奇跡と共に   作:祥雲

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旅路で兎と出会った
    きっと良い事があるよと、彼女は笑う

再び旅路で兎と出会った
    良い事があったでしょと、彼女は笑う

三度旅路で兎と出会った
    シアワセを運んで来たと、彼女は嗤う

そこでふと、思い出す

私は一人で旅をしていた筈なのだ



信念

救いとは時に残酷である。

 

 

一縷の望み。

その希望。

 

奈落の底で差し込んだ光程、人間が縋りたいと願うものは存在しない。

 

「助けて欲しいですか?」

 

救いとは時に警告と同義だ。

差し込んだ光の先を、奈落から見通せる筈もないのだから。

 

王都の路地裏で、今にも消え去りそうな命の灯を燃やす1人の女性にとって、自らを見下ろす精悍な老執事こそがその光で。

老執事―セバスの低くも暖かみを感じさせる声こそが唯一の導。

 

「貴女は……この私に助けを求めますか?」

 

だからこそ。

 

「   」

 

例え潰れた喉から意味ある音が発せずとも。

震えの止まらぬ己の唇が、満足に動かないとしても。

その瞳だけは決して逸らさずに――刻み付けていた。

 

己の意思を。

魂の慟哭を。

生への執着を。

 

「――― -― 」

 

音とは空気の振動である。

それが鼓膜を震わせて初めて意味を伝えるというのであれば。

この場に居る誰もが聞き取れなくとも。

確かにセバスには届いたのだ。

 

「……今は静かにおやすみなさい。貴女はこの私の庇護下に入ります」

 

ゆっくりと、そして優しい力加減でセバスの手が女性の瞼におろされた。

その温もりに本人が意識してかどうかはわからないが、女性は僅かに口元を綻ばせる。

そこで女性の体から力が抜けた。

しっかりと女性の体重を支え、セバスは静かに地面へと横たえさせる。

 

ボロボロの髪と肌。

ガリガリにやせ細った体躯。

元は端正であったであろう顔は、内出血や病気の所為と思しき淡紅色の斑点とで、かつての面影なぞ皆無だ。

しかし、セバスには別の姿が重なって見えた。

人懐っこい笑みを浮かべる少女の姿が、確かに見えたのだ。

 

「嘘だ……そいつに喋られるだけn「嘘?」……! あ……い……ぁ」

 

セバスの視線が路地裏に立つ男を射抜く。

視線で人を殺せるとするなら、それは今セバスが放つ眼光こそがそうであろうか。

 

「貴方は……この私が貴方如きに……嘘をついたと?」

 

「ぁ……ち、ちが……」

 

男の喉がごくりと音を立てる。

ジリ……と、微かに後退る靴音が聞こえた。

その様に障害にはならないと判断したセバスは腰をかがめる。

 

「では彼女は連れて行かせていただきます」

 

「ま、待ってk……いや、待ってください!!」

 

声を張り上げた男をセバスは見やる。

 

「まだ何か? それとも時間稼ぎでしょうか?」

 

「ち、違う! あの……そいつを連れて行かれるのはマジィんだ。確実に厄介な事になる! あんただけじゃねぇ! あんたの御主人様もだぞ!」

 

「厄介な事ですか? それはどの様な?」

 

セバスの問いかけに男は心底怯えた様子で口を開いた。

 

「あんたも知ってんだろ? 八本指を!」

 

その名前にセバスは覚えがあった。

情報収取を進める中で、王国を裏から牛耳っている犯罪組織であると。

 

「あんたがそいつを連れて行っちまえば、俺が仕事を失敗したって事になって、罰を食らっちまうんだ」

 

男の媚びる様な視線に対し、セバスは絶対零度ともとれる冷ややかな視線と言葉を返す。

 

「彼女は連れて行きます」

 

「か、勘弁してくれ! 俺が殺されちまうんだよ!?」

 

「……ならば逃げなさい。この国の外まで行けば、とりあえずは大丈夫でしょう」

 

一瞬、この場で殺してしまおうかとも考えたが、デメリットとメリットが釣り合わない。

ここで男を殺しておいた方が安全ともいえるが、そうなれば彼女を捜索しようとする輩が出てくるだろう。

時間稼ぎとは言わないが、ある程度安全を確保出来るまでの間は、この事が男側の組織に露見する時間が多いに越した事はないのだ。

 

―それに彼女の知り合いに迷惑が掛かるかもしれません

 

と、そこまで考えた所でセバスは首を捻った。

 

―……なぜ……私は彼女を助けようとしているのでしょうか?

 

そう思い至った動機が理解できない。

自分以外のナザリックの存在であれば、簡単に手を引いて路地を抜けて去ったであろうに。

しかし、現に自分はこうして女性を助けようと動いている。

何故だ?

何が自分をこうも駆り立たせる?

グルグルと、終わる事のない自問がセバスの脳を巡る。

軽く頭を振って、今はこの事を考えるべきではないと棚上げした。

 

「これで組合に向かいなさい。 腕利きの冒険者でも雇えば、あるいは逃げ切れるでしょう」

 

セバスは懐から革袋を取り出すと男へ放った。

訝し気な表情を浮かべる男であったが、袋の中身を見た途端目を見開く。

袋の中にある金額に驚愕したのだろう。

セバスはソレを横目で見ると、踵を返して路地裏を後にする。

 

―――誰かが困っていたら

 

「……助けるのは当たり前……」

 

ずっと心の奥底で木霊している言葉を口に出す。

 

コレが何時から自分の中にあったのかはわからない。

 

だが、ソレが正しいのだと感じる自分が確かにいて。

 

「……たっち・みー様ならば……どうされたでしょうか?」

 

今は遠い、己が創造主を夢想する。

 

 

見上げた空は何処までも広く、美しい。

 

 

 

苦笑を溢して、セバスは拠点としている宿へと歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

老執事が去るのを、男は茫然と見送る。

 

 

「…………なんだってんだよ、一体……」

 

あの執事の眼力。

まるで視線が、いや、肉体そのものが抜き身の刃の様に感じられた。

男も伊達に裏社会で生きている訳ではない。

当然、常識では図れない様な存在も多く見て来た。

だが、それがどうだ?

あの執事に比べれば、その中の誰もが子供としか思えない。

 

「……これで……やり直すのもアリかもな……」

 

手元にある革袋を見る。

中に入っていたのは、男が一生所か2、3度人生を送りなおしても得られないであろう大金だ。

 

組合の冒険者―ミスリル級でも簡単に雇えるだけはある。

むしろお釣りの方が遥かに多い。

これ程の元手があれば、新たな人生を歩むのも容易かろう。

 

「……まぁ、それも無事にトンズラ出来ればの話だけどよ」

 

男が自嘲気味に呟いて。

 

「その通りです……よ! <ライトニング>!」

 

「……え……?」

 

後ろから、力の籠った声がした。

 

男の口から間抜けな声が漏れる。

 

何時の間にか視界一杯に地面が広がっていた。

遅れて感じるのは、全身を焦がす耐えがたい程の痛み。

 

「……あ゛ぁあああ゛!?」

 

「……うるさい!」

 

怒声と共に、男の顔面が蹴り上げられた。

肉の焦げる匂いが鼻につく。

香りの元が自分の体からであろう事は、男もすぐに理解出来た。

鼻が折れ、前歯が飛んだ。

ゴロゴロと転がり壁に当たって停止する。

血と涙でぼやける視界の中、男は声の主を漸く認識した。

 

「……貴方には聞きたい事があります。嘘偽りなく、正直に答えなさい。貴方が運んでいた荷物の中に、金髪の女性が居た筈です。彼女は一体何処ですか?」

 

見ればまだ幼い少年である。

中性的な顔立ちを激しい憎悪に染めた様は、まるで鬼か悪魔。

 

「……答えろっ!!!!」

 

「ひっ!?」

 

少年の咆哮と同時に、右手からバチバチと雷が迸った。

その余りの恐ろしさに男は思わず悲鳴を上げる。

 

「……言え言え言え言え言え言え言え言え言え言えぇぇぇぇえええええ!!! あの人はっ……! ツアレ姉さんは何処だっっっ!!!!!」

 

「ししししし、知らねぇ! ホントだ!! ツアレなんて娼婦は身に覚えもなっ」

 

「おや? 何故、ツアレさんが娼婦だとお思いに?」

 

「落ち着けニニャ! 折角の姉さんの手掛かりを殺す気か!?」

 

少年の背。

裏路地の入口からこちらに走り寄る人影があった。

首から冒険者の証である銀のプレートを下げた3人組の男と、上等そうなドレスを着た青髪の少女だ。

 

「放してくださいペテル!」

 

「いいえ、離しません! 今のニニャは冷静さを欠いているっ! ルクルットの言う通りですよ! まずは落ち着きなさい」

 

「である!」

 

優男風の男に取り押さえられた少年は暫くもがいて抵抗するも、頭に上り過ぎていた血が下りたのか、ゆっくりと息を整え始めた。

 

「ふー! ふー! ……ふー……失礼しました。もう……大丈夫です」

 

改めて男を見やる少年の瞳には、幾何か理性の色が戻っている。

だかその奥で、隠しきれない憎しみの炎が燃えているのがしっかりと見て取れた。

そして気が付く。

少年の首元にも他の男達同様に、銀のプレートが下がっているという事に。

 

「……なんだってんだよ……俺はなにも知りゃしねぇ! 相手を間違えてんじゃねぇのか、あんた達!?」

 

遂に男の感情が爆発する。

しかし、その叫びを特に気にした風もなく、少年の横に居た少女がこちらまで歩み寄り目の前にしゃがみこんだ。

 

「いいえ。私の推理によれば間違いなく貴方がニニャさんのお姉さんを運んでいた筈なのです。事実、既に裏も取れています。貴方の上司からね」

 

「なっ……う、嘘を……」

 

少女の言葉を理解するまで数秒を要した。

 

「いえ、本当の事ですよ? まぁ、上司の方やお店に居られた他の皆さんは、此方のニニャさん達のご尽力もありまして既に憲兵に引き渡されています。最も一部は健康体とは言えない状態で、でしたがねぇ。くすくす」

 

なぜなら男の所属する組織は決して小さくない。

バックにはかの八本指が控えている。

少女の言葉が真実だとすれば、目の前にいる冒険者達は八本指に……引いては王都に広がる裏社会そのものに真正面から喧嘩を吹っ掛けたに等しいのだ。

 

「……な……ぁ……」

 

パクパクと声にならない呻きだけが口から零れる。

そっと、少女が男の耳元まで顔を近づけた。

 

「……貴方に色々と喋られるのは正直都合が悪くてですね? 『彼女』には悪いですが、ここでお別れしていただきます」

 

「……ぇ」

 

そう囁いて少女は立ち上がる。

去り際……ほんの一瞬掌が男の左胸を掠めた。

 

「ぅ! ぁぁ゛がああああああああ!!!??」

 

先程とは比べ物にならない激痛が男を襲う。

まるで身体の中身がミンチにされた様な、心臓を奪われた様な、そんな気さえする程の耐えがたい痛み。

 

「「「「!?」」」」

 

いきなり暴れ出した男に、ニニャ達は慌てて駆け寄った。

 

「しっかりしろ! どうしたんだ!?」

 

「どいて!」

 

ルクルットを押しのけて、ニニャが肩に指を食い込ませながら男を揺さぶる。

 

「勝手に死ぬな! お前にはまだ姉さんの事を喋ってもらわなきゃいけないんだ!! ツアレ姉さんは何処だっ!!! 答えろっ!!!」

 

「……ぁ……ぅ……じ……」

 

男の口が微かに動く。

 

「……っ……じ………」

 

余程苦しいのだろう。

殆ど意味ある単語には聞こえない。

それでもニニャは必死になって男の言葉を聞き取ろうとする。

ここでチャンスの逃せば、恐らく次はないだろうから。

 

「なんだ! なにを言いたいんですかっ!?」

 

「…………」

 

「おい! しっかり! まだなにも! なにもっ!!「……ニニャ……もう、死んでるよ……」……っ!! ぁぁぁあ……ぁぁぁぁぁあああああああああ!!!!」

 

そして無情にも、ペテルの言葉通り、男は事切れていた。

路地裏にニニャの痛ましい慟哭が木霊する。

 

「っ! 畜生!!」

 

ガツン! と、ルクルットの拳が壁に叩き付けられた。

隣ではダインが血を滲ませながら拳を握り、天を向いている。

 

この場に居る漆黒の剣の誰もが、ニニャの悲しみに共感し、現実の無慈悲さに震えていた。

 

だが、1人。

 

そうではない者がこの場にいる。

 

「……今回は残念でした。でも大丈夫です。私も微力ながら今後も力を尽くさせていただきます」

 

青髪の少女が後ろからニニャを優しく抱きしめた。

 

「っ……ヱ……リカ……さ」

 

「何を心配する必要がありますか? この名探偵が貴女のお姉さんを必ず見つけ出すと約束しているのですよ?」

 

ヱリカとニニャに呼ばれた少女は、朗らかな笑みを受かべる。

 

「貴女が私の元に依頼しに来られた事は、決して偶然等ではありません。既に貴女は望みを果たすきっかけを掴んでいるのですから」

 

「……ぅ……ぁぁあああああ!!!!!」

 

その暖かい言葉と微笑みに、ニニャは流れる涙を我慢する事が出来なかった。

ヱリカへと抱き着いて、幼子の様に泣き出す。

 

「ぁぁ! ぅぁあああああ!! あああああ!!」

 

「くす。大丈夫ですよ……ぇぇ……なにも……心配はいりませんとも」

 

そんな2人の姿を見守るペテル達も、決意を新たに固めている。

 

今回はタイミングが悪かったのだと。

 

次こそは必ずと。

 

だが……同時にこうも思った筈だ。

 

彼女の――名探偵の力があれば、きっと解決出来る……そんな思いが。

 

 

 

この出来事を皮切りに、王都である噂が流れる様になる。

 

 

曰く、ある銀の冒険者チームが王都に蔓延る悪を粛清した。

曰く、王都には解けない謎は存在しないという名探偵が居る。

曰く、名探偵は見目麗しい少女である。

 

 

そしていつしか、王都の誰もがある謳い文句を口にするのだ。

 

 

―――事件ある所に探偵あり、と

 

 

 




第35話『信念』如何でしたでしょうか?

少し暗めな話が足りない気がしたので、偶にはダークなテイストもと、この機会に盛り込んでみました。
完全なまでにサイドな話なので、本編はほぼ進んでおりません!
次はちゃんとメインに戻っている……筈です。

さて。
前話でご感想を下さいました 『亜姫』様、『鬼さん』様、『炬燵猫鍋氏』様
ありがとうございます。

ご意見・ご感想等、楽しみにお待ちしております。
それでは次話にて。
                               祥雲
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