緋弾のアリア 瑠色のテノヒラ   作:龍竜甲

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第1話

―――――――誰かが言った。

映画は銃と、女で作る、と。

だが、俺がこれから経験する話は全て現実。

 

親父は女に誘われ、暗殺者の道に堕ちた。

 

俺が俺を主人公とする映画を撮るなら、銃だけでいい。

 

その銃も、本当なら少しだけでいいんだ。

 

だが俺、(マコト)・ギブソンは、この学校にいる。

 

銃と弾薬が蔓延る、魔の学校。

 

―――――東京武偵高に。

 

 

@第一章 

 

透き通るような快晴。

強く香る潮風の匂い。

・・・また窓を開けたまま寝てしまったらしい。

もそもそとベッドの中で身じろぎしつつ、完全に眠りから覚醒する。

携帯の時計を見ると、七時前。

良かった。始業式そうそう遅刻は無さそうだ。

ベッドから起きると開いていた窓を閉める。

「・・・・・ずいぶんと綺麗に晴れてるな」

ひとりごちるとダイニングの冷蔵庫から牛乳を取り出し、深皿に出したシリアルにかけて食べる。

パリパリと食べ進める傍ら、携帯から学内掲示板に接続し今日の情報を確認する。

 

―――――始業式、A.M.8:30より講堂にて執り行う

 

今日は新学期初日。俺は今日から武偵高の二年生となる。

始業式の日程のほかに、細々した伝達事項や、購買情報を確認しているうちに朝食を終え―――――

「ええと・・・銃は銃は、と」

なんて呟きつつ、殺風景な部屋をひっくり返すようにして探す。

見つけたモノを持って、その重さを感じながらウンザリする。

マッドブラックで硬質ポリマーフレームのストライカー式の自動拳銃(・ ・)

グロック17。

オーストリアのグロック社が初めて設計した、オーストリア軍正式採用拳銃。

特徴は、フレームが樹脂でできているが故の軽さと、取り回しの良さ。

それをショルダーホルスターに収めながら、武偵高の校則を思い出す。

 

武偵高生徒は、常時銃器と刀剣類の形態を義務付ける

 

・・・・まぁ、武偵という仕事からしたら当たり前の備えだが、ちょっと殺伐としすぎなんだよな。

クローゼットから防弾制服とシャツを取り出し着替えると、銃を収めたホルスターを装着する。

ナイフは・・・・エッジブロークンを持つアーミーナイフを、革のケースごとスラックスのベルトに留める。

よし、準備はできた。

さぁ、今日は何をしようか。

 

学校に着くと始業式が始まり、ホームルームのある教室がでは妙な雰囲気が漂っていた。

「おい真、聞いたかよ。爆破事件だって爆破事件!」

そう言って携帯片手に詰め寄ってくる男子生徒は、河野中(コウノアタル)

俺と同じ強襲科の二年生で、掲示板のクラス票でも同じC組に振り分けられていた、一年から付き合いのある奴だ。

「新学期そうそうか?」

アタルの持っている携帯に目をやると・・・・・ホントだ。どうやら周知メールに気づかなかったらしい。

「被害者は二年の遠山金次。元Sランクに喧嘩吹っ掛ける犯罪者がいるとはな・・・・武偵殺しってやつか」

「あれはもう逮捕されたんだろ。模造犯か何かだろ」

「でもよ―真、遠山だってそこそこ名の知れた武偵だぜ? 偶然ならともかく、ねらって攻撃しかけるような奴がいると思うか?」

「いるから武偵殺しで何人か被害が出たんだろ。だが、武偵殺しは逮捕済みだ。もういない」

「でもよー」

どうやらアタルは始業式早々のこの事件を面白くしたいらしい。・・・・というよりはコイツ、遠山のファンだったな。

ぺちゃくちゃ喋るアタルを放って席に着くと、

「ぎぶそそそそん!さんんんっち! こっ、こんちわ!」

「・・・・・・・・・」

忙しなく手や頭をぶんぶん振る女子にあいさつされる。

「おう、中空知も同じクラスか。どうも顔見知りが多い気がするなこのクラス」

「そ、そうですね・・・。だ、だんだんだん男子はああ、たらしい人が多いっ!ようで―――いいことですっ!!」

「・・・・・・・」

携帯電話を投げ渡す。

「おはようございますギブソンくん。今年度も同じクラスとして、よろしくお願いします」

「ああ、よろしくな。携帯返せ」

この女、中空知は通信機器があれば流暢にしゃべるが、無いと点でダメというみょうちきりんな特徴を持つ。

身長は割と高く、160センチ以上と女子では高身長だ。ちなみに前髪も異常に長い。

武偵高の指定制服であるセーラー服のなかで窮屈そうにその存在感を示す胸も・・・結構、いやかなりある。

携帯を返したくないのか、頭をぶんぶん振る動きで、その塊も右へ左へと重たそうに暴れまわる。す、すげぇ!

嫌がる女子から物は取れないのでとりあえずそのまま放置だ。

「そういえばギブソンくん、周知メールは確認しましたか?」

「爆破事件か。遠山が被害者なんだってな」

「ええ、彼が事件に巻き込まれるなんて珍しいことですね。進んで事件などの荒事には関わろうとして無いようでしたので驚きです」

「まーでも強襲科だったころは指名で任務も受けてたし、今朝のも自力で切り抜けたんだろ?」

「いえ、自力で、というと語弊があるようです。遠山君を救出した生徒がいるようで、現在情報科ではその生徒とについて調査中とのことです」

「仕事はえーな情報科」

先生がはいってきてホームルームが始まる。

 

・・・ここは東京武偵高。

武偵高とは、増加する凶悪犯罪に対応するべく設立された新国際資格、武装探偵―――略して武偵を育成する教育機関で、ここに入学すると自動的に学生武偵という身分が与えられる。

武偵の仕事は大雑把に言ってしまえば警察と大差ないが、大きく違う点として、金で雇えるという点がある。

はっきり言って、武偵とは警察より、なんでも屋に近い職種なのだ。

逮捕権を有し、事件現場に居合わせればそのまま解決してもいいが、その分犯罪にかかわった際の責任が重くなる。

武偵三倍刑という言葉が表す通り、武偵には通常の刑の三倍が実行され、殺人などを起こそうものならそのまま死刑に直結する。実際、武偵法の9条では殺人を禁止しているし、たとえ正当防衛でも死刑は免れない。

武装する、というのはそれほど責任が付きまとうものなのだ。

 

加えて武偵には専門が存在し、武偵高では各人の希望で学科に分かれ、現場で使える武偵を目指すのだ。

 

まず、武偵高において最も大人しい学科、探偵科(インケスタ)

ここはもろもろの捜査術や、尾行術。世間一般でいう探偵になるための勉強をする学科だ。

次に、鑑識科(レピア)

現場検証や、証拠品の科学調査が主だった活動だ。警視庁の科警研にも協力する優秀な生徒が多いと聞く。

情報科(インフォルマ)

情報処理に長け、鑑識科と協力して証拠品の管理や、任務についての情報をまとめる学科だ。

通信科(コネクト)

任務中に活動する武偵をサポートする学科で、中空知が在籍する学科だ。特殊な手法で捜査を行う生徒もいるらしいが、俺はよく知らない。

装備科(アムド)

武偵の活動に必要な装備品の調達が主な活動で、物資の調達能力や、銃や刀剣の改造能力が求められる。

車輌科(ロジ)

任務に出る武偵の輸送や装備の輸送を担当する、乗り物の操縦に長けた武偵を育成する学科だ。

 

他にも諜報科(レザド)尋問科(ダキュラ)衛生科(メディカ)救護科(アンビュラス)と言った学科が存在するが、上にあげた学科に比べて生徒数も少ないため割愛する。

ただ、一つ。

武偵高を語るにおいて欠かせない学科が一つある。

悪名高き強襲科(アサルト)だ。

この学科では、実戦を想定した戦闘訓練を行い、卒業時の生存確率をこの学科だけで2パーセントも下げるというトチ狂った学科だ。

というより、生きてこの学校を卒業できない生徒がいるって時点でおかしいと思う。

 

・・・・どこかのクラスから聞こえてきた銃声で我に返ると同時にホームルームが終わった。

 

 

「・・・・・・金がない」

昼休み。学食の券売機のまえで俺は途方にくれていた。

財布の中身は小銭がいくつか転がっているだけで、とても昼飯が食えるような財政状況にはなかった。

誰かから借りるにしても、シビアな世界に生きている武偵間の取引ではきちんと利子の設定もしろというのが教務科(マスターズ)からのお達しだ。

むやみに吹っ掛ける奴とかに借りたらさらに苦しくなる可能性もある。昼飯は我慢だな。

食堂での昼食をあきらめ、購買部の消費期限ぎりぎりのレーションでも狙おうかと思ったが、なんの巡りあわせかレーション類も全部売り切れ。ふざけんな。

空腹に喘ぎつつ、腹をさすりながらC組に戻ると――――――

「・・・・・・・」

自分の席で黙々とカロリーメイトを咀嚼する、女子生徒が目についた。

・・・・こんな奴、クラスにいたのか。

いや、確かかなり目立つ生徒だったはずだ。

瑠璃色の髪に琥珀のような鳶色の瞳。

授業中にもヘッドホンを掛けていることで有名なSランク武偵。

「・・・・・・・レキ」

「はい」

思わずつぶやいた名前に返答してくるレキ。

確か・・・・苗字は不詳。

そうだ、思い出したぞ。

入学時にSランクを取った新入生の一人。

強襲科と同じ、攻撃的な学科である狙撃科(スナイプ)に所属する狙撃の麒麟児だ。

「なにか御用ですか」

「いや、あー・・・・」

初対面なのにじっと見つめてくるレキのこの迫力。

不自然なまでに整った顔立ちの瞳が、俺を見据える。

その時――――――

 

ぐぅぅぅぅぅ

 

お、俺の、腹がなった・・・・!

「空腹なのですか」

「じ、実は金がなくて、レーションも売り切れでな・・・・」

恥ずかしかったのでその場を立ち去ろうと踵を返し、もう一度財布の中身を確認していると、

 

「――――良ければどうぞ」

 

小銭を数えていた俺の掌に、カロリーメイトが降ってきた。

・・・・投げたのか?肩ごしなのに、手の上に。

レキを見ると、すでに虚空を見つめて食事に戻っている。

驚いたな、さすがはSランク武偵か。

「・・・・ありがとう。感謝するぜ」

さて、いただいたこのカロリーメイト。

自分の席に戻って箱を開けるんだが・・・・贅沢を言えば飲み物がほしいな。チーズ味だし。

席を立ち、自販機でパックのコーヒー牛乳を買って教室へ戻る。

戻る最中に一口飲むと・・・うん、うまい。いい甘さだ。

上々な気分で廊下の角に差し掛かったところで・・・・きゅっ・・・

「おっと・・・」

角の向こうに人の気配があったので外回りに大きく曲がると―――――

「――――ャッ」

どうやら向こうも俺と同じように外回りに回ったらしく、ぶつかってしまった。

その時、握っていたコーヒー牛乳のパックを握り潰したせいで、

「あわわわ・・・こ、コーヒィ! み、ミミミルクがぁ甘いかおぃ・・・」

どたっとこけた相手――――中空知の制服に飛んでしまう。

ていうか中空知。足を広げて尻餅つくのやめろ。

「大丈夫か中空知。悪いもっと注意してれば――――――」

そこで、気が付いた。

知っての通り、中空知は胸が大きい。

そんな中空知の胸元にコーヒー牛乳をかけてしまえば・・・・・その、大変なことになるわけで・・・・。

 

キュゥン

 

視野が狭窄し、心拍数が上昇する。

時間の流れが遅く感じ、俺の目線が、中空知の胸元をねっとりと捕らえてしまう。

コーヒー牛乳の茶色に染まってしまったセーラー服が肌に張り付き、中空知の深い胸元を露わにしてしまっている。

下着のラインすらも浮き出てきて――――去年から噂になっていた中空知木綿下着説の確認を取ってしまう。

こ、こんな大人っぽいカラダしておいて下着はガキっぽい木綿とか・・・なんか逆にそそられるものがあるぞ畜生!

ああ、だめだ。

脳内でアドレナリンが溢れ出しているのを感覚で感じる。

緊張していた全身が一気にほぐれていき、一時的ではあるが、身体能力が上昇していく。

だめだ。この感覚は。

この感覚は俺の爺さんの代で発現した、暗殺者の能力。

不殺を義務付けられた武偵にとって、あってはならない掟破りの能力。

父さんが殺しの道に堕ちた、忌むべき能力――――――!

 

瞬間、俺は動き出した。

倒れていた中空知を立ち上がらせ、その胸元にハンカチを被せる。

じんわりとコーヒーが染みたハンカチの上からグロックの把握でトントンと叩き、不十分ながら染み抜きをする。

これ以上は無意味と悟ると、着ていたブレザーを脱ぎ、中空知の肩に羽織らせた。

 

この間、実に二秒ジャスト。

気が付けば俺はするべきことを把握し、目にもとまらぬ速さで実行していた。

「あわ・・・・・わわ?」

わたわたしていた中空知も、いつの間にか自分が立っていたことや、自分が俺の制服を着ていることに目を白黒させている。

緊張が解け、アドレナリンの分泌が静まった俺は、その中空知を・・・・ちょ、直視できない。

「あー、その、悪かった。その制服貸すから・・・着替えたら返してくれ」

頬をポリポリ搔きつつ言う俺に、呆気にとられているのか中空知は、

「・・・・・は、はひっ! りょ、りょうかいであるるるるます! 明日っ! 綺麗にしてっ! 返しますっ!! はひぃ!」

真っ赤にした顔を伏せながら――――――だだだだだだっ!!

普段の鈍さを感じさせない素早さで、エックス脚のまま走り去っていく。

しかし、しばらく走ったところで―――――ドタッ

あ、こけた。

そんな姿にいつもの中空知だなぁと思いつつ、

「・・・・・いや、できればすぐに返してほしいんだが・・・」

その場には、やっちまったなぁと頭を抱える、俺、真・ギブソンが残された。

 

夕方、男子寮に戻ると、玄関のドアから妙に焦げ臭いにおいがしていることに気が付いた。

・・・・あいつめ。帰ってきて早速ポカやらかしたな?

玄関を開け、土間に彼女の靴があることを確認すると俺も靴を脱ぎ、廊下を歩く。

リビング側からダイニングに顔を出すと、そこにはちっこい女の子が一人。

「えほ、お、お帰りなさいお兄さん。ち、違うんですよ?これは失敗などではなく―――――」

「いや、失敗だろ」

「カレーライスを作ろうとして―――――」

「ルゥ投入する前に材料煮込む段階で焦がしてるのかよ」

「ご、ごめんなさぃぃぃ・・・」

煙を吹く鍋の前でえぐえぐと涙ぐむこのちびっ子。

名前は三枝夕陽(サエグサユウヒ)

多分帰ってきてカレーを作ろうと発起したものの、灰汁取りする前にソファーで寝てしまったんだろう。

何を隠そう夕陽は10歳の小学生だ。お昼寝も必要になるさ。

泣きじゃくる夕陽から男物のエプロンを回収し、腰のアーミーナイフで鍋の焦げ付きを削る。

「・・・・・夕陽。トマトソースとひき肉を冷蔵庫から出してくれ」

「・・・なにを作るつもりなのですか?」

自分のハンカチに涙を吸わせつつの夕陽が、見上げて聞いてくる。

「スパゲッティだよ。どうせしばらくここにいるんだろ?」

そういうと夕陽は――――――こくり。

そしてたったったと冷蔵庫に向かって駆けていく。

さてと、あらかた焦げ付きは取ったし、換気扇も回す必要がありそうだ。

換気扇のスイッチを入れると、加えてベランダの窓も開けておく。

潮風を浴びながらこの学園島から望める海の風景――――レインボーブリッジや空き地島だ――――なんかを見ていると、不意にシャツが引かれる。

「そういえばお兄さんと初めて会ったの、去年の今日でしたね」

「よく覚えてるな。普通いつ会ったとか覚えんだろ」

「そこは・・・お兄さんはズボラなので」

そう言って夕陽は俺の手を、頭にのせる。

・・・・撫でろ、ということらしい。

「料理、夕陽にも手伝ってもらうからな」

そう言いながら寝癖のついた癖っ毛っぽい髪をなでる。

夕陽はむみゅーと満足そうだ。

・・・・三枝夕陽、10歳。

俺の――――監視者だ。

理由を説明するには、俺の家、ギブソン家の説明から始めないといけないので省くが、

「―――――お兄さん、仕事です」

こうしてたまに、仕事を持ってくる。

「またか、武偵としての仕事だろうな」

たまに中東の戦場を走らせるようなハナシを持ってくるので警戒していうと、

「安心してください。教務科からの指名任務です」

「指名か・・・Bランク武偵にも来るなんてな」

「内容を説明する前に・・・先日あった強盗団の輸送車襲撃事件、覚えてますか」

「ああ、たしかレインボーブリッジで解決した事件だろ? 神崎が出たんだってな」

神崎・H・アリア――――強襲科、Sランク武偵。

ロンドンで双剣双銃(カドラ)のアリアという二つ名を獲得した、凄腕武偵だ。

「で、その事件がどうしたんだ」

「実のところ、逃走を許した犯罪者が一人います。レインボーブリッジから海に飛び込んだようですが、葛西臨海公園で破損した手錠を発見したそうです。その後渋谷駅の監視カメラで似た風貌の男が確認されました」

「街中を歩いてるっていうのか。人を隠すなら人のなかってか?」

「どうでしょうね、もしかしたらアジトか何かに関連しているかもしれません。ただ、問題は―――――」

「――――――島の外、ってことだな」

学園島は、レインボーブリッジ横に建設された南北2キロ、東西500メートルの人工島の通称だ。

レインボーブリッジを挟むように建設されていて、南側―――――太平洋に面している側に武偵高はある。

東京湾側は風力発電のために風車が設置されていて、その殺風景さから空き地島と呼ばれている。

どうして島の外が問題にされるのか?

それは武偵という職種に対する世間の目が関係している。

日本は―――犯罪が増加したとはいえ―――まだ平和な国のうちに入る。

そんな国の街中で発砲事件なんか起こしたら、騒ぎになるのは当たり前だし、けが人など出そうものなら真っ先に矢面に立たされるのは――――武偵だ。

 

去年の12月、太平洋で船舶事故が発生した。

一隻の豪華客船が沈没したのだ。

沈んだ船の名は、アンベリール号。

のちに浦賀沖海難事故と呼ばれるようになるこの事故では一人の武偵が行方不明となり、そのまま捜索も打ち切られ死亡扱いとなった。

死亡した武偵の名前は――――遠山金一。

同じ2年のA組所属、遠山金次の兄だった武偵だ。

当時、乗客たちからの訴訟を恐れたクルージング会社は、乗客の一部を焚き付けその遠山武偵を激しく非難し、事故の責任は乗り合わせていながら事件を無難に防げなかった無能な武偵にあるとコメントした。

テレビを始めとしたさまざまなメディアで遠山武偵の責任が取り上げられて、一時期は武偵という職の立場そのものが危うくなった。

 

こういう事件もあり、世間は武偵の活動に敏感になる傾向がある。

学園島より外は、一般人のいる場所で、俺たち武偵とは別の世界なのだ。

「今回の仕事はその犯罪者の逮捕と、存在するなら残党もあわせて逮捕しろとのことです」

「一人でやれっていうのか?」

「指名した生徒は他にもいるようです。読み上げますか?」

「頼む」

「C組、狙撃科レキ。同じくC組、通信科中空知美咲。中空知さんはオペレーターとして付くそうです」

レキに中空知か・・・・Sランク武偵の狙撃手にBランクの通信手(オペレーター)

多分ランクうんぬんより、クラスによる編成だろうな。

噂程度だが、レキも相当にコミュニケーションが苦手だと聞くし、中空知も通信機なしではポンコツだ。

かくいう俺も・・・人が得意ではない。

なんだこの任務。親睦会じゃねーんだぞ・・・。

「――――――加えて、私も前衛(フロント)としてチームに加わります」

「・・・・・・はっ?」

何言ってんだこの女児は?

「フロントって・・・・お前、戦闘訓練は?」

向こう(・ ・ ・)で3年ほど」

「7歳の頃からやってんのかテメェ・・・」

いい加減コイツの正体もうさん臭くなってきたが・・・。

「まぁ、良いだろう。だけど後衛(バックヤード)だ。突撃役(ポイントマン)は俺がやる」

「わかりました。私は外注ということで登録しておきます」

夕陽はポケットから真新しいスマートフォンを取り出して、なにやら操作し始める。

覗き見れば、教務科にメールを送っているようだった。

メールを送信した夕陽はスマホの画面をオフにし、

「―――ではお兄さん、スパゲティを作りましょう!」

先ほどまでの真顔を一変させ、晴れやかな笑みを向けてくるのであった。

 

スパゲッティを作る前にトマトソースがないことに気づいた俺は、寮一階に併設してあるコンビニへ買いに行くことにした。

その帰り、

「乗るわ」

上へ行くエレベーターに乗ったとき、駆け込んでくる人物が現れたのだ。

服装は――――セーラー服。女子か?

エレベーター内に入ってきた時、ピンク色の長い糸のようなものが目の前に踊る。

髪だ。

長い、長いツインテールが目の前を横切ったのだ。

「開けておいてくれてありがと。Thanks(感謝するわ)

軽く上がった息を整えるように胸に手を当てるその女子は・・・・。

「か、神崎・H・アリア・・・・!」

「・・・何よ?」

見れば神崎は、チェック柄でピンク色のキャリーケースを引いている。

大きさからして旅行用のものと見えるが、男子寮になんの用だ・・・?

「さっきから何よじっと見て。失礼よ」

「悪い。珍しいからつい、な」

視線を外して、関わるまいとしたのだが、

「なによ珍しいって。私は動物園のライオン扱い?」

神崎は、どうも俺の対応が気に入らなかったらしく、逆に突っかかってきた。

「なに急にキレてんだよ。ここは男子寮だぞ。女子は珍しいだろ」

「・・・・ふぅん」

一見は納得したように見えるが、当の神崎は、

「・・・・・・・・」

ぺしぺしぺしぺし

つま先で床をたたいてエレベーターを揺らしている。

・・・そういえば神崎は去年の三学期に転校してきて、校内でも浮いた存在だったな。

ピンク色のツインテールと目立つ髪型だし、Sランクの鬼武偵だしで、珍獣扱いがいい加減頭にきてるのかもな。

「・・・・・・あんた、強襲科にいたわよね。ランクは?」

「・・・・Bランクだ」

いきなり聞いてきたので警戒しつつ答える。

「三学期末の模擬戦闘でAの廿楽に勝ってたわよね? ランク上がらなかったの?」

「・・・・・俺の名前を知ってるのか」

「強襲科の二年なら全員の顔と名前を言えるわ。真・ギブソン。書類上では日米のハーフだけれど、実際は疑わしく思ってる人が大勢いる。ダメじゃない。身辺情報偽装するならちゃんとしなさい」

「うるさい。それに俺は間違いなくハーフだ。親父はアメリカ人。母親が日本人の、な」

「ふーん」

・・・聞かれてばかりでもあれなので、こっちからも探りを入れてみるか・・・。

「男子寮に何の用だよ」

「あんたには関係ないわ」

バッサリ。

それっきり神崎は口を開かず、表示を見ると、どうやら俺の部屋より一階上に用があるようだ。

神崎を残してエレベーターを降りるんだが、あの顔。

俺を値踏みするかのような気持ちの悪い眼。

イヤな予感がするぜ・・・。

 

部屋に戻った俺は、玉ねぎのせいで涙が止まらないとぐずる夕陽を宥めて―――――手早くスパゲッティを仕上げる。

ゆでたパスタに、ひき肉、玉ねぎを加えて煮詰めたトマトソースを絡めたソレを皿に盛りつけ、テーブルに運ぶ。やっと夕食だ。

まだ日が落ちてから浅いが、さっき上の部屋からは騒がしい騒音が聞こえたしさっさと食っちまおう。

席に着き携帯を取り出すと――――メールが一通。中空知からだ。

内容はさっきの任務についてで、未熟者ですがよろしくお願いしますという文章がめちゃくちゃ堅苦しく綴られていた。メールでもあのアナウンサー口調なのかアイツ。

「中空知さんからですか」

「・・・・・なんでわかった」

「お兄さんが堅苦しいそうな顔をしていたので、そうじゃないかなと」

「面識ないだろ」

「事前情報として書類には目を通しました。変わった女性ですね」

「一応会うときは初対面の振りしろよ。疑われ始めたら速攻で情報科に調べ上げあげられる」

フォーク片手にくるくるし始める。

ひき肉から漏れる肉汁とトマトソースの混ざり合うおいしさを感じながら食べていると・・・じー・・・。

「・・・・どうした夕陽?」

「お兄さんのほうがひき肉が多い気がします」

そういうと夕陽は、スプーンとフォークを使って、ごっそり。

パスタ麺の上に載ったソースの部分を一気に持って行ってしまう。

「おま、夕陽! なにすんだ!」

「お兄さんが平等に注ぎ分けないからいけないのです。はむ」

うっ。

昼飯がカロリーメイトだったので俺の分を少しだけ多くしてたの、バレてたのか。

いや、夕陽が持って行ったのはソースの部分。細かく言えばひき肉が集まった部分を持って行ったのでほとんど麺は減っていない。

・・・単に肉が食いたいのか。

俺は嫌がらせに冷蔵庫に向かい―――――夕陽の嫌いな乳製品、粉チーズをぶっかけてやる。

「ああっ!なんてことするんですか! 子どもですか!」

「お前の好き嫌い、直してやるよ―――――強制的に」

「・・・良いでしょう。10歳だからと言って舐めないでくださいね?」

「かかってこいガキンチョ。ちょっと揉んでやるよ」

立ち上がった俺たちは互いの獲物を構えあう。

弾痕を開けたくはないのでナイフを構えると、夕陽もダガ―ナイフを指の間に挟んで構えた。

「「あああああああああっ!!」」

相手の顔面めがけてナイフを突き出す俺たち。

本気で当てるつもりで放つ、本気の突き。

相手に当たる直前、俺たちの手から武器が滑り落ち、空いた手がそのまま拳へと変貌する。

そのまま―――――ゴッ

俺の拳は夕陽の頬を捕らえられず空を切り、夕陽は―――――脚で、俺の股間を蹴り上げていた。

「けっ、甘いんですよ、お兄さんは」

・・・・いや、10歳相手に本気で殴り掛かる程度には俺も容赦ないわけで・・・・。

夕陽の勝ち誇った顔を最後に俺は膝をつき―――――

「おやすみなさい。お兄さん」

意識を、手放した。

 

懐かしい、夢を見る。

 

――――マコト。人を撃つ感覚を生身で身に着けるの。

――――なんで縛り付けるかって? 教育するんだよ。

――――ナイフは良いわよ。どこにでも隠せるし、弾切れもしない。銃なんかよりよっぽどセクシー。

――――私たちに下される仕事は運命の導き手。世界のバランスを保つためにターゲットに運命を知らしめるの。

――――お前の父親は自分の力のことを受け入れ、使いこなして見せた。なぜそれができない!?

――――私たちは千年も前から世界の秩序を守ってる。貴方もその名を世界に刻むのよ、マコト。

――――戦いなさい、マコト。

――――戦え

――――戦え!

――――殺せ!

 

「――――――ッ!!」

突如、覚醒する。

夕陽が開けたのか、開放された窓から夜風が流れ込んでくる。

その風が、すっすらと汗ばんだ肌をなでる。

地毛である茶髪を撫でつけながら起き上がると、肩にかかっていたタオルケットがずり落ちた。

このタオルケット、夕陽が部屋に置いてる柄だ。

・・・夕陽がかけておいてくれたのか?

床にうつぶせで寝ていたらしく、周りを見ても夕陽の姿は無い。

時間を確認すると、一時間くらい落ちていたことがわかる。

あー、変な汗かいた。

シャワーを浴びようと、重い頭を振りながら更衣室のドアを開ける――――と?

「へっ?」

「あ?」

げっ、先に風呂に入っていたらしい夕陽と出くわしちまった。

小さいあんよから始まり、細い足首。

形のいいふくらはぎから、流麗なラインを描く太腿。

ガキっぽいつるペタ腹から滴が伝って下腹部に落ちていく様子がわかるが、俺の視線はそんなことお構いなく上へと行く。

比べることは失礼だが、中空知と比べてかなり未発達な胸。

頭をタオルで拭いているので綺麗な腋が見えて、俺の力で折れてしまいそうな首、顎、唇を経由して・・・・・目が、あった。

「おう、次俺入るからな。湯、抜いたか?」

「―――――キ――――って、え? あれ?」

叫び声を夕陽が上げそうだったので先制して動じないふりをしてみたが、これが大成功。

裸の夕陽に背を向けて、顔を洗うふりをする。

「え・・? あれ? このイベント、今回初めてですよね? あれ?」

どうやら夕陽はなにかを狙ってたらしいが、悪いな。

俺は顔を洗うふりをやめないぞ。

さすがに小学生に動じるとか恥ずかしいし、見てしまった罪悪感も少なからずあるっぽい。

顔を上げると鏡の隅に夕陽が映ってるし、それに――――――

「いいから早く出て行けよ。風呂に入りたいんだよ」

それに、夕陽が美人だったから。

日ごろから手入れしてるであろう長髪が体に張り付き、夕陽はなんとも言えない色香を放っていた。

俺はそれに当てられ、視線を外した。

いや、気づけば夕陽から目を背けていたのだ。

恥ずかしい話だが、俺は10歳の少女を、夕陽を美しいと感じてしまった。

それに気づいたからか、俺の中でキュウウンとあの感覚が始まる。

時間の経過がおそく感じられ、壁にかかった夕陽趣味のキャラモノ時計が異様なほど遅く秒針を進ませる。

・・・・・今ならマジでハエの羽すら撃てそうだな。

数瞬の後、体感速度が現実に引き戻され―――、緊張が解ける。

「ん・・・・はぁ・・・・こればっかりは慣れないな。本当に」

この感覚を爺さんや親父は使いこなしていたのだろうか。

疑問が巻き起こるが、親父はどこにいるかわからないし、爺さんは親父本人が手に掛けたと聞く。

確かめる術は・・・ない。俺自身のことすらも。

 

翌日は、夕陽にたたき起こされて目が覚めた。

ぼさぼさする髪をなでながらリビングに入る。

「お兄さん、朝食のスープ、ポタージュがいいですか?コーンクリーム?」

「ポタージュで」

昨日は料理中に寝てしまうというポカをやらかしたが、それを抜いても夕陽は料理がまだできない。

味付けが極端にからかったり、無味無臭だったりするのはよくあることで、特にひどいと昨日のように黒煙をまき散らしたりする。

どうやら春休中向こうに帰っていた遅れを取り戻すつもりなのか、朝から息巻いてる夕陽が用意したのは意外にも普通に焼いたトーストにレタスとトマトのフレッシュサラダ。

ポットでお湯が沸いたので、カップに粉末スープを入れて重そうにお湯を注いでいた。

「・・・・俺がやるよ」

両手で支えながらお湯を注いでいた夕陽からポットを預かり、二つのカップに湯を注ぐ。

ぽーっとしていた夕陽だったが、はっとした様子でフォークを取りにキッチンの向こうに消えていった。

つーかこのポット、満杯の線まで水いれたろ。重いわけだよ。

 

銃の用意やら、制服やら、かいがいしく世話をしてくれる夕陽とも玄関で別れ、俺は一人で寮をでる。

夕陽の扱いだが、今年度からインターンとして武偵高に編入することが決まっている。

国際武偵法で、武偵免許が取れるのは10歳からと決まっているから、去年はだましだまし夕陽を部屋に置いていた。

俺たちの関係上、離れることはできないので・・・・今年も同じ部屋で過ごすのだろう。

そういえば今朝、嬉しそうに臙脂色のセーラー服をクローゼットから取り出していたし、こんな学校に通うのが楽しみなのか。アイツ。

 

放課後になると、俺は件の任務に備えて装備を整えるべく、装備科校舎に向かった。

廊下の両側にバネやらネジやらシャフトやらが積まれた棚が設置されており、今にも崩れてきそうな感がある。

そんな装備科校舎内を、目的の人物の部屋まで進んでいくと・・・。

――――――平賀文

そう名前が刻まれたネームプレートが掛けられた部屋に行きつく。

鋼板むき出しの冷たいドアに手の甲をあて、二回三回とノックする。

「はいはーい。あいてますのだー」

底抜けに明るい声がドアの隙間から廊下に響き、俺はそのままドアをぐっと押し込んだ。

むあっと機械油の匂いが漂い、おもわず手に付いたワケでもないのに指先をこすってしまった。

「平賀さん、俺だ。真だ」

上下カーキ色のツナギを着た、ちっこい背中に声をかける。

「はいはいはい。毎度ありですのだー。いつもご贔屓にしてくださってありがたいですのだー!」

そう言いながら、バチバチ溶接していたらしく面体を上にずらしつつ振り向いたこの女子生徒。

明るいショートカットの髪を耳の上で二ヵ所結んだ子供っぽい髪型に、溶接機を手にしながら笑顔で「ふはふは」と笑うその顔。

東京武偵高では知らない者がいないと言える装備科イチの巨匠。

「それで、あややになにか御用ですのだー?」

平賀文。江戸時代の発明家、平賀源内の子孫だ――――・・・・らしい。

「いや、いつものあるか? 一応常備しておいてくれって話をしていたと思うんだが、あれば在庫分を全部買いたい」

「全部ですのだ?」

くりっと瞳を開いて、油が付くのも躊躇わずに手袋で鼻をかく平賀さん。

かなり高めの椅子から降りて、ごちゃごちゃした棚をあさりに行った平賀さんを背後から見てるんだが・・・。

・・・昨日の神崎も内心思ってたが、ホントに高校生かよ。

拳銃や、銃弾。その他装備品を巧みに改造するその技術力から、平賀さんと敬称で呼ばれてるが・・・パッと見は小学生にしか見えないな。

上半身を棚に突っ込み、作業用シューズをプラプラさせること数分。

「―――――あったのだー!」

「おお、やっぱり取っておいてくれたのか」

ばふっと両手に抱えた段ボールを机に置き、その中身を取り出す平賀さん。

「あやや特製特殊加工銃弾。通称ウォンテッド。かなり細かい調整を必要としたので、お値段はそれなりなのだー」

1ダースごとに梱包された箱をひと箱取り出し、中身を確かめる。

うん。多分。大丈夫だろう。

「あ。後これもお願いしてたと思うんだが、銃身(バレル)の加工品はあるか? 去年買ったやつがあるんだが不安でな」

「それも準備してあるのだー。こちらの箱になるのだー」

段ボール箱の底から取り出した発砲スチロールの容器。

それを開けると俺の所持している銃であるグロック17対応の銃身が収められていた。

試しに、ホルスターのグロックを簡易分解しバレルを入れ替えてみても・・・。

・・・うん。違和感ないな。さすが平賀さんだ。

もちろんこれは違法改造なんだが、武偵間ではだいたい見過ごされている場合が多い。

平賀さんはそういう違法改造を高い改造料をとって行うというブラックな依頼も受けており、どんな難しい改造でも笑顔でこなしてしまうぶっ飛んだ一面を持っている。

頼れることは頼れるんだが、武偵の一斉摘発とかあったら真っ先に有罪だな。

「銃身は一本で良い。弾は加工弾(ウォンテッド)20ダースに、9ミリの通常弾(ラシアン)20ダース頼む。」

「了解なのだー。少々お待ちくださいなのだー!」

品物を紙袋にまとめ、代金を払う。

「毎度アリーなのだー!」

工房を出るときに振り替えると、平賀さんが笑顔でお見送り。

両頬に手を当て、にっこにこ。

平賀さんは儲かってるか否かがわかりやすいなぁ。

 

 

そして翌日の放課後、俺たち二年C組チームの初任務が始まる。

 

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