――落ちているような感覚だった。
意識が浮上し、薄く目を開ける。
暗い――闇。
しかしポツポツとした光はあった。
ここは夜空か、はたまた宇宙か。
脳裏に思い浮かぶのは、黒いノイズが校舎を、人を、世界を黒く染め上げていく光景。
そこで自分も、黒いノイズに呑まれたことを思い出す。
……なんでこんなことになったんだっけ。
そもそもはアレだ、にっくき我が師匠がある日突然「ちょっと月の様子見て来い」とか言ってきたのが始まりだ。
聖杯戦争。
願いを叶える願望器の支配権を争う魔術師同士の殺し合い。
霊子コンピューター“ムーンセル”にて執り行われると聞き、わざわざ電子をハッキングし、霊子体になってこの惑星に降り立った。
マスターと呼ばれる参加者はサーヴァント――過去の英雄を召喚して戦争に挑む。
私もサーヴァントを召喚し、トーナメント制であるこの月の聖杯戦争を五回戦まで勝ち抜いたマスターの一人。
次の相手は……そう、レオ・B・ハーウェイ。
現在、2030年代の世界において、強大な権力と影響を持つ巨大組織「西欧財閥」の次期当主。
今回の聖杯戦争の優勝候補でもある。
……うん、よし。記憶の混乱や喪失はなさそうだな。
ならば――
「……ッ」
鉛のように重くなっている左手を確認する。
正確には、その甲に刻まれた赤い三画の聖痕を。
……一応、まだマスターとしての権利はあるらしい。
サーヴァントを呼び出すか? いや、この状況事態が罠という可能性もある。
しかし、我ながらやけに冷静なのは実感が沸いていないからだろうか。
それとも単にここ数年受けてきた魔術の訓練に比べれば――とでも思っているからか。
……とりあえず腹いせに
どちらにせよ、今の状況を打破しなければ道は拓かないだろう。
やはり令呪か。できることなら決戦まで温存しておきたかったが……、
『――見つけた。こんなところまで落ちていくなんて、貴方運がないんじゃないですか?』
突如耳に入った、女の声。
これは……確か保健室で支給品を配布していたAIだったような……
『まぁいいです。とりあえず記憶を封じて、サーヴァントを――、あら? 貴方、サーヴァントをどこにやったんです?』
「…………」
答えてやる義理はない。
今、ここにアイツがいないのはおそらくあの黒いノイズが原因だろう。
声の口調からして、ここにいなければおかしいのに、みたいな意味が受け取れるがあえてこの話題に関しては沈黙を貫く。
『……フン、大方見捨てられた、というところですかね。残念です』
「誰だよ、お前」
案外、声ははっきり出た。
身体は重く感じるが、喉まではやられていないらしい。
現状、この女があの黒いノイズに関係している可能性が一番高いだろう。ならば、まずはできる限り情報を引き出すべきだ。
『あら、気付いてたんですね。返事がないからただの屍かと思いました』
「あぁそう。で、誰なんだお宅?」
『……しつこいですね。いずれ分かりますよ。今はただ――「月の女王」とでも言っておきましょうか』
しまった。こいつ相当ヤバイ奴だ。
いや、黒いノイズの原因がやばくないわけないのだが。
『固体名、
駒、とはどういう意味か。
真意は不明だが、面倒事に巻き込まれる予感しかない。
『貴方ならきっと素敵な
「冗談。面倒事は嫌いなんだ。それにアンタに協力したところで聖杯が手に入るわけじゃないんだろ?」
僅かな沈黙。
聖杯が手に入らない……ふむ、図星か。
ならば協力する義理もない。ここからの脱出は……やっぱり令呪が一番手っ取り早いな。
『――そうですか。なら、ここで排除します』
え、と思った矢先、上に数体のエネミーが現れた。
姿こそはっきり見えないが、咆哮と伝わってくる敵意がその存在をはっきりさせている。
『五回戦まで勝ち抜いた人なら、多少使い勝手が良さそうと思ったんですけど。私の誘いを断ったならもう貴方はただの危険因子です――死んでください』
なんて勝手な……!
腐ってもあのジジイの弟子だ。こんなところで死ねばなんて言われるか分からない。
……それに、まだ私は師匠に文句の一つさえ言えていないのだ。どうせ死ぬなら、あの宝石翁に全力をぶつけて死闘を繰り広げてからがいい。
「――令呪を以って命ずる。私を助けろ、ランサー!!」
女が驚愕の声を上げるより早く、光が視界を、空間を白く染める。
そして令呪を宿した左手に何者かの手が重なったのを感じると共に、意識は急速に薄れていった。