遺失物
『せーのっ。BB――、チャンネル――――!!』
ガツンと後頭部を殴られたような衝撃。
眠気は消えないまま、視界はスタジオへ。
……果たして、これまでの人生にこれほど酷いモーニングコールはあっただろうか。
『こんばんは。噂の新番組、「ハートフル☆タタリナイト 本当はちょろい学校階段」へようこそ!』
『来たか。恒例の遠まわしかつ逆効果なアプローチだな。相手をしてやれ、雑種』
どこからか英雄王の声が……あぁそうだ、生徒会も視界ジャックに巻き込まれてるんだっけ。
いや今回、思い切り不意打ちを食らってしまったのはこちらだ。
眠りたいのに眠れない。
起きたくないのに起きざるを得ない。
地獄か。
『見たところ、こりずに探索を続ける気ですね? でも、あんまり目障りだと、アルターエゴに捨てられちゃいますから、気をつけてくださいね?』
捨てられる……?
倒す、消す、といった行為とは違うニュアンスを感じた。一体どういう意味だろうか。
『おっと、そこは秘密でした♪ ……っていうかぁ、女の子の秘密を無理矢理暴くなんてサイテーなセンパイには――センパイの真似をした、わたしからの特製術式をプレゼントー!』
BBが教鞭を振る。
何が起こったのかは分からないが、いま一瞬、どこかでノイズ音がしたような……
『それじゃあもう一度。女の子の秘密を暴こうとするセンパイはいけない子です。だから、閉じ込められても当然ですよね?』
『考えるまでもない。そのような大罪人、天が見逃そうとこの我が許さぬ。ほぼアウトであろうよ。そしてBBよ、今まで気付かなかったが貴様は中々に美しい』
――む? どうした英雄王。
『どうだ? 共同出資で人の秘密を肴にニヤニヤしつつ酒を愉しむ愉悦クラブを作るのは? 我が貯蔵する黄金、無利子無担保で永遠に貸してやろうではないか。BBよ、
無利子無担保ってそれ、無茶苦茶騙されてなかろうか。
その原因としては、BBの新術式が思い浮かぶが。
『……い、いま我は何を……どういう事だ、あの無駄に目立つ乳袋めが金髪碧眼、小柄で凛々しい少女に見えて仕方がない!』
さらりと自分の好みも暴露してしまっています、王よ。
にしても、金髪碧眼の凛々しい小柄な少女――そんな聖人みたいな女の子は、滅多にいないと思うのだが。
『――外部からウイルス混入を確認。神経操作系の
『……チッ。ラニさんは目障りですね』
ラニ=Ⅷ……そうか、彼女も生徒会に参加したのか。
なんて有能な人材なんだ。どんどん生徒会は強固になっていく。
『まあいいです。本命は別にありますし。――迷宮には物陰から貴方をソッと見つめている怖いお化けがいます。秘密は暴かない方が幸せですよ、センパイ?』
❀
「……おはようマスター。気分はどう?」
「最悪だな」
視界が戻る。
といっても、自分は今の今まで寝ていたので、先に見えたのは慣れ親しんできた天井だ。
顔を横に向ければ、床に膝立ちをし、ベット上を覗き込む少女の顔が目に入る。
……これだけで、色々な不機嫌の感情は抜けきっていくように感じた。
「ビィビィチャンネルの放送って、防げないのかな?」
「あれは
起き上がって伸びをする。
先の混入したウイルスが猛獣とするなら、電波番組は地震のようなもの。猛獣は隔離できるが、地震は耐えるしかないのである。
「んで、生徒会室の方はどうだ? 流石にこのまま、BBへの対抗策ゼロ、ってわけにもいかないだろ」
「うん。どうやら今度は、『奪われた記憶の奪還とサクラ迷宮の突破』を目的にしたようだよ」
奪われた記憶……そうか、そのデータはおそらく、BBにとって「知られると不都合なこと」がある。
それを明らかにしておけば、今後にBBから妨害されたときの対抗策の可能性は大だ。
……だがしかし。
生憎と、記憶を奪われていない私の身からすれば、そこまで確実な手掛かりがあるとは思えない。
あえて、記憶を奪ったことに理由をつけるのならば、それはただ単に、マスター達の関係を円満に進めるための配慮――というところだろうか。
私のように、団結しない者を生み出さないように。
「誰と誰が戦っていたのか、誰が敵で、誰を殺したかったのか。確かに、そんな記憶があったら誰も協力なんてしなかった。いや、殺し合いすら始めていたかもしれないね」
「そういう事だ――けどなぁ、やっぱりBBの考えてることは解らない。どうしてアイツは、記憶を奪っていない私たちに何の反応も示さないんだ?」
「……あまり、情報を流していないからじゃないかな? 何もしていないから、今はあえて放置している――みたいな」
それならいいのだが。
しかし、果たしてこの「記憶奪還」は、この旧校舎に一体どんな影響を及ぼすのだろうか?
❀
いつも通りの手順でカレーパンを手に入れる。
あぁ、そろそろこの味にも飽きてきた……
「ん? おい言峰、これ新商品か?」
「期間限定スイーツだ。一つ、二千サクラメントになります」
た、高い……流石は期間限定、いや待て、名前の前に「プレミア」とあった。なるほど、値段が高くなるのも頷ける。
「……やめとく。こんなの食っちまったら普通のパンが口に合わなくなる」
「それは残念だ。では、今後ともご贔屓に」
購買を後にする――と、カツンと何かが足に当たった。
拾い上げてみると、猫の……キーホルダー?
落し物か。さて、いくらで売れるかな。
「あ――待ってくれルツ。そのキーホルダーは……」
再び購買へ向かおうとしたところで、呼び止められる。
視線を向けるとそこには岸波が立っていた。
が、目を合わせた途端、あっと声を上げて後ろへ一歩引かれた。
そこで思い出す――エルキドゥの過去の出しゃばりを。
そして息を呑む――彼女の背後に立っているであろう、黄金のサーヴァントの気配を感じ取りながら。
「えーと……流石の私も、勝ち目ゼロな戦いに臨んだりはしないぞ?」
サーヴァント連れてないし。
無駄な魔力は消費したくないし。
「そ、そうか……よかった。その、キーホルダーはどこで?」
「いま見つけたところだよ。アンタのだったのか?」
「いいや、元の持ち主はジナコだ。渡したいから、譲ってはもらえないだろうか?」
……さすが、生徒会で「庶務」の役割を与えられることはある。
落し物探しから迷宮探索、結構忙しいのなコイツ。
「ふーん、返してやるのは構わないけど……代わりにひとつ、頼む。
新商品のケーキを二つだけ。奢ってくれ」
あえて「プレミア」という言葉は口にしない。
岸波の方はそんなことなら喜んで、と購買へ向かっていく。
すると次の瞬間、カッチリとその場で固まった。
「…………! っく、いやジナコのためを思えば、これくらい……!!」
すげぇ、ホントに出した。やはり迷宮探索をしていることはある……ただし手はぶるぶると震えているが。
あ、言峰が黒い笑いを浮かべている。なるほど、こういうのが好きなのか。性格が悪い。
まぁ自分も言えた身じゃないが。
「……ドウゾ」
「あんがとさん。ほれ、報酬だ」
あっさりした動作でキーホルダーを手渡す。
一方の岸波は表情が暗い。探索に影響が出なければいいのだが。
❀
「ただいまー。喜べエルキドゥ、久々に人の金で飯が食えるぞ」
「素直に喜べない言い方をするね君は……あっ、これは……確か『ロールケーキ』ってやつだよね?」
呆れながらも、ケーキを見せるとパッと明るくなった。うむ、可愛い。
「モグ……うん、美味しい。ちなみに、支払いは誰が?」
「お前の親友のマスターだ」
あぁ、やっぱり、と苦笑いを浮かべる長髪の英霊。
そういえば岸波の奴、あんなにも手が震えていたということは、やはり使っているのは自分の財布だけらしい。
英雄王には黄金率という、一生金銭に困らないスキルを持っているはずなのだが……うむ、マスターはさぞやあの黄金の鎧が憎いことだろう。
「つーか、あの鎧って何なんだ? 何対策?」
「あれは単なる魔除けだよ。対石化装備。石化をまき散らす蛇竜、巨牛がいないのなら、特に拘る理由はないと思うけど……」
……エルキドゥに聞けば、ギルガメッシュについての情報がすらすら出てくる。
本当に、ステータスさえ何とかしてしまえば、即座に決戦が可能なのだろう。
まぁそれは、向こうにとっても同じことだが。
「……うわ、美味いなこれ。そうかぁ、これが『プレミア』か……」
久しぶりのデザートに感動していると、エルキドゥがモニターを起動させた。といっても、ハッキングの仕方は伝授していないのでそこまでのことだ。
教えればスポンジのように知識を吸収していくのだろうが……ま、電子機器の操作はマスターの役割、ということで定まっている。
ケーキを食べ終え、デバイスに向かうとハッキング妨害のプログラムが強化されていた。
おそらくはラニによるものだろう。今までのような雑さではあっさり弾かれてしまう。
「……チッ、天才め。ここをこうして……いよし、できた」
面倒な操作が増えてしまったが、ひとまずハックには成功する。
迷宮探索の映像を覗き見ると、なにやら岸波とギルガメッシュが、床に沈没しかけたキューブ状の塊を持ち上げようとしている最中であった。
その大きさ五センチほど。
……これが、探していた記憶のデータだったりするのだろうか。
『持ち帰ることは不可能のようですね。ではコピーによる回収に移行します……アドレス、解析しました。データのダウンロードまで残り――十分?』
岸波はおろか、サーヴァントのギルガメッシュでさえキューブを持ち上げることはできなかった。いくらステータスがEランクまで落ちていたとしても、明らかにただの圧縮データではない。
そして先のラニの言葉。
借り物とはいえ、生徒会の方も擬似霊子の回線を使っているのだ。それで十分もかかるなんて、一体どんな――
『……それ、捨てたモノなんですけど……ゴミ集め、お好きなんですか……?』
その時、迷宮に何者かが転移してきた。
顔は桜と同じだがBBではない。その正体はその分身……アルターエゴであろう。
「すっげ……格差社会にも程があるな……」
分身、といってもそのアルターエゴには特徴がありすぎた。
敵とは思えないおとなしい顔立ち、岸波たちへの攻撃意思は皆無。
だが、それらの平和的な印象を、巨大な、凶悪な爪が全て否定している。
あとびっくりするぐらい巨乳。私が今言った格差社会とはこれ。異常な大きさ過ぎて、アレに何か秘密がなければ逆におかしいと思うくらいに。
まさに違和感のカタマリ。
あの少女が、今回の敵ということか――