「――む」
「……あら」
このピリピリとした緊張感。
最悪だ。まさかこんなところでキアラとばったり出くわすことになろうとは……!
「こんにちは、月成さん。またお会いできて嬉しゅうございます」
にこりと微笑む聖女。
……ぐぬぅ、なぜか寒気が止まらない。
「お待たせいたしました。こちら、ご希望の品でございます」
と、続いて現れたのは店員の役割に書き換えられた言峰神父。
まぁ彼女もマスターだし、購買を利用するのは特におかしなことではない。
というか、キアラが購入したものの方が気になるのだが。
「……おはぎ?」
「ほ、ホホホ。その、どうかこの事はご内密に。その、私のような女が甘味をありがたがるのも世間体が悪うございましょう? とくにアンデルセンにだけは話さないよう、お願いしますね?」
それだけ告げるとササーッといつものように優雅な立ち振る舞いではあるものの、どこか素早さを感じさせる動きでその場を去っていくキアラ。
……なんか、意外な一面を見た気がする……
「さて、いらっしゃいませお客さま。今回は何をお求めでしょうか?」
「あー……じゃあカレーパンで」
一瞬迷った後、結局一番安いもので我慢することにした。
といっても、他には焼きそばパンくらいしか見当たらないのだが。
「あたためますか?」
「結構です」
即答した。
なぜか即答した。ただのパンなのに、何故……?
まぁいいか、と代金を置き、カレーパンを入手して購買を後にする。
キアラは……まぁどこかで隠れておはぎを食べているのだろう。近くにその気配も姿も捉えられない。
……そういえば、そのサーヴァントはどうしているかな。
❀
図書室前に、奴はいた。
青い髪の美少年。黙っていればそうとしか見えない。だが、
「おや、懲りもせずまたやってくるとはな。度し難い暇人め。俺には何の意味もなく、話しかけたところで恩恵もないぞ」
口を開けば毒舌を発揮する。
暇をしているのは否定しないが、これも情報収集の一環なのである。
「情報収集という名目の買い食いだろう、お前の場合。だが構わん、俺につきあえる範囲でなら協力しよう。これも商売だ、読者は選ばんさ」
おや、案外乗り気だぞこのサーヴァント。
ならば話題は……エリザベート? いや真名は分かっているし……
エルキドゥはまず見せたこともない。ギルガメッシュについて訊いても、それは岸波が知るべきことだ。
残るは――
「じゃあアンタについて」
「俺についてだと? 馬鹿、かつ無駄ここに極まったな。見たまんまの、どこにでもいる男だろうに」
「再三問うが、その姿はなんなんだ? なんで子供?」
「俺が知るか。呼ばれたとき、既にこの姿だった。もちろん戦闘能力はない。基本的に役立たずだ」
「三流」に続いて今度は「役立たず」か。断言する辺りが清々しくて非常によろしい。
……性能はともかく、性格は好みだよなぁ、このサーヴァント。
「ってことは……『感受性豊か』の解釈で子供か? 作家だけに」
「おそらくはな。思い当たる節もある。往年の自分の資料に目を通したが、あまりの迷走っぷりに死にたくなった程だしな。気を遣うな、神童も二十歳を過ぎればただの人、というヤツだ。
……それより恐ろしいのは、お前が以前提唱してくれたあの説さ」
うわあ、と思わず声を上げる。
一方のアンデルセンは重い溜め息をついた。彼の憂鬱さは察するに余りある。
こっちも申し訳なさで一杯だ。今度はマスターについて訊いてみるか。
「じゃ、次は――岸波の奴はどうだ?」
「アレは典型的な汎用救世主型主人公だ。読者に愛され、登場人物たちに愛され、結末にも愛される。つまらん。王道は俺の芸風ではない。俺では奴を語ることはできんし、あいつにそれだけの価値はない」
「つまり……『内容が無い』、と?」
「察しがいいな。いやお前にはそれしか取り得がないのだったな。その通り、無いものは語れん。岸波白野にはまだ、得たものが何もないのだ」
アンデルセンが語るのは失うモノの物語。
人生を代償にし、何事かを打破しようとし、命終えるものの顛末。
……さらっと罵倒されたことは流しておこう。
「しっかし、よく話題に乗ってくれたな。マスターに何か言われたか?」
「あぁ、何の遊びか、お前達に協力してやれ、ときた! 俺を売れない貸本屋とでも思っているのか、実に気安い!」
「ほー、じゃあ今度はそのキ――ぁラさん……に、ついて、で……」
「口にするのもおぞましく感じるか。なるほど、元は凡人であれど感性は鋭い……いや、天性なのはその高度な情報処理か……」
本人がいる前で堂々と分析しないでいただきたい。私のことはいいんだよ、私のことは。
ていうか、その名を言葉にしようとした時点で、無意識に話をやめようとしてしまった私は一体どうなっているんだ。そして、当のキアラは一体何者なのか。
「……コホン、では改めて。アンタのマスターについてお聞かせ願いたい」
「いいだろう。見ての通りの女だが、どのあたりの逸話が聞きたい? 現世にて迷える衆生を救った事か? それとも、救いを求めてきた信者どもに食い物にされた事か?」
「――アンデルセン。その話はおよしなさい。人様に聞かせるような、気持ちのいい話ではないのですから」
――――。
背後からの声に振り返ると、そこにはキアラが立っていた。
とてもおはぎを食べた後、とは思えない佇まい。
……しかしやはり、相変わらず本人を目前にすると悪寒がしてしまう。その克服の一歩に、少しでもキアラについて知ってみようと思ったのだが……
「事実を語っているまでだ。
殺生院キアラ。地上にて細々と長らえていた
多くの人間を救った後、その救った者たちに裏切られた。おぞましいのは――」
それでも己の生き方を変えず、人間たちに手を差し伸ばしたこと。
「飽きないにも程がある。この女の
真言立川流。
男女の和合の境地を以って自己の境界を破壊し、“その向こう側”からの力を引き出して宇宙と一体化……即ち悟りを開く、というのが基本的な術式理念だとか。
最も、それは前世紀までの話。現在の地上ではあらゆる魔術、密儀は途絶えている。
立川流の理念に基づいて多くの人々を心の迷いから救ったキアラ。
そんな彼女が聖杯戦争に参加し、聖杯を求めた理由は、やはり――
「買いかぶりですわ。衆生を救う――そのような大層な願い、私の手には余ります。
私は人々を救いたい、という恥知らずな欲望から、戦いに参加したのです」
……その言葉に、偽りの影は見られない。
「どのような願いも等価値。願いの善し悪しなど、他人と比べるものではないのです。
私は私の為に。あなたはあなたの為に。それが人の、正しい在り方です」
「は、また大層なことを! マスター、お前の悦びは奴等の身勝手な欲望を一身に引き受けることだ。人を想っての救済ではない。
なんという汚らわしさ! お前こそ、この世で最も醜悪な寄生虫だ!」
「……寄生虫――えぇ、それこそ神の実名に相違ありません」
やわらかな微笑でアンデルセンの悪態を受け止めるキアラ。
醜いと言われながらも「是」と微笑む達観に達するまで、一体どれほどの地獄を見てきたのか。
これで確信した。この人は、「本物」だということを。
そしてきっと、私が感じているこの悪寒の克服も不可能であることも。
❀
「はぁあぁぁ……」
「随分と疲れた顔をしているね、マスター。何かあったのかい?」
その状態のまま、首を傾げるエルキドゥにポツリポツリと愚痴をまじえて、先ほど体験してきた出来事を説明する。
「聖人なぁ……やっぱり凡人にゃぁ強すぎる光なのかね……」
「そうかな? だとしたらどうしてキシナミハクノは何の問題もなく、彼女に接していられるんだろうね?」
「ぬ……」
確かにそうだ。
私は
彼女の言動、性格を思い、そして自分と照らし合わせてみる。
……アンデルセンはあいつを内容が無い、と言っていた。
振り返ってみればそれは的確だ。やはり侮れない観察眼を持っている。
「……岸波白野、ねぇ」
自分を振り返る上で、古い記憶を呼び起こす。
そしてやはり、記憶にある者とは
つーか性別からして違うし。ま、これに関してはただの
「――未来視、という可能性は?」
エルキドゥから投げられた問いに、一瞬はたと考え込む。
だが、それはないだろう。未来視は魔術ではなく「能力」だ。
「僕も詳しくは知らないけれど……ルツ、君の頭の回転の良さを考えれば、それに近いこともできるんじゃないかな?」
「……まっさかぁー」
ふざけた返答しながら今度は真面目に考え込む。
未来視未来予測は直感ではなく、高度な情報処理だ。
そのタイプは測定と予測の二つに分けられる。
測定は未来を積み上げ、確定した未来を。
予測は未来を読み上げ、回避可能な未来を。
無意識下に集めたあらゆる情報を統合し、現実の域にまで高めたモノ。
彼等が視ているのは“数分後の未来”ではなく、現実を作り出す“数分後の結果”である。
「いやいや、未来視ってのは『映像』として見えるもんだ。私はそんなの全く見た覚えはないぞ?」
「君はセッショウインに会うと寒気がする、と言っていたね。映像として未来が見えなくとも、『感覚』という形で警告しているんじゃないのかな」
「……それ、直感とどう違うのさ」
だが言われてみれば……と、なんとなくそんな気がしてきてしまう。未来視にこんな例があるのか? いやない。きっとない。
殺生院キアラ。
奴の声、姿、果てはその名を口にすることまで脳が、身体が全力で拒否反応を示す。
仮にエルキドゥの仮説通り、私に未来視の素質があるとして、それが情報処理による演算でもあるというのなら、あの聖女はいるだけで容易に未来を予測させる強烈なファクターということだ。
まぁそれを「聖人だから」、という理由で色々納得できてしまうのが彼奴の恐ろしいところの一つであるが。
「……面倒な話は今度にしないか? とりあえずあの女は天敵ってことで」
それもそうだね、と苦笑を浮かべるエルキドゥ。
さて、とベッドから起き上がり、思考を切り替える。
モニターに向き直り、実況映像……もとい、迷宮探索の様子を確認すると、ちょうどそこは、岸波たちがガトーを発見したところであった。