奇跡と共に   作:祥雲

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風の音が木霊する
     まるで誰かに知らせるように

風の音が木霊する
     まるで言の葉を導くように

風の音が木霊する
     まるで迷いを断ち切るように




振子

薔薇の香りが鼻を擽る。

 

 

「……ん……」

 

その香りに微睡んでいた意識がゆっくりと覚醒した。

 

驚くほど柔らかいベッドから身を起こそうとすれば、ベッドの脇に誰かが座っているのが見える。

 

「……せ……ば……す……さ……ま?」

 

微睡んだ意識の中で、自分を救ってくれた人物の名を溢して。

 

「悪いが人違いだ」

 

「っ!」

 

返された否定の言葉に一瞬で血の気が引いた。

聞こえた声は男。

よく見れば部屋の内装も、自分が保護された宿とは違う。

ベッドこそ上質なそれであるが、壁やテーブル等の調度品は安っぽさを感じさせる。

 

「……だ……だ……れ」

 

身体が震えるのをツアレは抑えられなかった。

それは仕方がない事であろう。

今まで散々男達の欲望の捌け口にされ、命の灯が消え去る寸前をセバスに救われたのだ。

そして温かい布団を、食事を、言葉を、居場所を与えられた。

漸く『人間として生きられる』様に戻れた矢先に、気づけば知らない場所に居て、隣には知らない男が居る。

これまで経験し、ため込んだ恐怖が心から溢れ出たとして、一体誰が彼女を責められようか?

そのツアレの様子を見た男は小さく目を伏せた後、淡々とした表情で口を開いた。

 

「そう怯えるな。俺はアンタの守り役だ。助けが来るまでの身の安全は保障する」

 

「……ぇ……?」

 

呆けるツアレを無視して男は足を組みなおした。

男が座る木の椅子が軋む。

 

「俺も来たくて来た訳じゃねェ。だが、あの世界一気まぐれな猫が柄にもなく頼み事をしてきたのさ。女の頭を下げさせて無視するなんざ、男として終わってるだろう」

 

「……ね……こ……?」

 

男の言い回しにツアレは眉を潜めた。

ツアレの表情で自分の発した言葉に気付いたのか、男は少しだけ顔を近づけた。

 

「無理に理解しようとするな。頭痛にならァ」

 

「……」

 

男はそう言うとツアレから視線を外し、手元にある紙の束に目を通し始める。

その傍らには湯気のたった紅茶があった。

どうやら先程からする薔薇の香りはそこかららしい。

 

「……あ……の」

 

「なんだ?」

 

「な……まえ……き……」

 

まだ上手く発声出来ない喉を震わせて言葉を紡ぐ。

 

「わた……つ……あれ……で……す」

 

「……普通そこで自己紹介するか?」

 

「……ぁぅ……」

 

ツアレの発言に男は呆れた表情で言葉を返した。

 

赤面するツアレを見ながら紙束を窓際の棚上に放る。

 

「……ウィラードだ。ウィルで良い」

 

 

男――ウィラードは目を閉じながら、考え込む様にそう告げた。

 

 

 

窓から見えた空は、変わらず青い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか八本指が絡んでいるなんて……」

 

 

そのクライムの呟きはセバスの耳に届いていた。

 

だがセバスは何の反応も示さない。

 

通りから尾行していたのは、セバスに仕向けられた暗殺者達。

流石は裏社会屈指の闇が放つ刺客だけあり、実力も相応であったがこの3人には敵わなく、呻き声をあげて路地に転がっている。

意識のある中の1人から、セバスが自身のスキルで尋問をした結果に得られたのが八本指という存在だった。

 

「俺も詳しくは知らないが、かなりデカイ犯罪組織だろう? 傭兵連中にもコネがあるって聞くぞ」

 

「その通りですね。しかも六腕は八本指最高戦力と言っても過言ではない者達の呼び名です。個々の実力はアダマンタイトに匹敵するとか。流石に顔ぶれまでは私も知りませんが……厄介な事になりましたね」

 

「……」

 

「? セバス様?」

 

ブレインの声に漸くセバスは視線を宙から戻す。

 

「……失礼しました。成程……やってくれますね」

 

「「っ!」」

 

瞬間、クライムとブレインの2人は死を見た。

否。

2人の目の前にいるのはセバスだ。

 

だがその眼力は先程までの戦闘が童の遊びに感じられる程。

初めてまみえた時以上の冷やかさが宿り、体から発せられる殺気は瞬きした刹那に命を刈り取られるのではないかと錯覚させるには十分過ぎる。

 

「事情が大幅に変わりました。元々考え自体はありましたが……えぇ、火の粉は早い内に払うべきだった」

 

静かにセバスが立ち上がった。

 

「……セバス様は一体どうされるつもりですか?」

 

ブレインの問いかけに、セバスは穏やかなまま燃え盛る瞳を向けた。

 

「問題源を潰します」

 

あっさりとセバスは答える。

 

「「……!」」

 

余りに軽く言われた決定を前にして、クライムとブレインは息を飲んだ。

それはすなわち、人類最高峰の戦闘力を持つ者に勝てる自信があるという事だ。

先程までに2人が見たセバスの立ち居振る舞いが、決してセバスの言葉が虚構ではないと確信させる。

 

「それにそこには他にも囚われている人々がいる様ですしね。動くなら早い方が良いでしょう」

 

「そうか! 放った刺客が帰らない事で異常が知られてしまいますものね! 囚われている者達を移動でもされたら助けられなくなる!」

 

クライムが納得顔で頷いた。

しかしブレインは先程のセバスの言葉に首を傾げる。

 

「……セバス様。先のお言葉ですが、『他にも』と仰いました。もしかして……」

 

「えぇ。お察しの通りです。私が救った女性が攫われました」

 

「なんですって!?」

 

セバスの肯定に場の緊張感が増した気がした。

 

「今は時間が惜しい。私はこれから乗り込むつもりです。この意思を変えるつもりはございません。申し訳ないですが、お2人はこの暗殺者達を憲兵の詰め所に運んでいただけますか?」

 

「待ってく……ださい! これが只の我儘である事は承知しています! ですが、どうか私も協力させてはいただけないだろうか?」

 

「私もお願いします。王都の治安を守る事こそ、ラナー様の配下である私の務め。もし王都の民が苦しんでいるのであれば、この剣で救いたいのです」

 

2人に背を向けて歩き出したセバスがピタリと止まる。

 

「……アングラウス君はまだ大丈夫だとは思いますが、クライム君には少し危険かもしれませんよ? 貴方にはもっと命を懸けるに相応しい場所があるのではないですか?」

 

「私はかつて1人のお方に差し伸べられた手で救われました。あの方が人々を助ける様に、私も出来る限り苦しんでいる人へ手を差し伸べたいと思っております」

 

それに、とクライムは一拍置いて言葉を繋いだ。

 

「危険だからと瞼を閉じてしまえば、私は主人に仕えるに値しない存在だと自分自身で証明してしまいます」

 

まだ少年とも呼べる筈のクライムの強い覚悟を感じ取ったのか、セバスとブレインは何方ともなく視線を交わし頷きあう。

 

「覚悟はありますね?」

 

「「勿論」」

 

ブレインとクライムの声が重なる。

 

「わかりました。もうこれ以上言う事はないでしょう。お2人とも、お力をお貸し下さい」

 

3人の決意が固まり、改めて歩みを踏み出そうとしたところで。

 

「その船……俺も乗らせてくれないか?」

 

そんな声がすぐ近くから聞こえた。

 

「貴方は!」

 

「! ……セバス様のお知り合いですか?」

 

セバスの驚き様にブレインとクライムは若干の警戒を強める。

現れたのは若い男だ。

真紅の髪に漆黒のスーツ。

整った顔立ちも合わさって、とてもこんな路地の隅には似つかわしくない。

しかし、2人の驚愕を他所にセバスは狼狽したままだ。

 

「なぜ……もしや……既に……」

 

「安心しろって。あんたのご主人様はまだ知らねぇよ。俺はまぁ……アレだ。先人からのちょっとしたお節介さ。それに少なくとも姫さんはあんたの味方として動いてる。あのお嬢様にだってわざわざ口止めしたんだぜ?」

 

「なんと……!」

 

男の言葉にセバスは震えた。

その様子を見て、更なる疑問がブレインとクライムの中に芽生える。

 

「あの……貴方は一体?」

 

「あぁ。口ぶりからすると、セバス様の主殿の側近かなにかだろうか?」

 

「イッヒッヒ! 惜しいぜ! まぁ、当たらずとも遠からずってところだろうが、今はしがない冒険者の端くれさ」

 

当然とも言える疑問に男はそう答えた。

煙に巻く物言いからしても、詳しい事情を話す気はないらしい。

男は首に手を回しながら笑う。

その時、開けられた男のシャツの胸元から光るプレートが見えた。

 

「! アダマンタイトのプレート!?」

 

「おいおい!? どこが『しがない冒険者』だ! ガッツリ1級者じゃねぇかよ!?」

 

「ん? ぁ~……この前昇格したんだったっけか。ヤベ……マズったな。うわ……ぜってぇ怒られる」

 

驚く2人も意に介さず、男は頭を抑えた。

だがすぐに暗い態度を一変させる。

 

見ればセバスが静かに頭を下げていた。

 

「ご助力と温情……感謝いたします」

 

「それは俺に言う台詞じゃねぇぜ? でも、ま! 有難く受け取っといておこうかな」

 

 

何処か苦笑交じりのソレ。

 

しかし、その表情はすぐに別のモノへと変化していった。

 

 

「改めて……俺の名はバトラ。『只の』バトラだ」

 

 

バトラは笑う。

 

不敵に、笑う。

 

 

 

 

「そんじゃぁ、紳士諸君! 古き良きカチコミといこうぜぇ?」

 

 

 

 

一陣の風が、王都を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――奇跡と共に UA・お気に入り目標数突破記念 『魔女の出会い』――――――

 

 

 

 

「新メンバー?」

 

 

ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の拠点であるナザリック地下大墳墓。

 

その円卓と呼ばれる場所で、ある会議が行われていた。

 

 

「そうなんですよ、ヘロヘロさん。なんだか茶釜さんがそれはもう熱烈に勧誘したらしくてですね」

 

ため息交じりに溢したのは、このギルドの長であるモモンガである。

 

「あり? その様子だとモモンガさん知らなかったの?」

 

「えぇ。ついさっき知りました。他ギルドのスパイって可能性もあるから、ハイそうですかと諸手を振って歓迎する訳にもいきませんし……」

 

「まぁ……それもそうだよねぇ」

 

「ぷにっと萌えさんはどう思う?」

 

「そうですね。初めから突っぱねるのも得策とは言えませんが……仮にスパイだとしたら後々に相応の報復が待っているだけですよ? 只でさえ私達のギルドは悪名高い。身内びいきで見なくとも、簡単にわかる結末が予測出来るのにそこに飛び込む馬鹿は居ないでしょう」

 

「という事は加入に賛成ですか?」

 

モモンガが尋ねれば、ナザリックの諸葛孔明ことぷにっと萌えは肩を竦める様な動作をした。

 

「入る人、入る人、全てを疑っていてはいずれギルド自体が存続出来なくなります。それはモモンガさんの望む所ではない筈です」

 

「はい。それは勿論」

 

「ならば答えは決まってます。受け入れるだけ受け入れて、もしスパイとかであれば…………ね?」

 

「わぉ。流石はぷにっと萌えさん。腹黒いぜ」

 

「はぅ……真っ黒です! 休憩中の教育主任さんみたいです……!!」

 

「失礼な。策士と言っていただきたい」

 

「でもさぁ。新メンバーさんってどんな人なんよ?」

 

「あ! それはあたしも気になる」

 

「ワシも気になる」

 

「えぇ。私も気になりますね」

 

「みーとぅーww」

 

「「「ほらあくしろよ」」」

 

受け入れが決まったとたんにコレである。

 

「えっとですね。とりあえず茶釜さんが一度連れてくるらしいんですが……何故かペロロンチーノさんも一緒なんですよ」

 

「へ? それってあの姉弟のお眼鏡に適うレベルのプレイヤーって事!?」

 

「美少女だな」

 

「……美少女……」

 

「美少女ですね」

 

「美少女じゃろうな」

 

「むしろ男の娘では?」

 

「「「それだっ!!!」」」

 

「いやいや! いくらあの2人だからって、アバターの外見がそうと決まった訳じゃ「「モモンガさん、たっだいま~!!!」」……ぇ? へぶぅっ!?」

 

ワイワイと騒ぎ出したギルドメンバーから、ペロロンチーノとぶくぶく茶釜の姉弟を擁護しようとした矢先に『頭上から』響いた声にモモンガは上を向いた。

そして次の瞬間、視界一杯に広がる鳥足とピンクの粘液。

 

「わぶっ!? ちょっ! どっから戻ってくるんですか!?」

 

「「ん? モモンガさん居たの?」」

 

「いや! 明らかに俺に対してただいまって言いましたよね!?」

 

「まぁ、モモンガさんは置いといて」

 

「なんでだよ!?」

 

「あの……置いとくのは可哀そうですよぉ……」

 

「やまいこちゃんマジ天使」

 

「ねぇねぇ、茶釜さん。噂の新メンバーってどんな人?」

 

「おいペロロンチーノw お前が出張るって事はそういう事だろ?ww」

 

怒りのアイコンを連発する激おこ骸骨に、明らかに不審な動きで喜びを表現している姉スライムと弟バードマン。

その周りを取り囲む和気藹々とした異形種達。

そして、皆が矢継ぎに浴びせる疑問の嵐にボルテージが上がりまくったのか、ぶくぶく茶釜とペロロンチーノの動きが変わった。

 

「よくぞ聞いてくれましたっ! ……弟よっ!」

 

「おうよ、姉ちゃんっ!」

 

日曜朝の特撮もかくや……という動きをもって、2人の姉弟が円卓の入口に素早く移動した。

 

「加入を交渉し続けて早1年!」

 

「ぇ!? それも聞いてな「熱烈なラブコール送っては、痴漢撃退音で返されるご褒美を続けて早1年!!」……ちょっ!?」

 

「「「マジかコイツ」」」

 

ペロロンチーノの発言にギルドメンバーに動揺が走るも、これでさえアインズ・ウール・ゴウンの日常風景である。

この程度でテンションMAXな、かの姉弟が止まる筈もない。

より一層に声を張り上げる。

 

「皆の者!!」

 

「刮目せよっ!!!」

 

「「これが私の/俺の嫁じゃぁあああ!!!」」

 

視覚用の魅せスキルまで惜しみなく使用して、扉がゆっくりと開いていく。

 

「「「……ゴクリ……」」」

 

円卓に居る誰もが動きを止めた。

そして……

 

「あれ?」

 

「おい。誰も居ないんですけど?」

 

「「……あるぇ?」」

 

「茶釜さん……ここまで引っ張っといてそれはないわー」

 

「え? ち、違うよ!? 確かに連れてきたもん!!」

 

「へーいw 俺様の期待を裏切った君の未来は焼き鳥かな?w ターキーかな?ww 北京ダックかな?www」

 

「ま、待つのだブラザー! 俺、悪いバードマンじゃないよ!!」

 

「本当にそうかしら? ストーカー紛いの行為を1年も繰り返してたってさっき自白してたわよね?」

 

「そ、それは!!」

 

「そうそう。この娘の言う通りだ……ぞ……?」

 

「そうだー! 変態には死の鉄槌……を……?」

 

「「「あり? 今の声誰?」」」

 

扉の方へと視線を向けていたギルドメンバー達が一斉に後ろを振り向いた。

 

「あー!! 酷いよぉ、ベルンちゃん!!」

 

「くす。ごめんなさいね。つい、出来心で」

 

「そうだ、そうだー! 俺氏、危うく美味しくいただかれる所だったじゃん!!」

 

「大丈夫よ。明日は可燃物の回収日だもの」

 

「あぁ! ベルンちゃんの愛が痛い!! でも可愛いから許しちゃう!!!」

 

「黙れ弟。でも可愛いのは激しく同意」

 

「くすくす。……あぁ、他の人は初めましてね。まずは自己紹介かしら?」

 

 

そこに居たのは………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

パタンと、開いていた本を閉じる。

 

「あれ? ベルンさん何読んでるんですか?」

 

寝そべったソファから視線だけを動かせば、きょとんと首を傾げるモモンガの姿があった。

 

「くす。内緒よ」

 

その姿に思わず笑みが零れた。

 

「……」

 

数瞬固まったモモンガ。

 

「? どうしたの?」

 

それが不思議で今度はベルンエステルが問いかける。

 

「……ふふ。いえ、内緒です」

 

先程のお返しと言わんばかりに、モモンガはそう答えた。

 

「あら。残念ね」

 

「えぇ。全くです」

 

もし2人がかつての様にアイコンを出せたなら、ニヤリと笑うアイコンを使用したに違いない。

 

「…………ぷっ」

 

「…………くっ」

 

「「あははは!」」

 

そして何方ともなく笑いを溢した。

 

楽し気な笑い声が響く。

 

―――響く。

 

―――――響く。

 

 

過去は遠く、現在は近い。

 

思い出は輝き、今日また増えて。

 

隣に居る友と、何となしに笑いあう。

 

 

きっとそれだけで良いのだろう。

 

 

 

友人とはそういうモノだ。

 

 

 

 

 




第36話『振子』如何でしたでしょうか?

今話は本編+リクエストのございましたネタで記念回を1つ。
お楽しみいただけたでしょうか?

新たな登場人物が増えてますね。
そしてセバスとツアレの命運や如何に? という感じで本編は次話に持ち越しです。
落とし物も、少々わかり辛い気もしますが、いくつかございますよ。

さて。
前話でご感想を下さいました
『まろんさん』様、『yoshiaki』様、『鬼さん』様、『てとぽう』様
誠にありがとうございます。

いつも楽しみに拝見させていただいております。

ご感想等、お気軽にお寄せ下されば幸いです。
それでは次話にて。
                              祥雲
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