「――このままではいけない」
宣言した。
珍しく早起きし、ふつふつと沸き上がってきたやる気に乗じて。
「……ん、おはようマスター。えーと……なんて?」
「飯だよ、飯。このままカレーパンばっか食い続ける生活は駄目だ」
そう。日常生活を送る上で、一つ気になっていたこと。
朝食にカレーパンを食い、昼食代わりにジナコから貰った菓子をたいらげ、夕食はカレーパン――と、一日二食のカレーパン食生活。
……昼食についてはジナコに感謝している。流石に毎日ずっと同じもの、は耐えられない。
「? 霊子世界では摂食行動をしなくても生死に関わらないんじゃないのかい?」
「あぁ、肉体的には問題ない。だがな、精神的に……人間の感覚的に、一日三食は習慣として身についてんだよ」
朝食を食べないと、朝を朝として迎えられない、というか。
魔術の修行時代も、必ず一日三食は心がけていた。魔力の質や量を保つためには、魔術回路を有する肉体の健康も大切なのだ。
「というワケで、幸いこの部屋には小さいキッチンがある。だが肝心の食材はない、ので今から買ってきまーっす」
いってらーしゃぁーい……、と未だ眠気から覚めていないのか、気の抜けたエルキドゥの声を背に受けながら外出する。
節制・倹約・節約。これらを胸に刻んでおかなければ、今の所持金的にも、全ての階層の迷宮攻略が終わるまで一日三食の生活は続けられないだろう。
❀
果たして購買に食材なんてあるのか、などと不安を抱きつつも財布片手に辿り着く。
……すると、全く予想していなかった人物がそこにいた。
「………………ガウェイン卿?」
「おや、そこにいるのはミス・ツキナリですか。珍しいこともあるものですね」
円卓の騎士のひとり、ガウェイン卿。
アーサー王の片腕と称されたランスロットに並ぶ騎士。
……そして、私たちにとって、次の対戦相手のサーヴァントでもある。
向こうに記憶はなく、こんなところでいきなり剣を抜くことはないのだろうが、なんとなく緊張してしまう。
「……ミス・ツキナリ。貴方が英雄王に対し、どのような感情を抱いているかは知りませんが、先日の件は謝罪します。主を差し置いて、自らの意見を述べるなど、差し出がましい事をしました」
「――え? あぁ、いやもうアレは過去の出来事として割り切ってるから。こっちが言いたかったのは、『黄金の王が殺戮者じゃない』ってことだけで……」
そうだった。こいつはあの場で言い合いをしていた本人の片方。
エルキドゥの出しゃばりの件は、自分が思っているより結構大きいことと受け止められてしまっているのかもしれない。
「……ま、それは置いといてさ……何やってんの?」
「見ての通り、おつかいですが。それにいい機会ですので、レオの食事を私が用意しようかと思いまして」
「へー……」
包丁を持つ騎士……いや、調理場にいる騎士ってのも……
なんか、合ってない気がする。
というかコイツに料理をさせるのは間違っている気がしてならない。
「ちなみに、何を作る予定で?」
「マッシュポテトです。店主、最高の食材を頼みます」
雑だなぁブリテン……
それでいいのか、アーサー王?
「彼の君は無言かつ無表情、いつもクールに完食していました。何の問題もないかと」
「…………王様に謝れよ」
「え? すみません、よく聞き取れませんでした」
「……いや、もういい……」
以前のガウェイン卿はいい主君に恵まれたのだろう。
けどその辺り、レオは妥協するのだろうか?
「……まぁ、アイツがどんな料理を食おうが関係ないさ。言峰、このメモに書いてある通りの材料を寄越せ」
了解した、と言って店の奥に引っ込んでいく店主。
なんだ、言えばちゃんと用意してくれるのか。
「貴方も調理をするのですか?」
「まぁな。昔、教えてくれた人がいたんだ」
……あれは魔法使いに出逢う前。
外国をうろうろしていたときに、たった数日の仲だったが、やたらと料理が上手い人間に会ったのだ。
名は――覚えていないが、確か姓名は……衛宮、だったか。
「お待たせいたしました。この材料は……肉じゃがでも作る気かね?」
「ご名答。白飯もあればいいんだけどなぁ」
ま、とりあえず今は、カレーパン以外のものが食べれたらそれでいい。
会計を済ませ、ガウェインとも別れてマイルームへ帰還する。
……大丈夫、大丈夫だ。手順は憶えているし、少なくとも材料をすり潰して盛っただけのものを「料理」と言うほど鈍っちゃいない。
❀
「あ、美味しい」
その一言で全てが報われた。
間違いがないようにとネットでレシピを確認しながら、包丁の持ち方から調味料の入れ方にまで気を遣い、慎重に、ただし迅速に調理すること約一時間。
――
「ふっ……見たか。私だってただ機械をいじってるだけの人間じゃないんだよ……!」
「他にも何か作れるのかい?」
「え、えっと……実際に作ったことがあるのはチャーハンとか……かな」
「それなら他の料理もできそうだけど……?」
「んー……レシピを見ながらであれば、あるいは?」
月に来る前も、料理は面倒だったので、大体はジャンクフードで食事を済ませていた。
しかしまさか、金銭面といつ抜け出せるか分からないこの状況に、料理スキルが必要とする日が来るなんて……うむ、教官に感謝せねばなるまい。
「朝食といえば、さっきも生徒会室でそんな話をしていたよ。ほら――」
『今日の朝食はどうでした、レオ?』
『ええ、最悪でした。ガウェイン卿は後で校庭を百周した後、サクラに弟子入りしてくださいね』
なんと!? と驚愕する太陽の騎士。
あー、やっぱりナー。食材をすり潰して盛っただけのモノは料理って言わないよナー。
レオはそのあたり、妥協しないらしい。今後一切、ガウェイン卿が持つ刃は聖剣だけとも命じられてしまっていた。
『クッ……このガウェイン、料理の分野ではまだまだ未熟ッ……ですが、かくなる上は更なる精進を誓い、より密度のある山盛りポテトを築いてみせましょう!』
「まるで反省していないね……」
「ダメだこの騎士……早くなんとかしないと……」
❀
階層は一つ下に降り、迷宮探索が始まった。
すると目前に、飄々と佇む人影が現れる。
緑色のマント――この間確認した、BBに蘇生されたサーヴァントの一体、アーチャーか。
『よう、やってるねお嬢さん! ほんと、ご苦労様だこと』
『いつぞやの痩せ犬ではないか。今回もくだらぬ下働きか? あのような小娘に仕える屈辱、まっとうな英霊なら自害していように』
『ハ、オレゃあ屈辱とは思ってねぇよ。報酬がいいんなら、この際雇い主の性格には目をつむる。そもそもオレの仕事は破壊工作で趣味は隠密活動、目的は偽政者撲滅の裏家業ときた。英霊とは程遠いのさ』
『なるほど、犬ではなく鼠であったか。まともに戦う気概が初めからないとはな』
ここで戦うつもりはないのか、アーチャーに敵意は見られない。
だが、仕事は既にほぼ終わっているという。
『オタクら、記憶を探してるんだって? そりゃあまずい。何がって、それはBBが一番してほしくない事だ』
BBは既に、こちらの目的を分かっていた。
彼女は旧校舎にこそ手は出せないが、目と耳は通している。
マイルームのような限定空間ならともかく、岸波たちが「生徒会」というチームである以上、どうしても情報は
『ここはあの爪女の領域なんだが、都合の悪いコトにデータ管理もあいつの役割でねぇ。アレ基本どん臭いから、BBも心配になってオレを遣わしたワケさ。ま、ちょいと懐かしい装備もあってね、BB的にはそっちも渡したくないようで、ついでに隠せと命じられた』
隠すものは隠した。
彼は戦えとは命令されていないので、あとはゆっくり、こちらの奮戦っぷりを眺めさせてもらうという。
『せいぜい歩き回って、時間を無駄に使ってくれ』
告げると、アーチャーの姿は消えた。
転移……ではないようだ。
『透明になる宝具とはいかにも鼠らしい。迷宮にも似たような細工を施してあるのだろうよ』
ここから先、地図は当てにならない。
岸波は自分の手足を頼りに進むしかないだろう。
『――? 今、何かに触れたような……』
『存在処理に食い違いがある。眼がないのなら足で探せ。とにかく手を出してみよ』
少し行くと、早速異常が見つかった。
調べてみると、見えないアイテムフォルダから何かが飛び出してきたようである。
『これは……?』
ラニ曰く、いま見つかったのは分割されたデータらしい。同じものがあと三つはあるとのこと。
何のデータかは復元してみるまで分からないが、記憶データにしては扱いが雑だ。
『白野さん、周囲を調べて他の分割データがあれば回収してください。こちらで復元の準備をしておきます』
『ここまでの事をするのだ、本命は中々の宝であろう。我に興味はないが、必ず手に入れろよ』
……英雄王は財宝のコレクターである。
地上の宝は全て集めたという彼だ、「宝」という言葉には反応してしまうのだろう。
『………………………………』
「――待った。今、誰かいなかった?」
突如、エルキドゥが何かを感じ取った。
いくら最高ランクの気配感知があるとしても、流石にモニター観察している迷宮内までは届かないと思うのだが……?
「ま、こういう時は巻き戻しだな。録画映像カモーン」
現代の科学技術は本当に便利なもんである。
少し操作し、映像を一コマずつ逆再生――すると。
「……うわ」
先の、岸波が分割データを手に入れた直後。
背後――その奥に、パッションリップらしき爪が映っていた。
少し怖いが、音量も最大にしてみる。
『…………わたしに……来てくれた……嬉し……運命、です……』
「怖ァ!」
あまりに小さい呟きだったので、ところどころ聞き取れない箇所はあるが軽くホラーである。
そうか、BBチャンネルで言っていた「お化け」ってこれのことか……!
……お化けというよりは、ストーカーの方が近いような気もするが。
『――これで四つ目。数は揃ったはずだ』
『お疲れ様でした。データを復元する準備も整っていますので、一旦それを持って生徒会室に戻ってきてください』
回収完了。リターンクリスタルを用いて、岸波は迷宮から出て行った。
一つ一つ見つけるたびに、逆再生して確認していたこちらとしては、これでやっと安堵の息を吐くことができる。
……というかホント、向こうの目的はなんなのだろう?
❀
『――復元、完了しました』
『え、えぇ!? これだから優秀すぎるスタッフは……』
分割データを渡し、ほぼ一瞬でラニが作業を完了させた。
一方の岸波はその間に少し休もうと思っていたらしいが、あの程度に五秒以上かけるなど、あまりにナンセンスである。
『それで? 中身はなんだったの?』
『端的に言って、ゴミクズです』
曰く、膨大な数の用途不明なアイテムデータが詰め込まれていたらしい。例えばナベのフタとか。
緑衣のアーチャーの細工、か……想像以上に酷い結果だ。
『申し訳ありません。ボクの指示ミスで、白野さんに余計な手間をかけさせてしまいました』
『レオ。この場合、分割データを調べないわけにもいかなかったんだから、仕方ないよ』
『そう言って頂けると助かります。汚名返上できるよう、尽力しましょう』
今度こそは、パッションリップの攻略に専念するのだろう。
岸波は準備が出来次第、再び迷宮へ向かうようだ。
……敵の目的。
相手が現在行っていることは、ただ後ろからじっと見て、そっと姿を消すことだ。
しかし、その姿はさながら、恋する乙女といった感じで――
「――あ」
そこまで考えても、はっきりとした目的はまだ分からない。
しかしなんとなく、彼女たちという存在の核心に、ちょっとだけ近づいた気がした。