奇跡と共に   作:祥雲

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子守歌を謳いましょう。
   悪い夢を見ませんように。

子守歌を謳いましょう。
   悲しい夢を見ませんように。

子守歌を謳いましょう。
   優しい夢を見れますように。

  どうか忘れないで下さい。
   確かに此処に居たのです。         



ep.4~end of the tender lie~
重なった秒針


 

重く、空間そのものが身体に纏わりつくかの如く。

その場所は異様なまでの静寂と、緊張感に満ちていた。

 

王城ロ・レンテ。

本来は華やかな催し物が行われるべきであろうその場所は、息をするのすら億劫な程に、張り詰めた空気を内包している。

 

華やかなパーティーの始まりは、得てして主催者の声で始まるものだ。

故に、この全くの正反対を呼べるべき集いのカーテンコールを告げるのもまた。

深く閉ざしていた瞼を開けた……この国の主に他ならない。

 

 

「……まずは……この非常事態にこうして集って貰ったこと。誠に感謝する」

 

 

年老いて尚。

身の丈に釣り合わぬまでの重圧に耐え続けて尚。

ただの一度として、己が責務から逃げることをしなかった1人の王の声が響く。

 

リ・エスティーゼ王国・国王――ランポッサⅢ世。

 

かの王の呼び掛けにより集められた者達の意識が、言葉を発した老王へと注がれた。

 

「既に確認がとれているだけでも、我が王国内の被害は甚大である。……が、その中で人命の被害が少なかったのは不幸中の幸いと呼べるだろう」

 

世界が文字通り震撼した夜が明けた明朝。

現段階で動かせるだけの主だった戦力が、このロ・レンテへ招集されたのだ。

 

国王直属の剣たる、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。

その懐刀であるガゼフと引き分けた実力者ブレイン・アングラウス。

他にもミスリル以上のプレートを下げた冒険者達や傭兵。

政に関わる貴族や王族と。

そうそうたる顔ぶれが集う。

無言を貫く漆黒の英雄や、普段はこの様な場に居る事の少ない第三王女等。

どれだけ自体が逼迫しているかを伺い知るには十分であろう。

 

王都を……否。

世界を震撼させた件の魔女――ベルンエステルは世界への宣戦布告ともとれる言葉を残すと、その姿を消していた。

加えて王都を襲撃した悪魔、ヤルダバオトの姿も同時に消えていた事から、ベルンエステルとヤルダバオトは少なくとも同勢力であるという予想が立てられている。

 

「かの魔女が伝説に聞く魔神と同程度の災禍をもたらす存在であることは明白だ。事実……あの場に居た数人の姿が、十三英雄の残した手記に記された魔の者と酷似している」

 

「っ……」

 

王の発した呟きに、アダマンタイト級冒険者チーム、青の薔薇所属のイビルアイが肩を震わせた。

この場に居る、ある程度の実力を備えた面々がその小さくも確かな変化を見逃す筈もなく。

 

「貴殿は……確か蒼の薔薇の。何かしっt」

 

「いや、ちげぇんだ!! コイツはっ」

 

誰かが発したであろう言葉を、イビルアイの隣に立っているガガーランが遮った。

昨晩にその命を落とした筈の彼女が何故かの場にいるのか?

それは、蒼の薔薇のリーダーであるラキュースのおかげである。

一度の使用制限。

復活への制約も幾分かあるが、それをクリアさえすれば、神の奇跡たる死者の復活を限定的に行えるのだ。

多くの神秘が失われて久しい現代の世において、ラキュースの持つスキルは正に破格。

そのスキルによって蒼の薔薇は結果的に誰一人欠けることなく、この場に在ることが出来ている。

 

「……ガガーラン。気持ちは嬉しいが、この非常時だ。それに……あの人が相手なら、情報の秘匿は致命になるだろう」

 

「でもよ!」

 

「……よしなさい、ガガーラン」

 

苦笑を溢したイビルアイになおも食い下がらろうとしたガガーランを、未だ疲労の色が抜けきらないラキュースが止めた。

その左右では何時でも行動を起こせる様に、自らが持てる隠密スキルを総動員した双子が素知らぬ顔をして控えている。

いざとなればこの場で事を構えても良いという仲間の絆。

隠しきれない喜びと、決して選ぶ事の出来ない優しい事実が、イビルアイの決意を揺るぎないものに変えているのだ。

それが理解できぬガガーランではないから。

理解できてしまう仲間であるからこそ、ガガーランはここまで声を荒げるのだった。

 

「まったく……お前達、王の御前だぞ? 少しは慎みというものを持つべきだ。あちらのモモン殿を見習わんか? ……さて」

 

イビルアイは何てことなさげにそう告げると、ゆっくりながらも確かな足取りをもって広間の中央まで歩き、その仮面を外す。

仮面の中から現れたのは彼女の発する貫禄とは見合わないばかりか、良い所の令嬢だとしても通じる様な美しい少女であった。

だが、その真紅の眼が。

唇の端から覗く牙が。

血の気を感じさせない余りに白すぎる肌が、彼女が只の幼子では――ヒトではない事を明確に伝えてしまっている。

 

「改めて名乗ろう。私は蒼の薔薇のイビルアイ。――かつて『国堕とし』の名で呼ばれた者だ」

 

「「「っ!?」」」

 

驚愕。

恐怖。

感嘆。

 

広間に様々な感情の色が戻った。

その色を戻したのが、たった1人の『少女』によるものだというのだから、何という皮肉だろう。

この場において、間違いなく本物の決意を持った存在がこの少女を含めて、幾人にも満たないという現実は……なんたる無様か。

 

「そして先の王の言葉は正しいよ。あぁ……何故、私が知っているか。その辺りは各々理解しているだろう。だからこそ、私がこれから話す事も事実と捉えてほしい」

 

イビルアイは一瞬その目を伏せる。

再び彼女が前を向く頃には、その身に纏う貫禄に相応しい表情を浮かべていた。

 

「かの魔女の事は私も知らない。だが……隣に居た者達ならば知っている。まぁ……その内の1人は、この場に居る多くが見知っているかもしれんがね」

 

イビルアイの言葉に、無言で佇んでいたモモンガに向けて視線が集まった。

 

「……ぁ……「でもまぁ、きっとそこの彼は何も知らんよ。いや、むしろ被害者だろうさ」……ぇ……?」

 

何かを口にしようとしただろうモモンの言葉を、彼よりも力強い声音をもってイビルアイの言葉が遮る。

 

「件の魔女の隣。黄金の髪に、碧の瞳を揺らした女性。あの人の手にかかれば、人1人の記憶や感情を弄る事なぞ、造作もないだろう」

 

再びの驚愕。

イビルアイの言葉から推測すれば、かの漆黒の英雄をも出し抜けるだけの力をその者達は備えている証明になるのだから。

が、只1人。

ランポッサⅢ世のみが、揺るぎない意思でもって、問を投げかけた。

 

 

「……して……名は?」

 

「……彼女の名はベアトニーチェ。かつて魔神を我々と討った本来の英雄の1人。そして――」

 

 

 

「――救った人類に裏切られ、火炙りに処されて死んだ……歴史から忘れられた魔女だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リ・エスティーゼ王国から遥か南方。

 

人類の守護を掲げ、世界の救済を謳う『法国』は、宗教国家としては極めて典型的であったと言えるだろう。

 

かつての奇跡に縋り。

かつての奇跡を願い。

かつての奇跡のみに祈る。

 

自分達の罪を自覚する事もなく。

只、妄信的に。

只、狂信的に。

積み上げてきた屍の数すら忘れて、天を仰ぐ事しかしない神官達が統治した国。

 

故にこそ。

 

「……【ノックス第3条、秘密の通路の存在を禁ズ】」

 

己が身可愛さに、人類の救済という信念さえ忘れた彼らの逃げ道は潰えるのだ。

 

古来より聖堂や王城等には、時の権力者を守るための隠し通路が必ず存在する。

 

だが燃え盛る扉から静かに近づいてくる声が、その『当たり前を認めない』。

 

豪華な装飾品に身を包んだかつての聖職者達の退路を――その先にある希望を否定する。

 

「な、何故だっ!? どうして仕掛けが動かないっ!?」

 

「っ! く、来るな化け物め!! 異教徒の……魔女の手先めっ!!」

 

今、法国という国は文字通り死にかけていた。

 

多くの神殿が無残にも破壊され。

多くの精鋭達がその力を振るう事無く、『退場』させられていく。

なれどこの場において、未だ神官長達と共に、この国に在る者達が居るのもまた事実であった。

 

「あは! まさか、貴女が裏切るなんてねー? 想像もしてなかったけど、今、サイッコーに胸が高鳴っているわ!! ゾクゾクして堪らないもの!!」

 

「はぁ……貴女はどうしてこう…………神人も既に我々しか残っていないのですから、もう少し緊張感とか危機感をですね?」

 

震える神官長達を背にし、守る様に構えるのは法国が誇る最高戦力にして――唯一の残存兵力。

 

漆黒聖典『隊長』

漆黒聖典『絶死絶命』

 

それぞれ己が得物を、ゆっくりとした足取りで近づいてくる小さな体躯へと突きつけた。

 

今この瞬間にも、大聖堂の外は赤く……ひたすら紅く燃えているのだろう。

失った信仰に縋り、失くした栄光に縋った張りぼての街が燃えているのだろう。

だがそれでも。

 

「はぁ……こんな事なら、早く身を固めて隠居すれば良かったですね」

 

「ぷくく! 何だったら、私が番になってあげよっか? 貴方結構強いし? 私、今とっても気分が良いからさ? 初めてだし、きっと具合も最高だと思うわ!!」

 

「……………………………………前向きに考えておきます」

 

「おい、今の間は何だ? ああ゛?」

 

明日を信じられる程度には、未だに心が……魂が折れていないニンゲンが残っている。

 

「フム。この私が居る時点で結末は決まっていマスガ……やはりニンゲンは面白いデス」

 

そんな笑い交じりの呟きと共に、業火のアーチを潜り終えた声の主が、揺れる焔に照らされてその姿を現した。

 

菖蒲色の巻き毛に小柄な体躯。

黄金に光る両眼に、特徴的な青い帽子と装束。

交差する様に揃えられた左右の手からは、赤と青に煌く半透明の刃が伸びている。

 

「まったく。身近なところにとんだジョーカーが居たものです。そうでしょう? 法国主席異端審問官『十戒』ドラノール殿?」

 

「……それは今となっては少々正しくないデス」

 

隊長と呼ばれる長髪の男性の言葉を受けて、無表情であったドラノールの相貌が僅かに歪んだ。

その様子を見て、『絶死絶命』が挑発的な問いを投げかける。

 

「へぇ? なら『十戒』? 貴女の言う正しい肩書ってなにかしら? どっかのスパイ?」

 

「まぁ……こんな事まで起こしていながら違いマスとは言えまセンガ……そうデスネ。友に倣って私も改めて名乗りまショウ」

 

『十戒』と彼らに呼ばれたドラノールが、両の手の刃を消した。

そのまま胸に片手を当て、洗練された所作をもって美しい礼をする。

 

「天界大法院。第七管区内赦執行機関『アイゼルネ・ユングフラウ』所属。主席異端審問官、ドラノール・A・ノックスと申しマス」

 

ドラノールの背後で、聖堂を支えている支柱が幾つか倒れた。

火の粉が舞う。

崩れ始めている天井の隙間から。

ひび割れているステンドグラスから光が洩れる。

 

「これより異端審問を開廷」

 

その儚い光がドラノールを照らす。

 

「結果を……未来を闇に閉ざす選択は邪悪デス。それだけはワタシ達が許さナイ。ダカラ……」

 

正義を体現する大司教の刃が振り上げられて。

 

「その過ちを正しマス」

 

真実の楔が――彼らの切り札を封じる宣告が放たれた。

 

「【ノックス第8条、提示されない手掛かりでの解決を禁ズ】」

 

「加えて宣言しマス。【ノックス第4条、未知の薬物、及び、難解な科学装置の使用を禁ズ】」

 

世界の法則が変えられる。

否。

『あるべき姿に正される』

 

「驕りの代償は高くつくものデス。この楔を定めたあの人の様に……愛を観ようともしなかった1人の少女の様ニ」

 

建物を包む炎が一層勢いを増し、ドラノールが纏う空気が変わった。

 

より静かに。

より鋭く。

意識を――刃を研ぎ澄ませていく。

 

そして、ドン! という重厚な音を響かせ、ドラノールの小さな体躯が砲弾の如く弾かれた。

残された柱が、天井が崩れる。

発せられた衝撃で、ステンドグラスが砕け、キラキラと焔を反射させながら舞い落ちて。

一層世界に色を灯していく。

 

その姿はまるで。

 

 

「【愛がなければ真実は見えまセン】 だからこそ――我々が勝つのデスカラ!」

 

 

福音を告げる天使の様に――美しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

同刻。

 

王国領――トブの大森林のはずれ。

 

隠蔽に使われていた幻術が解除され、その荘厳たる姿を白日の元へと晒している巨大な墳墓がある。

その入口に、ポツンと。

小さな影が――ベルンエステルの姿があった。

 

何をする訳でもなく。

ただ気軽に散歩でもしている様に、世界が討つべき魔女は其処に居た。

 

「フフ。偶には悪役以外もしてみるもんね。新鮮な経験だったわ」

 

心から楽し気に。

手にした宝物を自慢する様に、上機嫌な様子でベルンエステルは笑う。

入口の上方。

張り出した出っ張りに腰かけて、青いリボンの結われた尻尾を揺らして笑った。

 

サァ―と、心地よい風が頬を撫でる。

 

ベルンエステルの青い髪が踊り、透き通った空気が肺を満たしていく。

 

「でも……そうね。どうせならもう少し…………くす。なぁんて。一体どの口が言うのやら」

 

何が面白いのか、クスクスと笑いが止まらない。

 

スッと右手を翻せば、水晶を思わせる無数の欠片が浮かび上がる。

 

「これで各国は結託をせざるを得ないわね」

 

その1つ1つには、ベルンエステルの良く知った者達が映っていた。

様々な場面が映っては消えていく。

モモンガが。

バトラが。

アルベドが。

まるで無数の映画のフィルムを雑多に張り付けた様に浮かんでは消える。

 

「何時だって世界はこんな筈じゃなかった事ばかりよ。だけれど……」

 

ベルンエステルが開いた右の掌を閉じれば、浮かんでいた無数の欠片もその姿を消していた。

再びそよ風がベルンエステルの身を撫でる。

 

「……その未来を決めるのは、今を生きる者であるべきだもの。場違いな役者はとっとと退場しないと」

 

眼前の景色を目に焼き付ける。

必死に生きる彼らを。

運命に抗う彼を。

 

「……待っているわ、我らが友よ。今はまだ立ち上がれなくとも、今はまだ選べなくとも」

 

舞い上がる髪を片手で抑えて。

 

 

「貴方が来る日を」

 

 

ベルンエステルが嗤う。

 

 

友が抱き締めた宝の隣で。

 

世界で一番残酷だと自ら語った魔女は。

 

 

「貴方の目が覚める日を――待っています」

 

 

聖女の様に微笑んだ。

 




第42話『重なった秒針』如何でしたでしょう?

短めの出だしとなりましたが、今話からep.4が始まります。
楽しんでいただけましたかね。
モモンガさんのハートは回復してません。
描写は後の話で詳しい部分を挟みたいと思っております。
そろそろ感の良い方は、この物語の全容に気付き始めたのではないでしょうか?
改めて、この物語の最後までお付き合い頂ければ幸いです。
さて。
前話でご感想をくださいました『まろんさん』様。
誠にありがとうございました。

考察・ご感想等、お気軽にお寄せ頂ければ。
それでは次話にて。
                        祥雲
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