『ピンと来た! 死中に活あり、小生にも妙案ありいいいぃぃ!!』
耳にキーンとくる、ガトーによる相変わらずの大音量の咆哮。
通信……ではなく迷宮内で直接叫んでいるらしい。
サクラ迷宮第十二階。
岸波が踏み込んだ途端、その頭上には刻々と減りゆく数字の列が出現。どうやら迷宮主のジナコ曰く、数字がゼロになれば死ぬらしい――まぁ、その桁数は馬鹿みたいに長いので、時間切れを起こすことはまずないだろうが。
――この迷宮のSGは【しののろい】。ちなみにSGが欲しいなら、
ジナコの元まで辿り着くと、開口一番にこれだった。
しかし……それはなんという、好条件を提示してれただろう。
『では小生の護衛、頼んだぞ』
『えっ』
そんなわけで、岸波がガトーの待機しているという迷宮の入り口まで戻ると、当のガトーはぐいぐい引っ張って行きかねない勢いで迷宮の奥へ向かおうとした。
『ま、待ってくれ。作戦はどうしたんだ!?』
『許せ。そんなものはない。方便、すなわち嘘である!』
堂々とそう言い放つと、みなが静まり返る。
…………実にガトーらしいというかなんというか。
『なに言ってんのこのおっさん!? いま、冗談言える空気でしたかー!?』
あんまりな発言に、生徒会室にいないシンジまでもが割り込んできた。
あいつもどっかで見てんのか……
『お怒りは甘んじて受けよう。すまぬが、小生の我執にお付き合いいただきたい。ではいざ、
言い終わると、問答無用で突き進んでいくガトー。
岸波たちももう一度、ジナコ=カリギリの元へ向かっていく。
❀
そこにジナコの姿はまだあった。
といっても、放つ言葉は素っ気無い。生徒会で居場所探しかと、突き放すような態度だけだ。
しかし一方のガトーは安堵の表情を浮かべながら、どっかり胡坐をかいて彼女の前に座り込む。
『はっはっは。小生の居場所なんぞ、地上のどこにも有りはしなかったわ。漸く相まみえた真理にも「ショウジキナイワー」と去られたしな』
『神様なんていないッス。神様がいるとするならそれは、“死”だけッス……』
まだSGの反応はつかめていない。しかしどこにも居場所はなかった、とは……意図したものは分からんが、ガトーもうまく核心を突いたものだ。
『死は誰にだって平等だ。死の前には天才も凡人もない。アタシが一歩も動かないのは、人間として当たり前のこと』
『むぅ、それは確かな事だがなぁ。ジナコ、その怒りの
『もう十分アタシに付き合ったでしょ。白野もガトーも、助からない。生徒会の連中も、月成さんも、AIもNPCだって。どうせ誰も――助からない』
アタシたちはここで霊子の泡になって消えていく運命だ、と。
言い残して、ジナコは迷宮の奥へ転移していった。
『ぬ!? 待つのだジナコ、ぬぅおおぉぉぉぉ!!!』
するとガトーも間髪いれずに彼女を追って消えていく。おいおい、岸波の心配事を二倍に増やしてどうするんだ。
……結局、今はSGの反応も掴めず。岸波たちも二人の後を追って、奥に進んでいくようだ。
「……ルツ、大丈夫かい?」
「……ん、あぁ。気にするな」
兎にも角にも、最後までこの件は見届けるだけだ。
もう、それは決めたことなのだから。
❀
十二階の最深部、部屋の奥。
依然としてカルナはいない。ジナコは十一階から孤独を貫き、今は防壁らしきものの奥で佇んでいる。
『あれは……聖杯戦争の――』
あの防壁はBBの手助けだろう、ジナコ一人があんな罠を作れるとは思えない。
流石に岸波も立ち止まったまま。そう、ここは彼女が出る場面じゃない。今は――
『逝かぬなら、生かせてもらおう岸波白野』
そこで主役のご登場である。
いつもと、どことなく纏っている雰囲気は違う。
傍迷惑さなどは微塵もない。あるのは達観と憐れみ――まさしく聖人のような視点だろうか。
――ガトーがその領域へと踏み込む。
無造作に、自然に、平然と。
止める余地はあったが、それを封殺する「決意」がその背中に満ちていた。
それでも、迷宮の機構は淡々とプログラムされた活動を開始する。
『……おっさん、それ、止めらんないから……あんたは分解される。――死ぬんだ』
『ガハハハハハハ!! おっさんではない! 坊さんである、と言ったはずだ!
あぁそれと、策が無いと言ったな。すまぬがアレこそが嘘だ』
誰かが死ななければSGは手に入らない。
ガトーはそれを聞いてピンと来た。
理由は知っている。彼は既に、死者であるからだ。
『ここで死しても同じこと。死者が死ぬことでSGが手に入るとは、これほど上手い妙案はありえまい!』
高らかにガトーは笑っている。
……全く、混迷と消費の時代は、とんでもないウルトラ求道僧を生み出してくれた。
『……アンタはおかしいッス。なんで笑えるッスか。……っていうか、本気でわかんない』
ガトーはジナコを救うと言った。
しかし、実際のところガトーの方がジナコより何倍も救われない。
神を信じ、神に全てを捧げてきた。しかし神は、こうして消え行く彼を救わない。
『不公平だらけじゃない……! そうよ、何も悪いコトしてないのに、アタシのパパとママは死んじゃった!』
ジナコの吐露は、月の裏側に囚われる前からずっと、彼女が抱えてきた叫びだった。
神様は自分たちを見放した。
神様なんて、はじめからこの世にはいない――と。
『……それは違う。違うのだ。全くもってその怒りは意味のないものだぞ、ジナコ』
よいか、と前置きして臥藤門司は己の人生観を語り、ジナコ=カリギリを諭し始める。
彼は世界を巡り、ありとあらゆる神を見た。ジナコはこの世に神はいないと言うが、それは間違い。
確かに「神」はいる。存在する。そしてそれを踏まえた上で、彼はとある共通点を発見した。
――曰く。
『現実世界において、“個人”を幸福にした神だけはいないのだ』
その言葉はかつて、地上で出逢ったときに聞いたものと同じ。
その事実に当時の私は何故、と問うた。
答えは、
『人間とは――奪い、殺し、貪り、そして忘れるもの! 嘆かわしきかな、人間とはそもそもニートなのだ! 何も悪いことではない!!』
吹いた。
いや、今じゃなくて、聞いた当時のことである。
「(真理ここに至ったね!?)」
エルキドゥまでもが感心していた。
分かる分かる。自分も初めて聞いた直後は、その言葉を理解するのに数分使った。
『……じ、じゃあジナコさんが引きこもってるのも、動物としてフツーってことスか!?』
その通り、と力強く頷くガトー。
人間は怠ける悪、罪深い者。故にそれを否定できず、どうにかして自らを罰したい。そこで人間ではない、人間より上の存在であるものが必要になってくる。
『神とはこれ、人間への究極の罰よ。なにせ人々の理想によって性格を得た神は、人間の望み通り、人間を悪として扱うのでな』
これが、地上を駆け回り、全ての宗教を学んだガトーの結論だった。
そして彼は絶望し、人間の悪性にまみれていない、原始の神性――完全な神を探し続けた。
で、まぁその途中で一度行き倒れ、たまたま通りかかった私と知り合った……というわけである。
『カリギリよ。お前ははじめから、誰にも見放されてはいないのだ。神は最初から、誰も見てはいないのだから』
『じゃあっ……じゃあどうして自分だけこんなに苦しいッスか! どうして自分はどこにも行けないッスか!』
衛士の慟哭に、頷くガトー。
すると、岸波の腕――五停心観が反応し、SGの顕在化の兆しを告げた。
しかしそれよりも一層強く、術式が施されていないガトーの腕に、宿るはずのない輝きが瞬いていた。
『おぬしの人生が苦しい理由か。それは誰のせいでもない。――それはただ、
間が悪かった。
タイミングが悪かった。
そこにあったもの全てが、たまたま噛み合わなかっただけ。
『そう。おぬしの人生は、それだけの話である』
静かに、堂々とガトーは断言した。
言葉にしてしまえば、ただの冷酷な結論。けれどもガトーの語った言葉は、それだけの話だった――それでも良かったのだ、という温かな肯定に満ちている。
『そ、そんな間に合わせのリクツなんかで済まされる話じゃないでしょ!? そんなの、そんなのじゃあ……人間は、やりきれないよ……!』
そう叫び返すジナコだったが、もう彼女にはあの
ガトーの身体ももうノイズだらけだ。もう満足に見えていないだろう眼を、ぼんやりと己の腕に向け、彼はにんまりと微笑む。……いや、そんな気がしただけ。
『ジナコ、おぬしも周りも悪い。要は全てが悪かった。人生とはそんなもの。全てが悪いのだから、悲観するのは馬鹿馬鹿しいぞ?』
『馬鹿はおっさんだよ! アンタ、あたしなんかより……ずっと、……誰にも、理解されてないじゃないか……っ』
『人生とは無意味と有意味のせめぎ合いよ。なのでこう思え若人! ただ間が悪かったのだと。全ての物事は、大抵それで片がつくぞ!』
笑いながら、唐突にガトーは岸波の方を振り向き、弱々しくノイズだらけの手を差し出した。
岸波がその手を掴む。それが別れの合図。掴んだ途端、ガトーの手はたちまち崩れ去っていく。彼が託したのは、ジナコの最後のSG。
『おっさん……そんなコトを、アタシなんかに伝えるために、ここまで来たっていう、の……?』
『無論。SGなんぞよく分からぬ故な。では、小生はこれにて入滅。カリギリの棘も取れたし、言うことなしだ!』
自分が死人である事を認め、仲間のために奔走し、自分の在り方を貫き通した彼。
……皮肉なことだ。表の聖杯戦争ではただの狂人とされる奴も、他人と協力体制を結ぶことになれば、本物の聖人に近いものになるとは。
「はぁー……あ。ったく、人生ってのは難儀なモンだな」
呟き、そして画面の向こうで消えていく友人を眺める。
彼は元より死した身。救う手立てなど何もない。
人は死こそが終着地点。それ以外の結末を与えようとするのは、生者の勝手な我がままである。少なくとも、私はそう思っている。……彼のおかげで、そんな考えに辿り着いたのだ。
――そうして、最後まで笑いながら、臥藤門司は消滅した。