「奥歯に物がはさまったような顔だな。お前にしては珍しい。いいぞ、話のネタになるかもしれん。今はそれなりに体調がいい。相談にのってやらんこともない、話してみろ」
気まぐれに図書室の方向へ足を向けると、あの毒舌系サーヴァントが立っていた。
……あれから迷宮探索は滞りなく、無事に岸波は衛士のSGを獲得した。
途中、目からビームを出すという理由でカルナのクラスがランサーから「ランチャー」になるという事態も起きたが、まぁ些細なことだ。
ジナコのSG……それは嘘をついてしまう癖。
しかしそれは、大切なものを持っているからこそ嘘をつく、という真実に繋がる鍵のようなものである。
一方、ガトーはあの看板にまんまと引っ掛かって迷宮を彷徨っていたらしい。
「で、何だ。お悩み相談所か。残念ながら、ネタにできるほどの濃さはないと思うぞ」
「そうか? ネタなんてどこに落ちているか分からんものだぞ。お前にとっては小さい悩みでも、俺にとっては愉快と思えるやつかもしれん」
……あくまでもネタとして聞くらしい、この英霊。
しかしこうして興味を持ってくれる人は早々いない。折角だし、言うだけ言ってみるか。
「生徒会長が憐れみの目を向けてくる件について」
「ほう?」
言うと、ニヤリと口を歪ませる少年。子供にしては少し怖い。
「そうか、記憶が戻ったのか。なるほど、もしかすると生徒会長様の記憶の中には、何かお前を憐れに思ってしまう出来事があったのかもしれないな」
「えぇー……」
一体、いつどこのシーンにそんなものが。
大体レオと初めて会ったのは対戦相手の発表のときである。確かにそれ以前にも見かけたことはあったが、実際に話す機会なんて全然なかった。
大体、あの少年王が他人を憐れに思う場面だなんて――
「ふむ、すれ違いというやつか。確かにそれほど面倒なものはない。ならばお前の記憶にある聖杯戦争はどうだった? 己が勝者か敗者か、はっきりしているのか?」
「そりゃもちろん。私は五回戦まで勝ち抜いたマスターの一人だ。これははっきり言える」
というか、私はBBに記憶なんていじられていない。
おかしなところなんて何一つないはずだ。
「……それは、お前のサーヴァントも同様か?」
「あぁ。そうだ」
「だったらそれは向こうの勘違い、または単なる思い込みの可能性が高い。能力が優れすぎているのは問題になることもあるからな。先の見通し過ぎ、事を解析し過ぎてしまったのかもしれん」
「はぁ……」
やっぱりまだ釈然としないが、今はそういうことにしておこう。
もしかすると、深く考えてしまったのはこちらという可能性もある。
「そういえば、サーヴァントで思い出したが、お前のは随分可愛い姿じゃないか。アレは生まれたときから完成されている類のものだろう?」
「……待て。お前まさか」
「あぁ、騒がしい教師もいたものだ。しかし執筆を中断し、わざわざ見に行くくらいの価値はあったな」
「――ッ」
タイガー・フジムラァ――ッ!!
そこまでにしておけよしておいてくれよ藤村ァ!
くそ、AIやNPCならともかく、よりによってサーヴァント、しかもこの英霊に目撃されていたとは!
「不覚……」
「そう落ち込むな。しかし、いい加減に姿くらい公表してもいいんじゃないか? 今から聖杯戦争に復帰した後の心配していても、あまり意味はないと思うが」
「…………その質問に答えるには、真名の手掛かりというか、アンタにとっちゃ大ヒントとも言える情報を言わなければならないのだが」
「おぉ、言ってみろ。安心しろ、マスターに命令されない限りは口を割らないと誓おう」
ホントかなぁ、と少年を見やるが何一つ表情は変わらない。どうやらマジで言っているらしい。
そりゃそうか――こいつにとって、言葉を曲げることこそ魂の死を表す。
性根が捻じ曲がっているのはお互い様だが、彼はその性根あっての文豪だ。疑う必要はないだろう。
「――――――――――、…………ヒント、金ピカ」
渋々言うと、数瞬だけアンデルセンはポカンとした表情になった。
滅多に見られない顔なのだろうが、しかし次の瞬間、
「ハ――く、ふ、はははははは! なんだそれは! とうとうムーンセルまでも気が狂ったか! 自滅エンドなんて駄作にも程がある! 善悪関係なく、誰だろうとここにいる者は終わりじゃないか! いや、よく今の今まで黙っていた。むしろ評価してやろう! 確かにこの場合、役者は全員一瞬で脇役まで格落ちて死ぬという最悪の結末だ!」
「ご理解していただき何よりだよ……」
ここまで言われると逆に清々しい。
あいつらの戦いが本気で始まれば幕は一瞬で落とされる。
アンデルセンの言う通り、ヒーローだろうと黒幕だろうと、それに巻き込まれてしまえば、瞬時にただの「脇役」と化すのだ。
決闘になればその主役は、巻き起こしている本人たちになるのだから。
「しかしどうやってあの英霊で参加資格を得た? あぁ、もしやそれが生徒会と協力していない理由か?」
「……そうだよ。裏側なら神の目も届かないっていうから、利用しようかとね。まぁ制約がなくても多分協力はしなかったと思うけど」
「むしろ協力できないだろう。お前があのサーヴァントの目から逃れるためには、隠れ潜むしか方法はない。見方を変え、あえて姿を晒したとしても、今度はお前が死ぬハメになっていたかもしれん」
「それは今でも怖いんだわー……なんなんだろうなアレ。岸波もどこで見つけたんだか……」
逆に、岸波のサーヴァントがあの黄金の英霊でなければ、私達は生徒会と協力できていただろう。
……彼の親友曰く、自分と手を組もうとする者は、王に無理難題を吹っ掛けられて追い払われてきたとのこと。
それはマスターも例外ではないだろう。自分が親友の主に合わぬ者と見られれば、殺されて他の奴をマスターにするやもしれん。
「それで、まだ隠すのか? 露見するのも時間の問題だぞ。第一、BBの奴にはもうバレているだろう」
「あー……それも悩みの一つだわ。あいつもゲームが終わるのを知ってるから、あえて手は出さないでいるのかなぁ、って思うけど、最近は忘れられてるというか、もう知らないんじゃね? みたいな仮説まで思い浮かぶ始末だ」
「知らないなんてことはないだろ。真名まで思い当たらずとも、サーヴァントの気配くらいは察知できるさ」
「……だよなぁ?」
まぁ思考の読めない奴についてあれこれ考えても仕方ない。
基本、BBへの対応は岸波に任せておけば大方上手くいってくれるはず。
「それと、もう一つ不可解なのは言峰が言ってた『バーサーカー』についてなんだよな……ほらアイツ、表側で監督役やってただろ? 改めて思うと、AIやNPCに『記憶違い』なんて無いワケだ。BBにいじられたって可能性で前は片付けたけど……」
「不安の芽は摘み取るか。慎重だな、お前は。バーサーカーといえば、お前のサーヴァントにも適性があるだろう。途中でクラス変えをした覚えはないのか?」
「ないよ。あいつは最初からランサーで喚んだんだ。それ以前に、私がそこまで魔力のある魔術師にでも見えるのか」
「見えない。全然。むしろ三流レベルだ。ハハッ、同じ穴の狢というヤツか!」
「うぜぇ……」
私とこいつがコンビを組んだら最弱は間違いないだろう。即死確定。
「……けどやっぱり記憶違いはBBの仕業ってことでいいのかね。何でもありな気がするし、あの娘」
いずれ、奴については明らかになるだろう。
今、答えを急かす必要はまだないだろうし、大体その役目は私じゃない。
でもバーサーカー……
「――で? 悩みはこれだけか」
「あー……と、んじゃ今度は相談じゃなくて質問をしよう。アンタ、『人魚姫』の童話書くとき、どんな気持ちだったんだ?」
世界三大童話作家の一人、アンデルセン。
その本人が目の前いるというのなら、現代では行うことのできない取材をしてみよう。
「どんな気持ちだったかだと? バッカ、そんなものたまらなく面白かったに決まっているだろう! リア充爆発しろ、と叫びたいのを堪えてなぁ!」
「…………すげー」
何が凄いって、世界では「悲劇」と言われている物語を、作家本人は「喜劇」だと言い切ってしまえているところだ。
まぁ本を書くだけで悪さはできないし、この作家の感性が一般常識とはかけ離れているだけのこと。聞いている方が我慢すればおのずと解決するだろう。
「おい、その寝かしすぎて酢になった安酒を見るような目はなんだ。
……ま、確かに人魚姫はやりすぎた。あの時はついカッとなってな。反省している」
今後は自重します、と目を閉じて反省の色を見せる童話作家。
この、時々妙に子供っぽいところは、肉体年齢のせいか、元からこういう性格なのか。
どちらにせよ、憎めないサーヴァントである。
「それじゃ次……『裸の王様』……いや、アレは――」
聞くまでもない。
正直なのは時に悲劇を呼ぶ。オチから考えるに、教訓は“空気を読め”だろう、きっと。
「あ、『マッチ売りの少女』は?」
「……………………」
「地雷を踏んでしまったような罪悪感が来るから無言はやめろよ先生」
「……フ、あれは読者が読んだままの内容、書かれた通りの結末だ。その本について、俺から語ることはない」
えぇ、と思わず声を上げる。
なんだか随分あっさりしてるな……いや、「何か」あるからこそあっさりしているのか?
「質疑応答はこれにて終いか? ならもう二度と馬鹿な質問をしないよう、お前にはこれをくれてやる。俺の生涯をまとめたファイルだ、よく読んでおけ」
……自分からマトリクス情報を手渡してきた。名刺交換かよ。
いや、異論はないけど。
「ご丁寧にどうも……やっぱアンタ、嫌いじゃねぇわ」
「それよりさっさと帰れ。我がマスターがこっちに戻ってくるぞ」
「マジで」
それはヤバイ。
ありがたい忠告に従って、早く退散するとしよう。
「相談に乗ってくれてありがとよセンセー。礼に今度は私の話でもしてやろうか」
「お? 自分の人生を語って聞かせるほどの自信があるのか?」
「私の人生にどれほどの価値があるか分からんが、他の人じゃ滅多に体験できないことには出くわしたぞ。魔法使いに会った、とかな」
人生のターニングポイントといったら、間違いなくそれだ。
本当、人生何があるか分からない、なんて言葉を体感した出来事なんだから。