彼もそう願ってる
どうか泣かないで
私もそう願ってる
どうか嘆かないでほしい
いずれ来る時を乗り越えて
そう、願わずにはいられなかった
その光景を、私は生涯忘れる事はないだろう。
……なんて。
いとも簡単に考え付けるのだから、我ながら笑ってしまいそうになる。
これこそ只の思考の遊びでしかないと自覚しているのだ。
尤も。
今こうして羽ペンを走らせている私にとっては、近くも遠い未来の可能性の1つに過ぎない。
尚更苦笑がこぼれてしまう。
私が想い、守りたいと願った宝石達。
その輝きを愛おしく思ってしまった。
その輝きが愛おしいのだと知ってしまった。
故に。
願わくばこの手記が私以外の手で開かれない事を。
ここに記すは、脈絡のない、私の気まぐれな落書きでしかないのだ。
■■の手記 冒頭より抜粋
会議室という役割の部屋は、割と何処にでも存在する。
一歩足を踏み入れれば、独特の緊張感すら感じられる場合もそう少なくはない。
たった今退室した男も、ある種の緊張の糸を緩めつつ溜息を溢していた。
「はぁ……」
「溜息をつくと幸せが逃げマス。意気消沈しているのであれば、療養する事をオススメする也や」
「誰の所為です、誰の。それに休暇なんて暫くとれそうもありませんよ」
「宮使いの悲しい現実デス。私も決済印ばかりの毎日は嫌デス。隊長殿の気持ちは十分わかりマス」
再びの溜息。
隊長と呼ばれた長髪の男の隣。
先程から独特な口調で話しているのは小さな少女だ。
神官服とも違う奇抜な蒼い装束に身を包み、色素の薄い菖蒲色の髪を左右で巻いている。
すっぽりと頭を覆う帽子と体格とのアンバランスが目についた。
しかし、この風貌でいて自らよりも年上らしいのだから人は見かけによらない。
「……というか、何故貴女まで退室したんですか? 流石に一応主役であった貴女が会議を抜けるのは問題では?」
「元が付きマス。今は只の平デス」
自らも漆黒聖典隊長というスレイン法国における重要ポストだという自覚があるが、隣を歩く彼女も大概である。
スレイン法国主席異端審問官『十戒』と言えば、僅か数か月で頭角を現した存在なのだ。
「いや。只の平があの会議室に座れる筈がないでしょう。座席のプレートにも貴女の名前がありましたし」
「先日ちゃんと辞退願を出したのデスが、一向に部署替えの知らせが来ないのデス」
「いや、それは普通に受理されないでしょう」
不機嫌そうに唇を尖らせる姿だけ見れば、外見相応の童女のように微笑ましい。
「なので腹いせにあの会議に出席している全員の洗髪剤に、脱毛成分のあるポーションを混ぜておきまシタ」
「……全員ですか?」
「全員デス」
「…………私も入ってます?」
「全員デス。特に貴方の男らしくない長髪が個人的に好ましくないのデ」
「それは……帰りに新しい洗髪剤を買う事にしますか」
彼が前言を撤回しようと強く思ったとしても、決して悪い筈はないだろう。
神人であり、その力を覚醒させた彼に大した被害はないだろうが、他の司祭達は別だ。
多くが歳老いているし、頭髪もお世辞には豊かとは言えない。
そんなある意味でズレた思考をしながら通路を進んでいると、会議室に居なかった存在が壁にもたれながらカチャカチャと手元のカラフルな小物を弄んでいた。
十代前半に見える少女の形でいて、隣を歩くヘアーテロリストと同様に実年齢はかけ離れている法国『最強』。
左右で白銀と漆黒という矛盾した髪色すら、彼女の異質な美しさを引き立てるスパイスでしかない。
漆黒聖典番外席次『絶死絶命』
こちらに気が付いたのか、ヒラヒラと手を振って来た。
「これ一面だと簡単なのに、二面になると難しいのよね」
彼女の手元で小さな正方形のソレが跳ねた。
六大神が広めたとされるその玩具の名称はルビクキュー。
彼にとっては六面全てを揃えることも、手間ではあるが出来なくもない。
しかし、素直にそう言えば面倒臭い事になる気がして苦笑いで返した。
「今度またコツ教えてね」
「勿論デス」
そして意外な事に、小さい方の彼女はこの玩具が得意らしかった。
ほんの5、6秒で六面全てを揃えてみせた時の衝撃は記憶に新しい。
「それで一体何があったの? 神官長達が総出になる会議なんてそうないじゃない」
そう言うのならちゃんと会議に出て欲しい、とは思っても口に出す事はしない。
彼の経験上、彼女がきちんと他人の話を聞いた所なぞ数える位しかない。
今この時ですら、彼女は一度として視線を自分達には向けていないのだ。
「一応確認しておきますが、報告書に目は通しましたか?」
「読んでない。むしろ事情をしっている人に聞いた方が確実だし楽だからね」
「確かに一理ありマス」
「まぁ、良いでしょう。簡潔に言えば任務中に吸血鬼と思しき未知のアンデッドと、少女に遭遇しました。死者3名。重体1名。任務の続行は困難と判断し、撤退したという訳です」
「へぇ。誰が死んだの?」
まるで夕食の献立を尋ねるかの様な軽さで彼女が問う。
そこに同じ部隊の仲間を悼む色は微塵も感じられない。
「吸血鬼の攻撃からカイレ様を守ろうとしたセドラン。動きを止めた吸血鬼を捕縛しようとしたボーマルシェ。そして偵察を行おうとしていたアレウスの3人ですね」
「ふーん。最近、土の神殿ごと巫女や神官達が消えたばかりだっていうのに、漆黒聖典でも3人が死亡とはね……あ、陽光聖典もか。わぁ、不幸だらけ」
「重体なのはカイレ様。何らかの呪いによる効果だとは思われるのですが、傷が治癒魔法で回復出来ず。一時的に序列から外し、こちらの彼女が新たに加入する事に決まりました。吸血鬼は現状放置ですね」
「一時的って……どの問題も先延ばしにしかしてないじゃないの」
「それだけ上も混乱しているのでしょう」
会議でも話したが、あの吸血鬼に正面から戦いを挑んで勝てる存在は限られてくる。
それこそ神人か竜王位しかいないだろうからだ。
ならば、一定ライン以上の警報機代わりと考えた方が賢い。
幸いあの吸血鬼がいるのは王国領。
倒せる存在が現れたとして、それを警戒する方がよっぽど理に適っている。
「でもそりゃ、吸血鬼じゃないでしょうよ」
「気付きますか」
「竜王じゃないかな? 吸血の竜王か朽棺の竜王あたり」
口元が裂けんばかりに引き伸ばされる。
狂気じみていて純粋さを孕んだ笑みが形作られた。
「……両竜とも既に滅んでますよ?」
「どっちもアンデッドの竜王。本当に滅んでいるかなんてわからない」
漸く彼女の視線が此方に向けられ、そこで彼女の瞳が喜色の色を帯びている事に気が付いた。
髪と同様に左右で色の違う瞳は爛々と輝きを放ち、彼女の体から闘気が迸る。
「私と吸血鬼、どっちが強そう?」
「あなたです」
その問いを予想していた彼は、即座に口を開く。
すると彼女は落胆した様子で再び視線を玩具へと落とした。
「残念。折角、敗北を知れると思ったのに」
その呟きを聞いた時。
間違いなく彼の心は安堵した。
本人に自覚がないままであったとしても。
「あ。そういえば貴方、結婚しないの?」
「相手がいないもので。それこそ、貴女はしないのですか?」
「私? もし私に勝てる男がいればしても良いかな。十戒は?」
「私デスカ? 生憎と私も素敵な出会いとは無縁デス。大切な友人達はいマスガ」
「世知辛い世の中ね」
「デス」
「ふふ。何処かに居ないかしらね。そんな男が」
そんな存在が現れたと考えてみると。
あの『少女』の話題をしなかったのは偶然か否か。
いつの日か、この自覚なき安堵の意味を彼が知る時が来るのだろう。
どうしてか不安に駆られる自分に、彼は首を傾げた。
「……はぁ……」
もう何度目になろうかという溜息を溢す。
吐き出した吐息の代わりとばかりに、グラスに入った液体を勢い良くあおる。
「……おかわり。次、ちょうだい……」
言葉とは裏腹にゴツンという鈍い音をカウンターに響かせて、シャルティアはバーテンダーである副料理長に告げた。
ここはナザリック地下大墳墓第九層。
ギルドメンバー達の居住区画であるロイヤル・スイートとは別に存在する、娯楽施設を集めた区画。
その中のショットバーを意識した部屋だ。
「こちら<淑女の涙>でございます」
「ん」
濁った眼差しのままグラスを受け取る。
そのまま風呂上りの一杯という表現がピッタリなモーションで喉奥に流し込んだ。
すでに何杯目であろうか。
先程と全く変わらない様で、グラスをカウンターに叩き付ける。
「……少し酔っちゃったかしら」
「ペースもお速かったですしね。今日はもうお休みになられては?」
「……いや、帰りたくないのよ……帰れないわよ……」
「左様で……」
そう。
どの口が言うのだ。
シャルティアは内心で自虐的に笑った。
このやり取りも、この場所に来る事も、全てが己の浅ましさでしかない。
あの日。
自分は決して許されない罪を犯した。
至高の御方々の為に在る筈の身でありながら、その命を刈り取らんと槍を向けたのだと。
そう『後から』聞いた。
玉座の間で目を覚ました時。
自らを抱き締める愛おしい死の支配者の抱擁に心が躍った。
でも、かの御方が発したとは思えない厳格でいて、何故か泣きそうだと感じられた謝罪の言葉を聞いた瞬間。
ビキリ、と。
胸の奥で何かが割れた音が……
「どうしたのですか、シャルティア様?」
「ごめんなさい……言いたくない事なの」
指先でグラスを弄る。
――は……我ながらなんて……情けない……
ここに居るのも誰かに慰めて欲しいからで。
ここに居るのは誰かに気にして欲しいからで。
ここに居るのは誰にも会いたくないという矛盾した気持ち。
許されたい。
許されたくない。
必要として欲しい。
必要として欲しくない。
相反する感情がグルグルとシャルティアの胸を巡り……抉っていく。
自分でも気が付いているのだ。
まるで幼子の様な癇癪でしかないと。
だけれど理解と納得は別だ。
だからこそ理性と感情も別なのだ。
もし仮に。
この心を救う事が出来るとすれば。
「……おかわr「こんばんわ、シャルティア。隣、良いかしら?」……ぁ……ぁあ……!……!」
不意に耳をくすぐった声に振り返る。
グニャリと視界が歪んだ。
溢したくもないのに、嗚咽が……涙が止まらない。
「くす。ほら泣かないの。折角の可愛い顔が台無しよ? ……シャトーの93年を頂戴」
「畏まりました」
キュポンと、小気味良くコルクの抜ける音が響いた。
曇り1つないグラスにトクトクとワインが注がれる。
「どうぞ」
「ありがと」
近くの筈のやり取りが、何処か遠い所で行われているのならば、どれ程気が楽だっただろう。
――……そんなのは嘘だ
隣に座っているのは誰だ?
そんな事は解りきっている。
――……あぁ……そうだ……私は……
隣に座ってくれているのは誰だ?
そんなもの見えずとも判断出来る。
――……ただ……一言だけで良かったから……
「さぁ。一緒に呑みましょう? 1人だけで呑むのに飽きちゃった所なの」
「……ぁ……」
――……隣に居て良いよって……
「……言って……くれた……」
「ん? どうしたの?」
普段とは若干違う柔らかい声音が脳に伝わる。
歪んでいた視界も、気が付けば晴れていた。
柔らかいガラスの明かりが、シャルティアの眼前を照らす。
薄暗い室内でもその場所だけが輝いている様にシャルティアには感じられた。
「……是非ご一緒させて下さい。ベルンエステル様」
「あら。悪いわね」
スッとグラスが差し出される。
慌てて手元に視線を落とすと、何時の間にか空だった筈の自分のグラスに、十色に光る美しいカクテルが注がれていた。
「これは……」
「<ナザリック>でございます。こちらの御方から」
「っ!」
その言葉と、込められたであろう意味にシャルティアの心臓が跳ねた。
震える体を無理矢理ながらも抑え込む。
「……ナザリックに」
「ナザリックに」
チン、と。
穏やかな音色が木霊する。
あぁ。
もし仮に。
この心を救う事が出来ると、出来たとするならば。
それはきっと。
「ん。美味しいわね」
「……っ……はい……はいっ!」
素敵な魔法に違いなかった。
NEW31話『霧を払いて』お楽しみいただけたでしょうか?
こちらは昨日投稿していた内容が後半部分に来て、前半部分を新たに加筆してあります。
改めまして更新遅延の理由としては、作者のリアルでの体調不良が原因です。
申し訳ないですね。
本文の最後の行。
素敵な魔法という部分ですが、こちらは読み手の皆さまのお好きなルビを振って下さればと。
そのままでも構いませんし、魔法の部分を『きせき』と読んで下さっても、素敵な魔法を『白い魔法』と読んで下さっても面白いかもしれませんね。
冒頭の詩と本文書き出しが今までにない表現にしてあります。
こちらも是非、考察等にお使い下さい。
現段階とこれからの謎解きに挑戦なされる強者。
そんな、我こそは!という方がおられましたら……何時でも考察を。
さて。
『俺YOEE』様、『菊池 徳野』様、『モレ(一般人?)』様、『炬燵猫鍋氏』様、
『ナナシ』様、『yoshiaki』様、『鬼さん』様、『白金』様、『ひろりあん』様
ご感想を下さいまして、ありがとうございます。
修正前の31話でご感想を下さいました
『鬼さん』様、『まろんさん』様、『山崎門』様
ありがとうございました。
ご感想等、いつでもお待ちいたしております。
それでは、次話にて。
祥雲