いつもと同じ一の目です。
サイコロの目は黒でした。
偶に出てくる四の目です。
サイコロの目は何でした?
出た事のない三の目です!
「……っ…………っ!」
これはきっと、悪い夢なんだ。
良い子にしてなかったから、いつもお姉ちゃんを困らせてたから、バチがあたったんだ!
そんな風に、姉にしがみ付いて震えるネムは考えた。
「<中位アンデッド作成 死の騎士>」
さっきまで、自分や姉、隣人たちを嘲笑っていた騎士はもういない。
居るのは、怖い魔王と恐い魔女。
なぜなら彼らがもう、笑う事は…二度とないのだから。
魔王ことモモンガは、地面に転がる『騎士だったモノ』に手をかざした。
宙からブワリと、黒い霧が現れたかと思えば、横たわる残骸に溶けていく。
すると、どうだろう。
「――ァァ゛」
「「ひっ!?」」
あらぬ方向に曲がった膝を伸ばして、全身の砕けた関節を無視して、『騎士だったモノ』がゆらりと立ち上がった。
あり得ない光景に、姉であるエンリと悲鳴が重なる。
ゴボリという音がして。
兜の隙間から。
鎧の隙間から。
エクトプラズムの様なドス黒い、粘着質な液体が流れ出す。
「……っ……!…………」
時間にして数秒。
骨や肉が変わる音が聞こえ。
覆い隠していた闇が消える。
背は数倍に膨れ上がり。
左手にタワーシールド。
右手にはフランベルジェ。
身に纏う赤黒いオーラが、脈動する心臓の血管の様に蠢く。
『騎士だったモノ』は、覚めない悪夢に相応しい存在へと変わり果てていた。
「成功……ですかね……?」
「手始めに命令でもしてみたら?」
「おぉ、なるほど!」
なにか、モモンガとベルンエステルが話している。
だがなにもネムの耳に入らない。
―コワイコワイコワイコワイ!
悍ましさを増していく現実に身を震わす、幼い少女の耳にはなにも。
「では、死の騎士よ。この村を襲っている騎士を―殺せ」
「オオォォァァァァアアアア――!!」
創造主の命に、死の騎士が咆哮をあげる。
そのまま迷いのなき動きを持って、村の中心へと駆けて行った。
「「!!!!」」
ネムの体の震えは更に激しさを増し、鳥肌が立つ。
呼吸すら覚束ない。
「……いなくなっちゃったよ…………え? あれって主人を守る盾役じゃないの?」
「まぁ……大丈夫でしょ。…………ぷ」
「……ベルンさん、なんで目を逸らすんです? あ! 笑いましたね? 今、絶対笑いましたよね!?」
「いいえ? モモンガさんが腕をかざして、決めポーズまで披露してくれた事になんて…全然これっぽちも……くすくす!」
「…………あ!? 忘れて下さい! 忘れろぉぉお!!」
視界もぼんやりして。
その先で、再びモモンガとベルンエステルが話し込んでいる。
―自分たちをどう弄ぶか決めてるんだ……!
「準備に時間がかかってしまい、申し訳ありません」
「……ぁ」
振り返れば、新たに『悪魔』が立っていた。
荒々しい曲線を描く角が付いた頬付き兜と、全身漆黒の鎧。
身の丈もある巨大なバルディッシュを手に。
そのなによりも、兜の奥でギラリと光る金の眼が、ネムには堪らなく恐ろしかった。
「いや丁度良いタイミングだ。アルべドよ、我らを守護する楯となるのだ」
「喜んで『御身を』お守りさせていただきます、モモンガ様! ……そこの汚らわしい下等生物2匹は如何いたしましょう? お手を煩わせるのであれば私が…」
「「っっ!!!」」
戦斧の切っ先が微かに動く。
「待て!?……お前はセバスになんと聞いて来たのだ?」
「…………」
「呆れた。ちゃんと聞いてないのね」
「……っ…………!」
が、不思議とネムは震えが若干収まったのを感じた。
先程まで感じていた『重さ』が消えたのだ。
まるで『どこか別の方向に向いた』みたいに。
「良いか、アルべド。私とベルンさんはこの村を助ける。敵はそこらに転がっている、鎧を着た者達だ。その娘達ではない」
「申し訳ありません、モモンガ様。急ぐ余り失念しておりました」
「謝るのは私だけか?」
「……いえ。ベルンエステル様もどうか『ご容赦』下さいませ」
「くす? 別になんとも思ってないわ。この程度、気にもならない」
「…………左様でございますか」
「頼むぞ。……さて」
遂に話し終えたモモンガが此方を見た。
ゆっくりと迫る、骨の指先の所為か。
淡々と見据えるベルンエステルの視線の所為か。
はたまた、微かに揺れるアルべドの所為か。
あるいはその全てが理由だろうか
ガタガタと、体の震えが増していく。
姉妹のどちらか、もしくは両方の股間に、生温かい感覚が伝わった。
身を縮める地面をジンワリ濡らす。
「――怪我をしているようだな」
周囲に漂う、特有のアンモニア臭。
ソレを意に介した素振りもなく、モモンガは何処からともなく出した袋の中から、赤い液体の入った小瓶を取り出す。
幼いネムでも一目で高級品だとわかるガラスの瓶。
それはユグドラシルというゲームで、<下級治癒薬>と呼ばれるアイテムであった。
「飲め」
無造作に小瓶が突き出される。
ネムの頭上で、姉の表情が恐怖に引き攣った瞬間。
「の、飲みます! だから妹にh「!っダメェ!!」……!? ね、ネム!?」
小さな運命が確かにズレた。
動かぬ体を無理矢理動かして、姉を庇う様に立つ。
いや。
事実庇っている。
膝が笑い、ガチガチと歯が鳴った。
涙と鼻水でグチャグチャの顔を更に歪ませ、ネム・エモットがエンリ・エモットの前に立ったのだ。
「……へぇ?」
「……むぅ……」
その姿にモモンガは困惑した様に動きを止めた。
隣のベルンエステルは、舐める様にネムを凝視する。
「ダメ! ダメ! ダメなの!! お姉ちゃんは死なせない!! ネムが守るもん!! ネムばっかが守ってもらっちゃダメなのぉ!! お前らなんか……! お前らなんかぁ……!! …………怖いもんかぁぁああ!!!」
「!?」
「くすっ!!!」
そう、ネムは目の前の悪夢に啖呵を切った。
目を瞑り、力一杯払われた手が、ポーションに当たる。
小瓶はそのままクルクルと宙を舞い、近くの茂みへと消えた。
「こぉんの下等生物がぁあああ!! モモンガ様の恩情で下賜された薬を受け取らない所か跳ね退けるだと!? その罪万死に値する!!」
激高したアルべドの矛先がネムに向く。
一息もしない内に、自分の命は終わるだろう。
不思議と、ネムに死への恐怖はなかった。
「駄目!? 嫌ぁああああ!!!」
エンリの悲鳴が響く。
―ごめんねお姉ちゃん……大好き
最後に幼いネムが抱いたのは、最愛の姉への懺悔と感謝…の筈なのに。
どうして自分はまだ立っているんだろうか?
閉じていた目を恐る恐る開く。
「……一体なんの御積りでしょうか? ベルンエステル様」
「それはこっちの台詞だわ。モモンガさんは、この村を助けると言ったのよ? そこに村人が入ってないとでも?」
ネムの鼻先数ミリ。
アルべドの振るったバルディッシュと、何時の間にかベルンエステルが手にした、半透明な大鎌との切っ先が交差している。
「ベルンさんの言う通りだアルべド。少し、後ろに下がっていろ」
「…………はい、お言葉に従います。モモンガ様」
仲裁に入ったモモンガの言葉で、アルべドはバルディッシュごと後ろへ下がる。
一瞥してベルンエステルが鎌を放った。
地面に落ちる寸前に、光る青色の蝶へと変わり、スゥと消える。
先程の茂みから、ヒョイと小瓶を拾うと、事態が呑み込めず固まる姉妹の所まで、静かに近づく。
「良い? 此れは治癒の薬よ。傷を治してくれるわ」
「「え?」」
その言葉は、ネムとエンリにとって予想だにしない展開。
「我々は敵ではない。まぁ連れが迷惑をかけたがね……さぁ、早く飲むんだ」
慌ててネムは小瓶を受け取ると、姉に飲ませた。
「……うそ……」
エンリが驚愕の表情で、背中を触る。
そこには傷一つない、真っ白な肌があった。
「痛みはなくなったか?」
「は、はい……」
「あ、ありがとうございます! 魔女様! 魔王様!」
「あら? モモンガさん、どうしたの?」
「……はは…………このアバターが怖いのは知ってましたよ…………怯えられてましたし?……でも……魔王……まおう……かぁ……」
幼子の純粋な評価に沈んだモモンガであったが、すぐに再起動する。
「お前達は、魔法……というものを知っているか?」
「は、はい。と、時々村を訪れる薬師の…私と妹の友人が魔法を使えます」
「ならば話が早いな。我々は魔法詠唱者だ。<生命拒否の繭> <矢守りの障壁>」
ネムとエンリの半径3mに、うっすらと光を放つ半円の幕が張られた。
「ついでにこれをくれてやろう」
言いながら、モモンガは取り出したアイテムを投げる。
角笛に見えるそれ。
<小鬼将軍の角笛>である。
「それを吹けば、ゴブリンの軍勢がお前達を守ってくれる。身を守る為に使うと良い。召喚されたゴブリンは死ぬまで消滅しない。逃げる時間稼ぎ位は出来るだろう」
「ではな。……ベルンさん行きましょう…………あれ?」
それだけ言って、モモンガは歩き出すつもりだったが、ベルンエステルは違った様だ。
未だ姉妹を…いや、ネムに視線を向けたまま。
「あんた……名前は?」
その瞳は、幼い勇者を映し出す。
「ネムです……ネム・エモット」
「そう」
名乗りに満足したのか、モモンガの隣に並ぶ。
右側にモモンガ。
左側にベルンエステル。
右後方にアルべドがついた。
「あ、あの―――助けて下さって、ありがとうございます!」
「ありがとうございます! あ! 魔女様と魔王様のお名前はなんて言うんですか?」
「こら、ネム!!」
振り返る。
そこには歳相応に瞳を輝かせるネムの姿があった。
エンリが必死に頭を下げさせている。
つい先ほどまでの、表情や行動が嘘の様だ。
その問いかけに、モモンガは、様々な思いを噛み締めながら答える。
「我が名はモモンガ。そして彼女はベルンエステルさんだ。後ろがアルべド。そして――」
かつて、数多の世界に名を馳せた存在があった。
誰もが知る最強があった。
その名は。
「―――我らが、我らこそが! 『アインズ・ウール・ゴウン』と知るがいい!!」
8話目『哭』、如何でしたでしょうか。
まさかなキャラの活躍に、驚かれたのではないかと。
何分、戦闘力皆無ですからね。
だけれど『力』は物理だけじゃないとも思う作者です。
そんなお話でした。
あと、残る騎士の方々の命運が気になるかとは思いますが、カルネ村編は区切りながらお送りしますのでお待ち下さい。
『木戸 神』様、『セネルケウィン』様、『ナナシ』様、ご感想をお寄せ下さりありがとうございます。
『緋想天』様、『アズサ』様、『couse28』様におかれましては、二日続けてのご感想をいただけて大変嬉しいです。
今後も頑張らせていただきます。
ここまでお読みいただいた皆様に改めて感謝を。
それでは次話にて。
祥雲