールにしたベルフェゴールがペコペコと頭を下げている。

 

「申し訳ありません、ベルンエステル卿。私からも後で注意しておきますので!」

 

「くすくす。これじゃぁ、どっちが姉かわかったものじゃないわね」

 

「返す言葉もないですな。ぷっくっく」

 

そしていつの間にやら、ホールは笑いに包まれていた。

 

 

――うむ! 実に見事であったぞ! 流石は妾の親友よ!! これで安心して旅立てるな――

 

 

「っ」

 

「おや? どうかされましたかな?」

 

「……くす。ちょっと懐かしい幻聴がね。そろそろ、戻るわ」

 

扉を開けて、森へと進む。

 

チラリと視線を庭に向ければ、沢山の紅い薔薇が咲き誇っている。

風がブワリと吹き荒れて、一斉に花弁が舞い上がった。

その花弁へと手を伸ばす。

しかし、拳は握らない。

まるで誰かをおくるかの様に。

 

「――またね。いつの世か、きっと会えるわ」

 

 

遠く伸ばした指の間で。

 

 

キラリ。

 

 

黄金の花弁が空へと溶けた。

 

 




第28話『救う心』如何でしたでしょうか。

今話はオーバーロードよりも、うみねこメインのお話でしたね。
楽しんでいただければ嬉しく思います。
尚、当作品ではベアト『ニーチェ』となりました。
理由はまたの機会にでも。
さて。
『ykrs0553』様、ご感想をありがとうございました。
『couse268』様、『鬼さん』様、『ナナシ』様、『アズサ』様、『月輪熊』様、『炬燵猫鍋氏』様、以前よりご感想を下さいましてありがとうございます。
そして! 
UAが10万突破です!
本編の区切りが良い所でお気に入り記念をやろうと思っていたら、さらにUA記念が増えていたという。
嬉しいですね。
その内に、書き上げようと思います。
お読み下さっている皆様に感謝を。
それでは次話にて。
                                    祥雲
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