ドラゴン・エイリアン   作:竜鬚虎

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第八話 ドラゴン・エイリアン

 シバはトサの所に寄り添い、トサのすぐ横で同じ姿勢で座り込んだ。それに続くように幽霊少年もシバの隣に腰掛ける。

 右側にトサ、中央にシバ、左側に幽霊少年と、三人が一列に並び、電灯が大量に据え付けられた広い研究室の天井を見上げた。

 

 さっきのシバの破壊活動が元で発生した火の手は、時間と共に消えていった。

 三人はしばらく部屋のあちこちを、ボーと眺める。やがてシバが隣の肩の下にいる幽霊少年に呼びかけた。

 

「そういやお前。声は治ってきたか?」

『はい。だいぶ良くなって来ました』

 

 あっさりと答えが返ってきた。先程の奇音声とは違う、突然の聞きなれない声にシバ・トサは僅かに驚く。

 幽霊少年から発せられた声は、間違いなく人間の幼い子供の声だった。ただ生身の肉声とは少し異なり、電話越しに喋っているような残響が混じった声である。

 

「ああ……、うん! 治ったんだな、良かった」

 

 少々戸惑いながらかけられたトサの言葉に、幽霊少年が満面の笑顔で頷く。

 

「お前カツゴロウだろ? さっきも言ったけどお前のこと一度だけ見たことがあるよ」

 

 幽霊少年=カツゴロウが首を縦に動かす。この幽霊は、シバ達の故郷・ヤマト地方では有名な存在だった。そこには霊感の無い人間にもはっきり見えるほどの、高レベルのマテリアルゴーストがいた。

 そいつはその土地の至るところに出没した。現れる場所も、時間帯も一切関係なく、勝手気ままに彼は動き回っているのだ。

 特に人に危害を加えることもなく、成仏を望むわけでもない。本人も自分がいつごろからこうしているのか、あまり覚えていないらしい。土地神の一種とも言われているが、定かなことは判らない。

 

『エルダーが制圧された時、ウェイランド兵がヤマトにも来たんです。それを見学しに行ったら、あの人たちとても驚かれて』

「そりゃあお前みたいな幽霊、他所じゃ見ないからな」

『はい、何だかよく判らないうちに、ここに連れてこらてしまいました』

 

 これまでの寡黙ぶりが嘘のように、カツゴロウは、慣れた口こなしで淡々と喋り続ける。今度はトサが質問をしてきた。

 

「お前もあの魔法の檻に入れられたんだろ? どうやって出れたんだ?」

『さっき保管室のドアを開けるとき、僕は非実体化してすり抜けましたよね? あの技を使いました。あの檻の封印、幽霊には効き目が薄いみたいで、魔物騒ぎが起きたときにこっそり脱出したんです。色々な実験で魔力をかなり消耗していたんですけど、このときはそれが逆に好都合でした。あれって力が弱い幽霊が得意なものですから』

「檻から出た後、この研究所自体からはどうやって抜け出す気だったんだ?」

『全然考えてなかった。この建物、全部変な壁に囲まれてて、シバさん達が来てくれて本当に助かりました』

 

 シバとトサは呆れ顔で息を落とした。確かに現在、結界の一角には穴が開けられていて、今なら脱出も可能だろう。

 

「そんじゃあ次の質問。あの魔物のことで何か知らないか?」

 

 シバが期待感ゼロといった感じで問いかける。ただの脱走犯なら、あの何だかよく判らない生き物のことなど知る由も無いだろう。だがカツゴロウの返答は意外なものだった。

 

『ええ、知っています。昔あれと同じのを見たことがありますから』

「へ?」

『あれは異界の魔物ですよ』

 

 二人の顔つきが変わる。

 

「異界の魔者てのはあれか? アマミヤ様がよく言っていたやつか?」

『はい。エルダーとの国境の地下遺跡のことは知ってますか?』

「ああ、よく知ってるよ」

 

 シバは含みをいれるような口調で言葉を返す。

 カツゴロウが言っているのは、つい最近ウェイランド王国が侵略戦争に利用した、あの遺跡のことだ。

 

 ウェイランド王国の南方には、エルダー王国という国がある。

 二つの国の国境は、西から東へ一直線に続く、とてつもなく巨大な山脈で綺麗に区切られている。この山脈が壁になっているせいで、ウェイランドとエルダーは隣国にも関わらず、何十年も交流を持たずにいた。

 

 その山脈のある場所に、一つの遺跡があった。

 それは巨大な山の斜面に、啄木鳥の巣のようにポッカリと開けられた、巨大な洞穴だった。

 どうも天然の洞穴ではないらしく、壁や地面は全面がキッチリと石材で固められ、内部には穴を支える巨大な柱が定位置的に建てられている。

 元からあった洞窟が改造されたものなのか、最初から人に掘られた人口穴なのかは不明であるが、とにかく人の手がなされているものに間違いはなかった。

 それは高さ・幅が数十メートルはある恐ろしく巨大な洞穴だった。だがその奥は巨大な壁で行き止まりになっていた。

 

 だがつい最近その壁が消えて、奥に進めるようになっていた。何故このようなことが起こったのか判らない。内部では壁が壊されたような痕跡も破片も一切見つからなかった。

 

 その奥もとてつもなく深かった。いや深いというか、この洞穴は大山の内部を貫通していて、向こう側のエルダー領にまで届いていたのだ。

 

 この遺跡の存在を知ったウェイランド王国国王のユタニ・ウェイランドは、即座にこれを自国の領土拡大に利用すると声明した。

 そしてまだ充分な調査が進んでいない、この得体の知れない洞穴に、愚かにもウェイランドは大軍を送り込んだのだ。

 七千を超える大部隊がこの洞穴を潜り抜け、向こう側に存在する土地、エルダー王国に戦争を仕掛けた。そして見事に敗北し、現在のこの国の混乱の元を生み出してしまった。

 

 本題はこの遺跡の調査報告。実はこの洞窟の壁の一部には古い文字で、この遺跡の由来が書かれていた。その内容によれば、この遺跡は“異世界”の狩人が造ったというのだ。

 狩人たちがこの洞穴の中に、自分達と同じ異世界の魔物を放ち、それを自分達の狩りの標的として死闘を繰り広げた、という内容である。

 

 カツゴロウが口にした“異界の魔物”というのは、名前の通り異世界からきた怪物のことである。

 エルダー王国ではそれなりに知られた存在で、今はいないが過去には確かに存在していた者とされている。

 だがここウェイランドでは、名前すら全く知られていない存在であった。別の次元にある別の世界の存在すら、ウェイランドではただの御伽話の類に入れられている。

 

 ただ先程説明したエルダーとの戦争に、例の異世界の狩人が現れたという噂が流れていた。

 初戦に見たこともない魔法攻撃で竜騎兵団が壊滅した、多数のウェイランド兵が皮を剥がされて宙吊りにされていた等、多くの奇怪な報告が実際に本部に出されている。

 そのためか、最近になってそれを信じるものがウェイランド内にも現れてきている。

 

「さっきお前あの怪物を見たことがあると言ってたな?」

『はい。あの酸の血の竜を、アマミヤのご先祖様が戦っているのを、遠くから見学していました。いつごろからかはよく覚えていませんが、多分数百年は前の話かと』

「マジかよ。あの胡散臭い話は本当だったのか……」

 

 二人はある意味で驚愕した。ヤマト地方の領主=アマミヤ家では、酸の血を持つ異界の竜を倒したという話が残っている。その真偽を確かめる術は無かったが、今ここにその生き証人(生きてはいないが)が現れたのだ。

 

『次は僕から質問してもいいですか?』

「いいぞ」

『お二人はさっき、ヤマトの生まれだと言いましたよね? どうしてウェイランドにいるんです?』

 

 真っ当な質問だった。ヤマトのあるエルダー王国と、ここウェイランド王国は、国境を山脈で塞がれているため、ほとんど国交がない。そしてつい最近、両国は明確に敵対国になった。

 だがその中で、エルダー人がウェイランドの軍にいるのだ。確かに不思議な話だ。

 

「大した理由じゃない。あたしらは誰も知らないっていう、向こうの国を見たくて、あの山脈を超えたんだ。あの時は戦争が起こるなんて誰も思っていなかったからな。外国人が職に就くのに何の問題も起こらなかったぞ」

『超えたって……ジャイアントダックでですか?』

「いや足で行った」

 

 シバの返答に、カツゴロウは少し戸惑った。

 

『あの山は、人の足では絶対に通れないって聞きましたけど……』

「ううん。やばかったら引き返すつもりだったけど、意外と通れるもんだったぞ」

「でも俺は死にかけたんだけどな……半ば強引に連れられてあんな目に。すぐ引き返すと思ってたのに……」

 

 トサがシバに向けて、何やら責めるような目線で口を開く。

 カツゴロウは、あの魔物を撃退した二人の強さの理由が何となく判った。

 

「そんなことよりさ。カツゴロウはこれからどうするんだ?」

『え?』

 

 思いがけない問いに、カツゴロウは目を丸くする。

 

「ここから出られたら、あたしらは軍人辞めるつもりだ。ていうか逃げる。戦争のせいであたしらかなり立場が悪くなったし、そのうえ部隊壊滅・任務放棄であたしらだけ帰ってきたら、どんな処分が降りるか判んないからな。お前のほうは、脱出後どうするんだ」

『ええと、ヤマトに帰ります……』

「どうやって?」

『歩いて……』

 

 マテリアルゴーストという存在は、誰にもその姿が見えて、物に触れることができることから、死霊の中では最上級の部類に入れられる。ただし普通の霊と違って、宙に浮けない。

 世には“魂は千里を走る”という言葉がある。だがカツゴロウの場合は、移動の際は人間と同じように歩いて向かわなければならなくなる。

 

「じゃあ、俺たちと一緒に行きません?」

『え?』

「一人でこの山下りるのはつらいでしょう?俺たちも逃げるはヤマトしかないわけだし、ちょうどいいじゃん」

『あ、ありがとうございます』

 

 トサの言葉に、カツゴロウは感謝の意で深く頭を下げた。

 

「まあそれは全部、このダサい研究所から出れたらだな。とりあえず今は疲れをとっておこう。カツゴロウ、お前体力はまだあるか?」

『ええ充分です』

「じゃあこの部屋の周りを見回ってくれない? あの“非実体化”てやつで」

『了解です』

 

 カツゴロウの身体の透明度が上がり、意気揚々と金属の壁をすり抜けて消えていった。

 残った二人は体力温存の意味をとって、それ以上の会話を行わなかった。

 

 

 

 

 

 

「起きろーー!」

「ぶぼ!?」

 

 顔面に強烈な痛みを伴ってトサは目覚めた。視界には拳を握り締めて自分の前に立っているシバと、何やらオロオロしているカツゴロウの姿が映った。

 

「ああ、おはよう。シバに起こされるなんて何年ぶりだろうな」

「さあ、忘れたな。しかし寝起きの一声がそれとはな。殴られて怒らないのか?」

「ん? ああ、そういえばそうだな。お前もっとマシな起こし方にしろよ……」

 

 そんな呑気な会話を、カツゴロウがシバの腰を叩いて打ち切る。

 

『そんな話はいいです! 大変です! 何かすごいのがこの部屋に近づいてますよ!』

 

 焦りながらこの部屋から出ることを促すが、シバはカツゴロウの言動に変なものを感じ、首を捻る。

 

「“すごい”って何だ? あの長頭(ながあたま)の魔物じゃないの?」

『……そうだと思います。何か変わってますけど』

「変わってる?」

『はい、それが……』

 

 ズドォオオオオオオオオオオオン!

 

 カツゴロウが口を動かす最中、耳がいかれそうなほどの爆音と、眩しい赤い光が部屋中を駆け巡った。

 

「何だぁ!?」

 

 当然のごとくこれに驚いた三人は、その音源・光源に顔を向ける。

 見ると地上より数メートルの位置の、研究室の壁の一部が、激しい爆発により吹き飛んでいた。正確には壁ではなく、壁の沿った上がり階段の末にある、この研究室の別口の大扉が破壊されているのである。

 

 火を纏った大量の金属の欠片が、部屋中に雨霰と降り注ぐ。シバとトサはそれらが目に当たらないよう、手で顔を押さえながらその先を見詰めた。

 そこには入道雲のように黒い煙が立ち込めている。その扉があった場所に、大きな影が薄っすらと映った。

 やがて煙が晴れると、その実体がはっきりと三人の目に表れた。

 

「あれは……魔物か?」

「まあ、そうなんだろうけど……。新種かな?」

 

 シバ達が困惑している最中、それ(・・)は上階にある扉の穴から蛙のように飛び跳ねて、中央研究室の内部に舞い降りる。

 ドスン!という重量感あふれる足音が響いた。

 

 その生物は、この研究所に突如出没し、今までシバ達が戦ってきた奇怪な魔物達と酷似した姿をしていた。だがあらゆる面で、これまでの魔物とは異なる特徴があった。

 

 まず足。これまでの魔物は前足より後ろ足のほうが長く、身体をやや前屈みにした二足歩行をしていた。

 だがこの魔物は四足歩行だった。足は四本とも同じぐらいの長さで、蜥蜴や鰐に近い立ち方をしている。ただし通常の蜥蜴のように、腹部を地面に擦り付けておらず、哺乳類の四足動物のようにスクッと全身を地面から持ち上げていた。

 

 またこれまでの魔物は全身が濃い青色で統一されていたが、この個体は微妙に赤みがかかった体色をしている。

 後頭部はやや短めで、頭上を覆っているツルツルした皮が張った部分の真ん中に、突き刺すような鋭い角が一本生えていた。その角は鮫のヒレのように後ろに曲がっており、見ようによっては竜の角に似てなくもない。

 

 そして何より目を見張るのは身体の大きさ。四足歩行なので身長は比較できないが、体長は通常の魔物の倍近くはあるだろう。

 また通常の個体は、全身がスラリとした細身の体型をしていたが、ここにいる個体はややずんぐりした熊のような体躯をしていた。

 

「ピギャァアアアアアアアア!」

 

 魔物は通常体とさほど変わらない音質の鳴き声を、シバ達に向かって上げた。

 河馬のように大きく開け放たれた口の内部からは、きちんと第二の口が見える。ただその口は通常体の口と比べると、体格の対比的に見てもかなり大きく、しかも形も大分変わっていた。

 

 その口の中の口は、爬虫類の口のように横に大きく裂けており、第一の口と同じようにシバ達に向かって大口全開にしている。まるで魔物の腹の底から、鰐のような別の生き物が這い出てきているようだ。

 そしてその第二の口の奥からは、何故か赤い光が放射されており、回りの空気が蜃気楼のように少し歪んでいた。

 シバとトサはそこから今までの魔物からは感じられなかった力、“魔力”を感知した。

 

(やば!)

 

 シバは即座に足元にいたカツゴロウを掴み上げ、トサと一緒に右横に飛び跳ねて転がりこんだ。

 

 ズゴォオオオオオオオオオオオオッ!

 

 シバ達が動いた瞬間、魔物の口の奥、すなわち第二の口の中から、溢れんばかりの業火が嵐のように豪快に放たれた。

 広範囲に放たれた炎は、先程シバ達が立っていた場所を包み込み、さらに奥へと飛んで行く。

 

「アヂ! アヂ!」

 炎はギリギリでかわしたものの、二人は熱風に晒されただけで大きく怯む。シバが得意とする火の魔法とは、比べ物にならない熱量である。

 そんな中、不意に炎が飛んでいった先に目がいった。

 

「ぬぉおお!?」

 

 炎は向こうの壁に直撃し、すでに拡散して消えていた。

 後に残った壁は、何故かさっきとは色が変化していた。頑強で綺麗に光を反射していた金属の壁は、現在薄い煙を沸き昇らせながら、部分的に赤く発光している。シバは、それは壁が熱で融解しているのだと、すぐに理解した。

 

「逃げるぞ!」

 

 トサの口からそういう声が出始めた時には、既に三人は地上の入口の方へと身を翻していた。鼠のように素早く逃げ走り、開けられていた巨大な扉の向こうへと飛び出していく。

 炎の魔物もそれを追っていった。大柄な図体の割にとても軽やかな動きで、外の廊下へと顔を出した。そして大口を開けて、再びあの業火を吐き出した。

 

 廊下の奥でこちらから背を向けて走っている三人に、再び発生した炎の嵐が襲い掛かっていく。だが突然、曲がり角のない直線状の廊下を走っていた三人が、右横へ方向転換し、そして消えた。

 

 そこには曲がり角も、別部屋の扉もなかった。ただそこの壁石が盛大に破壊されおり、大きな穴が堂々と出来上がっていた。

 先刻、ガーゴイルにぶち抜かれた跡である。三人はそこを通り抜けたのであった。

 

(飯屋?)

 

 壁の向こうは食堂室であった。木造の椅子やテーブルと共に、何人もの所員達の亡骸が倒れ、血が滴っている。もうこの部屋で、食事を取る気になれる人間はいないだろう。

 出入り口の扉には、大量の椅子や重い小麦粉の袋などが積み重ねられており、外側から誰も入れないよう、ガッチリと塞がれていた。

 また天井の一点には、上階から破られたと思われる、丁度あの魔物が通り抜け出来そうな大きさの穴が存在していた。真下には石の欠片がいくつも積み重なっている。

 

 おそらくここに倒れている所員達は、ドアを塞いでこの部屋に立て篭もっていたようだ。

 確かに特殊金属で出来た扉を破壊するのは、さすがに魔物でも容易ではないだろう。だが予想外にも上から侵入されて、この有様ということか……。

 

 そんな部屋の様相を全て理解する前に、たった今シバ達が通ってきた穴の方から、暑苦しい炎の光が放てられた。

 幸い川の支流のように、炎がこの部屋に侵入してくることはなかった。三人は慌てて部屋の脱出口を探す。

 

 それはすぐに見つかった。調理場のある場所のすぐ近くの壁に、今シバが通ってきた物と同じぐらいの大きな穴が出来上がっていた。

 何らかの強い力で砕かれた跡のようで、粉々になった壁石が食堂室側に飛び散っている。そこからもう一つの穴のほうまでに、大きな足跡と思われる陥没部分が床石に出来ていた。

 言わずもがな、ガーゴイルがこの部屋を通過した跡である。

 

 三人は迷わずその穴を潜り抜ける。穴の向こうには、上の階へと続く折り返し階段があった。

 

「昇るぞ!」

『はい!』

 

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