――英雄王の衣装が変わっていた。
なんだあれ。すごく夜の帝王なんですけど。
エルキドゥは「ギルらしいね」とかなんとか言っているが、どうなのアレ。私服センスが壊滅的じゃねぇか。
あの格好で迷宮を走り回るとかなんて愉快な王様だよ。あと鎧の音が恋しく感じてしまうのは気のせいだろうか。気のせいだよな?
岸波が踏み入ったサクラ迷宮第十一階は更地。どこまででも迷宮の床が広がっていた。
「……空虚だなぁ」
これがジナコの心象風景の一つ。
一応、果てはあるみたいなので歩き出す岸波。
しばらく進むと、一人ポツンとただ立っているだけ、という雰囲気のカルナがいた。
『……ジナコはどこに?』
『……もっともな話だが、許せ。オレも居場所は掴んでいない。大方、迷宮の隅で膝を抱えているのではないか』
サーヴァントとしてマスターの居場所を辿れはするものの、それはするなと命じられているらしい。なので、こうして働かない門衛の真似事をしているとのこと。
『行くがいい。オレはここから動かないし、お前たちの邪魔だてはしない』
こうなっては仕方がない。
ひとまずカルナは無視して、ジナコの捜索に入る岸波。
広大な、床だけが広がる空間をしばらく駆け回っていく――と。
『……白野さんスか』
案外、すぐにジナコは発見された。
その姿勢は体育座り。ギルガメッシュ曰く、アレこそ人類最古の構っての構えらしい。
『うっさ……騒々しいッス。ここもまた安住の地ではなかったという事ッスね。それならそれで構いませんが。白野さんには殊勝なサーヴァントが居ていいッスね!』
サヴァ充爆発しろ、と吐き捨ててジナコは何処かへと転移した。
……これは岸波たちかジナコ、どちらかの根気が先に尽きるのかが勝負になるだろう。
地味な作業になりそうだが、対策は簡単。
ひとりのジナコと後方支援のある岸波――どっちに勝ちの目があるかは明らかだ。
再び岸波が走り出す。
ジナコの居場所の手掛かりは端っこ。とにかく空間の角を当たって捜索する。
やがて。
『……またッスか。白野さんもしつこいッスね』
見つけたと思えば、またすぐに転移してしまった。
こうも容易に逃げられてしまうとは、もう根気強く行く以外ない。
――三度目の正直。
またも、迷宮の隅で膝を抱えるジナコの姿に行き当たった。
『……もう構わないでくれッス。ジナコさんにだって友達はいるッス』
やはり、例の如く転移してしまう。
…………が、何やら最後に意味深な発言をしていったぞ。
「友達、か」
呟いたのは隣にいたエルキドゥ。
やはり彼には、その言葉になにか思うところがあるのだろう。
中央まで戻ると、カルナの脇に何やら扉が出現していた。
家のドア……のような、懐かしい雰囲気を感じる。
『くぐりたければくぐれ。だが鍵がなければこの扉は開かない。破壊するというのならオレは全力で妨害する。おとなしく鍵を探すがいい』
……そう言われ、岸波は再び迷宮を駆け回ることになった。
❀
今度はなにやら曰くありげな家の模型が見つかった。
……いや、ただの模型じゃないな。これはアレだ、屋根の部分が、こう、アレするものに違いない。
『もしかして――アイテムフォルダ?』
調べていた岸波がそう呟いた瞬間、屋根が開いて中から煙が噴き出した。
煙が晴れると、岸波の姿はどこにもない。代わりに、家の模型の中には小さな鍵が収納されている。
「……どこいったんだ、アイツ?」
「たぶん、ジナコ=カリギリについて分かる場所に行ったんだと思うよ。あんまり待たせると、ギルの機嫌が悪くなっちゃうかもしれないけど」
なんて面倒な……
私じゃ絶対、英雄王とは上手くいかない。つくづくマスターに良心的な英霊を召喚して良かったと思う。
『その鍵を使えば扉は開く。たまには荒治療も必要ということか……』
数分の後、無事に岸波は戻って来た。
何を見てきたかは知らないが、英雄王を待たせるのに相応の成果はあったらしい。
――扉が開く。
その先には一本の通路。
奥まで進んでみると、布団にくるまって落ち込んでいるジナコがいた。
『…………またこんな奥まで来て。白野さんはぁ、ジナコのなんなんですかー?』
投げやりなジナコの問いに、友達だと答える岸波。
だが。
『違うッス。君にとってジナコは
言うと、布団から出てくるジナコ。
その表情は、暗い。
『トモダチってなんスか。知ってる? ホントのトモダチって自分より不幸な人のことを言うんだってば。白野さんはそうなりたいんスか? ならずーっと一緒にこの迷宮にいてほしいッス。それで対等ッス』
ドタバタ床を蹴って荒れまくっているジナコ。
一方の岸波はそれを放っておけないのだろう。
友達じゃなくても、彼女に伝える言葉があって、あそこにいる。
『ジナコは独りじゃない』
『分かんないよねぇ、それが上から目線だってのが! だって白野さんは強いから!』
『それでもジナコは独りじゃない』
『はいはい、みんな仲良くね。ジナコさんは独りじゃないッスー』
『
――五停心観の術式がSGを捉えた。
『やめてよマジでさ……どうせ何も感じないんだ、から……だから、あああ……イタいよ、なんでよぅ…………寂しいよぅ……』
岸波の手が伸ばされ、摘出は完了される。
SGの名称は「ひとりぼっち」、というところか。
フロアを隔てていたシールドは割れ、ぼんやりとした様子のジナコのクォーターも薄れていく。
『……ひとまずはグッジョブ。また一歩、外に近づいたッスね。
外に出てもトモダチがいても、行き着く場所は同じッスよ。次こそそれを思い知らせてやるッス』
逆襲ッス、と言ってジナコは消えた。
その言葉が何を示すのか、今は分からない。
だが、調べておこうかと思ったことが、一つだけ。
「……マスター? どうしたんだい?」
「対戦データのサルベージ。ジナコの対戦相手って、誰だったのかなぁ、と」
秘匿度の高い情報だが、できないことはないだろう。
重労働になろうが、気になることはさっさと解決した方がいい。
❀
「あ、いたいた。ガトー?」
「ぬ? そこにいるは我が同――」
「じゃねぇよ」
場所、二階の三年教室。
黒板近くに例の知り合いはいた。
あらゆる神学を走破し、あらゆる真理に至ったスーパー求道僧。
ごった煮闇鍋宗教家とは彼、臥藤門司のことである。
ガトーは師匠に出会う前――偶々、偶然に知り合った人物だ。
当時の私といえば、魔術の師を求め、かつての魔術師たちの中心であった時計塔――
日本は国家が破綻し、移住を求める人なら西欧財閥に保護されるのだが……私は密入国を選び、中国へ上陸。保護されて管理されると、自由に行動できなくなるのではないか、と恐れた結果である。
アジア圏を抜け、イランにて行き倒れていた
その時のガトーはなんと、アメリカ大陸からアフリカ大陸を船で渡り、立ちふさがる事件は全て試練・修行の類とみなして打ち倒し、ヒマラヤ目指して旅していたのだとか。
随分愉快な奴がいたもんだなぁ、と思ったが、自分も日本からわざわざ紛争地帯を突っ切って、ヨーロッパまで旅する変人だったのであえて口には出さなかった。
久しぶりに母国語である日本語が通じるガトーと出会い、少しばかり語り合ってみると、それまで持っていた人生観は見事に塗り換わった。まぁそのおかげで、旅を続けようという意思がより強くなったのだが。
そうして私たちは別れ、現在、月の裏側にて再会するに至ったというわけだ。
「思ってたけど、お前
「当時は修行の場を求めていたからのう。だがここに敵はおらず、ましてや聖杯戦争でもない。みな仲間だ。縁が出来たのなら、その縁は大事にしなくてはな」
……なんか、こういう場面でやっとコイツが坊さんということを思い出す。
いや格好からして宗教家、ではあるのだが、言動が支離滅裂なために時折その事実を忘れる。
「しかし、出会い頭に
「勝手に記憶を改ざんするなよ……」
……まぁこれはよくあるジョークだと受け取っておいて。
用事をさっさと済ませてしまおう。
「ガトーよ、そもさん」
「せっぱ!」
「うん。あのさ、お前表側で不戦勝したことなかったか?」
「……むぅ? 小生は我が神と共に聖杯戦争を快進撃していたが……、ッ! おぉ、そういえば確かに労せずして勝利した機会はあった。続けて思い出したが、相手はあのジナコであった!」
やっぱりそうか。
……こんなすぐに思い出してくれるのなら、さっさと質問しに来れば良かった。
「だが、何故おぬしがそれを知っておる?」
「調べたからに決まってるだろ。つか、その様子だと生徒会の奴等にも知らせてねぇな……?」
ということは、今頃凛たちも対戦データを最後の一組までサルベージし、消去法で確定していくというあの面倒な作業をやっているに違いない。
後でデータを送りつけてやろう。一つ借しだな、という皮肉を込めた一言も添えて。
「で、ここからが本題なんだが……ガトー、お前――
沈黙が流れる。
ガトーは完全に不意打ちを食らったようで、しばし動作を停止させていた。
やがて、不敵な笑みを浮かべながら、
「――なんだ。気付いておったのか?」
「答えになってない。いや、その口ぶりじゃあ……、そうか」
「もう納得しおったのか。おぬし、そこまで察しが良かったか?」
「どういう意味だそりゃ……」
馬鹿にされてるんだか、褒められているんだか。
まぁどういう意味にしろ、今こうして会話できているだけでも奇跡みたいなものだ。
「ま、そういうことならしゃーないな。んじゃ、心残りがないように言いたいことは言っておくわ――ガトー、アンタ知り合いにしちゃあ結構面白かったよ。またな」
言って、片手を差し出す。
それに応えるように、ガトーが手を強く握り返し、握手する形になる。
「うむ、縁があればまた巡りあう機会もあろう。魔術の鍛錬、めげずに励めよ若人!」
余計なお世話だ、と返して手を離し、教室の出口へ向かう。
最後の最後に軽く手を振り合って、今度こそ私達は別れた。
臥藤門司は既に表の聖杯戦争で敗北している。
BBに襲われる前にサーヴァントを失い、裏側に落とされた――つまり、今の彼は裏側でしか存在できない亡霊。
私に死者を蘇らせる術はない。
ガトーのことだ、これからどんな行動を起こそうと、最後まで自分を貫き通すだろう。
その選択を、邪魔する権利なんて自分にはない。
後ろはもう振り返らなかった。