奇跡と共に   作:祥雲

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この宝石を贈りましょう。
     あなたが手にする宝モノ。

  あの宝石を磨きましょう。
       あなたが目にするその日まで。

    その宝石を遺しましょう。
         あなただけのモノだから。


誰が者の寧日

ふと。

窓の外を見上げた。

 

首だけを其処に向けて。

首から下は動かさないまま。

誰も居ない部屋で静かに苦笑を溢す。

 

あの空を最後に見上げたのは一体何時だっただろう?

 

記憶に在るのは美しい星。

視界に映るのは無機質な壁。

それがどうしようもなく可笑しくて。

くつくつ、けらけらと静かに笑う。

 

人に限らず生命というモノは存外にしぶといものだ。

例え心が朽ちようとも。

退屈という甘美な毒に侵されようとも。

 

たった1つの大切なナニカさえあれば。

躰が朽ちようと、心や魂の輝きさえ残っていれば、明日を信じられる。

 

かつて確かに貰ったその言葉を、あの笑顔を。

この広い広い世界の中で、自分しか覚えていないとして。

その事に一体何の問題があろうというのか?

 

瞼を開けても視えなくて。

口を開いても話せない。

此処にはなくて、何処かに在る。

 

自分だけが覚えている。

 

『―――――』

 

だからまだ終われないの。

自分は昔から諦めが悪い。

 

「~!~!~!」

 

枕元で鳴り続ける聞きなれた電子音も。

 

「――! ―――!!」

 

壁越しに近づいてくる聞き飽きた足音も。

何もかもが煩わしくて……愛おしいから。

 

骨の様に白い腕を挙げた。

震える指先に力を籠めて。

既に骨董品と呼ぶに相応しいペン先へ、黒いインクを付ける。

 

ポタリ。

ポタリ。

ボタリ。

 

さぁ。

最後の物語を彩ろう。

 

 

 

 

 

 

 

「それでは暫しの間、此方でお寛ぎ下さいませ」

 

「……」

 

そう言い残した妙齢のメイドが退出するも、部屋へと通された当の客人は終始無言であった。

漆黒の鎧を纏った偉丈夫と呼ぶに相応しい風貌の『彼』は、酷く緩慢な動作で歩みを進めるとゆっくりベッドに倒れ込む。

 

頭部隠す兜の奥で。

ゆらゆらと空虚に揺れるは今にも消え去りそうな……赤い揺らめき。

この現世において伺い知る事の叶わない彼の表情は一体どの様な貌であったのだろうか?

 

「……な…ん……で…」

 

まるで深海の底とでも感じられる程に重く冷たい部屋。

そこにポツリ、と。

消え入りそうな程に掠れた小さな言の葉の雫が虚の水底へと溶けてゆく。

ほんの数刻前からずっと。

只ひたすらに彼の中で木霊する疑問が。

形にできないその感情が。

心という海の中を幾千もの気泡の如く浮き上がっては、明確な象になる前に消えてしまうのだ。

カーテン越しに差した温かい日差しが、まるでこの瞬間だけ意思を持ったかの様に彼を――モモンガだけを照らしていない。

 

 

王国領における武力・知力の最高峰が集められた会合は立場や地位に関わらず白熱したものとなった。

被害の再確認や今後の方針等々。

かつてない規模で、かつてない試みで。

ありとあらゆる案が飛び交った。

しかし。

世界規模で災厄を齎したかの魔女の目的が一切不明である以上、具体的な対策を練ろうにも練られないというのが現状である。

たった1つ。

唯一無二とも呼べる至ってシンプルな『事実』を除いては。

 

始まりは誰の言葉であったのか。

それすらも今のモモンガの記憶には残されていない。

なれども、その言葉がきっかけになったのは紛れもない現実なのだ。

いくら胸の内で叫ぼうとも。

いくら心が悲鳴をあげようとも。

 

幼子でも解る単純な。

 

『正に英雄譚に相応しい単純明快不変の事実』

 

――つまりはあの魔女を殺せば良いのだろう?――

 

その言葉を聞いた瞬間。

 

――ふざけるなっ!!!――

 

大広間を破壊せんばかりの絶叫が自分の口から発せられていた。

 

――モ、モモン殿!?――

 

―ぁ……ち、違うんだ! いや!! 違わない! だって……だって、そうだろう!? そうでなければ可笑しいだろうがっ!!!――

 

――まさかあの人がまだ何か!? 手を貸せ戦士長! 傭兵! 今のモモン殿は錯乱しているっ!!怪我人を出したくないなら急げっ!!!――

 

イビルアイの言葉に反応したガゼフとブレイン、更には蒼の薔薇達が総出になってモモンガは取り押さえられた。

平時であれば振り払う事も可能であっただろうが、その時のモモンガにはそんな余裕は一切皆無。

 

――ベルンさんを殺す?

――この世界にたった1人、何時も隣に居てくれた大切な友を殺すだと!?

――なんでだ!!

――きっと違う!!

――友達だろう!?

――何か理由が

――でも『モモン/モモンガ』の取るべき行動は!!

――彼女は『ギルメン』なんだぞ!

――だって! だって!! 『アインズ・ウール・ゴウン』は!!!

 

一頻りに暴れて。

自分でもよくわからない叫びをあげ続け。

次々と鎮静化すら追いつかない位に叫んだ気がするも既にそれは過去の出来事である。

その後に精神の鎮静化が漸く効いたのか、不気味な程に大人しくなったモモンガは会合を退出。

 

そして今に至るのだ。

 

「……どうしてですっ……ベルンさん……どうしてっ……!」

 

既にベルンエステルへは数えるのも馬鹿らしい位に<メッセージ>を試した。

嘘であって欲しいと。

何時もの冗談ですよね、と。

一縷とも取れぬ望みに縋るも当然の様に<メッセージ>は繋がらない。

それどころか、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンでのナザリックへの転移すら失敗したのだ。

転移は発動するものの、飛んだ直後に元の場所へと戻される。

これは明らかなモモンガへの妨害であろう。

 

ギルド武器が自分にしか使えない以上、ベルンエステルがナザリックを支配するという事は事実的には不可能。

だがナザリックの僕を先導し、現実的にナザリックを支配する事は可能なのだから。

そう。

可能か不可能かでいえば、間違いなく『可能』だ。

にも関わらず。

 

『ナザリックの僕達の誰もが、その様な言動も行動も一切モモンガに行わなかったし、口にもしなかった』

 

事実としてモモンガのナザリックへの転移は現状不可能である。

しかし、ナザリックへ向けて<メッセージ>だけは可能だった。

ベルンエステルが王都の上空から姿を消した直ぐ後。

真っ先にモモンガはデミウルゴスを中心とした階層守護者へと事態の確認をしていたのだから。

 

――お前達っ! ベルンさんは何処へ行った!?――

 

――ご安心下さい、モモンガ様。万事順調にご計画は進行していますよ!――

 

――流石はモモンガ様!! この様な大胆かつ雄大なご計画を実行されるだなんてっ!!!――

 

――!? な、何を言っているのだ!?――

 

――事のあらましはベルンエステル様より聞き及んでおります。流石はモモンガ様とベルンエステル様でございます。自らがニンゲン達の敵味方という立ち位置の先導へ立つ事で、万一の可能性すら屠るとは! このデミウルゴス感服致しました――

 

――待て! 本当に何の話を!?――

 

――く~! たまらんでありんすぅ! 塵芥の使う位階では傍受される心配がゼロに等しいにも関わらず、あえて素知らぬフリをなさる迫真の御演技! 替えの下着がいくつあっても足りんせん!!――

 

――お『残念、時間切れよ』っ! ベルンさん!!――

 

そんな一番聞きたかった言葉を最後として、ナザリック内外の認識は確実にモモンガの選択肢を狭めてしまった。

モモンガのみへの妨害をベルンエステルは行っている。

モモンガを屠る為でなく。

ナザリックを奪う訳でもなく。

2人で決めた計画の為でもない。

 

これではまるで……

 

「……殺してくださいって、言っている様なものでしょう……!」

 

――……ン

 

その言葉を皮切りに、何時か聞こえた涼し気な音色は無意識に溶けて、濁っていたモモンガの思考が突然クリアとなっていく。

 

この事実をナザリックの僕が知れば、致命的な動揺が広がるだろう。

だがデミウルゴスの発言から推測すると、当のベルンエステル自身がその可能性を考慮して嘘の計画があるという体で話をした事が確定するのだ。

つまりベルンエステルはナザリックを、引いてはモモンガの事を考えているのではないか?

そして昨夜の発言を思い出す。

 

――馬鹿ね? よく言うでしょう? 敵は味方のフリをするってね――

 

あの場でベルンエステルの口にした言葉は、表面的に捉えればそれで終わりだ。

言葉通りの意味で帰結する。

なれど、あのベルンエステルの発した言葉ならば真意は違ってくると。

モモンガは――鈴木悟は確信を持って言えるのだ。

 

――考えろ

――思考を停めるな

――思い出せ、今までの事を

 

ここにきてモモンガの持ち味が息を吹き返してゆく。

ユグドラシルの時代においても、ネタビルドの構成でガチビルドに対抗出来ていたのは決して幸運が重なったからではない。

その大きな要因は『考える』という当たり前をやめなかったからだ。

スキルや装備1つ1つの構成。

立ち回り。

マップやモンスターの位置や情報。

常人であれば記憶や認識の底に追いやってしまう些細な情報ですら、モモンガは――鈴木悟は考えて行動していたのだから。

故にこその『アインズ・ウール・ゴウン』のギルド長であり、ユグドラシルにおける数百の魔法スキルすらも網羅出来た。

確かにリアルでの彼は貧困層のニンゲンだ。

だが暮らしや仕事と、その者の能力が必ずしもイコールで繋がるとは限らない。

 

そして間違いなく鈴木 悟という存在の思考能力は他者を大きく凌駕していた。

 

――ベルンさんはあぁ言っていたが、本当にそうなのか? バトラじゃないが、あの言葉をもう一度ひっくり返してみよう

――敵は味方のフリをする。なら味方は敵のフリをする。こう考えればベルンさんの行動にも辻褄は合ってくる。

――でもまだ足りない! そこで終われば、本当に取り返しのつかない事になる気がするんだ。

 

何時の間にやら、モモンガはベッドから身を起こしていた。

ベッド脇に腰掛ける体制にに変わり思考を続ける。

 

――あの場に居たのは、ベルンさんの他のNPC達か? でもイビルアイはあの内何人かを知っている様子だった。そうなるとNPCという可能性はなくなるが……待て! イビルアイは何と言っていた? 『本来の英雄の1人』……だったか? クソッ! 朧げにしか思い出せない! 少なくともプレーヤーが絡んでいる可能性は否定できないし、その方向で考えよう

 

――シャルティアの時と同じ世界級アイテムによる精神操作? だがそれだとナザリックへの配慮が意味を為さなくなる。仮にナザリックを使って何かしらの利を欲するならば、素知らぬ顔で俺に近づいて傀儡にでもすれば良い。つまり、その点にはベルンさんの意思が間違いなく働いているってことだろう。

 

――逆に俺への配慮は何だ? 英雄モモンとしての確固たる地位を得る事か? でもそれだけじゃぁ余りに弱い。ここにもう1つ別の要素が絡んでくる? 少なくともベルンさんが1つの行動に対して、1の結果しか得られない選択をする筈がない。

 

徐々に、徐々に。

モモンガの思考が加速していく。

寝惚けた頭が覚醒する様に。

都合の良い夢から覚める様に。

 

何処かの誰かが焦がれた心優しい男が立ち上がる。

 

『アルベドよ、聞こえるか?』

 

『! これはモモンガ様!! 如何されたのでしょうか?』

 

モモンガが<メッセージ>を繋げた相手はアルベドである。

 

『すまないがお前に相談に乗って欲しい』

 

1人で解決出来ないのなら。

 

『!? っ~! はいっ!!』

 

『……くく……はは。そんなに嬉しいものか?』

 

『あ! こほん!! 謹んでお受けいたします』

 

誰かに頼れば良いのだから。

 

モモンガは思い出す。

かつての思い出を。

アインズ・ウール・ゴウンとは、ギルドとは何であったかを。

 

同じ価値観のニンゲンなどいない。

そうだ、自分で口にしたではないか。

 

――彼らは――あの人達は此処で生きて、此処で過ごして、此処で成長したんだ

 

なのに自分は何時の間にか停まってしまっていた。

彼らの子供らがこんなにも成長しているというのに。

 

『後ほど連絡を入れる。誰にも気づかれずに此方に来られるか?』

 

『くふっ!? そ、それは夜t……いえ、デ、デートのお誘いでしょうか!?』

 

『……ぁ~……うん。そうだ、偶には良いかもしれんな』

 

『くてゅ!?』

 

――何時までも『俺』だけが逃げてちゃ駄目だろう

 

謎は未だ解けず。

答えは先送りでしかない。

でも。

そうだとしても。

 

「……俺はギルド長なんだから」

 

あのヒトを。

 

「ギルメンを信じなくてどうする」

 

絶対に失いたくないと思ったのは。

 

「そうでしょう?……ベルンさん」

 

 

『自分』の我儘だろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――……―――ィ―――……―――ン

 

 

 

 




第43話 『誰が者の寧日』 如何でしたでしょう?

お久振りでございます。
ほぼ1年に近い位に更新の間が空いてしまい申し訳ございませんでした。

中々どうして作者のリアルで色々な事がありまして。
言い訳も甚だしくはありますが何卒ご容赦下さればと。
SAN値も32位まで回復しましたので、合間をみて更新させていただきたく思います。

改めて今話ですが、恐ろしく久方ぶりの更新ですね。
作者の精神も客観的に見てよく解らない状態なので、変な事を書いていないか、やや……いえ、かなぁり心配です。
まぁ、変人が少しズレても大差ないでしょう。

さて。
前話でご感想をいただきました、
『yoshiaki』様、『アラガミ太郎』様。
誠にありがとうございます。

ご評価やお気に入りをくださった方にも感謝を。
考察・ご感想等、お気軽にお寄せ頂ければ幸いです。

それでは次話にてお会いできます事を願い。
                       祥雲

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