夜の境界線   作:銀提督

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非現実的逃避行
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幻想。

それは魔法、錬金術、怪物、妖怪……そういった人間の空想が作り出した面白味のある無意味なものだ。基本的にそれらの幻想と定義されるものは存在しないとされている。存在しないとされているからこそ幻想と呼ばれるのである。だが少し待ってほしい。僕達は幻想を有りもしない架空のものだと何時頃から認識したのだろうか。具体例を追加する。

 そう、例えばサンタクロース。彼らはは12月24から5日かけて謎の奉仕活動により世の子供という子供にプレゼントを贈るという。しかし実際にはそんな行為はされておらず、ただ自分の両親が愛と共に枕元にそっとプレゼントを置いているだけである。

しかし僕らはある一時期まで彼らの存在を認識していた。では僕らの中に置けるサンタクロースが消失した時、僕らはどう認識したのだろうか。

苦痛、悲しみ、否定……いいや、どれも違う。少なくとも、僕はこう認識した覚えがある。知っていた、と。つまり僕らはただ日常を過ごす間に学習し、それら幻想と呼ばれるものが存在しえないものなのだと気付かぬ内に刷り込まれていくのである。

 

 こんなオカルト話を聞いたことはないだろうか。

子供が誰もいない空間に対して喋りかけていて、それを大人が問いただすと何もない空間に人が居ると子供が返すものである。或いは犬が何もない空間に対して延々と敵意のある瞳で吠えているというものだ。

 冗談にも思える話である。ただの怪談だ。少なくとも大抵の人間、特に大人はそう思うだろう。何故ならそこには何も無いのだから。では視点を変えてみよう。大人ではなく子供や犬の視点だ。彼らは嘘をついてはいない。つく必要もない。何故ならそこに何者かが居るからである。何故居ると認識しているのか……それは非科学的現実は幻想であるという事実を学習し終えてないからだ。

 

 つまり何が言いたいのかといえば生物における外部への認識は曖昧なもので、『認識出来ない=存在しない』では無いという事だ。

 そこに『何か』があるとAさんが視認していたとしてもBさんには『何か』が視認出来ていない場合、それぞれの認識にズレが生じる。しかしそのズレは証明できない。何故ならAさんもBさんも自己の中で事実であると認識しているからである。無いものは無い、有るものは有ると誰が証明できる。つまりそれは幻想の否定を否定しているという事実に他ならない。

 

 とは言ったものの、結局大多数の人間にとっては幻想は所詮幻想だ。集団催眠的にほぼ全員の人間の認識は空想という答えで落ち着いている。極稀に中学生の多感な時期に「幻想があればいいな!」という願望と現実の狭間に落ちた者は奇行に走ったりするというが、彼らは結局幻想について認識出来ないのである。

何故ならもう既に『認識出来ない=存在しない』という答えが彼らの中で完成しているからである。指が5本であるという事実に対して実は本当は6本だったという有りもしない事実で上塗り出来ないのが彼らであり、その当たり前の答えが妨げとなって幻想の認識が出来ずにいる理由である。

 

 以上の話を総括すると

幻想は存在するが大多数の人々はその存在を否定していて幻想を認識出来ない。

しかし幻想は存在すると認識している極少数は幻想を認識している……である。

 

 何故こんな話をするのかと言えば、僕は前者ではなく後者だからだ。いや、厳密に言えば中間といったところである。僕にはある程度認識出来て、認識出来ない部分がある。怪物、妖怪は見えるが魔法は使えない、といった具合だ。

それに、僕はこんな複雑怪奇―――それこそ非現実的な考えをしていた訳ではなく元々はサンタクロースは居ない派だった。

 それが覆ったのは今日、6月22日現在から2か月前の4月22日から4月29日までの1週間の出来事に起因する。

 県有数の人気を誇る十ノ木高等学校への入学を終え、晴れて高校生となった僕のバタついた新生活がやっとこさ落ち着いてきた頃の話だ。

 

 

 

◇◆◇

 

 十ノ木高等学校。校風は『自己を律することで社会性を育む』で、制服を着て授業を受けてテストの点数さえ取れば後は文句は言わない、という自由な高校だ。

具体的には髪の毛を染めたり、制服を大胆にアレンジしたり、カバンを大量のグッズでデコレーションしても何も言われない。

それでいて県の上位にランクされるくらいの偏差値を有しており、奇天烈な生徒達を支える為に校内には大学の様に企業のフードコートが学食として存在する。それ故に他県からわざわざ受けに来る生徒も少なくなく、倍率は非常に高い。そんな高校に受かったという事は誇れることであり、校風も相まって冬休み期間にハメを外し過ぎる生徒も多い。実際、入学式の日なんてピンク頭に青頭……中には青と赤のリトマス試験紙の様な髪色に染めてきていた奴もいた。

無論、僕『時光蓮司』は黒髪派で少しばかり長い髪の毛以外は自己主張する要素は持ち込まなかった。自己主張をしないことで自己主張をしたのである。だがしかし、結局自己主張はしていないので自己主張と自己主張の狭間に埋没し目立たないだけだった。

 

 まぁ、目立つもりもあまりなかったので問題はない。これは負け惜しみではなく本当にそう思っていて、僕は黒色が好きだというただそれだけの理由で黒髪のままにしているだけだ。別にクラスの7割が染めているからと集団心理が働いて、

 

「染めておけばよかったかな」

 

なんて思わず考えたりなんかはしない。それに黒髪だからという何の脈絡もない突飛な理由でクラスの副委員長にさせられた事を気に病んでもいない。そして更に、

 

「副委員長だから放課後に五月中旬に行われる林間学校のパンフレット作りをさせらている事なんて気にしていない。寧ろやる気が沸きすぎて林間の林を燃やしてしまいそうだ」

 

と、夕暮れの橙に染まる1-Aクラスの教室で考えることに何の不満もない。

 

「情熱の熱で林を燃やす……ってことかな?さっすが時光蓮司君だね。熱い心に当てられて思わず心の声も漏らしているよ」

 

「……え?」

 

 僕、時光蓮司とは違う可愛らしい高い声が僕以外誰もいなかったはずの教室に響く。

僕はその声に驚いた。否、それ以上に自分がいつの間にか声を発していたことの方が驚きで一体何処から何処まで漏らしていたのか、という点が非常に気になった。

 すると声の持ち主は僕の問いかけに対し、

 

「染めておけばよかったかな、からかな?もしかしたらもっと前の時点から呟いていたのかもしれないけど、私が来た時点ではそこからだったよ」

 

 と明るく言って見せた。何となく正体は察しているが、僕はゆっくりと声の持ち主の方を見る。僕と同じ黒髪で、長く柔らかそうな髪の毛をポニーテールにまとめ上げ、うなじから鎖骨のラインを図らずもアピールしている。胸は大きいとは言えず、どちらかといえば細身だが、健康的で美しい。それに加えてジトッとした瞳とは裏腹に表情は柔和で包み込むような優しげなはにかみ顔を浮かべている。やはり、僕が思った少女そのものだった。

 名前は早坂虎丸。虎丸なんて名前をしているが正真正銘女の子だ。とても優しく気立てが良い。しかも勉強もトップクラスで容姿、性格から人気投票でクラス委員長に選ばれるくらい人望がある。この世における完璧である。というのが約1か月過ごした中で僕が早坂虎丸に対しての評価だ。

 

「は、早坂さん、どうして此処に?職員室に行ってたはずじゃなかったか」

 

 僕の問いにくすりと笑って見せて、

 

「時光くんの熱気に誘われて早めに帰還したのよ」

 

と言いながら僕の隣の席に座った。そして相変わらずの笑顔を振りまきながら続けて言う。

 

「でもダメだよ~。教室のドアが開きっぱなしだったから声が少しだけ廊下に漏れてたんだから」

 

「な、なんだって……?それってかなり恥ずかしいじゃないか。まるで家に一人だからと歌を大声で歌っている最中に親が帰宅していて、そのあられもない姿を見られた時みたいな気恥ずかしいい気持ちみたいだ。ところで声が漏れているという表現はかなりの割合でエロ―――もとい、甘美なニュアンスが含まれてることについてどう思う?早坂さんの言葉を切り取って解釈するならまるで『いやらしい事を一人でしていて押し殺せなかった吐息混じりの声が廊下まで響いていた』という風に聞こえないか?」

 

「ん……?えっと、まるで気恥ずかしさを言葉でぼやかしつつ矛先を私へ転換したという風に聞こえるけど違う?」

 

概ねその通りである。

 

「それに加えて、あわよくば『早坂さんの恥ずかしがる表情が見れたらラッキースケッチワンタッチ―!』というのも含まれている」

 

「ふふっ、時光君はやっぱり変態ね。まぁそんなところも割と気に入っているけれど」

 

やっぱり笑って楽し気に言う早坂のスルーしつつ相手を傷つけない魔性のスキルに僕の胸は高鳴る。

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