生徒会室には冷え切った空気が張り詰めていた。
振り返らずとも解る、背後からの重圧感。その存在感。言い換えるのならばプレッシャー。
そしてその存在に相対するように、正面、レオナルドの傍に控える太陽の騎士。
……現在、その眼差しには、隠しようもない敵対の意志が込められていた。
迷宮探索の翌日、十分すぎるほどの睡眠時間を取った朝。
一応、解説しよう。
英雄王と白銀の騎士はどうしようもなく相性が悪い。
解説おわり。
「……撤回してもらおう英雄王。私への中傷は構わないが、かの王への失言は許されない。その身、三度焼き尽くそうとも贖え切れぬものと知れ」
今にも場を炎で満たしそうな憤怒の言葉に、しかしギルガメッシュ王は露でも流すように返答する。
「ほう、それは恐ろしいな。ならば言葉を言い換えよう、ガウェイン卿。貴様の王は、ただ滅びただけなのだろうさ。直接、我はその存在を目にした訳でもないのだしな?」
「――貴方からの理解など不要だ。私利私欲に財を奪い、理由もなく人々の命を鏖殺した殺戮者と、聖剣の担い手である彼の君とでは、あまりにも心の在処がかけ離れている」
向けていた視線と同時に言葉を切る。これにて無為なやり取りは終焉、ということだろう。
この場に居合わせている生徒会メンバーも、口こそ開きはしないものの、ガウェイン卿の方へ賛意を示しているようだ。
けれど、私は。
「それは違――」
『いや、その王様、道理は通すタイプだろ。暴君ってところは認めるけど』
唐突に。
まるで予想外の位置から投げられてきた一石が如き声が、生徒会室で響き渡った。
「月成さん……? ギルガメッシュのマスターである白野さんが彼を擁護するのは当然ですが……月成さん、貴方は――」
『あんだよ。寝起き早々、月裏最後の希望である生徒会から、仲間割れ一歩手前な応答が聞こえれば誰だって不機嫌になるだろ。しかも中心人物は、生徒会長様の使い魔と、唯一の迷宮探索者のサーヴァントときた。いち一般マスターとしては、明日の未来も閉ざされてしまいそうな寒気を覚えたよ』
……耳が痛い。
私が未だにこの黄金のサーヴァントを御しきれていないのは事実だ。というか、この先も果たして上手くやっていけるかどうかも怪しいところである。
「割り込みにしては随分と達者な口を利くな、雑種? 我の一瞥で膝を崩していた成りで、また大きく出てきたものよ」
『いやぁ、モニター越しなら殺気も半減されるし。流石に空間を捻じ曲げて、こっちに攻撃してくる宝具とかないだろ? ……え、ある? あるの? アンタ、絶対聖杯戦争とかに参加するんじゃねーぞ』
なんだろう、この会話。
先ほどまでの空気は完全に瓦解している。英雄王側とか、ガウェイン側とか、そういう雰囲気じゃない。
単に、月成ルツと英雄王が話している。両者ともに、全く嫌味や敵意、恐怖を感じさせずに、「当たり前」で「ごく自然」な会話を――成立させている。
「それで、用件はそれだけ? それとも、やっと戦力外の層から卒業する気になったのかしら」
凛がそう口を挟むと、いやいや、と追求をかわしていくような身軽さでルツが言う。
『やることがあるって言っただろ。今回はただのクレーム。言うことは最初に全部言ったし、私の茶々入れはここまで。引き続き頑張ってくれ、生徒会諸君』
「――待った」
と、一人がそこで彼女を止める。
私だった。
「ルツ、その言い方なら、まるでギルガメッシュのために出てきたみたいだ。本当の目的は何なんだ――?」
そう、これだ。
彼女のことは何となく、安全地帯から、的確に指示を飛ばしてくるようなイメージを持っていた。わざわざ、こうして何の脈絡もなく出てくるタイプとは思えない。これにも何か深い理由がありそうな――
『……え。いや、言った通りだけど? 他に何か理由とかあるのか、これ』
えっ、と今度はこっちが言葉を零す。
返答があまりにも拍子抜け――いやいや彼女のことだ。サーヴァントのエラー、そしてそれを単独で解決しようとしている彼女だ。何か秘められた計画が……!
「――そこまでにせよ雑種。この一件、そう深い思惑などあるまい。深入りするだけ、貴様が醜態を晒すだけだぞ? 我を愉しませるほどの芸を披露できるというのなら、話は別だがな」
…………特に、ないのか。
英雄王は意味深な発言をすることはあれど、無駄に虚言を吐くようなことはしない。少なくとも、今までの期間で私が彼について知ったことの一つだ。
『ご配慮どーも。迷宮ではくれぐれも慢心は控えてくれよ、英雄王。後ろからザックリ、或いはバックリいかれる最期なんて、らしくない』
「たわけ。慢心せずして何が王か。このような茶番劇、愉しまぬ方が損であろう」
茶番劇、と聞いて一部のメンバーが眉を潜めるが、それに構う彼ではない。
相変わらず真意の読み取れない言葉を放っているものの、一方ルツの方は何かを察したのか、軽い笑い声を零してから通信を切断する。
余韻として残るのは、嵐が通り過ぎて行ったような感覚だ。唐突に来て、唐突に去っていく。今の月成ルツは、まさにそんな存在だった。
「……戦力外のクセに、妙に上から目線だったわね……その顔、心中お察しするわ白野。月成さんには後でこっちから言っておくから、ひとまず貴方は迷宮へ向かってくれる?」
「わ、分かった……」
力なく頷いて席を立つ。
自分も反論してしまった身だが、まさかこんな展開になってしまうとは思いもしなかった。
ひとまず今は、凛の言う通り迷宮探索を優先するとしよう――