奇跡と共に   作:祥雲

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幸せを得る権利があった。
   それは誰もが持っていて。

喜びを知る権利があった。
   それも誰もが持っていて。

だけど享受出来るのは一握り。
   
だから、貴方が持っている。
   


最高のスパイス

チリン

 

 

「失礼いたします。ベルンエステル様」

 

脇に添えられた鈴を鳴らせば、控えていた、切れ長の瞳のメイドが空いた皿を淀みなく片づけた。

音一つ立てずに裏へ消えたかと思えば、入れ替わりに別の首のチョーカーが特徴的なメイドがやって来る。

右手には銀のトレイ。

トレイの上の皿には、冷気を纏った純白の菓子が乗せられていた。

 

「こちら、デザートの『ブラマンジェ』でございます」

 

ソレを、曇り一つなく磨き上げられたスプーンで掬った。

小さく口を開けて躊躇う事無く放り込む。

ヒンヤリとした心地よい冷たさ。

芳醇なアーモンドの香り。

そして舌で感じた重量が、雪の様に溶けていく。

 

「――――美味しい」

 

心からの称賛を込めて、ベルンエステルは呟いた。

 

「「「!……!……」」」

 

控えているメイドの中には、至高の主人に奉仕出来る喜びで震え、咽び泣く者すら現れる有様。

特に巻き毛のメイドが目に付く。

メイドとしての自負からか、声は必死に抑えていたが、流れる涙の量は生物としての限界を超えていやしないだろうか。

それでもまだましだ。

なぜなら裏方が特に酷い。

ガガガガガと異音を放ちながら震える者。

涙を堪えきれずに擬態の顔面を崩す者。

『~っす! ~っすぅぅ!』としか言わない者、等々。

そんな惨状であろうと魔女は気にせず食事を続ける。

現実でも、ほとんどお目にかかった試しのない美食に舌鼓をうつベルンエステルにしてみれば、料理を楽しむ為の対価と考えれば安いもの。

 精々が、少しだけ煩わしいBGMといったところであろうか。

ゆっくりと味わったベルンエステルは、最後の一掬いを喉へと流した。

 

「――ごちそうさま」

 

膝の上に畳んであったナプキンで口元を拭う。

 

「ベルンエステル様。お口直しの紅茶にございます」

 

そう言って出された紅茶は、ミルクティーであった。

甘いデザートの後に、また甘い紅茶を出すの?

そう訝しんだが、先までの料理ですら見事の一言に尽きる品々。

きっとこのチョイスにも意味があるのだろうと考え、カップの耳に人差し指を引っ掛けた。

そのまま中指と親指で支えながら持ち上げる。

勿論、残る薬指と小指を揃えるのも忘れない。

ゆっくりと紅茶を喉に通す。

 

「……!」

 

そして、納得した。

口に広がるのは、ミルクに負けないバニラの香り。

それは、普通のフレーバードティーでは到底だせない優しさを持っていたからである。

飲み込んだ後に残るのは、しつこさではなく、まろやかさ。

 

「……グラン・ボワ・シェリ?」

 

「! 流石はベルンエステル様。紅茶にもお詳しいとは…感服いたしました」

 

記憶の糸を辿り、紅茶の知識を引っ張りだす。

現実で100年在る小説家の知識に隙はない。

紅茶を運んできたメイドが感嘆の声を上げる。

 

「最初は驚いたけど、中々どうして悪くないわね」

 

もう一度口をつける。

 

「ん。美味しい」

 

「宜しければこちらもご賞味ください」

 

出されたのは一口大の焼き菓子。

仄かに鼻腔をレモンが香る。

優雅な魔女の茶会は、それからしばらく続いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……ってのがさっきまでの顛末ね。実に堪能させて貰ったわ」

 

「ズルいです! 俺なんか骨ですよ!? 食事なんて夢のまた夢じゃないですかぁ……!」

 

ナザリック地下大墳墓。

第九階層のロイヤルスイートにあるモモンガの自室にて。

 

革張りのソファの上でクッションに頭を埋めるモモンガと、その上に座ってドヤ顔しているベルンエステルの姿があった。

かつてであれば、一歩間違えれば運営からの勧告があったかもしれない光景だが、幸か不幸か此処は異世界。

魔女と魔王のじゃれ合いを阻む抑止は皆無である。

 

「モモンガさんには悪いけど、食事に行って正解だったわね。あのコ達へのご褒美にもなって一石二鳥って感じかしら」

 

数時間前に、モモンガとベルンエステルは地表から戻ってきていた。

 

マーレとアルベドにリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを渡した……というイベントもあったが、特筆すべき事もなかったなとモモンガは感じている。

しかし、アルベドは別としてマーレが『左手の薬指』に躊躇う事なく嵌めたのを、モモンガが全力で記憶から抹消した結果だという事実は変わらない。

以前のベルンエステルの勘が、嫌に現実味を帯びていた。

 

「説明で結構言葉遊びしてましたけど、今の一言で隠す気なくなりましたね。控えていたメイドってプレアデス達でしょう?」

 

モモンガが告げると、ベルンエステルは目をパチクリさせてから微笑んだ。

その表情は、良く出来ましたと言わんばかりの笑みである。

 

「あら? 良くわかったわね。謎解きの正解者にも素敵なご褒美があるわ」

 

「え? なにかくれるんですか?」

 

振り返りながら体を捻る。

と、同時にベルンエステルはモモンガの綺麗な頭蓋骨を鷲掴みにした。

 

「さぁ。動いちゃ駄目よ?」

 

そして、ゆっくりと顔を近づける。

 

「え? ちょっ!?」

 

焦らすかの様に迫るベルンエステルの顔面を前に、モモンガは光輝く。

はっきり言って、ベルンエステルの外装は紛れもない美少女である。

黒髪で色白の巨乳な美人がタイプだったモモンガでさえ、ゲーム中、偶に見惚れる瞬間があったのだから。

そして現実となった今、それを改めて至近距離で認識したモモンガ。

はっきり言おう。

童貞骸骨にはレベルが高過ぎた。

 

―え? え? ちょっ!? これどうすればいいんですかペロロンチーノさん!? いつか言ってた脳内選択肢を俺に下さい!? ジョージだろうが構いませんから!!

 

今は遠き友に内心助けを求める位、モモンガはテンパっている。

そうこうしている間にも、ベルンエステルは迫って来る。

 

「ベ、ベルンさ『コツン』」

 

―コツン?

 

モモンガが、なにかを開きかけた瞬間。

ベルンエステルは止まった。

モモンガも止まった。

吐息がすぐそこに感じられる距離で、モモンガの前頭骨とおでこと合わせる形。

 

「くす。『期待』させちゃった? 残念ながら別モノよ」

 

クスリと、ベルンエステルが笑う。

 

「あ! え……いや……えっと!」

 

「安心なさい。きっと悪いモノじゃないから。―<さぁ、カケラを紡ぎましょう>」

 

青い光がモモンガを包む。

そう認識した瞬間。

モモンガは全く別の所に座っていた。

目の前には美味しそうな料理が存在感を放っている。

現実では口にする事などなかった、生の野菜をふんだんに使用したその姿は芸術品としか思えない。

漂う極上の香りに、モモンガは知らず『喉を鳴らした』

 

―え? 喉を鳴らす?

 

困惑を他所に、身体が勝手に動く。

切り分けられたその料理を、優雅な手さばきが口に近づけていく。

口に放り、歯で噛んで、舌に乗せた。

そして広がる旨味!

 

―!! 美味い!! こんなの食べた事なんて…………?……味!?……あぁ…でも美味い……! 

 

 感動に震えるも、すぐに疑問が湧く。

しかし、その疑問ですら、感じる素晴らしい味覚に塗りつぶされていった。

 

次はとろみを感じさせる、淡いクリーム色のスープ。

真ん中にあしらわれたミントの葉が、とても可愛らしい。

 

―! すげぇ美味い! うわ……! うわぁ……!!

 

次は出てきたのは焼き立てであろう、ふっくらとしたパンであった。

現実で口にして来た粗悪品なパンとは比べ物にならない。

 

―なんて柔らかいんだ!? 今まで俺が知っていたパンは一体…………美味ぇええ!? パンなのに!? コレがパンなの!?

 

次は彩ある海老と魚のソテー。

漂うバターの香りにすら味があるかの様。

 

―綺麗だ! でも散りばめられた木の皮みたいなのは一体なんだろう?

 

フォークに海老と謎の物体Xを乗せて、齧りついた。

プリプリとした触感と、パリパリとした塩気のアクセント。

 

―海老美味い! このパリパリも凄いな…!

 

次に出てきたのは紅いこじんまりとしたシャーベットだった。

キラキラと照明の光を反射して輝く。

 

―凄い綺麗だ! ……!……甘酸っぱくて美味い!! ぁあ……最高だったなぁ……

 

シャーベットがなくなった皿を下げられ余韻に浸るモモンガの前に運ばれてきたのは、骨が付いた肉の塊。

 

―…………最後じゃなかったの!? でもグッジョブ!!

 

周りを包む香草の香りが食欲をそそる。

食べやすい大きさに切り分けられた肉は、断面から肉汁が溢れ、素材と爽やかな香りが口いっぱいに広がった。

 

―これが本物の肉か! 何だこれ……! 何だこれぇ……!?

 

モモンガの感動は止まらない。

そして次はサーモンの巻かれたチーズが運ばれてきた。

サーモンでバラを象っており、まるで皿に描かれたのかとさえ思う。

 

―うわ! 食べちゃうのがもったいない! でも身体が動いちゃうの! ……美味ぇえ……美味ぇえええよぉぉおお!

 

飯テロを味わっているモモンガの前に次に運ばれてきたのは、グラスに盛り付けられた瑞々しいフルーツだった。

 

―えぇ!? これこそ宝石みたいじゃないか!? あぁ……! 手が勝手にぃぃ……!……美味いぞぉお!!

 

そして次は、『冷気を纏った純白の菓子』が。

 

―なんて優しい口溶け!? これは素晴らしいぞ!!

 

食べ終わったタイミングで、『ミルクティー』が運ばれてきた。

その後も締めとして『小さな焼き菓子』を楽しむ。

まさに至福と呼ぶに相応しい時間をモモンガは確かに味わった。

 

「……あれ?」

 

そして気付けば、辺りは見慣れた自室。

先ほどまでに居た、レストランを彷彿させる面影は何処にもなかった。

 

「どうだったかしら?」

 

「うわ!?」

 

キョロキョロと左右を見渡していたモモンガの眼前、超至近距離にあるベルンエステルの顔。

彼女は朗らかな笑みで聞いてきた。

 

「どうって……俺は今まで確か……料理を……」

 

「美味しかったわね。特にあの骨付きのお肉とか」

 

「えぇ! もう美味いのなんって!……え?」

 

そこでモモンガは気付いた。

さっきの不思議な体験は、目の前の魔女が原因なのだと。

 

「喜んで貰えて良かったわ。……私だけがご飯を食べられるってのもちょっとね? 私の記憶の再現で悪いけれど、楽しんで貰えたかしら?」

 

―再現?

 

「え? ちょっと待って下さい!? アレってベルンさんの記憶?……いや……スキルなんですか!?」

 

「ゲーム時代は自分の過去ログの可視化って事で、観賞映像を作る位にしか用途が無かったからお蔵入りしてたのよ。こんな役立つ日が来てくれるなんてビックリ。…どう? これでモモンガさんも、ちゃんと料理が味わえるわ」

 

「べ、ベルンさん……!! そこまで俺の事考えてくれてたんですね……!」

 

モモンガは、ベルンエステルの優しさに泣いた。

涙が流せない骨の身体だが、心は大号泣である。

 

「くすくす。ほらね? 魔女のご褒美も悪くはないでしょう?」

 

「ハイ! もう一生ついてきますベルン姉さん!!」

 

「くす! だから骸骨の弟はいらないってば」

 

「ガーン!!」

 

まるで幼子の様に喜んだり落ち込んだりするモモンガに、ベルンエステルは苦笑した。

いつかと似たやり取り。

 

「「っぷ! あはははは!!」」

 

それもやがては笑いに変わった。

魔女と魔王が笑う、嗤う、嗤う。

他者から見れば、地獄の釜を開けたような光景も。

釜の中では天国だから。

奥底で彼の楽し気な声が途絶える事は、もうないだろう。

 

 

それはきっと、素敵な事だ。




さて、如何でしたか?
気付けば6話目です。
今話はちょっとだけ幕間のお話。
楽しんで貰えたら嬉しいですね。

ご感想で、『口調がもう少し砕けた方が好き』とあったので、こんな風に後書きを書いてみました。
『bb』様どうですか? 砕けてみましたよ! 前話までの私粉々ですよ!
並びに『木更津のアウトレット 』様、ご感想ありがとうございました!
そして読んでくれている皆様方。
今後も是非、この作品を楽しんでお読み下さい。
それでは次話にて。
                                     祥雲
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