Fate/カレイド CCC   作:時杜 境

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記憶

『生徒会の皆さんから説明は受けています。すぐにエゴの心に潜りますか?』

 

『今すぐ。お願いします』

 

『承知致しました。桜さん、前回と同じようサポートをお願いします』

 

『はい。岸波さんの霊子変換はこちらで。その後の保護、先導はキアラさんにお任せします』

 

 結局、一度寝て起きてみても、ジナコが旧校舎に帰ってくることはなかった。

 記憶の解凍もリップを倒してから。

 現在は例のサイコダイブが始められており、決戦が行われようとしている。

 

「マスター、分かったかい? 殺生院キアラのこと」

 

「……まぁな。けどこれは……」

 

 ――酷い。

 何が酷いって、本人もその周りの者たちもだ。要は全部。

 

 

 起きてから私がやっていたのは情報収集である。

 殺生院キアラ――自分の天敵ランキングでぶっち切りの一位にランクインしている人物について。

 

 彼女も今のところ、サーヴァントを持つマスターだ。

 一応調べておこうと思い、今の今まで情報を整理していたのだが……

 

「やばいな、これ」

 

 率直な感想がそれだった。

 

 彼女のサーヴァント自身から聞いた話じゃ、真言立川流の最後の導師。

 そして彼……アンデルセンはキアラを「寄生虫」とも言った。まぁ彼の罵倒の言葉はこれだけじゃないのだが。

 

 彼女の中身、すなわち本性――までは分からない。が、それでもネットの海を漁ればそれなりに情報をかき集めることができた。

 

「――アイツ、地上じゃ国際指名手配の電脳犯罪者らしい」

 

 キアラはかつて、今はもう存在しない、あるカルト教団の幹部だった。

 しかし。

 ネット外部であろうが、男も女も人種も人柄も職業も地位も関係なく、彼女を慕うあまり、全員が自殺したという。

 

「どんな精神構造してんだかなぁ……」

 

 彼女は多くの人を救い、しかしてその人々は彼女の善意を踏みにじった。

 それでも、と続くのがキアラだ。

 何度も何度も人間に裏切られ続けたにも関わらず――彼女は救世の志を捨てなかった。

 

 この域までいくと、もはや彼女自身、裏切られてもいいと思っていた節さえある。

 

 彼女が最大の被害者なのは間違いない。けれど、状況的には彼女が集団自殺や抗争の元になっているのも事実。

 結果、西欧財閥――実質、今の世界を支配している機関――の肝いりで全世界に指名手配がかけられた。

 

「もちろん、彼女を弁護する人達はいたよ。けど、西欧財閥のバックには『聖堂教会』っていう世界に強い影響力を維持してる勢力があってな。自分たちの信仰を守るため、あいつを最大級の敵と認識したワケさ」

 

「すごい人徳だね……もう魔力と言ってもいいんじゃないかな、それ」

 

 全くだ、と同意する。

 もうキアラの精神は、人間のそれではないのだろう。

 

「要はアレだ。奴と関わると死ぬ」

 

「……間違いではないんだろうけど、あまりに雑なまとめ方だね……」

 

 天敵認定した奴はこんなもんでいい。

 深く相手を知ったところで、必ずしも同情できるとは限らないのだから。

 

 

 ❀

 

 

 パッションリップのレリーフが消失する。

 どうやら今回も敵を倒すことはでき――

 

『ん? 我からの罵りがないのが不思議か? ()()()()()()()()ことについて、我から言うべきことはない。貴様の判断だ、好きにするがいいさ』

 

「……え、あれ、見逃したの?」

 

 いや、別に岸波を責める気はない。あいつ自身も自分が甘いことはよく分かっているだろう。

 元凶はあくまでBB。その走狗の生死はさして重要ではない……だろう。多分。

 復活してきた時は、そのときにまた対処すればいいことだ。

 

『エゴを破った褒美だ、忠告をしてやろう。校舎に戻る前に下層に進んでみよ。我が見たところ、下には何の危険もない』

 

 探索するなら今が好機――とギルガメッシュ。

 あの王様の忠告は、なんとなく聞いておいた方がいい、と思う。本当になんとなく。

 

『無事か、岸波』

 

 現れたのはジナコの探索を任されたユリウスだった。

 まだ見つからないのか……BBにでも捕まったんじゃないか?

 

「いや、やめよう。洒落にならん」

 

 岸波がユリウスへサーヴァントの提案を説明する。

 それに彼は承諾の意を示し、自分から報告しておく、という。

  

『お前は十階の探索に向かえ。くれぐれも無理はするなよ』

 

 

 ――十階への階段を降りていく。

 既に次の迷宮もできているらしい。流れ的に次の相手は……もう一体のアルターエゴか?

 

「……あ、予想が当たったね。マスター」

 

「当たってほしくなかった!」

 

 十階のフロアに立っていたのはジナコだった。

 ユリウスが探しても見つからないはずである。

 

『……白野さんッスか。やっぱり来たッスね』

 

『この虚無は貴様が原因か。女――BBの手に落ちたな?』

 

『そうッスよ。ジナコさん、BBに捕まったッス』

 

 ……計ったか。誰がとは言わないでおく。

 

『通信はカットさせてもらってるッス。リップさんを倒した後からずっと。

 今はボクと白野さんだけ。他の人と話す気分じゃないし』

 

 完全お通夜モードなジナコ……というか鬱。

 これは……今まで以上に精神が抉られそうな迷宮になりそうだ。

 

『月の裏側から出る? 記憶を取り戻す? そもそも――聖杯戦争に勝ち残る?

 アタシはもう、そういうのはいいの。アンタ達はアンタ達で、仲良くやってればいい』

 

 岸波の身体が押し戻されていく。

 あれは間違いなく、迷宮の核にされた衛士(センチネル)のものだ。

 

『アタシには構わないで。アタシは助けなんて、初めから求めてないから――!』

 

 強い拒絶と絶望。

 それも記憶を取り戻した影響だろう。

 

 自分も記憶を持っているが――彼女を救うことはできない。何せ表側での立場が違うのだ。

 勝者と敗者。

 聖杯戦争で負けたものに与えられるのは「死」のみだ。

 そして、ジナコの場合は――

 

 

 ❀

 

 

 ――目の前にはなるべく、あまり近寄らないようにしていた生徒会室の扉がある。

 

 ……ジナコの迷宮が造られた翌朝。

 端末の着信音で目が覚め、確認すると生徒会からの招集メールが来ていた。記憶の解凍がとうとう行われるらしい。

 

「ついに来たな、この時が……あー、ねむ」

 

 眠気はある。

 しかし参加しないわけにはいかない。

 一応、自分も記憶がないマスターの一人として扱われているのだから。

 

 エルキドゥは自室に置いてきた。

 流石に、すぐに殺し合いが始まることはないはずだ。

 

「失礼しまーす」

 

 きちんとノックをして、室内に入る。

 思えばここに来るのは裏側に落ちたとき以来だ。まぁ、いつも中の様子はモニターで監視させてもらっているのだが。

 

「お久しぶりです、月成さん。ご機嫌いかがですか?」

 

「あぁ、眠い」

 

 レオの言葉にそれだけ返答し、室内を見渡す。

 生徒会室には岸波とキアラ、ジナコがいなかった。

 後者は別として、前者の二人はいずれ来るだろう。

 

「む――? おぉ、やはりおぬしであったか! 久しいな我が同志よ!」

 

「いつ、誰が同志になったよ。お前とは永遠に知り合いだ」

 

 こちらの姿を確認するや否やガトーが騒ぎ出す。

 懐かしいな、こういうやり取り。と思いながら緊張がほぐれていくのを感じる。知り合いといえど、知った顔があると人間、落ち着くものだ。

 

「おや、お知り合いなんですか。ガトー団長」

 

「うむ。地上にて旅の道中出会った者の一人。月にて再会とは、やはり人の縁には不思議なものがある!」

 

「私もお前がいるなんてビックリだけどな……そもそも生きてる時点ですげぇよ。単独挑戦のヒマラヤ登山はどうなったんだ?」

 

「アレも良き修行の地であった。そして何よりこの魂に刻まれているは、絶望していた小生の前に現れた我が神の美しさ、偉大さよ! まぁ今は『ショウジキナイワー』という神託を残して立ち去られた後なのだが」

 

 それ見捨てられてる。見捨てられてるぞガトー。

 ……いや、コイツの人生観じゃ「神が己を見捨てた」などということにはならないか。

 つーか、その言い分からすると、ガトーのサーヴァントってまさか自前……

 

「しかして、そちらはどうだ? 良き魔術の師には出会えたか?」

 

「――まぁ、な。とんでもない人がいるもんだよ」

 

 そういえば師匠は吸血鬼な上に魔法使いだった。

 こっちもガトーが「神」と呼ぶほどの存在と同じくらい、凄い人物に出会えたのだ。

 ……今はそいつからの命令が発端で、月に来ているのだが。

 

 

「遅れてしまって申し訳ありません……あら?」

 

 その人物が室内に入ってきた途端、ザッと本能的な動きで場所を移動する。

 具体的に言うと、ガトーを壁にするよう、端っこに。

 

「うっ、む。許せ我が同志よ、あのご婦人は小生も、ちと相手にしづらく……」

 

「相手にしろとは言わない。お前はただそこにじっと立っているだけで役目を果たすぞ」

 

 あと同志じゃねぇから。

 そんな私達のやり取りをみてて、微笑を浮かべているのはキアラ。

 他のメンバーは不思議そうな目を私に向けている。

 レオとキアラ――天敵と同じ部屋、か。ふふふ、寒気が止まらねぇ。 

 

「――あ、来ましたね白野さん」

 

 少年王の声で再び視線が扉へと向けられる。

 岸波白野。これでほとんどのマスターが集まった。

 

「お疲れとは思いますが、じき記憶の開封になりますので呼びつけてしまいました」

 

 大丈夫、とレオに挨拶を返す岸波。

 未だに空気は緊迫しているようだ。

 忘れていた記憶が戻るんだから、緊張しないはずがないのだが。

 

「…………すまんな。オレがもっと早くカリギリを補足していれば――」

 

「もとはと言えばジナコさんを一人にしてしまったボクの責任です。兄さんの責任ではありません」

 

 ユリウスはジナコについて責任を感じていたらしい。

 レオの言葉に安心したのか、ユリウスはかすかに微笑んだ。

 ……しかし、どうしても私には――

 

「……ちょっとシンジ。顔色と髪、草みたいに真っ青よ? まさか吐かないでしょうね?」

 

「う、うるさいな。髪が青いのは生まれつきだよ! いいから、さっさと済ませろよな!」

 

「膝が震えているぞシンジ。(これ)、小生のように泰然と構えるが良い」

 

 そう言うガトーは体全体で震えていた。

 凛の軽口のおかげで、空気が少し軽くなる。自分のものとはいえ、「忘れていた」記憶がどんなものか、みな怖いのだろう。

 

「記憶キューブの解放準備、整いました。キアラさん、万が一に備えての精神(メンタル)ケア、よろしくお願いします」

 

「承知いたしております。皆さんがこの旧校舎で培われた束の間の思い出と、取り戻された記憶、その双方がうまく融和しない不具合……深刻な衝突(コンプリクト)を起こす事態になりましたら、それは実に厄介と申せます」

 

 つまり、そのためにキアラは控えている、と。

 私の場合、相手がキアラだと逆効果な気もするが。

 

 

「――では、解放術式を開始します。皆さん、できるだけ心を落ち着けてください」

 

 

 普段より硬い桜の声。

 途端、

 

「――――、」

 

 ……脳が痺れたような思考の鈍さ。

 まるで水の中にいるようだ。

 自分の名前を思い出すだけでも重い。

 

 しかし、それだけだ。

 他の者は知らないが、特にこれといって自分の記憶に変化はない。

 一回戦、二回戦、三回戦、四回戦、五回戦――そして、次の対戦相手のこと。

 

 うん、問題ナシ。

 

「ふっ……ガァッハッハハハハハハッ!!」

 

 隣から笑い声が聞こえた。ガトーだ。

 そして次に、シンジが膝からその場に崩れ落ちる。すると岸波が席から立って駆け寄っていった。意外だな。

 

「っ……ボクの記憶の最終更新は、五回戦の決戦後で停止しています。皆さん、その認識でよろしいでしょうか」

 

 ――レオも戻った、か。

 しかし、ほとんどのメンバーが五回戦の前後かは曖昧のようだ。

 岸波とユリウスも、五回戦で互いに戦うことになった、ということだけらしい。

 

「参りましたね……封印されていた記憶には、BBの秘密なり弱点が隠されていると推測しましたが……」

 

 記憶が取り上げられていたのは、やはりこの旧校舎の平和を保つためか。

 レオが再度、BBの秘密などを思い出した人がいるか質問するが、上げられた手は一つもない。

 それはそうだ。記憶を奪われなかった自分さえ、BBについては何も知らないのだから。

 

「ハハッ……なんとなく、分かってはいたんだよ……! 記憶なんて取り戻したってしょうがないって! そんなもの、忘れていた方が幸せだって!」

 

 シンジの様子を見ると、一番ショックを受けているのは彼らしかった。

 おそらく彼の立ち位置は敗者の側。そして相手は――岸波か。

 

「……でも、なんか引っ掛かるのよね。私の対戦相手、三回戦と次の六回戦、二通りあったような……」

 

「二通り――? 一度に二人と戦った、ということですか?」

 

「そうじゃなくて……二つのパターンがあった気がするのよ。例えば、次の相手は――」

 

 そこまで口にし、凛は口を閉ざした。

 一瞬、その視線が岸波に向いたような気がしなくもない。

 

「ミス遠坂。記憶の整理がつかないようでしたら、サクラに診てもらっては?」

 

「お構い無く。お互いの経過を逐一つき合わせて、あら探ししてる時間もなさそうだし」

 

「何か都合の悪いことでも? ――すみません、睨まないでください。気になっているのはジナコさんですね」

 

 ……そう、凛もらしいが、自分だってジナコのことは全く記憶していなかった。

 記憶を取り戻した者たちは、他人の戦歴を思い出せないにしても、校舎で誰とすれ違ったかはきちんと思い出せるのだそう。

 なのに聖杯戦争中、誰もジナコとは「一度も」会っていないという。

 

「……まぁ結局、本人から聞き出さないと、か」

 

「そうですね。月成さん、貴方の記憶は?」

 

「……同じようなものだよ」

 

 とだけ、答えておく。

 しかし返答するとレオは憐れみのような、暗い顔をした。

 なんだろう、気に食わない。

 

 

『結論の出ない議論は楽しい(スイーツ)ですかー? 勿論楽しい(スイーツ)に決まってますよねー♥

 ――BBチャンネル、始まりです!』

 

 

 その声がすると、たちまち音声は遮断された。

 ナルホド、こういうタイミングで来るのか、あの番組って……

 

 

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