ドラゴン・エイリアン   作:竜鬚虎

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最終話 帰還

『シバさん! トサさん!』

 

 城門を潜り抜け、研究所の入口前に出ると、ちょうどよいタイミングでカツゴロウが、入口の直ぐ側の壁から抜け出てきた。ケルベロスの姿に少し動揺しながらも、迷わず二人に駆け寄ってくる。

 

『あれ? どうしてまだここに? 出られたんなら……』

「ああ、そのことでお前に頼みが……」

 

 言葉途中でシバとトサは、ある気配を感じ取り、表情が凍った。いきなりの変化にカツゴロウはきょとんとする。

 

『どうしたん……』

 

 カツゴロウの言葉はすぐに別の音で遮られた。

 またもや唐突に、聞き慣れてきた爆発音が鳴り響いたからだ。今度は後方、今しがたカツゴロウが通り抜けた壁が、大爆発を起こした。

 壊れた壁の破片が、散弾銃のように三人と一匹に襲い掛かる。

 

『うわあああっ!』

「馬鹿!」

 

 驚きで立ち尽くすカツゴロウに、シバがケルベロスから飛び降りて、颯爽と駆け寄る。

 だがこの時既にカツゴロウは非実体化を完了させていた。カツゴロウを抱き込んで破片から守ろうとしたシバの身体は、滑稽にすり抜けて、勢いよく地べたに張り付いた。

 

 トサは水魔法の壁を張って防御した。シバは真上から、頭と背中に破片が三個命中、「ぐぼ!」という呻き声と共に、顔が土中に少し沈んだ。

 

「シバ! カツゴロウ! 早く乗れ!」

「うおおい!」

 

 シバは土だらけの顔を直ぐに持ち上げて、ケルベロスに乗り上げた。カツゴロウもそれに順じて乗り込む。

 

「ピギャアアアアアアア!」

 

 爆破された壁から、炎の魔物が現れた。姿を現すと同時に大口を開け、喉の奥から灼熱の光を放ち始める。

 

『ええっ!? 何で!? さっき引き返したのに!』

 

 カツゴロウの驚愕もそこそこに、三人と一匹に炎が飛んだ。これまで使っていた広範囲の業火ではなく、ホースの放水のように直線状に放たれる熱線であった。

 

 三人を乗せたケルベロスは、瞬時に右に跳んで熱線を避ける。攻撃範囲が狭いため、今までより回避は簡単だ。ケルベロスをそのまま跳んだ右方向を走り、炎の魔物から逃げようとする。

 炎の魔物の熱線は、一瞬では終わらなかった。熱線は継続して放射され続け、その状態のまま炎の魔物は、首をケルベロス達の方向へと曲げていった。

 

「だぁああああああああ!?」

 

 強烈な熱線が横向きに、大波のようにして襲い掛かる。手前の城壁の壁が、溝を掘るようにして線状に焼きえぐれていく。

 ケルベロスは垂直に跳び上がった。三人を乗せた獣の身体が地上数メートルにまで舞い上がる。

 炎の波は、空中にいるケルベロスの足元を通り抜け、やがて消えていった。

 着地して、炎の魔物を見やると、こちらに向けて二発目を放とうとしているのが見えた。

 

「水突!」

 

 トサが炎の魔物目掛けて剣を突き放つ。発生した水の魔法の矢が、炎の魔物の口内へと真っ直ぐに飛んだ。

 

「グボアァ!」

 

 水の矢は、今まさに炎を放とうとした第二の口に見事命中。思わぬ衝撃で口内の炎は掻き消え、炎の魔物は一瞬怯む。

 

「うりゃぁああ!」

 

 ケルベロスの馬上から、シバとトサは次々と攻撃魔法を放った。いくつもの魔法の矢と斬撃が、炎の魔物に襲い掛かる。

 

「おお!?」

 

 炎の魔物は、それらを素早く横に動いてかわしてみせる。大柄な身体には似つかわしくない、その華麗な動きに、シバ達は思わず驚嘆した。

 三発目を放つかと思われた炎の魔物は、一瞬踏ん張るような動作をすると、猛牛のように一気に突進してきた。

 

 シバ達は再び魔法攻撃を放ち続けた。だが炎の魔物は、突進しながらもジグザグに動いてそれらをかわす。いや、正確には何発かは当たっているのだが、炎の魔物の肉体は頑丈で、それくらいでは倒れたりはしてくれなかった。

 

「うわあ! 逃げろ!」

 

 ケルベロスは走り出す。建物と城壁の合間にある地面を、後ろから追ってくる炎の魔物から逃げるため、懸命に疾走していった。

 上空から見上げると正方形に見える研究所の壁の一角を曲がり、魔物の丸焼きが二つ転がっている場所を通り過ぎた辺りでトサが叫んだ。

 

「シバ! お前の言ってた“考え”てのは一体何なんですか!」

「あの結界だよ! カツゴロウにあいつを上手く誘い出して、あの結界にぶち当てちまおうと思ったんだけど……」

 

 これじゃあ無理だ!と続けようとした所で、今度はカツゴロウが叫んだ。

 

『そうだ! それで行きましょう!』

「「はい!?」」

『このまま一周して戻りましょう! 一旦城壁から出るんです! いけますか!?』

「知らん! それはこいつに聞いてくれ!」

 

 現在必死になって走っているケルベロスに目を向ける。

 大分息が上がっており、このとてつもなく巨大な研究所周辺をいつまで全力疾走できるか、かなり不安である。

 

 ケルベロスと炎の魔物の走行速度はほぼ互角で、両者の差は開きもしなければ閉じもしない。とにかく今はケルベロスの体力に望みを賭けるしかない。

 たった今、研究所の壁の三角目を曲がった。

 

「うりゃりゃりゃあ!」

 

 シバが、後方の曲がり角から姿を現した炎の魔物目掛けて、我武者羅に攻撃魔法を撃った。だが後ろ向きで姿勢が悪いため、中々標的に命中しない。

 四つ目の曲がり角を通った。前方を見通せば、さっき自分達が通った城門が見える。

 

「もう少しだ! 行けえ!」

 

 ケルベロスはもう死に物狂いといった感じで、意識があるのかどうかも定かではない。一方の炎の魔物は、顔が無いため表情は判らないが、歩行は全く乱れておらず、疲れを全く感じさせない。

 そもそもあの生物に、疲労という感覚があるのかどうかも謎であるが……。

 

「「行けぇええええええ!」」

 

 前に乗っていたトサが、ケルベロスの右の頭を手綱のように引っ張り、無理矢理方向転換させる。猛烈な速度で城門の通り抜け、目の先にある結界の穴に突進していった。

 すぐに炎の魔物も城門を通り、後ろに姿を現す。

 

『行きます!』

「え!? おい!?」

 

 一番後ろに乗っていたカツゴロウが、突然飛び降りた。走行中に無理矢理下馬したのだが、何とか地面への着地を成功させてみせる。

 そして非実体化をしないまま、後ろから迫ってくる炎の目掛けて真正面から突っ込んでいった。

 

「何してんだ、お前!」

 

 シバの叫び声にも振り向かず、カツゴロウは炎の魔物の顔面直前で飛び跳ねた。カツゴロウは、木から木へ飛び移る猿のように、炎の魔物の滑らかな顔面にしがみつく。

 炎の魔物はカツゴロウに手を出そうとはしなかった。さきほどの追いかけっこで、カツゴロウへの攻撃は無意味と断定しているのか、カツゴロウを顔にくっつけたまま、真っ直ぐシバ達の乗るケルベロスを追う。

 虫のように顔面にしがみ付いたカツゴロウは、その場で非実体化を始めた。

 

「へえ!? カツゴロウ!?」

 

 カツゴロウが透明化した途端、不思議な現象が起こった。カツゴロウの身体が、魔物の顔面に吸い込まれたのだ!

 いや、もしかしたら自ら潜り込んだのかもしれない。カツゴロウの身体が、水中にゆっくり浸かっていくように、スッと魔物の顔面の中に消えていった。カツゴロウの霊体が、魔物の肉体の中に入ってしまったのだ。

 

 ケルベロスは結界の穴を無事通り抜けた。対照的に炎の魔物は、カツゴロウが自身の身に入り込んだ直後、今までの爆走ぶりが嘘のように、あまりに突然にビタリと動きを止めてしまった。

 結界を潜り抜けたケルベロスは、疲労でバランスを崩し、一気に前向きに倒れこんだ。その衝撃でシバとトサは、更に前方に投げ出される。

 

「カツゴロウ!」

 

 地面に叩きつけられた痛みも何のその。二人はすぐに起き上がり、炎の魔物の方に振り向いた。

 

「グギャギャギャギャギャギャ! ピゲェエエエエエエエエ! ピギィイイイイイイイイイ! ゴゲェエエエエ!」

 

 炎の魔物は…………狂っていた。

 盛大で長い奇声を上げ、駄々っ子のように手足をバタつかせたかと思うと、いきなりゴロゴロと転がり回る。尾をしきりに振り回し、蕎麦打ちのように地面に何度も叩きつけている。

 その衝撃で、地面にいくつもの亀裂のような長い陥没が出来上がっていった。

 

「「………………?」」

 

 黄色半透明の壁の向こうから、この奇行を目撃した二人は、訳が判らず呆然と立っていた。

 だがその奇行もまた、一瞬で止まった。いきなり鳴き止んで、姿勢を建て直し、今度は全速力で走り出した。シバ達に向かってではない。黄色い結界の壁に向かってである。

 

 ズババババババババババババババッ!

 

 炎の魔物は、結界に勢いよく激突した。炎の魔物の上半身が、分厚い光の壁の中に潜り込み、内部で固体とエネルギーがぶつかり合う音が鳴り響く。

 

「…………! ……………………!」

 

 中で炎の魔物が何か叫んでいるようだが、空間が特殊なためか、肉声が一切聞こえない。結界の中に入り込んだ炎の魔物の肉体の表面が、見る見る焼け焦げていく。

 こんな状態にありながら、炎の魔物は結界から抜けようとはしなかった。それどころか足を動かし、結界の中にドンドン入り込んでいく。

 

 下半身が尾以外全て入りきった辺りで、炎の魔物の頭の先が結界の向こう側、シバ達がいる外の空間に抜け出てきた。

 尾も入りきり、全身が結界を全て通り抜けたとき、炎の魔物は実に無残な姿になっていた。全身から夥しい煙が暗雲のように立ち込め、全身の皮が火を入れすぎた焼き芋のように真っ黒になっていた。

 

「ブゲェ……」

 

 炎の魔物は口を開けた。また火炎か!と二人は身構えたが、そうではなかった。

 口の奥から出てきたのは、ボンヤリとした光の球だった。その蛍火のような光球は、風船のようにフヨフヨと浮き、炎の魔物から離れていく。

 炎の魔物は嘔吐でもしたかのような吐息を上げ、涎を垂れ流した。

 

「いけえ!」

 

 トサが炎の魔物目掛けて魔法を放つ。刀身全体が青い光と竜巻のような水の渦に包まれ、それが一挙に開放される。大量の水が螺旋状に放水され、炎の魔物の身体に浴びせられた。

 

 ジュアアアアアアアアアアアアアアアア!

 

 耳によく響く蒸発音が、絶え間なく轟いた

 水は、炎の魔物を包んでいた煙をかき消し、代わりに大量の白い水蒸気を放射した。

 結界から受けた熱が元で、焼け石と化した肉体が、次々と浴びせかけられてくる水を、一滴も残さず気化させて周辺を濃霧に覆っていく。

 

「いくかな?」

 

 二人は魔物の変調をジッと観察した。といっても霧のせいで、その姿は全く見えないが。

 やがて霧の中から、炎の魔物が変わらないボロボロの姿で現れた。残念ながら生物保管室で戦った魔物のような現象は起こらなかった。結界から与えられた熱は、未だ冷め切らず。炎の魔物はおぼつかない歩行をしながら近づいてくる。

 

「ピギャアアアアアアアア!」

 

 炎の魔物の咆哮が、再び発せられた。

 

「やば! 逃げるぞ!」

 

 シバとトサは駆け出した。ケルベロスも最後の力を振り絞って立ち上がり、二人についていく。

 追いかけ合いが再び始めるが、弱り切った炎の魔物の足は先程よりもずっと遅く、シバ達にドンドン差をつけられていく。シバ達は小さな丘を登り、向こう側を下って姿を消した。

 

 炎の魔物も当然その後を追う。結界の外は一面が積雪に覆われているのだが、炎の魔物が通った場所近辺は、身体の熱によって一瞬で雪が溶けて、温泉地帯のように膨大な蒸気を発散させていた。

 丘を登り、頂上を見下ろしたとき、そこにいたのはあの二人と一匹だけは無かった。

 

「「グォオオオオオオオオ!」」

 

 彼らと共にいたのは、七頭のアイスワイバーンだった。ウルフ隊をここまで運んだ騎乗用の飛竜である。アイスワイバーンは皆一様に炎の魔物を睨みつけ、威嚇の声を上げる。

 

「行っけえ!」

 

 側にいたシバが、剣を振って指示を出すと、アイスワイバーン達は口を大きく開き切った。口の奥から白い光が放たれ、それが風となって外へと噴射される。

 アイスワイバーン達は、炎の魔物目掛けて一斉に氷の息吹《アイスブレス》を発射した。

 晴れて青空が広がる山景色の中、一部分が吹雪へと天候が変わる。七連の凍てつく氷風が、同時に炎の魔物に降りかかった。

 

「ピギィイイイイイイイイイ!」

 

 多量の冷風と雪を浴びせられ、炎の魔物は再び呻き声を上げる。高熱を宿した肉体が、瞬く間に雪を溶かし、再び白い気体を立ち昇らせる。

 先程トサが放った水魔法とは比べ物にならない威力に、炎の魔物の身体は見る見る熱が下がっていった。やがて異変は起こった。

 

 パァアアアン!

 

 それは一瞬で終わってしまった。

 炎の魔物の身体に亀裂が生じたかと思うと、突如破裂してしまった。保管室の魔物と同じように、針を入れられた風船のようにして、爆裂・四散したのだ。

 

 砕かれた炎の魔物の肉体が、花火のように飛び散り、ボタボタと地面に落ちていく。まだ少し熱が残っているのか、落ちた場所の雪が少しずつ溶けていく。

 おぞましい力を見せた炎の魔物の、実にあっけない最後だった。

 

「「グォオオオオオオオオオオオオオオオッ!」」

 

 アイスワイバーン達は翼を広げ、高々しく勝利の雄叫びを上げる。一方のシバ達は、歓喜を上げる元気すら無いのか、フラフラと腰を地面に下ろし、そのまま仰向けに地面に寝そべった。

 

「終わった……」

「ああ……」

 

 それ以上の言葉は出さず、二人は空を見上げた。大分日は傾いて来ており、空はもうじき夕焼けに染まろうという時間に近づいていた。

 ふと誰かが近くにやって来たことに気がついた。足音は一切立てなかったが、二人は気配でそれが誰だか気がつき、そちらに首を曲げる。

 

「よお。お前も無事だったか」

 

 カツゴロウはシバ達が寝転がっている場所を足元に立ち頷いた。そして何かを喋ろうと口をパクパク動かしているが、声が全く出ていない。

 

「喋れないのか?」

 

 カツゴロウは再び頷く。どうやら先程の技で力を消耗しすぎて、最初に会った時と同じ状態になってしまったようだ。シバとトサは腕を立てて、上半身を起こした。

 

 バササッ!

 

「うおっ!?」

「何だ!?」

『………!?』

 

 不意に聞こえた大きな羽音に、三人は一斉に空を見渡した。

 山の下りの方向の上空に、二体の羽のある生物が飛行している。背中に白鳥のような翼が生えた白馬『ペガサス』と、全身が赤い羽毛で覆われた不死身の怪鳥『フェニックス』である。彼らは空を舞いながら、あっという間に山を降りていく。

 不意に妙な気配を感じ、三人は研究所の方角、結界の穴のほうに振り向いた。

 

「「あっ!?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウェイランド王国の南方に存在するエルダー王国。その北東地区に“ヤマト”と呼ばれる地方が存在していた。そこには地方名と同じ名の、ヤマト族と呼ばれる少数民族が住んでいる。

 

 ヤマト族は古くからエルダー王国領に住まう一族であるが、他地域とは一線を画した独特の文化・風習を持っている。何でも大昔に別の大陸から渡ってきた民族らしい。

 

 そのヤマト地方のある場所、連なる山々の間に開かれた平野に、ヤマトの中心地となる町が存在していた。

 平野を両断するように、大きな河が中央を流れ、その河を沿うように大きな農場が広がっている。その農場は、普通の畑とは少し違っていた。それは用水路と思われる堀と畝で区画され、それぞれが四角形の形に区切られている。

 

 そしてその農場には、葦のように背の高い植物が、農場一面を埋め尽くすように無数に生えていた。それらの植物は黄色く枯れてきており、農場を黄金色に輝かせている。

 この植物は稲《いね》と言い、ヤマト独特の穀物を収穫するための栽培植物である。

 この農場は春に水を引いて大きな人口の池に変えて、そこに苗を植えつける。夏になると高く大きく育って、農場を青く染める。そして秋、つまり現在になると茎や葉が枯れ始めて、農場からは水が引き抜かれる。茎の天辺に穀物を実らせ、近いうちに大規模な刈り入れを行うだろう。

 もちろん他に普通の畑も存在しており、所々に木造の瓦屋根の家が建っている。

 

 平野の奥には街があった。周辺は石垣で固められて大量の水が湛えられた堀と、屋根つきの白い土塀で囲まれている。街の中央部には内堀に囲まれて、瓦屋敷を何重も積み重ねた感じの、塔のような形の城が建っている。

 

 山々は紅葉で色づき始めており、そんな山の上空から平野に向けて、一羽の大きな鳥が飛んできた。

 その鳥は馬ほどの大きさのある巨大なカルガモで、背中に一人の人間を乗せて飛行している。この鳥は、エルダー王国の飛行用家畜のジャイアントダックである。

 

「ああ、ようやく見えてきたか」

 

 まだ若いそのダックに騎乗している人間は、平野の街を見て弛んだ声を上げた。

 その人間は十五、六歳くらいの小柄な少年だった。容貌は黒髪黒眼黄色肌で、板金鎧に似た形に仕上げられた赤い軍服を着ている。これはエルダーの上級軍人の制服で、この少年にはあまり似合わないものであった。

 

 この少年はあの街の生まれで、先日まで王都ケルティックにいた。

 ある事情により、若い身で国の最上部の大きな仕事を背負うことになり、多忙な毎日を過ごしていた。そして現在、異界の魔物の調査に関連した仕事の都合と、この国の姫君の薦めにより、里帰りに向かう途中であった。

 街に近づいていくと、少年はあるものに気がついた。

 

(あれは……?)

 

 自分が飛んでいる方角とは全く別の方角。街から北の方角から、自分とは別の飛翔物体が二体、空を飛んで街に近づいているのだ。

 最初は自分とは別のダックライダーだと思ったが、それにしては随分大きい。遠目から見ても、広がった翼の長さなどが、ダックとは全く異なるものであることが判る。

 双方が街へと飛び近づいてくると、少年はその飛翔物体の正体をはっきりと見極めた。

 

「アイスワイバーン!?」

 

 少年は思わず叫ぶ。その正体は、つい最近までこの国と戦争を行っていた、敵国ウェイランド王国の騎乗竜であった。

 二頭のその白く巨大な背中に、複数人が跨っているのが少年には見えた。

 

「相棒! 急げ!」

「グェエエエエエエエッ!」

 

 少年はダックを急かし、全速力で街へと飛ぶ。だがこの時既に、アイスワイバーン達は街にかなり接近していた。元々飛行速度がダックより上の生物なため、街への先着は不可能だった。

 ようやく少年とダックは、街を囲う塀の、入口の門の前に降り立った。集落の上では飛行してはならない決まりである。相手もそれをきっちり守っており、アイスワイバーン達は少年達と同じく、門の前に舞い降りていた。

 

(…………はあ?)

 

 危機を感じ取り、緊迫して街に到着した少年は、彼らの姿を見て唖然としてしまった。

 アイスワイバーンに乗っていたのは、どうもウェイランド兵ではないようだった。……というか、一体何者なのかさっぱり判らなかった。

 

 二頭のアイスワイバーンには、それぞれ二人の若い男女が先頭に乗っていた。どうやら彼らが竜騎手のようだ。だが彼らの後ろに乗っている同行者は、何とも珍妙な顔ぶれであった。

 

 乗っていたのは彼らとケルベロスの他に、牛頭人身の獣人「ミノタウロス」。

 

 頭と胴体が繋がっておらず、両手で自身の生首を抱えている女騎士「デュラハン」。

 

 全身が赤い毛並みで覆われている人面の獅子「マンティコア」。

 

 マンティコアの背中には、虫のような透明な羽が生えた、身長三十センチほどの三人の小人の少女達「フェアリー」がしがみ付いている。

 

 彼らは研究所に捕まっていてシバ達が開放した中で、空を飛べなかった者達である。何も知らない者から見ると、まるで珍獣のサーカス団のような面子であった。

 

「……何なんだ? お前ら?」

 

 竜騎手達は、軍服姿の少年の姿を見ると、突然お辞儀を行った。

 

「突然の訪問失礼致しました。私は北のウェイランドから渡ってきた難民のシバ・シナノと申します」

「私はトサ・サカモトと申します。以後お見知りおきを」

 

 シバとトサは、彼ららしくない礼儀正しい態度で自己紹介を行う。少年は顔をしかめて、どんな返答をすべくか、迷っていた。異様な顔ぶれが印象に残りすぎたせいか、その中に見知った顔があることに少し時間がかかった。

 

「カツゴロウ!?」

 

 少年は、アイスワイバーンの最後列に乗っていた幽霊少年・カツゴロウの姿を見て、驚きの声を上げた。

 カツゴロウはアイスワイバーンから降りて、少年の前に立つ。そして晴れやかな笑顔で声をかけた。

 

『クシュウさん、ただいま!♪』

 

 

 

 

 異界魔の悪夢は、ようやく終結した。

 


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