ドラゴン・エイリアン   作:竜鬚虎

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第四話 怪物の牢獄

 魔物達は足元に転がっているウルフ隊の亡骸を後にして、中央研究室の入口に前進していった。

 内部に入ってすぐの位置に、先程ウルフ隊が運び込もうとしていた棺が置き去りになっている。

 

 一匹が棺の錠前に顔を近づけると、口を開けて喉奥から舌を吐き出した。四本の牙が生えそろう第二の口がついた舌の先端が、勢いよく錠前に激突する。

 それは一回ではなく、槍のように引っ込みを繰り返して、錠前を幾度も攻撃していった。ドカンドカンと地味で小さな音が繰り返し発音される。

 

 だがウルフ隊の甲冑などとは違い、錠前は一向に壊れてくれなかった。自分達で破壊するのは無理と判断したらしい魔物は、その棺から引き下がろうとする。

 その時、その魔物にとっても予想外であろうことが起こった。

 

 近くにいた別の魔物が、尾をしならせて、突如棺の前にいた魔物の身体に、勢いよく尾先で突き刺したのだ。

 

「ピギャァアアアアアア!」

 

 左の脇腹に突き刺さった尾先はすぐに引き抜かれ、傷口からドバドバと大量の体液を流れ落ち、地面を深く溶かしていく。

 同胞の突然の攻撃に、怒りを震わせた魔物は相手に振り向こうとするが、今度は別の方向から尾先の刺突を受けた。

 その魔物は二匹の同胞から、左右両面からの攻撃を幾度も受ける。グチャグチャとアイスクリームをかき回すように、体液が噴き出て零れ落ちる

 

 十回以上も身体を刺された魔物はついに倒れる。死んだようだ。

 

 するとまた別の一匹が、その瀕死の身体を前足で持ち上げた。

 その魔物は意外と器用な動きで棺の側まで持っていく。そしてペンキ事故にでも遭ったかのように、黄緑の体液がベッチョリとついたその魔物の身体を、棺の錠前の部分に擦り付けた。

 

 ジャァアアアアアアアッ!

 

 体液が付着した錠前を含む棺の部位は、見る見る黒く染まっていき、やがて溶け出した。

 

 ちなみに身体を貫かれた同胞の身体を支える魔物の身体にも、体液をかなり浴びていたが、何故か魔物の身体には何の変調が起こらなかった。どうやら自己種族の体液の溶解力には耐性があるようだ。

 

 錠前が跡形も無く崩れ落ちると、まるで打ち合わせていたかのようにまた別の一匹が、棺の横に回り蓋の縁に手をかけて持ち上げ始める。

 錠前が無くなった棺の蓋はあっさりと空き、パックリと開かれた。

 

 開放された箱の内部からは、雲のような大量の白い冷気が、一斉に噴き出してきた。

 しばらくその場は視界がかなり悪くなったものの、暖房が利いた室内で冷気はあっという間に掻き消えて、箱の内部が露になっていく。

 

 箱の内部は、先程ウルフ隊が見つけた空箱と同様に、十箇所の仕切りに分けられていた。そしてそれぞれの内部には、奇妙な虫(?)が納められていた。

 

 それは本当に奇怪な姿であった。全身は白一色で、人間の顔と同じくらいの大きさの、平面状の身体であった。

 その形状は蜘蛛に近いと言えなくもない。ただし左右に四本ずつの足が伸びてはいるものの、目や口に相当する部位が無かった。その点では今この部屋にいる魔物に似ているともいえる。

 尻部からは筋の入った尾が、蛇のように長く伸びていた。胴体と尾の付け根の辺りには、人間の耳たぶのような部位が生えている。

 

 そういった生き物が十匹、それぞれの区切りにいずれも異なる格好で氷漬けになって押し込められているのだ。

 魔物達は棺の中に手を伸ばし、その生き物を一つずつ外に取り出していった。

 地面に置かれた氷漬けの生き物は、部屋の暖かい空気に触れて、徐々に氷が溶け出していった。

 

 

 

 

 

 

「十一月十二日午前三時十分、中央研究室にて開閉された“棺”と呼ばれるオーパーツより、十体の冷却された未確認生物が発見される。研究員の一人が火の魔法で解凍を試みたところ、突如この生物が覚醒し、中央研究室にいた所員達に襲い掛かった。この生物は所員の顔面に吸着し、以後完全に静止する。所員はそれと同時に意識を喪失。被害にあった所員達十名は、直ちに医務室に収容される。生物は隔離されたものの、所員達は未だ意識は戻らず……」

 

 トサは手にした診療簿を淡々と読み上げる。この後の文章には、引き剥がされた生物はそのまま死んでしまっていたという事実と、その後の患者の容態を記した追加報告が記されていた。

 ちなみに最初に書かれている日付、十一月十二日は今日である。

 

「大体事態が飲み込めてきた気がしてきた……」

 

 トサは診療簿を全て読み上げると、それを粗雑に近くの机に置いた。そして傍で話を聞いていたシバと顔を見合わせる。

 現在二人はこの研究所の医務室の中にいた。そしてすぐそこの扉の向こう、この医務室の隣には、例の患者が寝かされている病室がある。

 

 二人が病室を覗き込む。病室の中には白いベッドが並び、十人の患者の遺体が寝かされていた。彼らは皆、腹部に内側から破られたと思われる穴が開いている。

 

 シバは先程医務室の中で見つけた、例の生物の死体を持っていた。長い尾の途中を干し柿のようにつまみ上げ、ダラーンとぶら下げられた蜘蛛のような平らな身体が、シバの顔の前にぶら下げられて、プラプラと揺れていた。

 シバはこの生物と、患者の遺体を交互に見詰め、何かに納得したかのように首を曲げた。

 

「ようするに、だ……。オーパーツから出てきたというこの変なのが、あの化け物が脱皮した抜け殻ということか?」

「そうなんじゃないでしょうか? この遺体は意味わかりませんけど……」

 

 答えたトサの口調は、何処となく投げやりであった。

 不意に二人は、今しがた自分達の出てきた医務室のドアに目をやる。そこには先程二人から逃げ出したあの半透明の少年が、飾り物の人形のようにひょっこりと立っていた。

 

「今度は逃げないのね?」

 

 少年はどこか緊張した面持ちで、コクリと首を縦に振った。

 シバが色々と、かけるべき言葉を考えている素振りを見せている間、トサが先に口を開いた。

 

「聞きたいことは山ほどあるんだけど……。とりあえず、君はヤマトにいたあの幽霊ですよね? 俺たちもあの土地出身で、あなたの姿も一度だけ見たことがある」

 

 この問いに少年の顔が曇った。少年はしばらく黙っていたが、シバが顔を近づけると、ようやく口を動かし始める。パクパクと何かを喋っているような動きであったが、その口からは声が出ていない……。

 

「喋れないの?」

 

 少年は残念そうな顔で、肯定の意思で首を振る。

 

「シバ。お前、読唇術とか使えたりしない?」

「無理」

 

 シバはキッパリと答える。二人が悩んでいると、少年がトサの手を引っ張り、医務室の扉を指差す。そしてすぐに手を放し、医務室の中へ入っていった。

 

「何だ、いったい?」

 

 二人が再度医務室に入ると、あの少年が医務室の奥の右側にある扉を指差していた。二人がこれを見たことを確認すると、少年は扉を開けて、その中に入っていった。

 二人は怪訝な表情で顔を見合わせた。この扉の存在は、さっき入ったときに気付いていたが、病室にあった死体と、医務室の医療記録を調べることを優先したため、まだ中を確認していない。

 二人は無言で、少年を追ってドアの向こうへと歩を進めた。

 

 

 

 

 二人はドアの向こうの通路を黙々と歩いていった。

 迷路のよう、というほど大袈裟ではないが、途中分かれ道が二つあり、廊下の壁にはいくつもの部屋の扉があった。二人は少年が進んでいる先を追って、行く道を選択して前進していく。やがて二人は、その道の最終点にたどり着く。

 

 そこには大きな金属製のドアがあった。大きさや形状は、中央研究室のものと全く同じであったが、こちらは向こうとは違い、固く閉ざされている。

 ドアの上の看板には、『生物研究・保管室』と書かれている。

 

「ここに入れっての? あたしら鍵なんて持ってないよ?」

 

 少年はスタスタとドアに近づき、両手をドアにくっつけた。少しの間、何かを念じているかのような様子を見せると、少年の身体に変化が見られた。

 

「え? 消えてる!?」

 

 元々透けていた少年の身体が、更に透明度を増していっているのだ。まるで今にも消えてしまいそうな状態変化である。

 まるでガラス瓶のような透明度までになると、ドアにつけていた手が、ドアにめり込んだ!? いや、めり込んだのではない。ドアの中を、少年の身体が通り抜けている!

 

「お、おい!?」

 

 少年の身体はドンドンとドアの中へ入っていき、その姿が完全に消えてしまう。

 

 ガチャリ!

 

 二人が呆然として、少年がいた後を眺めていると、突然ドアから音が聞こえてきた。

 何となく事態が飲み込めてきた二人は、さっきまでは鍵がかかっていたのであろうドアに手をかけ、力いっぱい引いた。

 

 ギギギギという鈍い音を立てて、巨大な金属のドアが開け放たれていく。充分開いた後、二人はドアの真ん前に再び立った。

 部屋の入口のすぐ前には、先程の少年が立っていた。身体の透明度は元の状態に戻っている。少年はあのドアをすり抜けた後、部屋の中で再び実体化して、このドアの内側の鍵を外したようだ。

 

「こんなすごい幽霊だとは知らなかったな。空き巣とかするのに便利そうだ」

 

 シバはすっかり感心して少年の頭を撫でる。それに少年は困ったような表情で、シバを見上げていた。

 

「うわあ……。ここも色んな意味ですごいな……」

 

 部屋の中を見渡したトサが、はっきりと嫌悪感を露にする。

 

 その部屋の大きさは大体中央研究室と同規模だった。ただし壁は金属製ではなく、この研究所の基本建材である黒い石造りであった。

 

 そして部屋の中には、大小多くの頑健な金属で出来た動物用の檻が置かれていた。それらの中には、様々な奇怪な生物・擬似生物が、生きたまま閉じ込められている。

 

 

 足が四本あり、尾羽の下からは蛇そっくりの爬虫類の尻尾が生えた、巨大鶏の『コカトリス』

 

 鼻先に角が生えた、動物のサイのような姿をした、魔法の力で動く石像の『ガーゴイル』

 

 頭が三つ並んで生えており、尾は生きた蛇(頭付き)になっている、ライオン程の大きさがある黒狼の『ケルベロス』

 

 生前の魂が未だ宿り、肉が無くなり骨だけになっても動き続ける死人の怪物『スケルトン』

 

 

 これ以外にも実に様々な生物が檻に入れられ、この広い部屋に無秩序に置かれている。

 彼らは皆、飼いならされた番犬のように、驚くほど大人しくしていた。彼らを閉じ込めている檻は、ただ頑丈なだけの代物ではない。強い封印力を持った魔法の檻である。おそらくその効果によるものなのであろう。

 

「おい! あれ見てみ!」

 

 シバが動物園に来た子供のように、ある一つの檻を指差して興奮している。シバのおかしな反応にトサは怪訝な顔しながらも、言われるがままそこを見た。するとそこには彼もまた目を見張るものがあった。

 

「火霊獣《サラマンダー》じゃないですか! すごい、俺本物なんて初めて見た!」

 

 その檻にいたのは巨大な蜥蜴のような生物だった。体格は人間の三十倍はあるだろうか? 全身を覆う鱗は、炎のように明るい赤色である。

 頭部からは反りのある一本の鋭い角が、後ろ向きに伸びていた。その角の後ろ、首から背中を通り尻尾の先に至るまでに、頭部の角を少し小さくした感じの骨の背びれがびっしりと並んで生えている。

 顔と目付きは狼のように鋭く、獰猛なイメージを一目見ただけで彷彿とさせる。

 

 現在そのサラマンダーは、檻の魔力が効いているのか、見た目に反してかなり大人しくしている。二人に向けてチラリと目をやったものの、すぐに興味が無いかのように目を逸らした。

 二人はこの生物を惚れ惚れと眺めた。

 

 サラマンダーは竜族の亜種であり、大昔の伝承や民話にも多く登場するかなり知名度の高い生物である。だが実物をお目にかかった者はそう多くない。ましてや寒冷地であるウェイランドでそれを見つけ出そうなどと夢物語であった。

 

 二人はそれをしばらく眺めていたが、ふとここに来た本来の目的を思い出し、気を取り直して再び部屋内を見渡した。

 

「実験動物の保管場所か。しっかし、これだけの化け物をこんな所に一まとめに置いておくたあ、随分ずさんな管理ね。お前もそう思わない?」

 

 シバは壁際に置かれていた、この生き物のいずれかに使われている物と思われる、餌箱の中に隠れている気配の主に声をかけた。

 トサがその厚紙でできた餌箱の前に立ち、ドンと一蹴りを喰らわせる。途端箱はドタドタと慌しく揺れて、ガバリと蓋を割って人が出てきた。

 

「ぶっ、ぶはあ!」

「こんにちは♪」

 

 シバは、中からビックリ箱のように飛び出してきた、その白衣を着た初老の男性に、明るく挨拶をした。男性は緊張した面持ちで、シバの顔を凝視した。

 

「あっ、あんたらは……?」

 

 大分落ち着いてきてもなお、男性は警戒した様子で、二人に恐る恐る質問する。

 

「俺達は王国特務部隊ウルフ隊の者です。救援の報告を受けてこちらに馳せ参じました」

 

 トサの返答に、男性は安堵の息を吐いた。続けてトサが男性に質問する。

 

「ここで何が起こったのか、何か判ることは?」

「し、知らん! 突然所内にあの化け物共が出てきて、皆を次々と殺しやがったんだ! 外の結界には、何かがぶつかった反応は一度も無かったのに、いったいどこから入り込んできたのか……」

「それでここに隠れていたわけね。まあそっちの事情はよく判ったわ」

 

 そう言って、シバは少年に顔を向けた。

 

「チビ助、あんたがあたしらをここに連れてきたのは、こいつを連れて出して、この研究所からさっさと逃げろと、そういうわけ?」

 

 少年は無表情で首を降ろす。それを見たトサが、ふと思い出したかのように男性に次の質問をした。

 

「あなたはここの研究員ですよね。それじゃこの子供のことは何か知っていますか?」

 

 男性はそこいる半透明の少年をマジマジと見詰めた。やがて心当たりを思い出したのか、「ああ」と頷き、両掌をポンと叩いた。

 

「そういえば少し前に、物質化死霊《マテリアルゴースト》が一匹、ここに送られてきたと聞いたな。それがこいつじゃないのか?」

「そいつの出所は?」

「さあ……そこまでは私も知らん」

 

 話を聞いていたシバが、大分侮蔑の入った口調で話しに入り込んだ。

 

「出所なんぞ、大体判るわ。エルダーに侵攻していった馬鹿共が、ヤマトの方から誘拐してきたんでしょう」

「ヤマト……?」

 

 男性は聞きなれない単語に、首を横に曲げた。エルダー王国の名は当然のごとく知っていたが、ヤマトなどというものは、彼には初耳だった。

 

「まあいいや。そんなことよりお前、この部屋に立て篭もった意図は判るけど、無意味だったみたいよ。ほら、あれ見てみ」

 

 シバは剣を抜き、切っ先を天井の一角に指し示した。三人は剣先から目を追って、そちらを眺める。

 そこにはこの部屋の空調換気扇の窓があった。

 

 だが現在その窓の網は、外側から見事に破られており、壊れたプロペラがワイヤーに引かれて無残にぶら下がっていた。

 

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