奇跡と共に   作:祥雲

34 / 43
万華鏡を覗いてみた。
    同じ景色はあり得ない。

万華鏡を覗いてみた。
    望んだ景色は選べない。

万華鏡を覗いてみる。
    移ろう景色を忘れない。

    


遊戯

改めて振り返ってみると、この落書きも中々どうして愛着が……わかないものだ。

 

普通は僅かでもページが埋まっていけば、ほんの少しの愛着がわきそうではあるが、どうやら私は違うらしい。

 

全てが終わったら暖炉にでもくべてスープを作ろうか?

コチジャンたっぷりの激辛スープとか良いかもしれない。

もしくはお茶を沸かして、静かなティータイム?

久し振りに鍋で小豆を煮て、おはぎを作ってあげるのも良い。

 

未来を夢想するのは自由。

 

そしてソレを決めるのは、何時だって自分の選択に他ならない。

 

                                  ■■の手記より抜粋

 

 

 

 

 

 

雨音が路地裏に木霊した。

 

 

よく雨の日を無音と表現する人もいるが、そんな事は決してない。

雨を受ける屋根は一定の音色を奏で。

壁を伝う滴は路へと落ちて、小さな水溜りを生むのだ。

 

王都リ・エスティーゼの道路は、傍目にも舗装が十分ではなかった。

土と砂利が雨を吸っては、粘り気を伴った濁りあるペンキと化して道を塗り替えていく。

バシャリと泥水が跳ねる。

歩く度、足音に追従して奏でられる音色は、まるで愛を謳う小夜曲の様。

そんな事を考えていた所為か、曲がり角から来た男にぶつかり、尻餅をついた。

 

「……」

 

「! すまねぇ、嬢ちゃん。怪我はないか?」

 

ボンヤリと見上げれば降り注ぐ滴の向こうに、細身の男がこちらを見下ろしている。

 

「……えぇ。この通り無事ですよ」

 

男の両手は引き摺る様に麻袋を抱えている為、空いていない。

仕方なく自分の両手で身体を起こした。

この世界では上等な部類のドレスだが、気にも留めずに両手の泥を拭う。

 

「さて。退いていただけますか? この先に少し用事があるもので」

 

その言葉が意外だったのか、男の眉が僅かに跳ねた。

 

「……嬢ちゃん、悪るい事は言わねぇ。来た道を戻りな。そして早く家に帰るんだ。見た所、良い家のお嬢様だろう? なにがあったかなんざ知らねぇし、聞かねぇがよ。この先には明るい夢物語なんてありはしねぇ」

 

それが男に言える精一杯。

ほの暗い世界に生きる男が、目の前にいる『まだ救える』存在に言える唯一の言葉だった。

 

「ふふふ。お優しいですね。ですが、お断りさせていただきます」

 

「……そうかい……」

 

男の視線が外される。

そこに灯る色は憐みか同情か。

しかしながらそんな感情は、見当違いも甚だしい。

互いにすれ違い、数歩ばかり進んだ所で男に声がかかった。

 

「あぁ、私からも宜しいですか?」

 

「……は?」

 

「貴方の腕。僅かに筋肉の付き方が独特です。それに身体の重心もほぼブレていない。そんな『人1人』ありそうな袋を抱えてね。掌の皮膚のすり減り具合からして日常的に荒事をする職には就いていなかったのでしょう。しかし、そうすると先の事実と矛盾します。ならば、限定的に命を張っている? NO。それにしては足の運び方が普通過ぎる。ワザとやっている可能性も考えましたが、癖が全く見えないので除外出来ます。それに先程の言葉と視線からして、特に『女性』に対する気遣い……いえ、寧ろ後悔……懺悔の念でしょうか? そういった感情がある事もわかりました。はて? そう言えば、娼館等で商品を調整する人間が居るらしいですねぇ。最近では昔ながらの鞭や梁型ではなく、手っ取り早く感情や体を弄れる素敵なお薬があるそうで? ……みるみる仕事の機会が減って、裏方のゴミ掃除に駆り出される事が多くなってしまった。すると今までの行いを鑑みる時間が出来て……と。まぁ、こんな所でしょうか? くす! お気の毒に」

 

そう一息に捲し立てた。

 

「なっ……!?」

 

弾かれた様に男が振り返る。

 

「どうでしょう? ただ一瞥しただけで、私にはこの程度の推理が可能です」

 

驚愕に彩られた表情が、何よりの答え。

 

雨音が響く。

 

「……それと最後に1つだけ。出来る限り遠くのゴミ捨て場に行かれた方が宜しいかと」

 

楽し気な笑い声が反響する。

 

「……どうしてだ?」

 

「只のお節介ですよ。なにより……探偵が犯人であってはならないもので。無駄なトリックは作りたくありませんし? まぁ、私は探偵で魔女ですが! くす!」

 

 

 

天から降り注ぐ滴が全てを洗い流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

小気味よい金属音が耳をうつ。

 

中々に高級そうなテーブルの上に、光り輝くコインが散らばった。

その輝きに魅入られる訳でもなく、どこか濁った雰囲気を醸し出しているのは、ヘルムを脱いでガッシリと頭を抱え込んだモモンガである。

 

「……ヤバイ。……どれだけヤバイかっていうと、ガチャ爆死後の給料日2日前位ヤバイ……」

 

念の為に幻術で作ってある柔和そうな顔が歪んだ。

視線の先にあるのは、テーブルの上で小高い丘と化している金貨の山。

王都だけでなく、大陸で考えてみても明らかな一財産と呼べるだけの額だが、ナザリックの外で唯一の収入としては些か心許ないのが本音であった。

しかもそれが、『中途半端』に金貨の山だったのが災いしている。

 

もし仮にこれが銀貨数枚とかだったのであれば、モモンガも激しい危機感を覚え、普段通りに精神が沈静化されただろう。

なれど、この世界でも紛れもない一級の価値ある金貨を持っているという事実。

心の片隅に生まれてしまった余裕という名の贅肉は、中年サラリーマンのお腹に這い寄る混沌の如く、ひっそりと……そして確かにジワジワとした焦燥感を感じさせるのだ。

 

―……マジで金が足りねぇ! ど、どうしよう……いっそモツでも売りさばいて……いや待て! 俺骨じゃんよぉ!? ……ろ、肋骨って需要あるのかな? …………ないな!

 

一瞬脳裏に素敵な愛と勇気の賭博場の光景が過るも、ふと現実を思い出して溜息を吐いた。

仮の話。

もしモモンガの肋骨が市場に出回った場合は、あり得ない魔力を内包したアーティファクト扱いされる。

某法国では、死の神の遺物が発見されたとかでお祭り(赤い化粧が綺麗な)騒ぎになるだろう。

まぁ、それよりも先にどこぞの恋する守護者統括ちゃんが回収するだろうが。

 

「…………」

 

モモンガは無言で目の前の金貨を小分けしていく。

 

―……まず……セバス達の活動資金の追加分で……これ位!

 

金貨の山の内、半分近くが一気に削られた。

 

―………つ、次に蜥蜴人の村の復興支援と、各所の道具調達に使う部分で……まてよ? 今のアダマンタイトとしての地位を使えば……! となるとこの位か?

 

何枚かがモモンガの指先とテーブルの間で移動する。

最終的に手元に残った金貨の枚数は、辛うじて二桁と少し。

 

「……やっぱ安定した定期収入がないときついな。商人にパトロンになってもらうにしても、金で動く俗物のイメージが定着したら元も子もない……」

 

モモンガは頭を悩ませる。

つい先日、冒険者モモンとしての功績が評価され、大陸でも3パーティーしか存在しないアダマンタイト級の冒険者に昇格した。

余りに異例なスピード出世であるのは、モモンガ自身、十分に理解しているからだ。

 

その背景にあるものこそ、正しく人々が思い描く英雄譚。

誰もが称賛し、誰もが喝采する。

そんな英雄としての偶像こそが今の自分達に求められているのだ。

『気たるべき時』の為にも、他人の評価には気を使っておかねばならないだろう。

 

「……はぁ。こんな部屋も要らないけど、英雄としていくらかの格があるって思わせとかないといけないしな。いざって時に舐められるのは面倒だ」

 

そんな理由もあって、モモンガはエ・ランテルでも最高と名高い宿屋の、これまた最上の一室を借りている。

今この場に居ないバトラとは違い、モモンガは睡眠も食事も必要としないのだから、いくらポーズとはいえ極力無駄な出費は避けたい所。

しかし、対外的にはこの都市で唯一のアダマンタイト級の冒険者がその辺の安宿などに寝泊まりしていれば、それはそれで辺に勘繰られるかもしれない。

 

「見栄とメンツってのはその時々で大事だけど…………冒険者として駆け出した時の安っぽいベッドが懐かしいなぁ」

 

だからこそ、モモンガは無駄な出費と理解して尚、今の宿屋を変えられないでいた。

 

「……う~ん……どうしたものかなぁ。依頼を受けるにしろ、最近は安い報酬の仕事しかない。かといってあんまり依頼を受けすぎても、他の同業者の反感買っちゃうし……はふぅ……」

 

再びの溜息。

なんとなく視線を金貨から、窓に移した。

宿一番の部屋という事もあって、部屋が位置するのは建物の最上階だ。

汚染されたリアルとは違う、透き通る様な青空でも見れば気分転換には十分だろう。

そう考え、モモンガは窓を見る。

 

―……ふふ……あぁ……やっぱり空は綺麗だなぁ。ほら、あんなにサラサラと流れる様に『青』が踊って……ん? んん!? あれ!? それは可笑しくない!?

 

モモンガは幻の瞼をゴシゴシと擦る。

難度目を凝らしても、広がる青空の中に、深い色彩の青色が揺れていた。

 

「って! あれベルンさんじゃん!? 何してんの!?」

 

そう。

目を凝らしてみれば、宿屋の反対側にある建物の屋根の上にベルンエステルがポツンと座っていたのだ。

驚くモモンガが目に入ったのか、こちらにヒラヒラと手を振っている。

慌ててモモンガは<メッセージ>を飛ばした。

 

『ベルンさん!? そんな所でなにしてるんですか!?』

 

『気分転換に散歩してたら眠くなっちゃって。適当に休んでたのが偶々モモンガさんの宿の向かいだったのよ』

 

『えぇ!? そ、そうだったn……って騙されるかぁ!? あんなニンマリと笑っておいてそれはないですよね!? ハッ! まさか俺が資金繰りに頭を悩ませる姿を見て楽しんでたんですか!? ヒドイ! ベルンさんの魔女! ドSぅ!』

 

『……モモンガさんが普段私をどう思っているかが良くわかったわ。はぁ……折角、お金持ちのスポンサーをt……『わぁい! こんな俺で良ければいくらでも見て下さい! ささ! どうぞこちらの御席へ! すぐにお茶を準備させます!!』……窓、開けてくれるかしら?』

 

『はいな!』

 

勢い良く窓を開け放ち、宿からサービスで勝手に用意されていたお菓子を並べる。 

後は廊下に出て適当な給仕を捕まえればOKだ。

何時も1人位は控えているものだと、受付が話していたのを思い出したのだ。

 

「あぁ。そこの君。茶の用意を頼めるか? 急ぎ持ってきてくれ」

 

モモンガは『偶々』扉の近くに居た金髪の女性に声をかける。

 

「……? えっと……お茶……ですか? ……でも……あの……その……私は……」

 

―あれ? なんか随分オロオロしてるな。……もしかして、こういう高級宿ってお茶ですら自分で指定するもんなのか?

 

「銘柄はなんでも良い。君が薦めるモノを用意してくれ。では頼んだ」

 

そのままパタンと、モモンガは扉を閉めた。

 

既にモモンガの意識は室内のベルンエステルへと向いている。

閉めた扉の向こうで、先程の女性が漏らす言葉など聞こえる筈もない。

 

「……ど、どうしましょう……私、自分でお茶を入れた事なんて……はぅぅ……困りました……」

 

もしもモモンガが積極的に宿の中を歩いていたのなら、違和感に気が付けただろう。

 

金髪の女性はオロオロと、明らかに給仕には似つかわしくない仕立ての良いドレスを揺らす。

その海原を思わせる碧眼には動揺からか、うっすらと涙が浮かんでいた。

なまじ、モモンガが普段ドレスを見慣れている為に、この異世界におけるその価値を知らない。

目にした生地の良し悪し等、論外だ。

 

「……あ! そう言えば手土産に持ってきた薔薇茶があります! あ。でも……茶器って……受付に行けば貸していただけるものなのでしょうか?」

 

 

そもそも、客人の世話をする給仕がドレス姿で仕事をする筈がないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

パタンと、扉が閉まる。

 

―ふぅ。流石は高級宿。給仕の恰好まで拘るのか……焦ったぜ

 

額の汗を拭く仕草をして、モモンガはテーブルへと向き直った。

そのまま椅子に深く腰を落とす。

 

「……」

 

そこでベルンエステルが怪訝そうな表情をしている事に気が付いた。

 

「えっと……どうかしましたか?」

 

「……ねぇ。廊下に誰か居たでしょ?」

 

「あ、はい。ドレスを来た綺麗な女性が居ました。多分、この宿の給仕でしょう。お茶の用意をお願いしましたよ」

 

「ぷっ! あははははは!!! ソレ本当!? 流石モモンガさん!! ちっとも予想してなかったわ!! あははははは!!!」

 

モモンガの答えの何が面白かったのか、ベルンエステルは腹を抱えて笑い出した。

普段以上に笑い転げるベルンエステルの姿に、モモンガは内心驚愕する。

 

―え!? なに!? なに!? どしたん!? 

 

「あ、あの……? 俺……なにかしましたか?」

 

「くす! さっきお金持ちのスポンサーの話をしようとしたでしょう? モモンガさんに途中で言葉を遮られちゃったけど」

 

「えぇ。その事を聞こうとして、今こうしてお茶を待ってるんですが……」

 

「そのスポンサーね。実はこの宿に連れて来てたの」

 

「え゛!? い、いきなりですか!?」

 

まさかの言葉にモモンガは再び驚愕した。

だが、こんな言葉をご存じであろうか?

二度ある事は……三度あるのだ。

 

「でね? そのコがどうしても挨拶したいって言うから、部屋の前で待っていて貰ったのよ」

 

「え?」

 

「綺麗な金髪碧眼で、ドレス姿の筈なのだけれども」

 

「……え?」

 

ビシリとモモンガが固まった所で、扉が開く。

 

「あら。遅かったわね」

 

そんなモモンガ越しに、楽しそうなベルンエステルの視線がゆっくり開いた扉へと向けられた。

 

「すみません。ティーセットを受付でお借りしてて……」

 

「くすくす。ヒドイわねぇ。客人にお茶を用意させるなんて」

 

「いえいえ。私が我儘を言って押しかけたのですから、これ位は……」

 

錆び付いたブリキ人形の様な動きで、モモンガは振り向く。

 

其処には先程、お茶の用意を頼んだ女性が朗らかな笑みと共に、とても良い香りを携えながら立っていた。

 

「えっと……お茶を淹れるのは……は、初めてで! 美味しく出来ていれば良いのですが……」

 

女性はモモンガの視線を受けて、ニコリと微笑む。

 

「お初にお目にかかります。漆黒の英雄モモン様。私の名はベアトニーチェ。この度、モモン様の専属顧問錬金術師をベルンエステル卿より仰せつかりました。手始めに黄金のインゴットを5本程用立ていたしましたので、どうぞお納め下さい。何分私には無用の品。ご入用の際はお好きな時に、お好きなだけ差し上げましょう」

 

そう言ってトレイに被さられた蓋が開けられれば、湯気の立つ紅茶と一緒に眩い黄金が目に入る。

 

 

「……えっと……ドッキリ?」

 

 

余りの予想をぶっ飛ばした展開に、そう答えるのが精一杯だった。

 

 

「ふふ。まさか! なんでしたら1tでも、10tでもご用意出来ますよ?」

 

 

それは覚悟の証。

 

それは小さな恩返し。

 

 

いつの世のも、何時の時代も。

 

黄金の煌きは変わらない。

 

 

「ん……美味しいわね」

 

 

「本当ですか!? やった!」

 

 

「あの……え? どゆ事?」

 

 

 

相応しき結末を彼が紡ぎ出してくれますように。

 

 

 

若き『無限』の魔女が表舞台へと舞い戻る。

 

 




第34話『遊戯』如何でしたでしょうか?

割と悩ましい原作5巻部分。
資金繰り=あの御方で解決! なお話です。
ほぼ駄文ですが、楽しんでいただけていれば嬉しく思います。

前話でご感想を下さりました『鬼さん』様、『亜姫』様
誠にありがとうございます。

ここで1つ、作者からお知らせです。
今話投稿前の段階で、作者の中のある目標値が達成されましたので、改めて色々な記念回としてのお話を書きたく思います。
別途で活動報告を『ご要望箱』というタイトルでご準備いたしておりますので、
こんなネタを是非!
とか
こんな話を見てみたい!
というご要望がございましたら、そちらまでご連絡下さい。

以前にも一度似たような事をやりましたがね……懲りない作者でございました。

ご意見・ご感想、毎度楽しみにさせて頂いております。
それでは次話にて。
                                    祥雲
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。