そこにあるのは見慣れた光景
なんとなしに横を見た
そこにあるのは見飽きた風景
なんとなしに上を見た
そこにあるのは見果てぬ情景
ある建物の入口に、4人の男の姿があった。
「この扉の向こうが問題の店舗です。さっきの暗殺者達の言葉を信じるならば……ですが。あとは向こう側の建物にも通路があるようですね」
男達の佇む建物は、巷でいうところの娼館だ。
ならば彼らは客であるか?
「確かこの手合いの建物では非常時の脱出を目的とした出入り口が2つはあると聞いています」
「道理だな。こういう所には世間の目を忍んだ貴族やら権力者が割と入り浸っている。一見普通そうな民家が実は……なんて良くある話だ」
答えは否である。
彼らはそんな己が情欲に駆られた者達では断じてない。
「なら話は早ぇぜ。サクッと乗り込むとするか」
鋭い眼光を光らせる老執事。
着こんだ鎧と、腰に括った両刃の剣を輝かせる少年。
「いやいや!? 第一組み分けはどうするのですか? 恥ずかしながら私はこの中で一番未熟だと自覚していますよ?」
「……否定はしないが、謙虚だなクライム君」
「プレート云々の前に、立ち振る舞いを見れば嫌でも理解出来てしまいます。バトラさんの動きはセバス様のソレに近いと」
腰から刀と呼ばれる、異国の武器を携えた長髪の男。
赤い髪に漆黒のシーツを着込んだ青年。
「……へぇ? でも俺は魔法詠唱者だぜ?」
「バトラ殿も人が悪いな。魔法詠唱者が体術に長けていないとは限らないんじゃないのか?」
「さてねぇ」
軽口すら交わす彼らには、共通するものがある。
それは彼らの纏う空気。
……もっと詳しくいえばソレは『闘気』だ。
「では、中に入り次第各自散開で如何でしょうか? 勿論、出来る限りは捕虜としたいですが、抵抗があった場合は……」
「無論安らかに眠ってもらうぜ。別に問題はないだろうさ。こっちには王室直属の騎士サマがいるんだもんなぁ? ク・ラ・イ・ム・君」
「ぇ……ぇえ。はい。それは勿論。しかし、八本指の幹部らしき人物が居たなら出来れば生け捕りにして欲しいのです。捕まえた後に得られるだろう情報で多くの民を救う事が出来ますので」
「セバス様もバトラ殿も容赦がないな」
「イッヒッヒ! 大義も正義も此方にあり! ってな。これで後顧の憂いなく乗り込めるだろう?」
「ふふ。貴方は面白い方ですね。初めてお会いした時に抱いた嫌悪を謝罪させていただきます」
「マジか」
「えぇ。でも今は好印象ですのでご安心を」
「悪ぃ。執事ルートは勘弁してくれ。後ろを狙われるのは1人で十分過ぎる上にガチでトラウマモンだから」
「? 左様ですか? であれば私の胸の内のみに留めさせていただくとしましょう」
「おいやめろ」
心なしか顔を青ざめさせた青年――バトラの発言の後に起きた小さな笑いを最後に、皆が意識を更に切り替えていく。
「クライム君は申し訳ないですが、向こうの建物をお願いいたします」
「えぇ。実力的にも内部探索に私は役者不足でしょうし、異論等ある筈もありません。あちらの制圧はお任せください。お3方、ご武運を」
そう言い残してクライムは数軒隣の建物へと向かっていった。
残る3人も視線を眼前の扉へと集中させる。
「……誰が切り込む? 個人的にはセバスさんが適任だと思うんだ。やっぱこういう時の切込み役は正義の味方って決まってらぁ」
ニヤリと口元を釣り上げてバトラがセバスに視線を向けた。
「! 私が……正義の味方?」
「俺もそれが良いと思います。攫われた女性を――弱者を助ける為に命をかけると迷いなく言い切ったセバス様が正義の味方でなくて、一体誰がそう名乗れましょうか」
僅かに息をのんだセバスを後押しするかの如く、ブレインの言葉が投げかけられる。
正義の味方。
今のセバスを表すのにこれ以上の言葉はないのだと。
そう信じて疑わないという言葉がセバスの心に染み込んでいくのだ。
「……あぁ。えぇ……そうです、そうでした……!」
この時のセバスの心情を言葉に出来たなら、なんと書いただろう。
「私は彼の御方のお言葉を確かに覚えております。 ――誰かが困っていたら助けるのは当たり前―― あの御方の目指した正義は……掲げた剣は……いつも誰かの為にあったのですから」
そう。
もし言葉で表現するなら。
人はソレを―――
「ならばこのセバス・チャン。今一振りの剣として、己が信じ掲げる正義の為。推して参らせていただきます」
――歓喜と呼ぶのだ。
「……そろそろだな」
窓を見ながら彼――ウィラードが呟いたのをツアレは困惑しながら聞いていた。
「あ……の……?」
既にベッドからは起き上がっている。
しかし歩き回れる程には身体は回復しておらず、正しくは上半身のみをベッドから起こしている状態だ。
「もうじきお前さんの白馬の王子様が到着する」
「……え?」
「恐らくは一刻とかからないだろうが……念の為だ。場所を移すぞ。立て……はしないか。少しだけ我慢しろ」
「ぇ……わ!?」
言うが早いか、ウィラードはツアレの返事も聞かずに両腕を首と脚に回して軽々と持ち上げた。
「俺がお前を無傷で送り届ける。長くても夜には全てが終わっているだろう」
「……じょ……う……きょ……わ……から?」
眉間の皺を濃くするツアレを見て、ウィラードは小さく笑う。
「フッ。無理に理解しようとするな」
「ずつ……ぅ……な……ぁ?」
「わかってきたじゃねぇか」
それだけ言ってウィラードは部屋の扉を開けて、歩みを進めて行く。
カツン、カツンと。
固い靴音だけがあたりに響いた。
暫くして複数の人影が前方から現れる。
「……チッ。タイミングの悪ぃ」
向かいの者達もウィラードとツアレに気が付いたのか、訝し気な表情を数人が浮かべている。
「待っていろ。すぐに終わらせる」
ウィラードはツアレを降ろして背中を壁に預けさせると、真っすぐに相手方へと歩みを進めた。
「実力不足の役者にはご退場願う也や……ってな」
「此処……ですか?」
「はい。この場所に彼らの元締めが居るそうです」
漆黒の剣と、彼らと行動をともにしている探偵はとある娼館を訪れようとしていた。
この場所こそが先日捕まえた犯罪者達の属する組織の本部であり、ニニャの姉らしき女性が入るのを見たという証言があったからだ。
ニニャは悲願である姉を見つけ出す為、他の仲間達はニニャの力となる為に、この場所に集ったのだった。
「ん? おい、扉が吹っ飛んでんぞ!?」
「なにかがあったであるな!」
「っ! 姉さん!!」
「! 待て、ニニャ!」
しかし、彼らが目にしたのは無残に破壊された扉。
微かに中から漂ってくるのは、嗅ぎなれた血の香り。
それを認識した瞬間に、ニニャは杖も構えずに飛び込んでいった。
反射的に伸ばしたルクルットの手は空を切る。
「おやおや。血気盛んですね、ニニャさんは」
「ヱリカさんも悠長な事言っていないで! ニニャを追いかけますよ!?」
「おう!」
「である!」
すぐさまペテル・ルクルット・ダインの3人が建物へと乗り込んでいく。
ヱリカも彼らに続こうとして。
「ぁぁぁああああああああ゛!!!!???」
「?」
そんな断末魔とも呼べる叫び声と同時に、頬に冷たい感触を感じた。
ペロリと舌を伸ばす。
「…………マッズ……どうしようもないロクデナシの屑野郎の味がします」
言葉だけでなく吐き捨てながら、改めて入口へと足を踏み出そうとして。
「……はて、どなたでしょう? 私これでも忙しいもので、舞踏や逢引の誘いはご遠慮したいのですが?」
後ろを振り返る事なく、突然にそう言った。
「お前は何者だ? 否……お前は何だ?」
まるで谷底から響くような低音の声でもって、背後から言葉が投げかけられる。
その声にヱリカはゆっくりと、余裕をもって振り返った。
「見ての通り、私、極普通の探偵ですが……何か?」
「ふん。そこらの探偵如きがこの俺に気付ける筈がない。増してや、この俺の『殺意』を前にして平然としていられる存在が普通の範疇に収まるものか」
眼前に居るのは筋骨隆々の大男。
上着として機能しているとは到底思えない衣装から覗く、いくつかの動物を象った刺青がぼんやりと発光していた。
「くす! この程度が殺意と貴方は仰るのですか? 知り合いの幼女の方がまだ、凄まじい殺意を魅せますよ? それはもう、嗤いが止まらなくなります。貴方の場合は……プフッ(笑)?」
「……」
「おやおや? 額に血管が浮き出ておいでですが大丈夫ですか? そんな薄着で出歩くから体調を崩されるのです。もしかしていい歳をして、斜に構える自分に酔っている感じの方で? 私、そういう殿方は流石にm」
ヱリカが言い終わる前に、男の拳が叩き付けられた。
轟音とともに土埃が舞い視界を狭める。
「……やはりな」
土埃が消え去る前にポツリと男が呟いた。
露わになった男の拳にも、大きく陥没した地面にも一切の血が付着していない。
つまりそれは、拳を放たれた存在に当たっていないという事だ。
「いきなり殴りかかってくるなんて品性を疑いますねぇ」
「化け物に品性があるものか」
男の拳のすぐ横。
ニヤニヤとした笑みを張り付けたヱリカが、額に汗も、体に傷も、服に綻びすらないままで立っていた。
「フフ。……流石は八本指の纏め役のゼロさん。中々に遊びがいがありそうです」
「……今更驚かんが、貴様は生かしておけんな」
「くす! では少々お相手いたしましょうか。丁度、私のお箸も新調したところでしたし」
「……~っ!」
ゼロとヱリカが呼んだ男の頭部に浮かぶ青筋が増える。
だがそんな事はお構いなしに、ヱリカは上機嫌に懐から出した2本の棒を得意げに突きつけた。
「私の華麗なるお箸捌きをご覧にいれましょう!!!」
勿論、この世界においても、お箸は食器である事を明記しておく。
「……その手を放していただきましょうか」
半ば倒壊しているとも言える建物の広けた壇上で、セバスはそう告げた。
気付けば空は黄昏を超えて、暗い闇色に染まっている。
「断ると言ったら?」
「無駄に命を粗末にする必要がおありなのですか?」
元は数階建ての娼館であり、それなりの広さがあったであろうホール址に居るのは3人。
1人はセバス。
大地に根差すが如く踏みしめられた両足。
両の拳を握り、半身が引き金のように引き絞られた姿勢は、まさしく闘う為の構えに他ならない。
1人はツアレ。
気を失っているのか、その身体は重力に従ってグッタリと下に向かっている。
だがツアレはその身を横たえてはいない。
何故か?
それはこの場に3人目が居るからだ。
3人目は若い男である。
並みの冒険者はおろか、1級の冒険者ですら動きを止めるであろうセバスの眼力を前に、淡々とした振る舞いを一切崩さない。
皮のブーツに、透き通る様な青色のコートを纏う男。
彼がツアレを横抱きにしてセバスの正面に立っているのだ。
崩れた天井から差し込んだ月明りがセバスを照らす。
「これが最後通告です。……彼女を――ツアレを放しなさい」
恋物語の1ページにでもありそうな光景を、月が覗き見る。
「……1つ聞きたい。何故、お前はコイツを助ける?」
「……貴方には関係ありません」
男の問に対し、セバスはそう答えた。
が、セバスのその答えは男にとって望んだものではない。
先程までの淡々とした雰囲気を霧散させ、セバスに劣らぬ眼力を見せる。
「答えなければコイツは渡せねぇ」
「っ! ……人を助けるのに理由がいるのですか?」
「俺は人の心ってモンを大切にするのが信条だ。どんなミステリーにも、行動にも。必ず動機が存在する」
男は喋りながらゆっくりと歩き出した。
「つまり心がなければ物語は成立しねぇのさ。ホワイダニットがなけりゃ、ハウダニットも、フーダニットも必要ないからな」
その歩みをセバスはじっと見つめる。
男の言葉も所作1つも、どれもが自然でいて、隙が一切ないのだ。
「もう1度だけ聞く」
瓦礫が散らばるこの場所で、比較的綺麗な所まで歩いた男はそっとツアレを下ろした。
「お前がコイツを救う理由はなんだ?」
「―――」
再び投げかけられた問いに、セバスは答えられない。
目の前の男の眼はどこまでも真っ直ぐで。
――あの眼を……私は知っている?
そんな考えが頭に過った刹那。
「姉さんっ!!」
「おい! ニニャ!?」
「……時間切れか」
セバスと男の間に、小さな影が割って入った。
「姉さんっ!! ツアレ姉さん!! やっと……! やっと見つけたっ!!!」
その姿を見て、セバスは目を見開く。
歳こそ離れているものの、ツアレに泣きつく姿は、とても良く似通っていた。
何故、男装をしてるかはわからなかったが、目の前の少女がツアレの肉親であるという確信だけはある。
だが、セバスが驚いたのは目の前の存在の所為ではない。
――何故? どうして私は今……胸が痛んだのでしょう?
普段のセバスであれば、天涯孤独と思っていた存在に身寄りが居るとわかれば安堵した筈だ。
なれど、セバスの胸中に渦巻くソレは全くの正反対。
固まるセバスを前に、男はクルリと背を向けた。
「っ! 何処へ!?」
「悪いが俺の仕事は終わったんでな。それに早く帰らないと、家のソファと俺の尻がボロボロにならァ」
男はそう言いながら片方だけ肩を竦める仕草をして。
「悩めよ、色男。探し物ってのは近すぎると意外に見えないもんだ」
小さな微笑と共に、立ち去った。
それとほぼ同時に、数人の人影が駆け込んで来る。
「見つけたであるか!?」
「待て! ……失礼ですが、貴方は?」
ツアレを姉と呼んでいた少女と同じ、銀の冒険者プレートを下げた男の1人がセバスに問いかける。
確かにこの状況ではセバスがツアレを連れまわしていた客と、第三者にとられても仕方ないだろう。
ここで漸くセバスは自分が拳を構えたままであったと気が付いた。
内心で己の未熟さに苦笑しながら構えを解く。
「私はとある商家に仕える執事、セバス・チャンと申します。そちらのツアレを先日私共で保護したのですが、お恥ずかしながら人攫いにあってしまいまして……。彼女を救う為に此方に乗り込んでいた次第です」
王都で活動する為の設定と、真実とを織り交ぜながら淀みなく答えた。
「!? それはとんd「ありがとうございますっ!! 姉さんを救ってくれてっ!! 本当に……ありっ……!……!!」……ニニャ……」
狼狽した男の言葉を遮って、ニニャと呼ばれた少女がセバスへと頭を下げる。
何度も、何度も。
だからであろう。
入口の陰で2人の男女が実に良い笑顔で会話している事を、誰もが見逃した。
「久しぶりですね。我が好敵手。……ひっくり返すのはチェス盤だけで宜しいのでは?」
「久しぶりだな。名探偵。……お前も他人の事言えねぇだろ? 一からノックス暗唱してみ?」
パチッ…
暖炉の薪が音を立てて跳ねる。
その音を合図にしたかの様に、ベルンエステルの手にしていた大きな水晶を思わせるカケラから光が消えた。
少し遅れてカケラ自体もスゥーと消える。
ふと。
視線を外した先には窓があった。
地上の景色が投影された月が覗く。
傍らにあるグラスにワインを注ぎ、一息にあおる。
唇から零れたワインの雫が喉を伝い。
陶磁の肌を撫でる珠が、一筋の痕を遺していく。
コクリ、と小さな音を鳴らせば、淡い熱が体を焦がすのだ。
深々と光る三日月は、自身が記憶しているソレとなんら変わりがない。
「……」
だからこそ在り得てはいけないのだ。
違う世界で、同じ月。
同じ月で、違う宙。
言い換えるならば……そう。
色違いの本棚に仕舞えてしまう一冊の本、といった所だろうか。
鶏が先か、卵が先か。
矛盾を孕んでいながらも、確かに成立しているという事実。
窓から覗く三日月が、堪らなく悍ましい。
まるで。
まるでそのカタチが、此方を見て嗤っている笑みの様で。
「……ッ……」
宙に浮かぶ月を睨む。
月が見降ろす。
「……精々、楽しんでなさい」
見上げるは月。
「退屈しないことだけは保障してあげる」
見つめるは■。
「でもね」
手にしたままのグラスを更に握る。
「残念だけれど、有料なの」
白い肌を、真紅に染めて。
「きっと高くつくと思うわ」
偽物の夜空に、そう、笑顔で吐き捨てた。
第37話『宣戦布告』如何でしたでしょうか?
約半年ぶりの更新となってしまい、申し訳ありませんでした。
今話では、文章構成が区切られて、一場面毎が短くなっております。
一応、今話の最後のベルンエステルのカケラを手にしていた描写に絡めた結果、この区切り扱いなのでご容赦いただきたく。
久方ぶりに書いたので、作者的にも納得のいくクォリティではないのは大変心苦しいです。
まさかの2017年1本目が、この低クォリティ……
もしかしたら、加筆や修正話があるかもしれませんね……高確率で!
プラスして最新話の更新に伴い、新たに小節の区切りを設けております。
気が付かれましたか?
さて。
前話まででご感想を下さいました
『yoshiaki』様、『鬼さん』様、『雪崩』様、『ゴリラバナナ』様、
誠にありがとうございます。
ほぼ確定な加筆修正は別として、本格的な更新再開は恐らく4・5月になりそうです。
だいたいこの作品を投稿し始めた時期に戻るという……(´;ω;`)
しかしながら、更新出来なかった半年の間でも、ほとんどお気に入り件数が減っていなかった事に作者は嬉し涙が止まりません。
今後お時間をいただいてしまうかと思いますが、どうか、この物語の幕引きまでお付き合いいただければ幸いです。
ご感想、ご質問、楽しみにしております。
それでは次話にて。
祥雲