Fate/カレイド CCC   作:時杜 境

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2016/08/02 一部文章変更、修正


/襲撃

「岸波白野さん。直ちにそのサーヴァントとの契約を断ちなさい。

 そうすれば貴方と、旧校舎の人々の安全は宇宙の終わりまで保証します」

 

 機械のような目で、BBはそう言った。

 

 サクラ迷宮八階から戻ったというのに、目を開けてみれば、そこは異世界……ではなく、ここは迷宮と旧校舎の狭間に位置するところらしい。

 BBは自分がギルガメッシュとの契約に、全ての令呪を消費したことが気に入らないようで、今こうしてルール違反ではあるが、取引をしにきたのだと。

 

「宇宙の終わりまでとは気前が良いな。では、断れば宇宙を滅ぼすのだろうな?」

 

「もちろん終わらせます。彼女がギルガメッシュとの契約を切らなければ、全ての電源を落とします」

 

 ギルガメッシュの問いに、そう断言するBB。

 だが、彼女は管理AIだ。流石に、マスターを殺す権限まではないのではなかろうか。

 

「マスターを殺す権利はなくとも、この宙域を崩壊させることは可能です。わたしごと、貴方たちを終わらせてもいい」

 

「だそうだ。どうする? 我はどちらでも構わんぞ?」

 

「…………」

 

 ……とんでもないことになってしまった。

 契約を切るか、否か――

 切れば安全が保たれる。AIは嘘をつかないので、これは本当だろう。

 しかし切らなかった場合はどうか。宇宙が、世界が終わる?

 

「……この虚数空間もそう長く安定しません。三秒以内に答えてください」

 

 これは間違いなく、運命の選択だ。

 自分は――

 

 

 

 

 

 

「――契約は、切らない」

 

 

 ❀

 

 

 旧校舎へ無事帰還し、パッションリップの二つのSGを獲得してから数時間。

 こちらの疲れも取れたので、生徒会室に入り、いつもの席に座るとブリーフィングが始まった。

 しかし今回――いや、今朝はレオからの極秘任務を任されていたユリウスの姿があった。

 

「我々の目的は記憶を回収し、迷宮の端に到達する。BBの撤去は状況に応じてのもの、と考えてください。兄さん、説明を」

 

「BBと戦う必要はない。アレがいかに強大な権限を持とうが、それは月の裏側だけのものだ。

 レオ、遠坂凛、ラニ……岸波白野か。この四名は不意打ちでこちらに引き込まれただけだ。表側ならBBなど取るに足らん。わざわざ支配されている裏側で戦う必要はない」

 

「なるほど。じゃあ、レオ会長はBBは出来る限り無視して、迷宮の踏破を優先するのね」

 

 凛の問いにはい、と頷くレオ。

 そう、彼女は暴走こそしているが、()()()()()()()()()()()()()。これぞ最適化を良しとするAIの限界。だから、人間の“意味もなく増やす”ルーチンがない。

 これはつまり――

 

「逆に言えば、我々が端に到達しなければ迷宮は増築されない、という事です」

 

 桜の観測では、ラニの解放後に増築された迷宮は六階分。

 今は八階だから――残りは四階分か。

 

「まずはパッションリップのSGを摘出。その後、AIの擬似心象に侵入し、内部からアルターエゴを破壊。その過程で、可能ならば記憶の奪還を」

 

「あまり無理はしないでください……記憶を入手せずに表側に戻っても、忘れたままにはなりませんから」

 

 桜曰く、ムーンセルは全てを観測、記録しているので、参加者に記憶の欠損があると判明すれば、即座に修復されるのだとか。

 まさに人生の修正パッチだ、と通信越しにジナコがそう言った。

 確かに、その人物がイレギュラーな状態でない限り、「事実」を記憶するムーンセルで「取り戻せない過去」は存在しないだろう。上手い例え方をする。

 

「生徒会の方針は以上です。それでは――」

 

「会長、その前に報告を。白野さんが発見し、こちらでコピーした圧縮データの解析は、失敗しました。解凍はできず、データの正確な調査は不可能だったからです」

 

 この結果になった憶測は立てられるものの、今は確証がない。だがサンプルが二つあり、同じ結果になるのなら憶測ではなく仮説として提唱できる、とラニ。

 

「なので、白野さん。可能であれば、もう一度あのキューブを見つけてきてください」

 

「とのコトです。では、これより九階の攻略を開始します。お気をつけて」

 

 レオの宣言にみなが頷き、各々の作業に戻る。

 自分もサクラ迷宮に……行く前に、ユリウスに秘密任務の成果を聞いてみた。

 

 ユリウスは、私がBBやリップの目を引きつけている間に迷宮を調査していた――のだが、感覚が鋭いリップに目をつけられてしまったのだとか。レオが記憶の奪還を後回しにした理由がこれであるとも。

 

「……すまんな。また一つ、お前に仕事を押し付けた」

 

 ……おや、何かいま、レアなものを見た気がした。

 しかし記憶が曖昧なために、「何があり得なかったのか」は分からない。

 

 ……迷宮に急ごう。あの場所に記憶があるというのは確かなのだから。

 

 

 ❀

 

 

 校庭に出る――と、かつてない悪寒が襲ってきた。

 いわば「知らぬ間に運良く助かっていた」、という感覚だ。

 

「雑種、アルターエゴの遠征だぞ」

 

 霊体化を解いたギルガメッシュの視線の先、桜の木の下――サクラ迷宮の入り口付近に、パッションリップが立っていた。

 なっ――BBと違い、彼女はこの空間に入って来られるのか!?

 

 ともあれ、放って置くことはできない。それに彼女は何か、恐ろしいことをしようとしようとしている気もした。

 

「あ……そう、でした。あの中には、白野さんのお部屋も、あったんでした……直前で気付けて、良かった……でも……」

 

 両手を下げ、こちらを見るリップ。

 普段、敵対姿勢を見せない彼女にしては珍しく、その目にはかすかな敵意が宿っていた。

 

「……記憶を取り戻そう、なんて……いけない人たちは、……、しちゃおうって……。

 記憶があったらぜんぶ、本当の気持ちになっちゃい、ます……本音なんて聞きたくない……わたしは、わたしが好きな白野さんのままで、いて欲しいんです」

 

 それを邪魔するのなら。

 いくら相手が自分だとしても、許せないと。

 

 ……パッションリップの理論は破綻している。

 好きな相手を好きなままでいるために、好きな相手を――する、などと。

 最早それはただの好意ではない。好きなモノをこそ破壊するという狂気に他ならない。

 

「たわけめ、記憶とは理性。即ち仮面だ。記憶がないこの状態のこの女こそ、偽りのない本性ではないか!

 人の本性を知るには記憶は不要だが、上質な愛には記憶は不可欠。どのように愛し、愛されたいのか。愛が欲しいのなら、まずはそれらを自覚してから出直すがいい!」

 

 ギルガメッシュの一喝でよろよろと後退するリップ。

 正面から論破され、彼女の敵意は完全に消失していた。

 

 ――が、いかなる理由か、その目はより(あや)しい輝きを帯びている。

 

「記憶を知りたいのは……わたしを、笑うためじゃ、なくて……より深い、愛のため……

 そっか……! 白野さんは、わたしをもっと……強く、愛してくれるんだ……!」

 

 普段のリップからは考えられない、あまりにも凶悪な、爆発じみた推進。

 避けようが無い。

 ギルガメッシュの防御も間に合わない。

 彼女の巨大な爪が、岸波白野を包み込むように迫ってくる――!

 

 

『               』

 

 

 だけど、聞こえた。

 詠唱する声。

 共に感じた絶大な魔力の気配。

 

「きゃっ……!? これは、妨害……? ――ッ!!」

 

 ――気がつけば、リップの姿はない。

 しかし地面には抉られたような跡。先ほどの魔術の影響、だろうか?

 

 

「……術式展開成功。久しぶりの大仕事だったな……おい、無事か岸波?」

 

「あ――あぁ。大丈夫だ、ありがとう」

 

 現れていたのは月成ルツ。

 今のは……彼女の術式(プログラム)だったのだろうか。

 

「ん? まぁ軽くハッキングを仕掛けてな。ちょいとサーヴァントにも手伝って貰った」

 

「え……ということは、もう不調は治ったのか?」

 

「治ってない。むしろ進展ナシ。とはいえ、ずっと閉じ込める、っていうのもな。まぁリハビリみたいなもんだ」

 

 リハビリ……できる程度には、回復しているということだろうか。だがそれだと、進展なし、という言葉は一体……?

 

 

「白野さん! ああ、良かったご無事で……!」

 

「――――っ」

 

 心配した様子で校舎から駆け寄って来たのは殺生院キアラ。

 だが彼女が現れると共に、ルツの顔色は青ざめ、一歩後ろへ下がった。

 

「あら、月成さん? 魔力の気配を感じたのですが……一体、何が?」

 

「……パッションリップが、この空間に侵入してきたんですよ。強引に、迷宮まで追い返しましたけど…………」

 

 ? ルツの様子がおかしい。

 キアラ相手に緊張……というより警戒しているような……敵意こそ示していないが、拒絶している様子が読み取れた。

 

「まぁ、素晴らしい技量を持っていらっしゃるのですね。お怪我はありませんか?」

 

「だ、大丈夫です。はい、全然……お構いなく……」

 

 怪我はない、と言うが具合が悪そうだった。

 キアラが苦手、なのだろうか……? しかし、どうして――

 

「と、いうか……なぜ貴方がここに? 随分と、岸波(コイツ)のことを心配していたようですけど……」

 

「この方たちのような、善い主従をむざむざ失うのは辛うございまして。

 それに……私、白野さんを特に好いているようなのです。職業柄、清い心、濃い魂には敏感と申しましょうか……貴方にはどうか、最後まで生き残ってほしいのです」

 

 

「おい、まっとうな少女をつまらん道に引きずり込むのは後にしてくれ」

 

 

 と、言いながら姿を現したのはキアラのサーヴァント、アンデルセン。

 ……おや、なぜかルツが彼を盾にするように移動したのは気のせいだろうか?

 

「お前等もだ。この女の言葉にいちいちほだされるな。他にやることがあるだろう。所詮、一人では何の役も立たん女だ」

 

「……はあ。アルターエゴとは逆に、貴方は本当の自分を忘れた方がいいのでは?」

 

「本当の自分だと? くだらん、そんなものがあると思い込む事こそ愚劣さの証だ。そも、自分のことは自分が一番分かっている、というフレーズの陳腐さは唾棄すべきものがある」

 

「その証明がアンタだもんなぁ……アンタを見てると、自分なんて永遠に分かんないもんだって思っちゃうよ」

 

「分かるものか。なんだってまた、俺は死んだ後も童話書きなんぞやらねばならん!」

 

 安定の毒舌っぷりだなー、と返すルツ。彼の登場によるものか、その表情には先ほどよりも少し余裕が見えた。

 この二人、結構仲が良いのだろうか?

 

「さて、と。即席モノだが結界も張っておいた……しばらく干渉はできないさ。きちんとしたやつは生徒会の天才たちに頼め。じゃあな」

 

 軽く手を振り、校舎へ引っ込んでいくルツ。

 その足取りは、やはり何かから逃げていくようだった。

 

「それでは私たちもこれにて。迷宮探索、頑張ってくださいね」

 

 相変わらず優雅な動作でお辞儀をし、キアラ達も戻っていく。

 ……ルツが何故、キアラに対してあんな態度を取るのかは不明だが、自分たちを助けてくれたことは事実だ。

 本人はサーヴァントのリハビリ、と言っていたが、たったそれだけが岸波白野を救う理由に足りえているのか……?

 

「……フン。三流にも及ばぬ魔術師(ウィザード)かと思っていたが、存外あの女――ツキナリといったか。どうやらハッキング能力には恵まれているらしい。アレが表の聖杯戦争に参加できたのもその力あってこそだろうよ」

 

 彼女自身、強力な魔術は使えなくとも、電脳世界において高度な演算処理を可能とする脳を持っている……ということだろうか?

 しかしそれだと先の強大な魔力の正体が分からないのだが……

 

「先ほどのものは魔術ではない。奴のサーヴァントによる攻撃だろう」

 

 言い終えると、しばし何かを考え込んでいるのか口を閉ざす英雄王。

 やがて、迷いを振り払うかのように首を振り「しかし、セッショウインは気に入らんな」と話を続けた。

 

 曰く、無欲無償……否、無私無償で人の世を救う願望を持つ者。

 ギルガメッシュは多数の幸福のため、人の世を救おうという愚者を山ほど見てきたらしいが、あの女は本気で全ての人間に己が命を捧げるつもりだという。

 そして、彼は最後にこう締めくくった。

 

 

「もしもその願いが叶うのなら、その人間は聖者でも英雄でもない。

 ……救世主と呼ばれる、最もおぞましい人間だ」

 

 

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