『もしもし、私の声が聞こえますか? 私、今ゴミ捨て場にいるの』
その電話がかかってきたのは、高校を終えて帰宅した夕方五時頃だった。
その台詞には聞き覚えがあった――確か『メリーさんの電話』とかいう都市伝説の台詞の一つだったはずだ。この前会長が帰り道で熱く語っていたのを覚えている。……まぁ割とどうでもよかったから、八割がた聞き流してたんだけど。
とはいえその台詞だけははっきりと覚えていたから、これが巷で噂のいたずら電話と呼ばれるものなんだなぁ、ということは頭の中ではすぐに理解できた。……できたのだけど、生憎いたずら電話に遭遇するのは人生で初めてのことだったので、思わず固まってしまった。
どうすればいいのかわからずしばらく沈黙していると、電話の向こうの少女(声的に恐らくそう)はおーい、と僕を呼ぶ。
『聞こえてないの? ねぇお願い、聞こえてるなら返事してよー』
「え、あ、ごめん。聞こえてます」
言った直後にしまった、と思う。
この手の電話は無視するのが一番だってよくわかっていたはずなのになぁ……。急にとても悲しそうな声で言ってくるから、つい返事をしてしまった。
後悔してももう遅い。自分の声が僕に聞こえてることを知った少女は嬉しそうに、
『え、ほんとー!? やったー、第一関門クリア! また電話するね!』
と言ってから電話を切った。
「……何だったんだ」
まぁいたずら電話と何十分、何時間と話を続けられる自信はなかったから、さっさと向こうから切ってくれたのはありがたいのだけども……。はぁ、とため息を吐き、もう電話かけてこなくていいよと思いながら受話器を置く――と、置いたところで、僕の中に一つの疑問が生じた。
第一関門ってなんだ?
いやまぁ、会話の流れから察するに、恐らくその第一関門とは『彼女の声が聞こえるか否か』なんだろうけど……それは果たして関門なのか? 確かに世の中には耳が聞こえない人もいるけれど、聞こえる人の方が圧倒的に多いはずだ。どちらかというと、声が聞こえない人を探すことの方が難しいというか――そう、それこそ関門になる気がする。
それにだ。そもそも『メリーさんの電話』にそんな台詞あったっけ? メリーさんは自分の居場所を告げはするけれど、関門が云々とかいう台詞はなかった気がする。いたずら電話をかけるにあたって、変にオリジナリティを出した結果なのだろうか?
うーん、わからない。
(……と、いうか)
なんで僕、こんな真面目に彼女の言葉の意味を考えてるんだ?
いたずら電話だぞ。しっかりとした理由なんてあるわけないじゃないか。仮に理由があったとしても、ちょっと不思議系の小学四年生くらいの女の子が急に『メリーさん』で人を怖がらせてみたくなったとか、そういうふわふわとした可愛らしい理由に決まっている。
――そう考えると、今までの疑問が一気に解消された。
女の子が電話の前で「怖がってくれたかな!?」とドキドキしている姿を想像すると、なんだか微笑ましい気持ちになれた。子犬を可愛がっている時と同レベルの癒し効果を感じる。
よし、僕の心を癒してくれたお礼だ。こうなったら彼女にとことん付き合ってやろう。次に電話がかかってきたら、少女の欲求を満たしてあげられるように全力で怖がっているふりをしてあげよう。そう決意した瞬間、再び電話がかかってきた。迷うことなく受話器を取る。
「も、もしもしぃ!?」
語尾を裏返らせたりして精一杯怖がってる感を演出する。我ながら大根だなぁと思った。
『もしもっしー! 私、今スーパーの前にいるの!』
そんな僕の演技に違和感を感じるような素振りもなく、少女は自分の現在の居場所を告げて電話を切る。どうやら演技だとは見抜かれなかったらしい。流石に僕にも小学四年生(仮定)を欺く程度の演技力はあったようだ。よかったよかった。少女の夢を壊さずに済んだ。
……しかし、それにしてもかなり本格的だ。ゴミ捨て場からスーパーと、確実に僕の住んでいるこのマンションに近づいてきている。もしかしたらこの子には人を怖がらせる才能があるのかもしれない。やるな小四ロリ(仮定)――おっと、また電話がかかってきた。
『もっしもしー! 私、今マンションの近くのコンビニの前にいるの!』
マンションの近くのコンビニというと……あぁ、この部屋の窓からも見えるあのコンビニか。小腹が空いた時におやつとか買いに行けるから、なかなか便利なんだよなぁ。会長があそこでバイトしてるから、たまに会長のコンビニ制服姿見られるし――いや、これがコンビニに行く最大の理由とかじゃないからね? ホントダヨ。
……それにしても、本当に本格的だ。
ゴミ捨て場からスーパー、そしてコンビニ。偶然にしては出来すぎなくらい、見事にこのマンションに近づいてきている……あれ、偶然、だよね?
このマンションに、本当に近づいてきてるとか、ないよね?
最悪の可能性が脳裏を過ぎったところで――それを見計らったかのようなタイミングで。
また、電話がかかってきた。
「……あは、ま、まさか……」
急に寒気がしてきた。受話器を取る腕は震えている。
それでも何とか、受話器を持って、耳元に運ぶ。電話の向こうの少女は、可愛らしい声で、コツコツと足音を響かせながら、こう言った。
『もっしもっしー! 今、あなたの住んでいるマンションの階段を登ってるのー!』
電話が切れるのを待つことなく玄関に向かい、鍵を閉まっているのを確認してから全力で自室へ走る。その際、リビングに置いてあった携帯を回収するのを忘れない。自室に飛び込み、鍵をかけて、ベッドを背に座り込んだ。震える手でなんとか携帯を操作し、会長――宇佐見 菫子に電話をかける。オカルトマニアの彼女なら、この状況をなんとかしてくれると思ったからだ。
……けれど、現実はそう上手くはいかないらしい。
『ただいま電話に出ることができません。ピー、という発信音の後に――』
「……ッ! くそっ」
何度かけても、電話は繋がらない。
助けてくれ、とメールを送ろうとしても、なぜか送信に失敗してしまう。
泣きそうになりながら、それでも折れずに電話をかけ続けていると、部屋の外で電話機が鳴り始めた。間違いなく『メリーさん』からの電話だ。きっと『メリーさん』は今、この部屋の外にいるのだろう。
「くそっ、誰か、助けてくれっ! 誰か……!」
祈るような叫びは、電話機の着信音にかき消される。
いつもは何とも思っていなかったその音を、この時だけは、僕は爆発音か何かのように感じていた。その爆音は、轟音は、僕の叫びをかき消して、僕の思考を埋め尽くし、このマンションを覆いつくしてから、日本列島を沈めて、世界をも飲み込み始め、そして――――。
「――あ、れ?」
気付けば、その音は止まっていた。
永遠に続くのでは、と錯覚を起こすほどに長く続いた轟音は、もう鳴ってはいなかった。
ふらふらと立ち上がって辺りを見渡してみるが、特に異変は感じられない。いつも通りの自分の部屋だ。本棚には買った本が綺麗に並べられていて、壁にかけられた時計はこちこちと時を刻んでいる。現在時刻は五時十三分。『メリーさん』から初めて電話がかかってきてから、そんなに時間は経っていないようだった。
「……助かった?」
そう呟いた直後、電話がかかってきた。かかってきたのは電話機ではなく、携帯だった。
……だからなんだろう、僕が安心してしまったのは。
何となく『メリーさん』がかけてくるのは電話機だけだと、思い込んでしまっていた――そんなこと彼女は一言も言っていなかったのに。
『もしもし。私、こいし。今、あなたの後ろにいるの」
その声は携帯のスピーカーからだけではなく、背後からも聞こえていた。
それを理解した瞬間、何かの気配を、視線を感じて。僕は頭で何かを考える前に、“無意識”の内に、振り向いていた――そして、僕が彼女を視界に捉えた瞬間。
僕が、
彼女は――こいしと名乗る少女は可愛らしい笑顔を浮かべながら、言った。
「……えへへ、第二関門、もとい、最終関門もクリアー。じゃあ、これからよろしくね」
まだ最終話のことしか考えてない上に、書き貯めがないので実質見切り発射のようなものですが、完結できるように頑張ります。