ドラゴン・エイリアン   作:竜鬚虎

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第三話 不死身の魔物

 中央研究室の中は、実にガランとしたものだった。

 内部はとても広く、基地の体育館二つ分もの広さがある。何らかの研究機材と思われる物品がいくつも置かれていたが、たったこれだけのためにこの広さは意味があるのか?という疑問が真っ先に浮かんでくる。

 

 広くて高い一面の壁には、壁に沿って建てられた上がり階段が設けられている。

 その階段の先、地上より七、八メートル程上の壁には、先程シェパード達が通ってきた物と全く同じ大きさの扉が張り付いていた。おそらく上階からこの部屋に出入りするための物だろう。

 

 壁・天井・地面は全て重厚で煌びやかな金属板で覆われており、点けっ放しの電灯の光がそれらに反射して、部屋全体が鏡の部屋のように美しく照らされていた。

 シェパードはその部屋の一角に、目当てのものを見つけた。

 

「あれか……、例の“棺”というやつは」

 

 それは大きな金属製の箱だった。形は平らな長方形で、蓋は開閉式になっている。そしてその蓋は錠前と思われる部分が破壊されており、現在完全に開かれていた。

 

 これは数週間前にこの研究所に運び込まれた大型のオーパーツであった。発掘地はウェイランド王国とエルダー王国との国境付近の遺跡の中で、非常に重大な魔道遺物の可能性があるとして、この研究所に送られたのだ。

 

 その発掘地は、かつて魔物狩りを行う狩猟場であったという情報もあった。そのためシェパードは、突如研究所内に出現した謎の魔物は、この棺と何らかの関係があると睨んでいた。

 隊員達がその棺を取り囲む。

 

「もぬけの殻ですね」

「ああ……」

 

 棺の内部は十の仕切りに分けられており、それぞれに何らかの小物を入れる仕組みになっていたようだ。だが中の物はすでに採取された後の様で、今は何も入っていなかった。

 

「何が入っていたんでしょうね? もしかして例の魔物の卵だとか?」

「ありえる話なだけに笑えないな……。この部屋にこうして無造作に置かれているということは、充分な研究が終わらないうちに事が起こったということだ……」

 

 シェパードの言葉に隊員達は皆息を呑む。

 

「あれ? あそこに同じようなのが、もう一個ありますよ?」

 

 辺りを見回してみた一人の隊員が、無駄に広い研究室の中、もう一つの棺が置かれているのを発見した。他の隊員達もそちらに振り向き歩み寄る。

 その棺はまだ開けられておらず、錠前と思われる部分も未だ健在だった。一人の隊員が剣を抜き、その錠前に切っ先を向ける。そしてシェパードに下問した。

 

「壊して開けてみましょうか?」

「ああ、いいだろう。だが気をつけろ。少しでも危険を感じたら、一斉に魔法で破壊する」

 

 許可の言葉が出ると、隊員は剣の魔力を高め、切っ先を一旦引き、錠前目掛けて一気に刺突した。

 

 ガキイイン!

 

 鋭い金属音が、研究室の巨大な空間の中に木霊する。

 錠前は……壊れなかった。表面が多少削れたものの、破壊には至らない。

 

「無理っぽいですね……。やはり専門の工具が必要のようです」

 

 そう嘆いたほんの一瞬後の出来事だった。突如彼らの後方から、肉が裂けるような音と、小さな悲鳴が聞こえた。

 

「何だ!?」

 

 一斉に振り向くと、そこには問題の魔物がいた。しかも最後尾にいた隊員の一人が、背中から魔物の鞭のような尾の先端に貫かれ、空中に干し物のように釣り上げられている。

 

「レトリバー!?」

 

 あまりに突然の事態に隊員達は混迷した。

 魔物は一匹ではなかった。あちこちにあった機材の影から次々と姿を現す。その数は全部で五匹。これにシェパードは更に動転した。

 

(馬鹿な!? この私が気配を読み取れなかっただと!?)

 

 吊るし上げにされていた隊員は、魔物の尾の一振りで放り投げられ、五匹は一斉に隊員達に飛び掛った。

 すぐ我を取り戻したシェパードと二人の隊員が、即座に先鋒に走りよった。そして水色に光る剣を魔物たちに向ける。

 

「水結界!」

 

 三人の剣先に小さな水の膜が発生したかと思うと、それは一挙に広がり、巨大な水の壁に変形して、ウルフ隊の正面に覆いかぶさる。

 魔物達はその壁に激突してこけた。

 

「はあ!」

 

 三人が剣を一振りすると、水の壁が一気に前方に押し寄せられる。魔物達はその壁に押し飛ばされ、大量の激水と共に前に投げ出された。

 次に残っていた六人の隊員が、転がり落ちた魔物たちに向けて次々と氷の魔法を放った。

 水に濡れた魔物達の身体に、凄まじい冷気が襲い掛かる。水はあっというまに固体化し、魔物は全身を白い結晶に包まれて動かなくなった。

 

 

 

 

 

 

「なあ、なんか変な気配を感じねえか?」

 

 鞘で地面の雪に落書きを描いて遊んでいたシバが、不意にすぐ横で傍観しているトサに顔を向けずに声をかけた。

 

「ああ確かに何かいるね……」

 

 二人は城壁の向こう側、研究所の入口付近にその存在を感じ取っていた。

 その気配はかなり強く、おかしな魔力も同時に感じ取れる。そのため二人は壁越しからでも、その存在に気付くことができた。

 

 シバは興味津々といった表情で立ち上がり、上げ蓋のような構造で開かれていた兜の顔当てを閉めた。シバの顔が再び鉄仮面に隠れて見えなくなる。

 

「あたしちょっと見てくるわ。トサはここで少し待ってて」

「馬鹿言わないでください。さっきやばそうだと言ったのはシバじゃないですか」

 

 そんなやり取りをしながら、二人は開かれた城門の前に立った。

 

「「あ!?」」

 

そして向こうにある研究所の入口前を見て、二人同時に目を丸くした。

 

「幽霊?」

「ていうかあいつは……」

 

 トサが思ったことをそのまま口にし、シバがその姿に心当たりがあるかのような発言をした。

 そこには人がいた。先程ウルフ隊に追われていた半透明の謎の少年である。確かにその姿はどうみても幽霊である。

 

 驚いたのは少年の方も同じだったようで、シバとトサを見ながら口をあんぐり開けている。

 そして自分を見詰めている二人に向けて、慌てた顔であたふたと手を振っている。口をパクパク開けて何かを喋っているようだが、何故か彼の口からは声という音が一切出てこない。

 やがて少年は二人をグッと見詰め返すと、踵を返して研究所の中へと駆けて行った。

 

「ああ!? ちょっと待て!」

 

 少年の逃走に驚いた二人は慌てて後を追い、研究所に入っていった。

 

 

 

 

 

 

「本当に何なんだろうな。こいつは……」

 

 中央研究室にいるウルフ隊は、眼前にいる今や氷像と化した魔物達を、上から下へとしげしげと見詰め、そう漏らした。

 

 魔物の身体に張った厚い氷は、研究所全体に作動している暖房の熱気に当てられて、僅かだが溶けてきていた。溶けた水が汗のようにタラタラと流れ、雫が小雨のように地面に垂れ落ちている。

 

 魔物に身体を貫かれた隊員は、緊急で魔法治療を行ったものの、努力の甲斐なく息を引き取った。

 観察と状況整理が終わると、シェパードは冷静に次の指示を出した。

 

「この棺を外に運び出すぞ。外に待機している二人に一旦こいつを預けて、我々は残りの魔物がいないか再調査する」

 

 四人の隊員が棺を持ち上げる。シェパードが先導して研究室の外に出ると、またもや驚くべき光景が飛び込んできた。

 

「また来たか!」

 

 廊下の奥からあの魔物が三匹、こちらに向けて全力疾走して来ている。

 

「全員構えろ!」

 

 今度は皆、平静を乱すことなく前方から近づいてくる魔物を睨みつけ、魔法の構えを取った。

 

「水波!」

 

 魔物が一定の距離に近づいてきた時、シェパードを含めた三人が魔法を放った。

 剣先から大量の水が発生し、激流のように魔物目掛けて放水された。魔物はその水に吹き飛ばされ、廊下の奥に転がり落ちる。

 

「ようし、撃てえ!」

 

 後方の六人が先程と同じように、氷の魔法を放つために前に踏み込もうとした。

 だがそうする一瞬前に、「ビシィ!」と響きの良い音が重複して聞こえ、六人の身体が空中に投げ飛ばされ、左右の壁にそれぞれ叩きつけられる。

 

「何だ!?」

 

 シェパードが振り向くと、そこには魔物がいた。数は全部で五匹。全身を覆っていた氷が、パラパラと欠片となって崩れ落ちている。

 

(馬鹿な!? こんなことありえない!)

 

 そう、確かにそれはありえないことであった。目の前にいる魔物は、先程自分達が氷漬けにした個体に違いなかった。しかし何故復活している!?

 多少ばかり氷が溶けたからといって、あれほどの冷却を受けて、生きていられる生物など常識的に考えて存在するはずが無い。

 

 その迂闊さは、ある意味仕方が無い事ともいえる。

 

 この生物が、空気の無い宇宙空間に投げ出されようと、南極の地下に百年冷凍されていようと生存できる生命力を持っているなどと、誰が予測できるだろうか?

 

 魔物達は三人に向かって一匹ずつ飛び掛った。

 二人はこの奇襲に押し倒され、魔物に噛み付かれる。シェパードは水の壁を張って何とか防御に間に合ったものの、魔物の体当たりの威力に力負けし、数歩後方に下がった。

 

(おのれえ!)

 

 一時姿勢を崩したシェパードだったが、反撃のため即座に立ち上がる。

 

 グチャ!

 

 だがその時、後頭部から卵を潰すような音と共に、奇妙な感触を感じた。

 

(……何だ?)

 

 シェパードは恐る恐る後頭部に右手をやる。そこには一部分、兜の硬質な手触りが無くなっていることに気がついた。そして手を引くと目に映った物は、指に付着した自身の脳味噌の欠片であった。

 ゆっくり首だけを曲げて振り向くと、そこには全身水浸しの魔物が、口内から血のついた“第二の口”を覗かせながら、シェパードの頭からほんの僅かな距離にまで、その奇怪な顔を近づけていた。

 研究所内部に数人の人間の悲鳴が、悲しげに木霊した。

 

 

 

 

 

 

 少年を追って研究所に入ったトサとシバは、入口からの最初の一歩で硬直してしまった。

 

「嘘でしょう……これ?」

 

 研究所に入ってすぐの広間にいたのは、腹や胸を貫かれた無残な同僚達の姿であった。予想外すぎる光景にトサがそう口漏らす。

 

(これはあいつが……そんなわけないか)

 

 シバが近くで仰向けに倒れている魔物の姿を認めた。全身を張っていた氷はもう大分溶けている。

 二人は用心しながら、この魔物に近づいた。僅かだが魔物の右手が揺れたのを見たため、腰の剣に手をかけ、いつでも迎え撃ちができるようにする。

 

「グギャアッ!」

 

 すぐ側、二人が倒れた魔物を見下ろす距離に到達したとき、唐突に魔物がバネのように跳ね起きて、二人に牙を向ける。

 

「「だぁりゃあ!」」

 

 魔物が完全に起き上がる前に、二人は同時に攻撃した。

 ただし剣は使っていない。二人はほぼ同じ動きで、魔物の顔面にダブルキックを喰らわしたのだ。

 

 二人の鉄靴はそれぞれ異なる色で発光していた。魔力で威力を増幅された蹴りを受けた魔物は、派手に吹き飛んで広間の壁に叩きつけられる。

 その衝撃で、先程ハスキーに刺された傷口から、あの黄緑色の体液が再び溢れ出した。

 

 魔物はそのまま下の固い地面にベチャリと落ちた。魔物はしばらく痙攣していたが、やがて力尽きて完全に動かなくなった。

 

 魔物の流れ落ちる体液は、地面に流れ落ちると白い煙と音を立てて、地面を溶かし始める。流れ落ちたその部位に、瞬く間に穴が出来ていった。

 

「酸の血かよ……。おっそろしい奴」

「酸の血……アマミヤさんの言ってた竜に似てますね」

 

 この現象を見たシバ達は驚いたというより、何やら感心したような口調で魔物を見下ろす。

 

「まあ確かに恐ろしいよな。こいつと戦うときには接近戦は避けたほうがいいみたいだな……。返り血を浴びたりしたら、かなりやばいぜ」

 

 二人が冷静に観察している最中、研究所の奥から複数の人間の叫び声が聞こえてきた。

 常人には何も判らないであろうが、魔法訓練により強化された二人の聴覚は、僅かながらもその音を読み取って見せる。

 

 広間の一角にある左側の通路の方から、「ぐわぁああああ!」とか「助けてくれ!」という明らかな悲鳴が重複して聞こえてくる。

 二人は当然これに驚いたが、それらの声は嵐のようにあっさりと途絶えた。

 研究所内が再び元の静寂に包まれる。

 

「トサ……、あたし今さ、すっげえ嫌な予感がして来たのよね……」

「さっきも同じこと言いましたよ」

 

 二人は顔を見合わせた。鉄兜で見えないが、二人の顔はかなり青ざめているだろう。

 

「それでどうします? 持ち場に戻るます……? 今回はシバの判断に従うよ」

「こういうときに限って、そういうこと言うのね、お前……」

 

 シバは溜息一つつくと、ポンと両手掌を叩いて答えた。

 

「奥に進むぞ。さっきのチビ助もどのみち連れ出さなきゃいけないし……」

 

 トサが頷くと、二人は言葉通り研究所の奥に前進していった。途中シバが「蒸し暑い」と言って装着していた鉄兜を脱ぎ捨てた。

 緊張していたの最初だけであった。どんな危険があるかも判らない、未知の場所に進んでいるにも関わらず、シバは遠足にでも行くかのような軽い足取りだ。

 

 あの山脈を冒険心から登りきった(同郷の友人を巻き込んで)ことがあるシバは、この手の探索は望むところだった。

 

 ただし彼らが向かった先は、悲鳴が聞こえてきた左側の通路にではなく、少し前にハスキーが通った右側の通路に、であった。

 

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