ドラゴン・エイリアン   作:竜鬚虎

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第五話 蜘蛛と髑髏

「あんなところに出入りできるような場所があったんじゃ、あの金の掛かった分厚いドアも意味無いね」

 

 それを聞いた男性の顔が、見る見る青ざめていく。

 シバは剣に魔力を込めた。刀身が火の魔力を帯びて、赤く発光する。

 事態に気付いたトサも剣に手をかけるが、完全に抜き放たれるより先に、シバが動いた。

 

「火突!」

 

 ミノタウロスの入れられた高い檻の上。その方向にシバは、剣による“突き”を放った。

 一見すると何もない空中を刺しただけのように見えるが、剣を持った右腕が伸びきり、切っ先が最前地点に到着したとき、そこから赤く光る炎の矢が飛ぶ。

 

 炎の矢は銃弾のように高速で飛んだ。その向かう先、檻の真上には何とあの魔物がこちらを眺めながら座り込んでいた。

 

「ピギィ!」

 

 魔物はシバの動きに咄嗟に反応し、飛び跳ねるようにして右横に動いて炎の矢をかわした。標的を外した矢は、向こうにある部屋の壁に命中し、そこに真っ黒に焦げた円形の穴を作る。

 

「うわぁああああああああ!」

 

 魔物の姿を見た男性は驚き慄き、一目散に逃げ出した。

 

「ああっ! 馬鹿! 戻れ!」

 

 トサが制止の言葉をかけるが、男性は先程空けられた金属のドアを通り抜けて、どんどん姿が小さくなっていく。

 そうしている間にも、シバは魔物目掛けて次々と火の矢を放つ。魔物はいくつもある檻の上を走り、飛び移り、攻撃から逃れていった。部屋の壁にボスボスと、いくつもの穴が開いていく。

 

(埒が明かないわね……。ようし!)

 

 突如シバが走り出した。この行動に魔物も僅かに動揺し、足を止める。

 シバは常人離れした脚力で力いっぱい飛び跳ね、魔物が立っている檻の、すぐ隣にいる檻の上に着地する。

 

「正面から堂々と行くわよ! のっぺらとかげ!」

 

 近距離に接したシバと魔物は、そこでお互い睨み合いを始めた。だが直ぐに魔物の方から動き出した。

 魔物は自身の長い尾を、鞭のように動かしてシバに向けて振る。シバは即座に背中を曲げ、それを紙一重でかわした。

 

 魔物はその後も、同じような攻撃を次々と繰り出した。シバは必死に動いて、それらをギリギリでかわして行く。

 間合においては、シバの装備している刃渡り七十センチの剣よりも、魔物の数メートルの尾の方が遥かに有利である。

 だが間合が長い分、返りが遅い。シバはそれをうまく読み取り、何とか反撃の瞬間を見極めようとする。

 

 ある時、魔物の大振りをよけたシバは、その間の隙をついて魔物に向けて突撃した。だが勢いよく振られた魔物の尾は、完全に横に飛ぶ前に突然急停止して、そのまま逆向きに動いてシバに襲い掛かった。

 

(のわ!?)

 

 突然足元に「バシ!」という音と、強い衝撃による痛みが走った。

 魔物の尾は、シバの足元に命中していた。足を払いのけられたシバはバランスを崩し、思い切り仰向けに倒れこむ。

 魔物はその場で飛び跳ねて、倒れたシバの上空に出現する。シバの視界に落ちてくる魔物と鋭い尾の先端が、こちらに落下してくるのが映った。

 

 シバは即座に全身を右側に横転して、その攻撃をかわした。魔物の尾先が一瞬前までシバが寝ていた位置の、檻の屋根に突き刺さる。

 

「ピギャァアアアア!」

 

 魔物は食い込んだ尾先を引き抜こうと、尾全体を陸に上がった鰻のように振り動かした。そうしている間にシバは、倒れこんだ体勢のまま、魔物の横腹目掛けて横蹴りを食らわした。

 その衝撃で魔物は檻の上から転げ落ちる。その拍子に食い込んだ尾先も抜けて、魔物の身体が地面に二転三転していった。

 

「うわ!」

 

 魔物が転がり落ちた直ぐ側に、トサが立っていた。彼は魔物と接近戦を始めたシバに対し、中々加勢の機会を得られず、ずっと傍観していたのだ。

 起き上がった魔物は、シバにではなく、今一番近くにいるトサに顔を向けた。トサは咄嗟に魔物の攻撃に構える。

 

「離れろ! トサ!」

 

 魔物がトサに襲い掛かる前に、シバの声と共に巨大な炎が魔物を包んだ。

 シバは檻の上から下方にいる魔物に剣を向け、火の魔法を放ったのだ。剣全体から凄まじい炎が溢れ、それが直線状に飛んで魔物に直撃した。

 

 ブォオオオオオオオオオオオッ!

 

 強力な火炎と熱気に、トサは魔物のいる位置から逃げる。シバの放った炎の光は部屋全体を赤く照らし、屋内温度すら急上昇させる勢いであった。

 

「ギシャァアアアアアアア!」

 

 魔物は悲鳴を上げ、火達磨になってのたうち回る。

 やがてシバの剣を覆っていた炎は全て出し切られ、魔物にかけられていた火炎熱線は止んだ。

 全身を焼かれた魔物は、弱りきり、その場でうつ伏せに倒れ付した。

 

(やったか……?)

 

 敵は死んだと判断したトサは、倒れた魔物に向かって一歩踏み込んだ。

 その時だった。一時はもう死んだと思われた魔物が、突如起き上がりトサに飛び掛ってきた。

 

「水結界!」

 

 トサはこれに迅速に反応し、目の前に魔法による水の壁を張って、魔物の突撃から防御する。魔物はこの壁に激突し動きを止めた。

 

「はあ!」

 

 トサは更に剣を振り、水の壁を激水にかけて魔物に放水する。魔物は全身に水を浴びて吹き飛んだ。

 

 ジュァアアアアアアアアアア!

 

 強く熱せられた魔物の身体にかけられた水は、瞬時に蒸発し、魔物の全身を水蒸気で包み込む。それと同時に魔物は絶叫を上げた。

 

「ピギィイイイイイイイ!」

 

 シバは地面に降りて、もう一発火炎熱線を放とうと、魔物に剣を向ける。

 その時、おかしな事が起こった。

 

 ピキピキ!

 

 風呂上りのように湯気を立てまくっていた魔物の身体の各部から、音を鳴らしながら、ヒビが入り始めたのだ。

 シバとトサ、更に幽霊少年を加えた三人が、何事かと目を見張る。

 

 パァン!

 

 突如魔物の身体が、実に気持ちの良い音を立て、針を刺された風船のように破裂した。

 辺りに肉片が飛び散り、魔物は跡形も無く粉々になる。なおこの肉片に触れて溶けてしまう物は何も無かった。

 

「……何?」

 

 飛んできた魔物の皮の一部が目元に張り付いたまま、シバは目をパチクリとさせ、独り言のようにそう呟いた。もちろんこの疑問に答えられる者は、この場には誰もいなかった。

 

「まあ……やっつけたということでいいんじゃないの?」

 

 しばし呆然としていた一同であったが、最初に放たれたトサの言葉に、シバと幽霊少年は口を開かずに首を縦に振る。

 

「とりあえず、あの馬鹿を探さないとな。全く考えなしに逃げ出しやがって……」

「それにしてもシバ、いつの間にかすごくなってますね……」

 

 シバの言葉に頷きながら、同時にトサはシバに感嘆の言葉をかける。

 

「何が?」

「俺、あいつの気配に全く気がつかなかった……」

「そりゃあ、私もそれなりに鍛えてるからね。いつまでもガキの頃のままだと思うないでよ。というかこんなこと話してないで、さっさと行くよ」

 

 そう言って先程逃げ出した男性を探そうと、シバとトサが部屋から出ようとする。すると幽霊少年が、二人を遮るようにして目の前に進み出た。

 

「どうした?」

 

 幽霊少年は何かを訴えるような面持ちで、二人に右腕を差し出した。拳には十本以上もの銀色の鍵が纏められた、リング状の鍵束が握り締められている。

 幽霊少年はそれを二人に見せると、次に部屋全体に置かれた檻を見渡した。相手の言わんとしている事を大体察したシバが、難しい表情で問いかけた。

 

「これはあの檻の鍵か? もしかしてこの部屋にいる奴らを逃がしてやれと?」

 

 少年はコクリと首を動かした。

 シバは「仕方ないわね」と一言口にして鍵束を受け取った。これにトサが少し焦った口調で言い咎めた。

 

「正気ですか!? 錠を外した途端、こいつら暴れ出すかもしれないよ!」

「だからこいつは私らに頼んでるんだろ? 三人で手早く全部の錠を外して、素早くこの部屋から逃げればいいだろ? どっちみちこのままにしておけば、こいつら全員飢え死にか、または殺傷処分だ。それじゃ後味悪いだろ」

 

 シバは一寸の迷いも無く、得意げに言い放つ。

彼らが自分たちに危害を加える可能性・外に出た者たちが、一般に被害を与える可能性など、深い部分はあまり考えていない。

怪我をした動物を助けるのと同じような軽い感覚だ。

 

 鍵にと檻には、それぞれ対応しているものがすぐ判るよう番号が刻まれている。トサはやや面倒にしながらも、その鍵の何本かを受け取った。

 

 

 

 

 

 

 先程部屋から逃げ出した男性は、所内を何の考えも無く、ただ我武者羅に逃げ回っていた。

 

(たっ、助けてくれえ! もうあんなのは嫌だ!)

 

 もうどの辺りかも判らない廊下の中を、男性は途中でバランスを崩して倒れこんだ。

 

「うう……、うん?」

 

 片足を痛めたようで、男性はうまく立ち上がれない。そんな最中、男性の視界に一瞬奇妙なものが映った。

 それは先程の魔物とは、明らかに違うものだった。何か白くて小さなものが、天井の辺りをカサカサと動いたところを見た気がしたのだ。

 

(何だ……?)

 

 本当に一瞬だったのではっきりとは見えなかったが、それは蜘蛛に似ていたような気がした。ただ蜘蛛にしてはあまりに大きすぎるサイズであった。

 珍妙なものを見たせいか、男性の頭の中は徐々に冷えてくる。さっき見たものをきちんと確認するため、その物体が動いた先の後ろの天井を見ようと男性は振り返った。

 

(へ?)

 

 振り返った途端男性の目に、真ん中に小さな穴がポツリと開いた、白い蜘蛛のような生物の腹が正面から飛び込んできた。

 

 ベチャリ!

 

 飛び込んできた白い生物は、男性の顔に腹を張り付けた。足を後頭部に回して握り締め、ガッチリと自身の肉体を、男性の肉体に固定させる。さら後ろに生えている長い尾を、男性の首に巻きつけて強烈な力で締め付けた。

 

「んっ、んんんんん!?」

 

 男性は顔と首、両方を攻められて、凄まじい窒息感に苦しめられる。両腕で生物を掴み上げて、何とか引き剥がそうとするが、生物は男性の身体の一部にでもなったかのように吸着し、全く離れない。

 

 やがて男性の意識は遠のき、パッタリとその場で倒れ付した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほんの少し前まで不気味な程の静寂を保っていた研究所は、現在はまるで戦争でも起こっているかのように騒がしくなっていた。

 

 もうあちらこちらでズドン!ドガン!と何かが派手に壊される音と、奇怪な獣の鳴き声が、アンサンブル演奏のように響き渡る。

 そんな中、研究所のある場所の廊下の中を、トサ・シバ・幽霊少年の三人が走っていた。

 

「キー! キー! キーー!」

 

 彼らの後方からは、五体のスケルトンが剣を振り回し、その骨だけの身体からガシャガシャと皿を鳴らすような音を立てて三人を追っていた。

 

「いやいや、完璧だと思ったんだけどな。こいつら動き出すの早すぎ」

「はいはいそうですか」

『…………』

 

 怪物に追われているというのに、いつもどおりの呑気な口調でシバが喋り、トサが呆れ顔で返答する。幽霊少年は相変わらず無言である。

 幽霊少年から鍵を受け取ったシバ達は、それぞれの鍵の相対する檻を事前に詳しく調べ、三人で手分けしてかつ手早い動きで檻の錠を外していった。

 

 封印が解けて、檻の主が力を取り戻して出てくる前に、全ての檻を外し終わり、即効で部屋から出るつもりだった。だがスケルトン達は、途中で封印を解かれたにも関わらず、復活が早く、今こうして檻から出てきて三人に襲い掛かってきている。

 

 一見危機的な状況に見えるが、何故かこの現状において、シバだけでなくトサも余裕の表情だった。

 あのレベルのスケルトンならば、彼らにも充分倒せる相手であった。三人が逃げているのは、彼らと戦闘を行っている最中に、別の怪物が自分達に襲い掛かってくる可能性を考慮してのものである。

 

 そのため三人は、あの部屋から少しでも距離を取ってから戦うために、スケルトン達から逃げていた。

 だがその最中、急に前方を見ていた二人の顔が険しくなった。

 

「シバ!」

「判ってるわい! チビ助、手で顔を隠しときなさい!」

 

 二人は手に持った剣に魔力を込める。それぞれの刀身が、赤と水色に発光した。

 魔法によって鍛え上げられた二人の動体視力は、廊下の奥から横壁を走りながら自分達に接近してくる、複数の白い存在を確かに捉えた。

 遠目で形ははっきりとは判らなかったが、二人は確信していた。あれは医務室で見たものと同じ寄生生物だ。あの時は既に死体だっが、今は生きているものが、こっちに迫ってくる。

 

 あっというまに両者は間近に迫った。数は多い、十匹近くはいるかもしれない。突如三匹の寄生生物が飛び跳ねて、シバ・トサ・幽霊少年の三人の顔面に掴みかかろうとする。

 

「「はっ!」」

 

 シバとトサは同時に魔法を放った。両者の剣から、それぞれ火と水の矢が一本ずつ飛ぶ。

 魔法は見事命中した。二体の寄生生物は魔法の矢をまともに喰らい、飛び掛った向きとは逆方向に数メートル上向きに飛び、天井に激突して砕け散った。

 

 だが飛び掛った残りの一匹は、見事に幽霊少年の顔に見事に吸着。寄生生物は幽霊の少年の半透明の身体に取り付き、首に尻尾を回した。

 他にいた壁を伝っていた五匹は、何故かシバ達を素通りして行った。

 

『……! …………!!』

 

 寄生生物に張り付かれ転んだ幽霊少年は、仰向けの姿勢のまま、自身の顔に引っ付いた寄生生物を引き剥がそうとしながらもがき苦しんでいた。

 

「馬鹿野郎! 顔を隠せと言ったろうが!」

 

 シバ・トサが慌てながら、二人で寄生生物の前足を掴み引っ張り出す。

 するとどうだろう。幽霊少年にくっ付いていた寄生生物は、テープを剥がすようにベリ!と鳴らして、幽霊少年の顔から実にあっさりと離れてしまった。

 

 意外な事象に二人は僅かに驚く。あの診療簿には、あの寄生生物は人間の顔に張り付いた時には数人がかりで引っ張っても引き剥がせず、外科手術でようやく切り離せたと記載されていたのだが……。

 相手が霊体だからであろうか?

 

「くたばれ……」

 

 シバが静かにそう口ずさみ、手元に魔力を収束させた。寄生生物を鷲づかみしたシバの掌から、強烈な火と熱が放たれる。

 寄生生物はひっくり返された昆虫のように、足をバタバタ動かしながら炎に包まれる。やがて真っ黒な炭になって動かなくなった。

 

 ふと後ろを見やると、少々滑稽な光景が出来上がっていた。

 素通りして言ったあの寄生生物たちは、スケルトンの顔面にくっ付いていたのだ。あの骨だけの頭にへばり付いて、細くて白い首にしっかりと尻尾を回している。

 

 スケルトン達は尻尾を掴み上げ、引き剥がそうとするが、幽霊少年の時とは違って中々離れない様子。するとスケルトン達は一斉に剣を振り、自身の顔についた者に剣先を付き立てた。

 胴体を串刺しにされた寄生生物たちは、張り付いた姿勢を崩さないまま痙攣し始めた。身体からは魔物と同じ黄緑の体液が流れ、スケルトンの頭蓋と剣を濡らし始める。

 

 するとそこからジュワ!と何かが焼けるような音が響いた。

 スケルトン達の、寄生生物の体液が付着した部分が溶け始めたのだ。これにはスケルトン達も慌てふためき、オドオドと踊るように廊下の中を動き回る。

 死んだと思われる寄生生物たちは、自然と剥がれ落ち、ペチャリと地面について床を溶かし出す。

 

 スケルトン達の頭蓋骨はほとんど溶けてしまっていた。

 首なし骸骨達は、しばらくの間フラフラと酔っ払いのように歩き回っていたが、やがて魔力で固定されていたと思われる骨格が崩れ落ち、バラバラになって床に転がっていった。

 

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