決めるのは他でもない、自分自身。
人は決断を迫られる。
決めるのは誰でもない、自分自身。
だから私は観るのです。
なにより退屈しないから。
仕事という事柄において、必ず上司・部下という関係が生ずる。
どちらにも、『理想』、『嫌な』、『可愛い』、『気に入らない』etc.
当然、個人個人の抱く印象が存在するだろう。
「……ははは。……こりゃ夢か?」
「き、きさまら! あの化け物を抑えよ!」
そう、叫んだ上司は間違いなく、ロンデスという騎士にとって偶数番の例に該当した。
隊の長という責すら忘れ、剣を向ける訳でもなく喚き散らす低能……いや無能であろう。
真っ二つにされた仲間が見えていないのか!
よくもまぁ、死の騎士を前にそれだけ大声を出せるものだ。
呆れを通り越して、感心すら湧いてくる。
「お、俺はこんな所で死んで良い人間じゃない! お、おまえら時間を稼げぇ! 俺の楯になるんだぁああ!」
「「「……」」」
誰も動かない。
ロンデスも、他の騎士も。
騎士たる矜持すらなく、金や女といった我欲に溺れる。
二言目には金・金・金。
そんな上司―ベリュースを助けようとする者はいなかった。
自分達ですらはっきり聞こえる大声だ。
それが聞こえぬ死の騎士ではない。
ゆっくりとベリュースに向き直る。
「ひぃぃいいぃいいいい!?」
死の騎士の持つフランベルジェの刀身に、恐怖で歪むベリュースの表情が写り込んだ。
「か、かね! 金をやる!! 200金貨ぁ!! いや! 500金貨だっぁああ!!」
かなりの金額。
実際、それだけあれば1年は優に暮せただろう。
しかし、500mの断崖絶壁から紐なくして飛び降りろ、そう言われてやるのは馬鹿か自殺願望者だけだ。
そんな中、1人だけ動いた。
「ォボボォォオァォォォ…………」
ベリュースの背後。
さっき真っ二つに斬られた仲間。
その右半身だけが動き出し、ベリュースの足首を掴んだのだ。
「――お? ぎゃぁぁぁぁぁあああ!?」
<従者の動死体>
死の騎士が倒したターゲットも、アンデッド化するというユグドラシルの設定。
それは異世界でも変わらない様だ。
干からびた生気を感じさせない顔が笑っている。
ロンデスにはその笑みが『元部下のよしみだろぅ? 隊長殿ぉ……』と言っている様に感じてしまった。
ベリュースは情けなく失神して、倒れる。
無防備な姿を晒したベリュースの腹に、死の騎士のフランベルジェが突き立てられた。
ビクンと身体が跳ね上がり。
「お……おぉぉぁぁぁあああああ!!」
苦痛で意識を取り戻したベリュースの絶叫が響く。
「たじゅ、たじゅけてぇ! おねがいじまずぅ! なんでもじまじゅぅう!」
少しでも痛みから逃れようとするベリュースを嘲笑いたいのか。
死の騎士は上下に剣を動かし続けた。
全身鎧ごと、豆腐にでも刺しているみたいに貫通。
大量の血が周囲を濡らす。
「ぎゃぎゃぎゃぎゃ……!……ぁ……ぉ……ぉかねぇ!……ぉあぁぁ……おがねあげまじゅ……ぅぉぇえ……おだじゅげ――――」
ベリュースの体が大きく何度も跳ね、何度も剣で体を刻まれ、力が抜ける。
中心部がミンチとなったベリュースに興味が失せたのか。
はたまた満足したのか。
死の騎士はベリュースの残骸から離れた。
「……いやだ、やだ、やだぁ」
「かみさまぁ!」
錯乱した様に悲鳴が騎士達から上がる。
残るか逃げるか。
生きるか死ぬか。
ロンデスの出せる答えは一つしかない。
「―落ち着け!!」
たった一言の咆哮でピタリと、騎士達の悲鳴が止まった。
「――撤退! 撤退!! 合図を出し、馬と弓騎兵を呼べ! 残りの人間は笛を吹くまでの時間稼ぎ!! あんな……あんな死に方はごめんだ! 行動開始!!」
どの口が言うのか、ロンデスは胸の中で思う。
人類の為と殺し続けてきた自分が。
人類の為と罪なき村々を焼いてきた自分が。
笑い話にもなりはしない。
その間にも体は動く。
前に後ろに。
それぞれが生き残る為に。
過去最高の練度をもって、騎士達は一斉に各々駆け出した。
「オオオオオォァァァァアアア!!」
下がった騎士が剣を捨て、背負い袋から笛を取り出したのを合図に、死の騎士も動き出す。
死の騎士の盾が振るわれ、一人が吹き飛んだ。
煌くフランベルジェの閃光で、一人の胴体が上下に別れる。
「デズン! モーレット! 剣で殺された奴の首を刎ねろ!! アンデッドになる!!」
死の騎士は止まらない。
再び盾が振るわれ、一人がひしゃげて吹き飛んだ。
身を守ろうと受けた盾ごと、また一人両断された。
仲間が次々死んでいく。
―クソ! クソ! クソ!!
ロンデスは戦慄に支配されながらも、剣を構え死の騎士を対峙する。
自分は死ぬだろう。
あの死の具現からは逃げられはしない。
なれど。
「……亡者如きが! 人間をぉぉおお! なめるなァァァアああ!!!」
この剣は届かず、自分は散るだろう。
―構うものかよ
この一撃は自身の誇り。
この一撃は己が到達点。
この一撃を!
我が生き様と…………死に様と知るがいい!!
ロンデスと死の騎士は同時に一閃。
「……ははは…………どうだ……ざまぁ……み……」
クルクルと宙を舞うロンデスの首。
その口元は……笑っていた。
ロンデスと死の騎士は、レベル自体、2倍以上も開きがある。
武器も当然同様だ。
ロンデスの剣は粉々に砕け散っている。
ならば死の騎士の剣はどうか?
握られた剣は…………
―ピキ―
確かに聞こえたその音を最後に、ロンデス・ディ・クランプの意識は閉ざされた。
「……素晴らしい。確固たるレベル差がありながら、あの一撃…やはりこの村へ来て正解でしたね。レベルは絶対ではないという証明になりました」
その遥か上空。
認識阻害の魔法を掛けたモモンガ一行が浮かんでいた。
「感心するのも良いけど、そろそろ降りたら? 残った連中、小鹿みたく震えてるわよ?」
「え? ……あ、本当だ。でも降りたら降りたで、俺こんな顔ですよ?」
ベルンエステルにモモンガは、自分の顔面を指差した。
眼下の死の騎士よりも怖い骸骨フェイスがそこにある。
「モモンガ様のご尊顔は世界一見事でございます」
「いや。あんたにはそうでも、ニンゲンには違うでしょうが」
「そうだぞ、アルべド。このままでは円滑なコミュニケーションを図れない。それは情報を得たい私にとって、大きな痛手だ」
「も、申し訳ありません。しかし……それならば、一体どうなさるのでしょう?」
アルべドの問いに、モモンガは悩んだ。
解決するアイテムを自分は持っている。
<嫉妬マスク>
それは、ユグドラシルに1年に一度無料配布される。
恋人達の聖夜たるクリスマスイブに、19時~22時までログインしていたプレイヤーに贈られた。
並びに拒否権はないという、運営の愛がヒシヒシと伝わってくる一品。
―余計なお世話だよ畜生! どうせ俺なんて! 俺なんてぇぇえ……!!
悲しみに止まったモモンガに、天の助け…いや、魔女の助けが降りた。
「ちゃんと考えてるわ、アルべド。さぁ、モモンガさん。コレを被れば解決よ」
『モモンガさんの事だからどうせ、嫉妬マスクでも被ろうとしてたんでしょう?』
「!!」
『ありがとうございます、ベルン姉さん! いや、姐さん!!』
ギュリュン!
骨はこうも回るのか。
驚きながらも、ベルンエステルから差し出されたモノを受け取った。
「ふむ……ありがとう、ベルンさ…………」
そして、再び固まる。
「? どうなさいましたか、モモンガ様? 至って普通の被り物かと」
アルべドの声はどうでも良い。
いや、どうでも良くはないが、今は手にしたモノが優先だった。
『……ベルンさん…………コレ……なぁに?』
『山羊よ』
『え? なんて?』
『黒山羊さんよ』
二度目の確認を経て、漸く現実を直視した。
漆黒の毛に覆われた勇ましいフォルム。
勇ましく反り返った角。
爛々と輝く深紅の瞳。
『私のお気に入りなの。きっとモモンガさんに似合うわ。なんならセット衣装もあるんだけど……くす』
まごう事なき山羊の被り物だった。
「…………」
「まぁ!! 良くお似合いでございますわ、モモンガ様!!」
無言でソレを被る。
アルべドからは称賛の声が。
しかし、自分達を神の如く崇めてくるNPC達だ。
その筆頭たる彼女の意見は、残念ながらモモンガには、信じる事が出来なかった。
『……ねぇ……ベルンさん……正直に答えて下さいね……本当に…………似合ってます……?』
『えぇ。お腹がねじ切れちゃいそうな位に。さぁ、モモンガさん? 選ばせてあげる。なにも知らない連中の前を好い事に、あの嫉妬マスクを堂々と見せびらかして被るのか?
なにも知らない連中の前で良い事に、私とアルべドが絶賛する黒山羊マスクを被るのか?
二つに一つよ? くすくす』
『くぅ!?』
モモンガは考える。
仮に嫉妬マスクを被ったとしよう。
あの非リア充の象徴を堂々とひけらかす事になる。
どう見ても怪しい不審者だ。
仮に黒山羊さんを被ったとしよう。
あの雄々しいフォルムから、低音の声が聞こえる。
どう見ても危ない不審者だ。
―どっちも無理ぃぃい!? 絶対ムリィィイイイ!?
「モモンガ様?」
「モ・モ・ン・ガ・さ・ん♪」
「………………」
―俺は……俺は…………!!
「死の騎士よ、そこまでだ!」
その声は、地獄に良く似合っていた。
騎士だけでなく、中央に集められ怯えきっていた村人の視線が一気に集まる。
「初めまして諸君。我々の名は『アインズ・ウール・ゴウン』という」
それは悍ましい出で立ちだった。
黒々とした山羊の精巧過ぎる被り物を被る『3人』の集団。
それぞれが山羊頭から下の装いが異なる。
高級そうなドレスを着た者。
漆黒の鎧に包まれた者。
そして、先程から恐ろしさを感じさせるくぐもった低い声を響かせる、豪華なガウンを着込んだ者。
黒山羊の集団は、死が溢れたこの場所において、一際異彩を放っていた。
当然、誰も言葉を発せない。
発すればどうなるかわからないという確信に似た感情が、この場に居る全員に共通していたからだ。
「投降するならば命は助けよう。まだ戦いたいというならば―――」
被り物である筈の深紅の目が、爛々と光った。
まるで獲物を嘲笑うかの様に。
カランと、音がした。
続けて一回、二回、三回…
残る騎士達全員が剣を手放す。
「ふむ? よほど疲れたとみえるな……しかし、死の騎士の主人たる私を前に頭が高い。それともその首、要らんのか?」
騎士達は黙って頭を垂れた。
臣下でも巡礼者のどれでもない。
刑を待つ、咎人のそれで。
「諸君には生きて帰って貰おう」
「そして、あんた達の飼い主に伝えなさい?」
それぞれ残る騎士の内、光栄にも選ばれた1人の目の前に、山羊の顔があった。
片方の山羊が兜を剥ぎ取る。
片方の山羊が優しく顔を撫でる。
疲労と恐怖で濁り切った騎士の瞳と。
燃える4つの深紅の瞳が交差した。
「この辺りで二度と、騒ぎを起こすな」
「もしまた騒いだら、あんたの国に、素敵で無様な死を届けに行ってあげるってね」
騎士は頷く。
何度も何度も。
壊れたゼンマイ人形の様に首を上下に動かす。
「行け。確実に主人に伝えろよ?」
「もし、伝えなかったら…………くす……くす……」
騎士は幾度も転びながら、必死に走った。
早くしないと!
速くしないと!
後ろから死が追ってくる!!
そんな疑心暗鬼に憑りつかれてしまった騎士には、走る事しか残されていなかった。
「演技って……疲れますね……」
「あら? 随分堂に入ってたわよ? 流石はヤギンガさん」
「え? 俺これからもこのままですか!?」
「遠慮しなくていいわ、あげるからソレ」
「喜んで遠慮します!!」
小さくなっていく騎士の背中を見ながら、黒山羊さんこと、モモンガは呟いた。
隣の黒山羊さんこと、ベルンエステルも続く。
コントに走りかけた所で、後ろに村人の視線がある事を思い出す。
距離が離れていて聞こえていなかったのが、唯一の救いだった。
「さて、諸君達はもう安全だ。安心してほしい」
「その通りよ。悪い騎士はもういないわ」
「あ、あなた方……いえ……あなた様方は……?」
村の村長らしき、初老の男性が口を開いた。
その視線はチラチラと死の騎士に向けられている。
まぁ、あんなのが傍にいたら、気が気でないのも頷ける。
「我々はこの村を助けに来た、魔法詠唱者だ。あっちの死の騎士は私の支配下にある。諸君らに危害は加えさせないから心配しないで欲しい」
「おお……なんと……なんとお礼を言ったらよいか…………!!」
村長(仮)は、涙を流しながら礼を言ってきた。
その視線は既に死の騎士から、外れている。
『あれるぇ? この村長っぽい人……チョロ過ぎません?』
『恩人に向ける態度ならこんなもんでしょ。それにモモンガさん、死の騎士の支配権が自分にあるって喋っちゃったじゃない。むしろ当然の態度だと思うけど?』
『ぁ』
『これで私達のまとめ役は、モモンガさんだって刷り込まれたでしょうね? 頑張りなさい。応援だけはしてあげる。くすくす』
『い、今のナシ! リテイクを要求します!!』
「まぁ、私達も決して親切心や正義感から来た訳じゃないの。詳しくは隣の『代表』から話があるわ」
『あぁ!? なんて事言うんですかぁああ!?』
「む、村は今、こんな状況でして…大したお礼なんて…」
「その事だけど、あんた達もやる事あるでしょう? ここに来る前に姉妹を助けたの。その2人も連れてくるから、どっかで話せないかしら」
「そ、それでしたら、私の家にご案内を……」
『オカケニナッタバンゴウハ、ゲンザイ、オツナギスルコトガデキマセン』
『え? これは着信拒否!? そんな機能あったのか!?』
『くす。嘘よ』
『べ、ベルンさん! 流石に怒りますよ!?』
『実はその山羊…………何時でも消せるのよねぇ?』
『わーい! 俺、頑張っちゃうぞぉお!!』
『くすくす。最高よ、モモンガさん』
かくして、カルネ村は一先ずの危機を乗り越えた。
この日の出来事を、彼らは生涯伝える事となるだろう。
『アインズ・ウール・ゴウン』
かつての伝説の続編は、この村より始まるのだから。
9話『歌劇』如何でしたでしょうか。
活動報告に書かせて頂いておりましたが、投稿・並びにご返信が遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
今話は、カルネ村編の折り返し地点となります。
嫉妬マスクは…御蔵入りと相成りました。
今後の出番をお待ち下さい。
こんなお話でしたが、少しでも楽しんでいただけたらと。
ご感想を下さいました、『yoshiaki』様、『kei』様、『ヤンバル』様。
並びに、またもご感想をいただけました『緋想天』様、『couse28』に感謝の言葉を。
ありがとうございます。
また、この作品をお読みくださっている皆様にも、心よりお申し上げます。
今後も頑張りますので、是非、ご期待下さい。
それでは次話にて。
祥雲