ドラゴン・エイリアン   作:竜鬚虎

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第九話 亡骸

 三人は懸命に階段を駆け上がった。三階辺りまで昇り、特に目処はなく廊下を駆け巡った。そして適当な部屋を選び、その中へと飛び込んで扉を閉めた。

 

「はあ、はあ……。鏡? 化粧室か?」

「いや、違うかと……」

 

 その部屋は通信室だった。部屋の中には大きな魔法の鏡『双面千里鏡』がいくつも置かれている。

 何故かシバ達の足元の扉の前には、何故か椅子や机が散らかされており、天井にはさっき食堂室にあったものとよく似た穴が、ポッカリと開いていた。

 

 そして壁際の床には一人の研究員が、扉の前のシバ達の目の前の床には、一人の甲冑を纏った兵士が、両者とも血塗れになって倒れている。

 二人は気づかなかったが、これは最後に王都に緊急事態の報告が行われた部屋だった。

 

 シバ達は息を切らせながら、部屋中の楕円形の大鏡を見据えた。トサがそれらを指差し、シバに顔を向ける。

 

「どうする? ビショップに連絡するか?」

「……やめておこう」

「そうだな……」

 

 二人は倒れるようにして、その場に座り込んだ。

 

「いったい何なわけ、あいつは……? 火吹いたよわ、火を」

「さっぱりです。何か魔力まで感じられたし。だからってあの魔物と無関係ではなさそうですが……」

 

 いままでシバ達が遭遇した魔物からは、魔力という霊的な力が一切感じ取れなかった。

 だが何故かあの炎の魔物にはそれがあった。ファイアブレスまで吐いて見せたのだから、感覚の誤認であるはずかない。

 

『僕がまた様子を見てきましょうか?』

 

 隣から話しかけてきたカツゴロウに、シバが怪訝な表情で目をやった。

 

「まあ、そうしてくれるとありがたいが……。よく考えてみれば、お前まで一緒に逃げる必要ないんじゃないのか? 壁抜けが出来るんだし」

『でも、あの結界の抜け方が判りません』

「ああ、そうだったわね」

 

 シバがうっかりしたと漏らす。

 

「この研究所の正面側に行けばいい。そこの結界に判りやすく穴が開いているから、すぐに見つけられるわ。外にアイスワイバーンを停めている所があるから、お前は一足先にそこで待ってて」

『そうですか……』

「いつまでたっても来ないようだったら、お前だけ逃げろ。お前、竜の乗り方は判るか?」

『いえ全然。カルガモなら乗れますけど……』

「そうか。まあとにかくお前は行け。途中であの化け物に見つかるドジは踏むなよ」

 

 カツゴロウはすぐには答えなかった。目線を上げて、何やら考え込むような動作をしてみせる。シバが「どうした?」と問いかけると、カツゴロウはあっさりした口調で自分の決意を話した。

 

『僕、まだシバさん達と一緒に行きます』

「はあ? 何で?」

『ここから出るお手伝いがしたいからです。大丈夫ですよ。僕は幽霊だから、そう簡単にあの世には送られません』

「はあ……まあ確かにそうだが……」

 

 何故か自信たっぷりのカツゴロウに、シバは呆れたような困惑したような微妙な面持ちで頷いた。

 カツゴロウは最初に言ったとおり、非実体化して周囲の偵察に向かおうとしたが、トサが制止する。

 

「よせ。あいつ相手に偵察はいらないよ。今は全員一緒にいたほうがいい」

「そうか? ああ、確かにそうだな」

『そうなんですか?』

 

 カツゴロウは意味がよく判らず、頭に疑問符を浮かべる。

 これまでの魔物は、気配を消すのが驚くほど上手く、魔力も無いため一度隠れられるとその存在を見つけることが非常に困難だった。だが炎の魔物にはしっかり魔力が存在し、気配の消去もさほど上手くないようだった。

 

 あれほど強い魔力を有しているのだ。炎の魔物が近くに迫れば、即座に存在を感じ取り、襲われる前に上手く逃げ出せる自信は充分にある。

 身のこなしも、通常体の魔物のおぞましい敏捷性と比べればかなり鈍重だ。力比べではどうあがいても勝つことは不可能であるが、速さ比べならば充分勝算があるだろう。

 

「とりあえず出口探しを再開するぞ。出入り口でなくとも窓でもいい。外側の壁にさえ見つけられれば、そこをぶち破って脱出するまでだ」

 

 二人は神経を研ぎ澄まし、炎の魔物が近くにいないか丹念に確認する。近辺にそれらしき生命体がいないことを確認すると、三人は扉を開け、出口探しに再出発した。

 

 

 

 

 

 

 三人を見失った炎の魔物は、研究所内をどこへともなく彷徨っていた。

 尾で壁を叩きつけると、あっさりと石材は砕け、どこぞの部屋に続く穴が出来る。炎の魔物はその穴に首を突っ込むが、中に入ることはなく首を戻し、元の廊下を歩いていった。

 

 炎の魔物はこういうことを何度か繰り返していた。あの三人を追っているのか、それとも出口を探しているのかは不明である。

 ある時、炎の魔物は何かに気付き、足を止めた。

 

 そこにいたのは一匹の通常体の魔物だった。炎の魔物と対比すると、随分小柄に見えるその個体は、廊下の曲がり角からそっと炎の魔物を観察していた。

 最初は警戒していた魔物だが、やがて曲がり角から出て、正面から炎の魔物に対峙する。それに気がついた炎の魔物が足を止めて一声を発した。

 

「ギシャァアアアア!」

「ピギィイイイイイ!」

 

 お互い顔を向かい合わせながら、鳴き声を上げ交わす。傍から見ると威嚇しあっているようにも見えるが、双方が襲い掛かってくる様子は無い。見ようによっては、何らかの意思疎通を行っているようにも受け取れる。

 やがて魔物達は鳴き合いをやめ、魔物は踵を返してどこかに走り去っていった。

 炎の魔物は、顔先から数メートル先の天井を見上げ、大口を開けた。

 

 

 

 

 

 

「あれは何だ?」

「サラマンダーだろ?」

 

 出口を探していた二人は、実に派手な様相で破壊された廊下の壁を発見した。先程逃走に使ったガーゴイルの通り抜け跡よりも、ずっと大きい穴である。何気なしに中を見やると、少々反応に困るものがあった。

 

 その部屋は大寝室のようであった。

 現在そこはひどく荒れ果てていた。それなりに広い部屋の中、大量の二段ベッドが砕かれ、バラバラになって転がっている。形が無事に残っているのは、ほんの数台である。

 

 そんな部屋の中に、大きな生き物が一頭倒れている。あの奇怪な魔物ではない。少し前にシバ達が保管室でも見たサラマンダーであった。

 滑稽なことに、サラマンダーの頭は壁に埋まっていた。結構な勢いで突っ込んだようで、頭から首筋にかけて壁石の中に深くめり込んでいる。

 恐らく向こう側の部屋、もしくは廊下には、サラマンダーの頭が壁から生えている奇妙な光景を拝見できるだろう。

 

 サラマンダーはそんな状態で、横ばいで倒れている。シバ達の視線から、赤い背中を見せて全く動かない。

 

「死んでんのかな?」

 

 シバは壁の穴と部屋の様子を見て、サラマンダーは病気か発作かで呻き苦み、その拍子に壁に顔面を激突させてしまったのでは?と推察した。

 とりあえず生死だけでも確認しようと、シバはゆっくりとサラマンダーに近づいていった。

 ただ気絶しているだけだった場合、人の気配が近づいた拍子に、いきなり目を覚まして暴れ出す可能性もある。突然の攻撃に備えるため、シバは鞘にしまわれた剣の柄を強く握り締めた。

 シバが動き出すと、トサもそれに習って動いた。近づいてみると、何故か向こう側から血の匂いがしてきた。

 

「起きてますか〜〜?」

 

 コン、コン

 

 シバが試しにサラマンダーの背中を軽く蹴る。だが何の反応も無い。

 

「…………」

 

 それを見るとシバは、いきなりサラマンダーの身体に乗り上げた。天井を見上げる大きな横腹に子供のように座り込み、死角になっていた腹側の裏の風景を見る。

 

「うわ!」

 

 シバは軽く驚いた。サラマンダーの身体の裏側から、転がったコップの水のように、大量の血が床に付着していたのだ。

 裏側に降りて、サラマンダーの腹部に目をやると、見事に大きな穴が開いていた。血はここから噴き出した物のようだ。

 

 その穴は、外部から貫かれて出来たものではないようだった。分厚い表皮が蜜柑の皮のように破られ、肋骨がそれと同じく外側にへし折れている。まるで内側から何かが飛び出したかのようだ。

 尻尾の方を遠回りして、回り込んできたトサ・カツゴロウも、これを見て絶句した。

 

「これって……あれよね……?」

「ああ、俺も同じこと考えた……」

 

 三人はあの病室で見たものを思い出し、顔を青くする。

 考えうる一番可能性の高いものは、このサラマンダーもあの白い蜘蛛に寄生されたということだ。だとするとあの炎の魔物はもしかして……。

 

「気が変わった。通信室に戻ろう。最終的に脱走するにしても、とりあえずあの化け物のことだけでも報告しておいたほうがいい」

 

 トサの提案に、二人は無言で頷いた。

 ウルフ隊の連絡がいつまでたっても来なければ、ビショップはまた新たな調査部隊を派遣してくる可能性は高い。

 あの炎の魔物はとてつもなく強い。目撃したのはほんの僅かな時間だけだが、あれだけでも充分すぎるほどそれは判った。

 

 そして新たな調査隊がこの研究所で発見するのは、当然あの炎の魔物である。そうなるとまたウルフ隊のような惨劇が起こるかもしれない。

 あれはバジリスクのような普通の魔物とは、一味も二味も違うのだ。これからアイスワイバーンを盗んで逃亡する予定の身ではあるが、あの危険な存在を伝えておくぐらいの義務はあるだろう。

 三人は急ぎ足で通信室に引き返していった。

 

 

 

 

「ちょっと待て!」

 

 通信室の扉のすぐ前に来て、シバが叫んだ。二人は言葉通りに足を止める。

 

「どうしました?」

「何つうかさ……。嫌〜〜な予感がするのよね」

 

 シバは閉じられた扉をジィと見詰める。特殊金属製の扉はきっちりと閉じられていた。

 さっきここを出たとき、扉をこういう風に、きちんと閉めていったかどうかはよく覚えていない。シバは、この扉に違和感を感じ取っていた。

 よく観察して見ると、取っ手の部分に、透明な粘液のようなものが僅かに付着していることに気がついた。

 

「カツゴロウ。悪いけど、中を調べてくれない?」

『え? ああ、はい……』

 

 カツゴロウは不思議そうにしながらも非実体化を行い、通信室に歩いていく。極限にまで透明になったカツゴロウの身体が、通信室の金属の扉をすり抜けて消えていった。

 

 

 

 

 通信室の中は、さっき入った時と、あまり変わらない様相であった。千里鏡を載せたいくつもの鏡台と、二人の人間の遺体、そして天井に開けられた穴……。

 

『(あ!?)』

 

 穴を見ようと上に顔を向けた時にようやく気がついた。あの穴のすぐ隣に、魔物が虫のように天井にしがみ付いていたのだ。

 魔物は石像のように、気配を欠片も出さずに制止していた。だがカツゴロウがその姿を目撃すると、瞬く間に制止を解いた。

 長い尾が一気に振り下ろされ、先端の刃が振り子のようにカツゴロウに襲い掛かる。

 

『…………!』

 

 金属壁にさえ穴を開ける鋭い尾先が、あっというまにカツゴロウの身体を串刺しに……はしなかった。

 

「グギャア!?」

 

 尾は空を切るように、カツゴロウの身体を通り抜け、勢いをつけすぎたブランコのように天井に激突しそうになる。

 魔物は一瞬動揺したが、すぐに姿勢を変えた。天井を蹴りつけて、下方にいるカツゴロウに勢いよく飛び掛る。

 

 激突と同時に押さえつけようとしたらしく、両手の掌をカツゴロウに突き出し掴み上げようとする。

 だがそれも空振りになった。手はまたもやカツゴロウの身体をすり抜け、拍手をしたかのように、掌同士を叩いてしまう。そしてそのまま間抜けな格好で、顔面を床に激突させた。

 

 床石に前頭部をめり込ませ、逆立ち状態になった魔物の身体に、透明なカツゴロウの身体が重なり合っていた。いや、見た目からして、めり込んでいたといった感じである。

 カツゴロウは平然とした顔で、重なっていた魔物の身体から離れた。

 

「カツゴロウ!」

 

 扉が強く開けられ、部屋にシバが飛び込んできた。

 魔物はすぐに起き上がり、シバに攻撃態勢をとろうとする。だがそれよりシバの方が速かった。

 剣を鞘に収めたまま間合に突撃する。魔物は尾を使ってシバを払おうとするが、それがシバに近づいた瞬間に、シバは一気に鞘から剣を引き抜いた。

 

 ザシュ!

 

 居合い一閃。

 抜刀の勢いで加速した太刀筋は、強烈な火炎を纏って魔物の尾を切断した。尾の後方の細長い部分が焼き切られ、魔物の最大の武器である槍のような尾先が床下に落ちる。

 

 魔物は痛みで悶絶しながらも、シバに向けて口を開き、威嚇しようとする。その途端、シバは魔物に向けて刺突を放った。

 

 火の魔力で赤く発光した刀身が、魔物の口内を貫く。肉が柔らかく引き裂かれる音が聞こえ、刀身全体が内部を突き抜けて後頭部に刃先が飛び出した。見事な頭部串刺しである。

 刀身に宿った高熱が、魔物の頭を内部から焼き、口と後頭部の傷口からは炎が噴出花火のように放出される。魔物は川に溺れたかのように、手足をバタバタ振るわせたが、やがて動かなくなった。

 シバが剣を引き抜くと、魔物は煙と焼け焦げた匂いを発散しながら、パッタリと倒れた。

 

「無事かお前?」

『はい、大丈夫です。元から死んでますから』

 

 シバとカツゴロウは、倒れた魔物を見下ろした。

 

『この怪物……、僕達が通信室に戻っているのに気付いて、待ち伏せてたんでしょうか?』

「さあな……」

 

 シバは、今度は天井の穴を見上げる。

 

(あの穴からこの部屋に入ったのか? しかし上の階から、あたしらの気配が判るとは思えんし……。まさかこの階で扉を開け閉めして入ったなんて事は……)

 

 そんな高知能な生物には見えない。そう考えた矢先……

 

「うわ! またかよ!?」

 

 突如、建物が細かく揺れ、どこからか凄まじい爆音が聞こえてきた。

 今までにも開放した珍獣達の行動で、度々変な音が聞こえていたが、今はそれも大分収まってきていた。その矢先のいきなりの爆音である。

 驚いたシバの耳には、音は階下の方から聞こえてきた気がした。

 

「何だ!」

 

 そう言った途端、二度目の爆音が発せられた。今度はさっきよりも大きい。もしかしたらこの階内で発生した音かもしれない。

 

「まさか! 天井をぶち抜いているのか!?」

 

 いつのまにか側にいたトサが叫んだ。

 

「ええ、そうみたいね!」

 

 この爆音の正体は二人にはもう判っていた。

 二人は爆音と揺れと同時に、この階層のどこかから強い魔力を感じ取った。つまり今の音と揺れは、魔法によって何かを破壊した事によって発生されたものだ。

 そして今この研究所内で、あれだけの魔力を持つ者はただ一頭のみ……。

 

「逃げっぞ! 外か、もっと上の階だ!」

 

 もう通信などしている暇はない。シバ達は出口、もしくは上階に登れる階段を探そうと駆け出す。今の魔力で、魔物が入り込もうとしている穴がどのあたりにあるのか、だいたいは頭に入っている。

 だからこそ逃げなくてはならない。炎の魔物は魔力を持っていた。だとしたら奴もまた魔力を感知する能力を持っていてもおかしくない。さっきの魔物との戦闘で使った魔法が元で、自分達の位置が知られてしまったのかもしれない。

 

『待ってください! 僕があいつを引き付けます!』

 

 既に部屋から抜け出ようとしていた二人は、カツゴロウの言葉に同時に振り返った。

 見るとカツゴロウが、何のつもりか先程シバが斬りおとした魔物の尾を、両手で縄跳びを持ち歩くように掴んでいた。

 

「引き付けるって、お前……」

『さっきの魔力は僕にも読めました! 僕があいつを何とか下の階に留めさせますから、シバさん達は早く出口を!』

 

 そういってカツゴロウは、尾を抱えたまま、シバ達を押しのけて部屋から出る。そして爆音と魔力が放たれたと思われる方向に続く廊下を走り去っていた。

 制止の言葉をかける隙も無く去っていったカツゴロウに、シバはどう言葉を放てばいいのか判らず当惑している。

 

「カツゴロウ……意外とかっこいいですね」

 

 尾を玩具のようにブンブン振って走るカツゴロウの背中を見て、トサは少し感動していた。

 

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