Fate/カレイド CCC   作:時杜 境

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愛憎唇紅

『パッションリップ……です。き、気軽に呼んでくれると、嬉しいです』

 

 未知のアルターエゴ相手に、しばし様子見という無言の睨み合いの後、向こうから「自己紹介する」と切り出してきた。

 固体名、パッションリップ。

 思っていたより友好的だ。それは岸波限定のものなのかもしれないが。

 

『よろしく、リップ』

 

『ぁ……よ、よろしくお願いしますっ……!』

 

 気軽にそう返した岸波と、照れくさそうにお辞儀するパッションリップ。

 雰囲気は和やかだが、見ている側としてはハラハラする。サーヴァントはともかく、魔術師ならあの爪に触れられただけでもアウトだろう。

 

『……でも、わたしはこの階層の守護者なので、皆さんとは敵なんです。そんなゴミでよければ好きにしていいのです……だから、どう手加減しても白野さんを助けてあげられないので……』

 

 どうか、これからも自分に襲い掛からないでほしい、と。

 それだけ告げて、アルターエゴは何処かへ去っていった。

 

『ダウンロード、完了しました。これから解凍しますので、一度帰投してください』

 

 ラニからの通信で、踵を返す岸波。

 先の圧縮情報か――敵は「ゴミ」といっていたので、記憶データではないのだろうが……

 

「記憶……ね。なぁエルキドゥ、改めて聞くけど、表での記憶ってどこまである?」

 

「五回戦を突破したあと、次の対戦相手がレオって子になったところまでだよ。マスターは?」

 

「私もそこまでだな……その先はノイズに呑まれて、令呪でお前を呼び出して、裏側(ここ)に来たし」

 

 ふむ、やはり私達には記憶の欠落はなさそうだ。

 生徒会が記憶データを取り戻し、解凍しても、こちらにはさほどの変化は見られないだろう。

 

 

『ご苦労様でした。予想されていたことですが、いきなりアルターエゴと遭遇したのは災難でしたね』

 

 アルターエゴに襲われることは予想してたのかよ、この少年王。

 一方の岸波は、あの子となら上手くいけば話し合いができるかも、などと言っていた。

 

『それはありえません。暴走したAIから生まれたアルターエゴはより害悪な存在です。

 きっと、彼女たちは消滅させないと――皆さんに、害を与えます』

 

 桜にしては当たりがきつい意見だったが、その通りである。

 そのときは友好的でも、次の瞬間には怪物になっている――それが暴走したAIだ。

 

『先ほどのデータの解凍ですが、しばらく時間がかかるようです。圧縮された状態で廃棄されていたのですが、類を見ない、ユニークな圧縮技法でしたので……』

 

 ラニ曰く、単純に言ってしまえば不可逆圧縮。

 圧縮のし過ぎでデータが損壊し、復元できない状態だったとのこと。

 トラッシュボックス――ごみ箱に保留するため、元データを復元困難までに圧縮した形式だという。

 

「……? それ、圧縮の意味がなくならないかい?」

 

「あぁ。ごみ箱っていうのは『捨てた』けど、いつでも『拾って使える』ための安全装置だ。そのゴミ箱に『もう使えないもの』を入れる必要性はない――いや、」

 

 そう結論してしまうのは早計か。

 なんにせよ、今はダストデータの解凍、修復を急いだ方がいいだろう。

 正体が記憶データであろうとなかろうと、今の階層を攻略するヒントくらいにはなるはずだ。

 

 

 ❀

 

 

 再び迷宮探索が開始された。

 と、英雄王がアルターエゴではない、妙な気配を感じ取った。

 敵意は一切なく、大した脅威でもないという。

 警戒しながら進んでいくと、確かに、足音のようなものが聞こえ始めた。

 

 

『あ、お姉ちゃんはっけーん! いけないいけない、急いで隠れなくちゃ!』

 

 

 通路の奥。

 一瞬だったが、白いサテンドレスが見えた。岸波の知り合いだろうか……?

 

『アレも表側から落ちてきたマスターのようだが……実体が希薄だったな。ネット上に焼き付いた魂、亡霊(ゴースト)の類と見た』

 

 ……流石は人類最古の王、またしても一目で相手の正体を見破ったようだ。

 

 亡霊、というかサイバーゴースト。

 セラフには何兆、何京という生命の記憶が保存されているので、そんな擬似生命が生まれてもおかしくはない。

 生きた肉体を持たない死者の記録。基本、無害なデータなので気にすることはないのだが……先の少女は、また少し事情が違うようだ。

 

『あれ? 今回は鬼ごっこじゃなくて、かくれんぼなんだけど……ま、いっか! あのね、この先にでっかいお姉ちゃんが待ってるの。みんなで一緒にいじめようね!』

 

 すいすいと隠し通路をくぐり抜け、奥へ奥へと進んでいく白い少女。

 それを追いかけるようにして走っていく岸波たち。

 というか、でっかいお姉ちゃんて……まさか……

 

 

『やめてください……どうして、言うこと聞いてくれないんですか……?』

 

アリス(あたし)ありす(あたし)のサーヴァント。女王の命令なんて聞かないわ』

 

 ……フロアの奥。例のシールドの手前に、二人はいた。

 アルターエゴ・パッションリップと、先の少女――いや、黒い少女……?

 リップは座り込み、まだ少女には襲い掛かっていないのだが……どうも、予想していた事態とは異なっているらしい。

 

『そんな……わたし、あんまり走れないし……このフロア、狭くてすぐ壁に引っ掛かるから、あなた達を呼んだのに……』

 

『信じられない。あなたって本当に頭の中まで鈍くさいのね。そんな理由でアリス(あたし)を呼ぶなんて』

 

「……予想外の展開だね。あれほどの武器を持つ者が、子供に追い詰められているなんて」

 

 確かにおかしな状況だ。

 しかし、あの様子だと岸波たちには気付いていないようである。

 

『べ、別にわたし、鈍くさくなんか……』

 

『鈍くさいわ。メルトに比べたら止まって見えるじゃない。大体なに、そのだらしのない肉は?』

 

『……メ、メルトが痩せすぎなだけ、だもん。わたし、普通だもん』

 

『鏡を見た事がないの? あなたのどこが普通の――』

 

 黒い少女が言おうとしたとき、丁度先の白い少女が現れた。

 ……同一人物ではない。だとしたら、黒い方はマスターの姿を映すサーヴァント……?

 

『リップはっけーん♪ 丁度よかった。さっき拾ったどうでもいい石ころ、捨てるのも何だからリップにあげるね』

 

 はいどうぞ、と白い少女はパッションリップの胸を広げ、ぐいぐいとアイテムを押し込んでいく。

 それを見た黒い方も「面白そう!」などと言って、いらなくなったというドレスを追加した。

 

 ……奇妙な光景だ。

 本来なら入りきれない大きさのデータが、手品のようにリップの谷間に収納されていく。

 あの胸、何か馬鹿げた秘密があるらしい。

 

『胸にゴミ箱があるなんて、なんて便利な体なのかしら!』

 

『リップの体ってべんりだよね。本人はちっとも役に立たないけど』

 

『あの……満足したなら、お仕事してください。早くアリーナに固有結界を張って……』

 

 リップの命令に、二人揃って「やだ」と答える少女たち。

 理由としては「疲れる」、「とっておきだから」、とのこと。

 

 固有結界……黒い少女――アリスという方がサーヴァントなら、おそらくクラスはキャスターと推測できる。

 ……結界の効果は知らないが、表側で岸波白野は、一体どんな相手と戦ってきたのだろう?

 

『そんな……白野さんとギルガメッシュさん、すごく……弱いから、襲われたら……()()()()、ダメにしちゃう……』

 

『そうよね? また色々こわしちゃったら、今度こそ女王さまにおこられるもんね?』

 

『そうよね? また色々壊して、今度こそBBに叱られなさい』

 

 あのサーヴァント以上の力を持つアルターエゴが、少女二人にいじめられている。

 だが、今戦うのは得策ではないと判断したのか、岸波は無言を貫いていた。確かに戦闘を行うのなら、もう少し敵の情報が集まってからの方がいいだろう。

 

『……あ! やっほー、お姉ちゃん! 一緒にリップをいじめよう!』

 

 だがそこでようやく岸波たちの視線に気がついたのか、白い少女(ありす)が声をかける。

 しかしその発言を聞いて、黒い少女がありすを制止した。

 

『――いえ、追い詰めすぎると暴れるから、帰りましょうありす(わたし)

 

『そっか……じゃあさようなら、また遊ぼうね!』

 

 白と黒の少女は霧のように消えた。

 口ぶりからして、岸波と彼女たちは聖杯戦争で戦ったことがあるようだ。

 BBに蘇生されたサーヴァント……として見ると合点はいく。月の支配者を名乗る奴ならそれくらいはできそうだ。

 

「そういえば、第二層の映像に緑衣のアーチャーが映っていたよ。チェスセットを見つける直前、だったかな」

 

「……確認サンキュー。てことは、そのアーチャーも岸波が表側で倒したやつ――か?」

 

「おそらくね。あとで君も確認してみるといい」

 

 了解、と返事をして、再び現在の状況へと視線を向ける。

 迷宮探索の映像は、私もきちんと全てを把握しておいた方がよさそうだ。話に置いてきぼりにされるのは良い気分とはいえないし。

 

『あの……助けて、くれたんですか?』

 

 そしていつの間にかフラグ建設完了をさせている岸波であった。

 当の本人は首を傾げているが、ギルガメッシュの「まぁ結果だけ見れば」という頷きを見て、誤解を解こうと口を開――

 

『あ、ありがとう、ございました……すごく、嬉しいです……』

 

 ――けなかった。

 既に手遅れ。

 諦めよ若人、貴様はどう足掻いても一級フラグ建築士だ。

 

 泣き崩れていたリップは健気に立ち上がり、岸波を見つめている。

 その目が潤んでいるのは、先ほどまで少女たちに泣かされていたからか……他に理由があるのなら、それは言うまでもないことだ。

 

『あ、あの……ここまで来た人は、誰であれ消せって言われているんですけど……白野さんは、わたしの……に、潰されたいですか?』

 

『……潰すって、どこで?』

 

『え……だ、だから……わたしの、ですね……』

 

『はっきり口にしてくれないと伝わらない。一体なにで、どのように行う気だ?』

 

 岸波は至って真剣である……が、傍から見ればただのセクハラとしか思えなかった。

 本人に断じて邪念はないんだろうが、うん、その、なんだ。ファイトと言っておこう。

 

『レオ、ラニ、学級裁判の用意をして。セクハラで訴えるから、アイツ』

 

『了解です。これ以上ないほどの検事ソフトを用意しましょう』

 

『ではボクは男性陣を代表して弁護側に。白野さんの気持ちはたいへん分かります。人間としてどうかと思いますが、もっと核心をつついてください』

 

 外野も好き放題言っている。大体みんな、同じようなことを思っていたようだ。

 自分で言い出したことには責任をとってほしい、と岸波は前置きし、さらに厳しく問い詰めた。

 

『さぁ――何で、何を潰すのかハッキリと公言しろ、パッションリップ!』

 

『は、はいいぃぃぃ……! その、わたしの……には、秘密があって、圧縮したデータなら、なんでも仕舞えるごみ箱(トラッシュボックス)があるんです……!』

 

 顔を真っ赤にして告白するパッションリップ。

 胸にあるゴミ箱。なぜそんな構造の身体なのかは知るよしもないが、彼女はそれを「秘密」と言った。

 

 ――つまり、それはSGといえるモノ。

 内容はあの胸に関する秘密に違いない。

 

 例の如く、岸波がそれを掴み取る。

 摘出は成功し、敵の背後にあるシールドも崩れ去っていく。

 

『……今のが、わたしの……SG……』

 

 呆然とした様子でリップは岸波の方を見ている。

 アルターエゴでも今までと同じように秘密を暴くことができるらしい……いや、そもそもエゴは「生まれたばかり」の存在だ。心の隙が現れやすいのは、むしろこっちの方かもしれない。

 だが。

 

「やっぱりね。あの子はエゴの化身。SGを抜かれた程度じゃ、消え去らない」

 その通り。

 問題は、SGを摘出されたアルターエゴたちが、おとなしく引き下がるはずはない、ということ。

 

『あ、あの……わたしの秘密を……大事にしてくれると、嬉しいです』

 

 そう言うと、あっさり帰ろうとするアルターエゴ。

 い、一度ならず二度までも……無差別に襲い掛かってくるのではないかと思っていたが、認識を改める必要があるな。

 

『ええい、恐れをなして背を向けるとは、ただの乙女か貴様!?』

 

『だって……もうここを守る意味がないです……センパイ。さっきはありがとうございました……このご恩は、何をされても、絶対に忘れません、から』

 

 そして、今度こそリップの姿が消える。

 ラニによると、反応は完全に消失し、七階から撤退したようだ。

 

『ともあれ、お疲れ様でした。こちらも次の階層の準備に入りますので、私室で疲れを取ってください、白野さん』

 

 レオの声で、岸波も迷宮から離脱する。

 探索終了。

 今回もまた、厄介な奴に好かれたなぁ……

 

 

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