本日二度目のサクラ迷宮八階。
だが、初回では閉ざされていたあちこちの扉がズタズタに壊されていた。具体的には引きちぎって丸めてポイッという感じに。
凛曰く、八階中の扉という扉が見事に捻り潰されているらしい。おかげで先には進めるものの、未だアルターエゴの反応は補足できていないという。
数回出くわしたエネミーとの戦闘を勝ち抜き、奥へと突き進んでいく岸波たち。
……と、サーヴァントが何かに気がついたのか、立ち止まった。
「鉄を削っている……摩擦音だね。アルターエゴにつけられている」
「またか……」
自分にも、岸波にも聞こえないが、彼らには不穏な物音が聞こえているらしい。
そのまま振り返らずに、視線だけを注意深く後方へ向ける岸波。
『……………………』
パッションリップに動く気配はなく、ひたすら岸波を熱の篭った眼差しで見つめている。
どう対応したものか、と考えようとしたところで、リップの近くにもう一つ人影があるのに気がつく。
『……あのさ、オタク何してんの?』
『アーチャーさん……? 何、してるんですか?』
『いや聞いたのはこっち! ちょっと目ぇ離した隙になんで迷宮中の扉が潰れてんだよ!?』
『それは白野さんを探して……でも中々見つけられなくて……道は狭いし、扉は邪魔だから……』
潰した、と。
普通ですよね? と小首を傾げるリップ。
ハハハ、こりゃヤベェ奴だ。
『……普通の娘はイラッときただけで対サーヴァント処理までされた防壁をクシャッとしねぇですよ?』
『ご、ごめんなさい……それであの、ついでにこのデータ……隠しておいてください。あと、あの人とあんまり仲良くしたら、あなたを尾行、しますから……』
巨大な爪の先に摘まれた、五センチ四方のキューブ状のデータをアーチャーへと渡して消えるリップ。あれは例の圧縮データ、だろうか?
そしてなんというか、こう……愛が重いなぁ……
『ありゃ、ランサーよりやべえな。そろそろ本腰入れてお仕事しろってコトですかねぇ……』
アーチャーも何処かへと去っていく。
あの二人は仲がよろしくないらしい。まぁ同時に襲われる、という事態は避けられた。
岸波も、とりあえず向こうが行動を起こすまでフロアの把握を優先するようだ。
❀
そして、迷宮攻略を目指して数分の後「見えるアイテムフォルダ」を発見した。
……アーチャーの話では、全て透明にしてある、という事だったが……罠か?
『ネズミめ……アーチャーの風上にも置けぬ。まぁ、それはそれとして中身を確認せよ』
英雄王がアーチャーというクラスをどう思っているかは知らないが、彼から見ても罠のたぐいはないらしい。
では遠慮なく! と岸波がフォルダへと向かい、中を開く。
して、出てきたのは。
『女子学生服……?』
『なんだこのオチは! 99パーセント英雄王待望の新衣装と読んでいた我を笑いものにする気か!!』
「――あ、まだ手に入れてなかったんですね」
「それ、いま目の前で言ったら串刺しにされちゃうよマスター……」
それは恐ろしい、と口を閉ざす。
いやギルガメッシュの言う通り、学生服にはこれといって特別な価値はないのだが、どうしても笑いが零れてしまう……すまない。
緑衣のアーチャーは「BBが封じていた」と言っていた。
学生服――というかアレは表側の学生が着ていたやつか?どうして、彼女はこんなものを禁じていた……?
『――アルターエゴ反応、近いです。気をつけて』
岸波がラニの声で臨戦態勢に入る。
と、数秒の後にパッションリップとアーチャーが現れた。
『……おい、こっちのはオタクに任せたはずなんだが?』
『ち、ちゃんとやりました……フォルダ、透明になってました……から……』
『なってねぇよ。見てたよオレ。すぐバレる嘘で誤魔化すとか、オタク子供なワケ?』
『……で、でも……ここ、遠くて……』
『入り口付近まで足運んだオレの方が遠かったでしょ。つーかこっちがいいって言ったのはテメェだよなぁ!? “顔の無い王”も切りとって貸してやったのに、何してんの!?』
――顔の無い王。なるほど、あの緑のマントはそういう名前なのか。
『あれは綺麗なグリーンだったから……わたしのリボンにしたくて……でも、脆くてすぐに破けちゃって……アーチャーさんの宝具って、見た目だけで役に立ちません、よね?』
『テメェにくれてやったワケじゃねぇっての! 肝心の仕事はほったらかしで裁縫の真似事に夢中……いや、マジどうなってんのよその頭』
アーチャーにひたすら説教されるパッションリップ。
聞いたところ、先のフォルダの隠ぺいを任されていたリップが仕事を放棄し、結果として岸波たちはあっさり礼装を入手できた、ということらしい。
アーチャーが怒るのは当然だが、しかし、あの様子は……
『アレは関わるものの理性を融かす女だ。気付かぬ内に、アーチャーめはエゴの持つスキルに嵌っている』
『すみません、白野さん。私の方ではもうSGを補足しているんですけど……五停心観に反応はありませんか?』
『……なんだって?』
桜からの通信で、岸波が驚きの声を上げる。
まだ彼女は何も……いや、今はアーチャーによってその特性があらわになっているのだろう。
ラニの時と同じ、あのAI自身、自分の秘密を分かっていないのだ。
『SGは観測者、対峙者である
ラニの発言により、まさかのSG当てになった。
少し考えたあと、口を開く岸波。
『見ていると……いじめたくなる? しいて言うなら、「被虐体質」……だろうか』
『――ビンゴ、的確な推理よ! 相手が正気に戻る前に、サクッと抜いちゃって!』
凛の号令に頷き、岸波はリップに左手をかざした。
アーチャーがリップいじめに白熱している今がチャンス。
地を蹴り、SG摘出のため腕を伸ばし――そして、完了する。
『しまった、いつの間に――!? おいオタク、こんなところで暴走すんなよ!?』
『え……? だいじょうぶ、です……ちょっと、チクッとしただけで……』
『それならいい――ってよくねぇよ! 最後の一枚になっちまったじゃねぇか!?』
『? 最後の一枚をきっちり守れば結果的には同じじゃないですか。細かいことは、アーチャーさんにお任せします』
『真理ッスね。あのサクラさん、敵ながら見所あるッスよ』
あんなものぐさのAIと一緒にしないでください! と桜の抗議の声が聞こえる。
……あと、またアーチャーがエゴのスキルに嵌ろうとしているんだが。
『まさかこんな理由で、ここまでの仕事を台無しにするとはねぇ……もう忍耐の限界だ。BBに目を付けられようが、テメェにはきつい仕置きをしなくちゃ気が済まねぇ!』
悪ガキには昔からこれと決まっている、と逆上したアーチャーの手がリップを捕まえようと伸ばされる。
尻を出せ、とも言っていることから察するに幼稚園とかで行うアレをやるつもりだろう。
『待てぃ』
と、制止したのは岸波。
事情はどうあれ、悪意と絶望に満ちたサクラ迷宮で、あんな気の抜けた会話を容認する訳にもいくまい。
『あ? 関係ないオタクらは引っ込んで――いや、待て待て。なに熱くなってんだオレ?
……チッ、やめやめ、オレの仕事はここまでだ。後は自分で責任取りな』
緑衣をひるがえし、去っていくアーチャー。
……あー。しまった、またやっちまったな岸波。
『今度も……助けてくれた……やっぱり、わたしの王子様、なんだ……!』
『ほほう、面白くなってきたではないか』
愉しんでる場合か英雄王――!
壊滅的にこじれてきたぞ。勘違いが悪化してしまっている!
というか、何で王子様?
『もう、手遅れです……わたし……あなたの事しか、考えられない……』
そして「大好き」という言葉を呟くように連呼するリップ。
怖いナー。あれがヤンデレって奴なのかナー。
「……マスター? どうしたんだい?」
「いやぁ悪い。ちょっと悪寒がしてきてな」
ポンポンとエルキドゥの頭を撫でて精神の安定を手に入れる。ノーマルって素晴らしい。
しかし、リップの「好意」は自分の知るものと致命的に違う箇所がある。
岸波白野だけを愛しているのではなく――意図的に、それ以外を見ないようにしている……?
『……また厄介なのに気に入られたわね。でもこれはチャンスよ。好意につけ込むようで気が引けるけど、記憶の保管場所を問い詰めてみて!』
なかなか良い提案をするな、凛。
岸波がここまで無事だったのは、ひとえにリップの非戦闘的な性格ゆえである。
上手く誘導すれば、話し合いだけでの迷宮突破はもとより、目的の記憶も取り戻せるかもしれない。
『BBが奪った記憶は、どこにあるの?』
『白野さんの記憶……? はい、それならわたしが保管……しています。でも秘密には、手を出さないと約束してください。お願いです……そうじゃないとわたし、耐えられない……』
先までの独り言ではない、リップの目には強い意志の光が灯っていた。
悲しみさえ感じさせる声で、「記憶には手を出すな」と訴えている。だが――
『その約束はできない。自分は、岸波白野が何者であるかを知らなければならないから』
「――――」
待て。
その口ぶりから察するに、岸波は表側の記憶だけじゃない、それ以前――聖杯戦争に参加する前の記憶や、
……思えば、一番最初に岸波が自分の状況を質問する様子は見ていなかった。
私達が生徒会室を本格的に監視し始めたのはサクラ迷宮に入ってから。よって、録画映像にもその出来事は残っていない。
初めて裏側でレオと会ったときのことを思い出す。
あのとき、確か桜は岸波が「目覚めた」ではなく「発見した」と言っていた……と思う。
彼女以外のマスター……私やレオ、ジナコやシンジなどが落ちてきて数分と経たない内に目覚めていたのならば、岸波は見つかってからほぼ丸一日は眠っていたのかもしれない。
他の者より昏睡状態が長かった――理由は知らないが、それが原因でより重い症状――強い記憶の損失に陥っている……?
だとすれば、自分が何者だったのかを思い出せないのは、ひどく居心地が悪いことだろう。
それに加えてあのサーヴァントに、厄介な敵。あいつの環境は一体どうなってんだ……?
……だけど。
私が思うに、岸波白野という存在は――
「――――あれ、」
一瞬、
とても重大な秘密を、垣間見た気がする。
『そう、ですか……じゃあ、お母さまに叱られてしまう、から……助けてもらったけど、助けてあげません……』
これぞ三度目の正直。
じりじりとパッションリップは近づいてくる。
……が、不意に足を止め、明後日の方角に目を向けた。
『……忘れてました。わたし、ボスをちゃんと連れて来ていたの、です……』
そうして、傍らに現れたのは鳥のような形をしたエネミー。
当のリップはカロリー不足とか言って、転移していってしまった。
今度も直接対決ならず、か……アルターエゴの戦力は気になるが、今は素直に岸波の無事を喜んでおこう。
よくあのヤンデレを退けた。下手をすればすぐにデッドエンドに行ってしまいそうなのに。
『白野さん、お疲れ様でした。帰還してください。報告はまた、一眠りした後で』
ボスというエネミーを塵に返し、迷宮探索が終了する。
いやはや――本当、一筋縄じゃあいかないな。
「さて、と……これで私達も自由時間か。ん、どうしたエルキドゥ?」
「…………」
探索は終わりだというのに、未だエルキドゥはモニターを見つめている。
まぁ監視するのは自由だが……何か異常でも見つけたのだろうか。
「何かを見つけた、というより、何かが起こりそうな気がしてね……」
「……?」
具体的には分からない――が、ただの気のせいだとは流せない。
最高ランクの気配感知。本来のステータスはオールA。
サーヴァントランクEXの彼が言うと、特に。
「……私達に、何かできることはあるか?」
「……たぶん無理。きっとこれは――岸波白野が何とかしなくちゃいけない問題だ」
またアイツか。いや問題が起きるとすれば奴しかいないんだろうけど。
しかしこれほどにも警戒するとは――ははぁ、ざっくり言うと、世界の終わり的な感じかな?
「うん、そうかも」
「……いや、あの。冗談だったんだけど」
そんなあっさり言われるとこちらも不安になってくる。
大丈夫なのか岸波、おい。
モニターを確認すると、丁度チェックポイントを開放したところであった。
特になんの問題も起きていなさそうだが……、
【『――――、――――――――!』】
……今、何か聞こえたような?
視界にブレはない。世界は安定している。
異常はない。宇宙はまだ終焉を迎えていない。
「……免れたか? 終わり」
「――うん。彼女とギルも戻ってきた」
迷宮以外の空間ならば、気配感知が適用される。
無事に岸波は戻って来た……らしいが、一体何だったのだろう?