奇跡と共に   作:祥雲

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鏡よ、鏡よ、鏡さん。
   あの角笛を持つのはだぁれ?

鏡よ、鏡よ、鏡さん。
   あの角笛を吹くのはだぁれ?

鏡よ、鏡よ、鏡さん。
   あなたがその身に写すはだぁれ?

彼か、私か、はたまた貴方?
   教えて下さい。一体誰が見えますか?


鳴り響く音

轟! 

 

耳だけでなく、空気……否。

 

大気そのものを切り裂いた様な音の後に、辺りに漂った土埃が掃われた。

 

 

「ほう……これは、これは」

 

紅のマントが風に踊る。

手首から先のみを使い、超重量であろう大剣がまるで幼子の玩具の如くに軽々と回転。

正に相手を両断せんと、研ぎ澄まされた剣先が突きつけられた。

 

「……察するに彼方の男が敵かね?」

 

興味とも値踏みともとれる声音を目の前の悪魔が発し、全身鎧の偉丈夫の問いかけを受けて、漸くイビルアイは呆けていた意識を引き締める。

 

「わ、私は蒼の薔薇のイビルアイ! 助太刀を感謝する!! 漆黒の英雄殿!! 加えて頼みたい!!! 同じアダマンタイト級冒険者として、この悪魔の討伐に協力してほしい!!!」

 

声を張り上げたイビルアイ。

だが、果たして彼女は気付いているのだろうか?

自らが発した声色が、明らかな喜色を孕んでいた事に。

 

その色が、彼女がいつしか諦め、捨て去ろうと心の奥底に沈めていた感情から来ているであろう事実に。

 

眼前の悪魔から発せられる重圧は、今現在もイビルアイの体を震わせている。

それは如何に漆黒の英雄と称えられる『漆黒』のモモンにとっても同じ筈。

にも関わらず。

 

「――承知した」

 

漆黒の英雄は――モモンは、さも当然という軽い口調で承諾したのだ!

 

「っ!! 感謝する!!」

 

瞬間、イビルアイの体に何ともいえぬ活力が溢れる。

胸の奥。

戦場特有のソレとも、はたまた別のナニカとも感じられる熱が血潮となり、イビルアイの冷たい体を焦がしていく。

 

「前衛は私が務めよう。君はサポートを頼む」

 

そうモモンは口にすると、イビルアイを背にし、悪魔へと対峙した。

同時に腰から取り出したガラスの小瓶を、振り返らずに後ろへと放る。

狙ったかの様にイビルアイの手元へと収まった小瓶の正体は、冒険者ならば誰でも馴染みのあるポーションだ。

 

「気休め程度だがな。まぁ、ないよりはマシだろう。……背中は任せたぞ? イビルアイ」

 

「ぁ」

 

男の背が。

モモンの言葉が。

どうしようもない安心感をイビルアイへともたらす。

 

「さて。待たせてしまったかな?」

 

低く、重い声が悪魔へと放たれた。

その声音は己が勝利へと揺るぎない確信のある強者のソレ。

ククク、と。

悪魔が心底愉快そうに仮面の下で笑みを溢す。

 

「……あぁ、貴方が。私共の耳にも貴方の武勇は聞こえるところ。お会い出来て実に光栄です」

 

そして、ゆっくりとした動作で礼をする。

 

相手への敬意が溢れたその動作は、この悪魔が目の前の戦士を己の相手に相応しいと認めた証明か?

もしくは撫でるだけで死んでしまうニンゲンへと悪魔が向けた皮肉だろうか?

 

「私の名はヤルダバオトと申します。……既知ではありますが、是非、貴方の口からお名前を伺っても?」

 

「……モモンだ。しかし、これ程に強大な悪魔が理由もなく、こんな所に現れるとは私には思えないのだが」

 

訝し気なモモンの問にイビルアイはハッとした。

あまりの悪魔の強さによって、根本的な問題へと思考が行き着いていなかったのだから。

この悪魔レベルの存在が、悪戯に人の世に現れて良い筈がない。

何かしらの目的がなければ、種として格下と蔑んでいるだろう人の都へと、わざわざ足を運ぶワケもないのだ。

 

「……私からすれば何時からニンゲンは、地べたから飛び立てるハネアリになったのだと言いたいですがね」

 

「必要ならばヒトは空に、海に、大地に世界を広げるだろうさ。その可能性を疑わぬ限り、な。なに。私にも覚えがあるよ。……あぁ、忘れるものか。あの夢がある限り……この身に抱き締めた夢が曇らぬ限り。――何があろうとも頑張れるのだからな」

 

モモンの発した言葉には、一体どれだけの想いが込められているのだろうか。

噂に聞く『漆黒』というチームに、イビルアイは『生き急いでいる』という印象を抱いていた。

目の前にいる戦士と、その相棒たる魔法詠唱者の2人組。

表舞台に現れてたったの数か月。

それだけの時間で冒険者の最高峰たるプレートを手にするまでの冒険譚は……何処か現実味に欠けている。

そう斜に構えていた過去の自分を殴りたい位だ。

なれど、今のモモンの言葉を聞いて、そんな考えは浮かばない。

浮かべる事ができない。

 

――彼は……一体どんな出会いと別れを……いや……『こんな考えは彼への侮辱か』……

 

きっかけを掴みかけたとはいえ、未だ過去に囚われているイビルアイにモモンの言葉の真意を組む事は出来なかった。

 

それどころか、失ったナニカを搔き抱いて尚、明日を信じられる者がどれだけいよう?

 

モモンの言葉に感じるモノがあったのはイビルアイだけではなかったらしい。

悪魔――ヤルダバオトもまた、未知の言葉を、感情を知った幼子の様に心から不思議そうな声を発する。

 

「……そういうものなのですか?」

 

「あぁ。覚えておくと良い、ヤルダバオト。諦めがヒトを殺す。諦めなかった者こそが、人道を踏破する権利人となるのだ。故に貴様は負けるのだよ」

 

ニヤリ、と。

兜の下でそんな表情をモモンガ浮かべて気がした。

瞬間。

モモンの体からヤルダバオトに勝るとも劣らぬ重圧が放たれる。

 

「……ククク。アハハハハ!!! 面白い!!! 実に面白いですよ、ヒトの世の英雄よ!」

 

対するヤルダバオトもまた同様。

 

空気が震え、世界が振動する。

 

「目的のアイテムさえ回収すれば早々に立ち去る予定でしたが……気が変わりました」

 

「ほう? 今、聞き捨てならない単語が聞こえたが……?」

 

ゆっくりとヤルダバオトが初めて『構えた』。 

聞き返すモモンの手からギシリと、大剣の柄を握り直す音が聞こえる。

 

「ふふ。知りたければ……お分かりでしょう?」

 

「フッ……そうだな」

 

ヤルダバオトが両手を広げ。

鏡合わせの如く、モモンの両手が呼応する。

 

「さて、ヤルダバオトよ。覚悟は良いな」

 

両腕の延長たる大剣が煌く。

 

「この剣の届く範囲は……」

 

あの巨大な体躯から繰り出される剣戟は、如何なまでの広さだろう。

如何なまでの強さだろう。

 

今宵、英雄譚のページが新たに増えて。

 

世界は小さく揺れ動く。

 

 

「――私の国だ」

 

 

王都の嵐、未だ健在。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ。クイーンも中々にしぶといものよ」

 

クツクツとした笑い声が妙に耳についた。

 

笑い声の主は実に愉快そうに紫煙を燻ぶらせ続けている。

 

「……よく言うわ。獲る気も獲らせる気もないでしょうに」

 

その相手――ベアトニーチェに向けてベルンエステルが言葉を返す。

 

2人の視線の先にあるチェス盤の盤面は些か可笑しな状態であった。

 

通常、チェス盤というのは互いの駒の数が決まっている。

各々キングが1つ。

クイーンが1つ。

ビショップ2つに、ナイトが2つ。

ルークも2つで、ポーンが8つ。

 

それなのに白の駒も、黒の駒も、明らかに数が合っていない。

それどころか駒の総数自体が合っていないのだ。

しかも駒の配置も明らかに不自然であった。

 

特にソレが顕著なのがベルンエステルの黒の駒である。

盤面の前線にキングの駒とナイトの駒が出ていた。

しかもキングが獲れる位置に白のビショップがあり、逆に白のキングの隣に黒のクイーンが合ったりと。

 

これではゲームとして成立しないだろう。

この空間でチェスという遊戯は絶対に成立しない。

 

「でも、この配置じゃ無理ないわね」

 

だが2人の魔女にすれば、この盤面こそが正しく。

配置の異なる駒ですら当然の帰結である。

 

「少し戦局を変えようかしら? こんな手はどう?」

 

ベルンエステルの白く細い指先が、1つの駒を動かす。

 

「ほう! これは懐かしい!」

 

その手を見て、ベアトニーチェは感嘆の声を漏らした。

海原を思わせる両目は爛々と輝き、お気に入りだった古本を目にした子供の様。

 

「只の改変モノだけどね。でもこの盤においては関係ないわ。さぁさ。私達も場所を変えましょう?」

 

「くくく! 成程、成程! 確かに納得よ! しかし、宜しいのかな? この手は些か博打ぞ?」

 

「くす。それがなぁに? 私はあくまで勝ちにいくわ。どんな悪手を使ってでもよ」

 

ベルンエステルの手が傍らのティーカップに伸びる。

淡い色彩の唇が、深い色彩の液体に濡れた。

ペロリ、と。

それこそ猫の様に艶めかしく赤い舌が顔を出す。

 

「【これが最後の手助けだもの】。少し位の無茶もしたくはなるわ。貴女も覚えがあるでしょう? クローゼットの鍵とか、鎖とか」

 

「ふむ。そこを突かれると流石に痛い。実に胸に来る」

 

「あら。それは悪かったわね」

 

「かつてこれほど心の籠らない謝罪があっただろうか? …………あったな。むしろ、妾がしたな!」

 

これは1本取られた! と、ベアトニーチェが笑った。

 

つられてベルンエステルも小さく笑いを溢す。

 

楽し気に。

 

悲し気に。

 

魔女たちが嗤う。

 

「でも……そうね」

 

夜深い世界の何処かで。

 

「やはり、悪だくみは」

 

2人の魔女が知略を絞り。

 

 

「「魔女とに限るわ」」

 

 

罪深き世界の中で……魔女達は勝利を目指すのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

半刻後。

 

王都――エ・ランテル

 

「っ! これはっ!? そんな何故!?」

 

大声を張り上げたのは、モモンと一進一退の攻防を繰り広げていたヤルダバオトであった。

今までの冷静さが嘘だったかの如く取り乱している。

此処が戦場であるにも関わらず動きを止めた姿は、明らかな致命の隙に他ならない。

 

「モモン殿っ!! 今だっ!!!」

 

先の言葉通り、戦闘のサポートに回っていたイビルアイが叫ぶ。

 

しかし。

 

「馬鹿なっ……!! 一体どうし………ふざけるなよっ!! こんな事があり得てっ!? なんでだ!? どうしてですっ!!!」

 

ヤルダバオト同様に、モモンも明らかに様子がおかしい。

誰も居ない虚空へ向けて叫んでいる。

イビルアイがモモンガの視線先へと意識を向け……

 

「馬鹿ね? よく言うでしょう。敵は味方のフリをするってね」

 

……そんな声を始まりに、絶望が目に飛び込んできた。

 

 

夜空に溢れんばかりの闇が広がっている。

 

否。

 

あれは絶望ではない。

 

あれは――『彼女は』!!

 

「ギャハハハハ!! 『地獄で会おうぜ』は妾の是とする言葉であるが……此処がそうだぜぇ?」

 

「ちょっと、あんた!!! ベルンにくっつき過ぎよ!!! そこは私の場所なのよ!? 離れなさいっ、この腐れ外道!!」

 

「ぷっくっく! 差し詰めチーム外道……ですかな? いやはや。この歳でブイブイいわせる日が来ようとは……ぷっくっく」

 

「ぐぬぬぬ!! 悔しいですっ! 何故あそこでグーを出したのですか私っ!? あぁ、昨日の私を殴りたいっ!!!」

 

「おい、こっちに唾が飛んでんだよ名探偵。一人SMやんなら帰ってくんね?」

 

王都の上空に数人の人影が浮かんでいる。

青い髪を風に踊らせる小さな少女を中心に、見知った顔すらがチラホラと。

【明らかな敵意を滲ませながら】王都の上空に殺意を広げていた。

 

その身から冒涜的なまでに悍ましい魔力を溢れさせるのは、250年前の鏡映しの如く。

 

混沌と化した王都の戦場へ。

場違いなまでに。

ジャンル違いなまでに横暴に。

完璧なタイミングで第三勢力の横槍が入ったのだ!!!

 

「それじゃぁ、開幕の狼煙をあげましょう。どんな寝坊助だろうが嫌でも目に入る位、とびっきりの大きさでね」

 

青髪の少女が指を鳴らす。

 

その瞬間、世界が燃えた。

 

そうとしか表せない位、世界が明るく燃える。

目に入る景色のあちらこちらが朱に染まっていく。

 

 

――あの方角はエ・ランテルかっ! それに、カルネ村と……いやそれだけじゃない!! 彼方は法国方面で……あっちは帝国領……まさか彼女達はっ!?

 

 

イビルアイの脳裏に最悪の考えが過る。

在り得てはいけない事実が浮かび上がる。

 

――ぐっ……私の考えが合っていれば、この人類史上最悪の事態だぞっ!! あぁ……モモンさま。貴方の言う通りだ。ふざけるなっ!!!

 

「――ふざけるなよ貴様ら!! 貴様らは……貴女はまた戦争がしたいとでも言うのか!? 250年前と同じく! 罪もない数多の血を流させようというのかっ!?」

 

イビルアイの絶叫が響く。

その声を受けて、青髪の少女――ベルンエステルが怖気すら感じさせる嘲笑を浮かべ、高らかに声を張り上げる。

 

「フフフ!! アハハハハ!! 戦争? 戦争ですって!? 【そんな退屈な事はしないわ!! これはゲームよ。世界の命運をかけた大博打!!】」

 

片手を振り上げ。

その強固な意志で固められた眼差しをもって、ベルンエステルは再び口を開く。

 

『聞け! 人の子よ!! この世界に生きる全ての者達よ!!』

 

恐らくは何らかの魔法を使っているのだろう。

その声は大気を震わせるのではなく、世界を震わせながら響き渡る。

 

『お前達の倒すべき化け物は此処に居る!! トブの大森林が外れにある墳墓の最奥!! その玉座に私は居よう!!!』 

 

さながら終末の笛の如くに。

 

『この世に平穏を取り戻したくば私を討つが良い!! 数多の英雄を集めるが良い!! 我が同胞を退け、困難を踏破し、この心の臓腑に剣を突き立ててみせろ!!」

 

世界を終わらせる戦を始める為に。 

 

『さもなくば私がこの物語に幕を引くぞ!! さぁ、己が抱いた宝を守りたくば私を討て!!!』

 

願う勝利を手にする為に。

 

『世界で一番残酷な魔女を――この大ベルンエステルを恐れぬ愚か者を、私は――あの場所で待っているぞ!!!』

 

黄昏に染まる空を背にして、魔女は密やかに祈る。

 

 

――さぁ

 

手にした幸福を胸に秘め。

 

――この幸せな夢を終わらせましょうか

 

誰もが気付かない位、小さく小さく微笑んだ。

 

 

ep.3~Even in the relentless clock~ End

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――奇跡と共に 1周年記念回 『Tea Party』――

 

 

7月7日、早朝。

 

「ん? なんだこれ?」

 

世間でいうところの七夕当日。

ユグドラシルというゲームで『モモンガ』というキャラクターを使っている社会人、鈴木悟は住んでいるアパートの郵便受けに見知らぬ封筒が入っている事に気が付いた。

 

「……送り間違いかな? 明らかに紙質が触った事のない高級感なんだけど……」

 

手触りからして鈴木悟が初めて感じる触感。

更に糊付けの代わりにあるのは封蝋。

ドラマや映画でしか目にした事のない御洒落さである。

つまりはポッターな映画によく出てくるアレだ。

 

――い、一応宛名を確認しておこう……! 

 

そんな高級品とは縁遠い彼にしてみれば、道端で『ちょっと持っててくれる?』と軽々しく渡されたヴィンテージワイン程に扱いに困っていた。

明らかに持つ手が震えている。

意を決して封筒の表面を見れば、それはそれは達筆は英語で『satoru suzuki』の綴り。

 

――ん? ほら、スズキサトルさんじゃん……よか……………まままま間違いなく俺じゃないですかっ!? えっ? ナニコレ? ドッキル!? 俺死ぬん!? か、カメラは何処だ!?

 

勢いよく扉を開けて廊下を確認するも、カメラの類はおろか、他の住民の姿すらない。

ユグドラシルのギルド内であれば可能性は大いに高かっただろうが、ここはリアル。

寂れた廊下が広がるのみであった。

 

「……取り合えず中で見るか。ここまで手の込んだ悪戯って可能性も低いだろうし」

 

軽く頭を振って扉を閉める。

テクテクとリビングへ向かい、一人掛けの椅子へと腰を下ろした。

 

――あ。ウチにペーパーナイフないんだよなぁ……カッターで良いか

 

そもそも極平凡に生きていく上で、ペーパーナイフを常備している家はどれ位なのだろうか?

と。

明後日な思考で軽く現実逃避しながらも、無事、封を開け終える。

 

中を見れば――

 

「手紙と……招待状?」

 

可愛らしい子供向けのファンシーな便箋と、便箋と同様のデザインの招待状が入っていた。

 

「え? 予想の斜め上なんだけど? ちょっと可愛い過ぎて、あれ、少しだけ嬉しいぞ? って思える位には予想外だよコレ!」

 

とっくの昔に成人している良い年齢の男の自宅に間違っても届いて欲しくはない。

色々な意味で震える体を無視し、便箋に目を通し。

 

「……ぁ」

 

―― 鈴木悟様

  新緑が葉を覗かせ、肌を刺す日差しが辛い季節になって参りました。

  お体に変わりはありませんでしょうか?

  当院ではこの度、ささやかではありますが、七夕を題材にした公演会を予定しております。

                   :

                   : 

                   ・

  ご都合もおありますかと思いますので、出欠の返答は頂かなくて構いません。

  もしご出席頂けるのであれば、同封の招待状をお持ちください。

  お時間がございましたら是非お越し下さいたく思います。

  どうか、ご壮健であらせられますよう。

                                         院長 寿    ――    

 

 

その便箋を読み終わった鈴木悟は、無意識の内に招待状を握りしめていた。

 

元々、鈴木悟は孤児である。

正確には幼少期に両親が他界し、その後の生活を孤児院で過ごしたのだ。

全世界規模での環境汚染によって、一部の財閥が主となっている現代。

貧困層と富裕層との格差は激しさを増していた。

その中で鈴木悟の生まれた家庭はどちらかといえば貧困層よりであったが、両親は精一杯の愛情を子供へと注ぎ、彼は心優しい人間として育っていた。

 

そんな両親に恵まれた彼の生活も、ある日を境に一遍する。

両親の死。

しかも病死ではなく、他殺である。

幼い彼の目の前で、金銭目的で押し入った強盗による凶行であった。

両親の他に身寄りもない彼は、傷ついた心のまま、彼方此方の施設をたらい回しにされる。

そして決して短くはない時間を路地裏で過ごしたのだ。

 

俗に言うストリートチルドレン。

スラム街なぞ現代日本では珍しくもない光景であるが、自分がそこに生きる事になる等と誰が思い浮かべられよう?

しかも、彼の性根は間違いなく善人であった事も災いした。

時には死に物狂いで手にしたなけなしの食べ物を、震える自分よりも幼い子供へと与えた。

ある時には力なく倒れこく犬を見て、自身の寝床へと運んだ。

そんな事を繰り返せばおのずと結果は見えている。

何時しかやせ細り、歩くことすら満足に出来なくなった。

偶に振る雨を啜り、喉の渇きを潤す日々。

日に日に衰弱していく中であっても、彼は誰も恨まなかった。

強盗犯こそ恨んだが、とっくに犯人には刑が執行されていたからだ。

 

死んだ者は生き返らない。

 

『パパも……ママも……アイツも……』

 

誰もが笑顔で生きられる世界は何処にもない。

だが、それでも。

そうだとしても、誰かを笑顔にする事は出来たから。

 

『……たべる?』

 

『い……い……の?』

 

とても食糧とは呼べない様なパン屑を、美味しそうに。

ありがとうと、涙ながらに笑った誰かが居たのだから。

 

ゆっくりと、幼き命の灯が消えかけた刹那。

 

『! 君! しっかりしなさい!!』

 

誰かの温もりが冷え切った体に触れて。

 

『……』

 

次に目覚めた彼が感じたのは柔らかな感触。

満足に動かない体の代わりに視線を動かせば、幾分を忘れていたベッドに寝かされている事に気付く。

 

『あぁ。目が覚めたのね!』

 

そこに居たのは優し気な高齢の女性。

その声が。

その眼差しが。

どうしようもなく、失くした宝物に――両親に似ていた。

 

『……っ……ぅ……ぁあ……』

 

気付けば勝手に涙が溢れ。

 

『……大丈夫。大丈夫よ。だから泣かないで? ね?』

 

暖かな温もりに抱かれていたのだ。

 

その日を始まりに、鈴木悟に帰る場所が出来た。

 

『院長! ただいま!!』

 

その日を始まりに、鈴木悟に帰る家が出来た。

 

『おかえりなさい、悟』

 

『おかえり~! 悟兄ちゃん、一緒にあそぼ?』

 

その日を始まりに、鈴木悟に掛け替えのない家族が出来たのだから。

 

それから数年で鈴木悟は就職し、施設を後にする事になる。

しかし、如何に短い年数であろうとも、間違いなくあの日々は彼の宝物なのだ。

彼が手にした最初の宝石。

 

 

「……それなのに俺は……こんな大切な事を忘れてしまっていたなんて」

 

 

どれだけ呆けていたのだろう?

気付けば時計の針は随分と進んでいた。

手の中で軽く……とはいえないが、よれてしまった招待状を綺麗に伸ばす。

 

この招待状も、きっと小さな『家族』が心を込めて書いたのだろう。

 

あの場所へ最後に行ったのは何時だったか?

 

「……そういえば……俺がゲームで魔法使いを選ぶ様になったきっかけも……」

 

 

『あら。悟はもう白い魔法が使えるのね』

 

『まほう? ボクが?』

 

『そうよ? 誰かを笑顔に出来る。とっても優しくて、とても大切な魔法なの。先生もね。悟と同じ位の歳に教えてもらったのよ?』

 

『いんちょーも? だれから?』

 

『私のお母さんから。私のお母さんは、そのお母さんから。ほら、本棚にある絵本を書いた人よ』

 

『えほんって、らいおんさんのやつ?』

 

『えぇ。この魔法はね、一番簡単そうで、一番難しい魔法なの。だけれど、これだけ素敵な魔法はそうないわ』

 

『じゃぁ、ボクまほうつかいになる!! きっといんちょーも、みんなも、ずっとえがおにするねっ!!』

 

『ふふっ。ありがとう、優しい魔法使いさん。さてと、そろそろおやつの時間ね。今日は特大プリンよ』

 

『ほんとっ!? やったー!』

 

『あらあら……ふふ』

 

『いんちょー! はやくっ! はやくっ!!』

 

『はいはい。さ、最初に手を洗いましょうね?』

 

『うんっ』

 

 

――そうだ。俺は……あの時間が……

 

手にした招待状の時間を確認する。

開園時間は午後の13時から。

 

そして幸いにも今日は休みだ。

 

「柄じゃないけど……花屋でも覗いてみようかな」

 

久しぶりに現実で心からの笑顔を浮かべて、洗面所へと歩いていく。

今晩のユグドラシルへのログインは、少し遅れるだろう。

すみませんと謝りながら、お詫びの土産話でも持っていこう。

 

きっと、今日は素敵な1日になる。

 

それに懐かしいハーブティーの味が無性に恋しくなった。

 

 

 

慣れない礼服に袖を通して。

照れ臭い笑みを浮かべながら、腕いっぱいの花束を手渡すのだ。

あぁ。

そうだ。

ちびっこ用にキャンディでも買っていこうか。

うん。

それが良い。

 

ふと目にした窓辺の先で。

 

 

――ただいま……母さん――

 

 

――おかえり。悟――

 

 

 

青いリボンが揺れた気がした。

 

 




第41話『鳴り響く音』如何でしたか?

お久しぶりでございます。
暫くぶりの更新でありながら、ぶっ飛んだ最後となった41話。
この展開を予想していた方がいたら、本当にスゴイですよ?
今話でep.3は終了です。
少し短い章でしたね。
次章ep.4で最終章を予定しております。
ほぼオリジナルの話達になりますが、どうかお付き合いいただきたく。
……割とビビっている現在。
でも書いちゃうのが私の悪い癖。

さて。
前話でご感想をくださいました、『サプリメン』様、『bb』様
ありがとうございます。
幕引きが近い当作でありますが、ここまでお読みくださっている皆様に感謝を。
今後もどうか御贔屓にしていただければ幸いです。
次話でお会いできますことを願いつつ。
ご感想等、お待ちしております。
                         祥雲
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