岸波白野という魔術師を注目し始めたのは、三回戦辺りからだった。
一回戦で負けると容易に想像ができていた最弱のマスター。
脇役。背景。無名の魔術師。
だが、そんな予想を次々と裏切り、彼女はとうとう五回戦まで勝ち抜いていた。
その時の彼女の対戦相手までは記憶していないが、きっと彼女はどこまでも突き進んでいく――そんな根拠のない考えが浮かぶくらいには、私も彼女に注目していた。
当時の契約サーヴァントは見たことがないが、現在は十中八九、あの黄金のサーヴァントと契約しているに違いない。どこで見つけたあんな奴。
「どう? マスター」
「やっぱりダメだな……色々試してみたけど、ムーンセルの力はそう簡単に解除できるものじゃない。相当かかるぞ、これは」
エルキドゥというサーヴァントには「変容」という特殊スキルがある。
このスキルにより、エルキドゥの能力値は一定の総合値から状況に応じて振り分け直すことができ、ランクが高ければ高いほど総合値も高くなる――が、そんなとんでもない性能をムーンセルが許すわけがない。
よって、現在はCランクまで抑えられている状態だ。
「ということは、今のステータスは全部C。宝具をAランクで留めてくれたのは良かったけど、彼と戦うには全然足りないね」
「あ、戦うのはもう決まってんだ……」
いや、今は向こうも弱体化しているらしいが。
とにかく本人は全力でぶつかり合いたいらしい。手加減など無用。
……ムーンセルぶっ壊れなきゃいいけど……
「ルツ、制限解除はありがたいけれど、無理をするのはよくない。そろそろ君も休んだ方がいいよ」
「……あー、そうだな。思えば朝起きてからずっとキー叩いてた気がする……」
ぐっ、と伸びをする。
骨が鳴った……これは相当固まってるな。
――月の裏側に落とされた翌日。
あれからひとまず設置されていたベッドでぐっすりと休息を取り、起きてからは昨日思いついた「策」であるサーヴァントのステータス封印の解除作業を行っていた。
エルキドゥは、本来「英雄」ではなく「神霊」クラスの英霊だ。
故に、表の聖杯戦争では呼び出し時から使用禁止令が下ったりしたのだが、本来のステータスを制限する、という条件つきでなんとか参加が許されたのである。
基礎練度は1から。スキルもステータスも全部最初から。
一回戦のときからとにかく
まずは基本レベルの向上を計り、次に攻撃用のスキルを獲得し、三回戦までは宝具なしのゴリ押しで勝ち上がってきたのだ。
そしてレベルが宝具の使用に見合うところに至ると、ようやくムーンセルの宝具解禁令を掴み取ったのである。無論、制限は設けられているままだが。
「けどここは裏側だ。勝手に解除してもペナルティが下ることはない……だろ?」
「頭の回転が速いのも考えものだね……ここまで付き合ってきて、今更何かしようとは思わないけれど」
付き合いも長ければそれなりに互いのことは分かってくる。
私は表側の記憶を保有したままこちらに来ることができたので、築いてきた信頼関係は揺らいでいない。
あの落下していた暗闇にいたとき、元凶であろう声の主が今こちらをどう見ているのかは、今後の問題だが。
「さーてと……息抜きに校内でも散策してくるか。お前は――部屋にいた方がいいな」
「そうだね。ギルと直接会ったら少し面倒なことになりそうだし……僕も、会うのは本来の力を取り戻してからがいいな。とはいえ、同じ区域にいるだけで、語らいも同然なんだけどね」
「古代の友情パワーってすげー」
我らが拠点――「マイルーム」は完全なるサーヴァントとのプライベート空間だ。
ここでなら他人に聞かれたくない話もできるし、何より他のマスターに入って来られる心配もない。
「じゃあ行ってくる。何かあったら念話で」
「了解」
手を振って見送るサーヴァントを一人残し、校内へと繰り出す。
さて――知り合いはどれだけいるのか、いないのか。
*
「ほう。そこにいるのはいつぞやに窓から
――詰んだ。
そう思ってもおかしくない邂逅だった。
外出し、玄関前まで歩き、さてどこに行こうかと考えを巡らせていた時のこと。つまりマイルームから出て1分も経ってない。
実体化し、こちらを突き刺すように見る黄金の王の傍らには、薄茶のロングヘアでセーラー服を着用している女子――岸波白野。
知り合い? とぽかんとした表情だ。本当に自分と同じ、五回戦まで勝ち抜いてきたマスターの一人なのかと疑ってしまう。
「……左様でございますが」
やっと喉から出たのは掠れた声だった。助けて、助けろエルキドゥ。
「……フム。思っていたより良い眼をするではないか、女。今の自分の立場を弁えるくらいの知識はあるようだな」
あぁ、なんだか今すごい侮辱された気がする。
というか他人の困った様子を見て口角を上げる王とは……いや、別に何か言い返すまでの勇気はないが。
「では我の許しなく我が姿を目視した理由について弁解があるなら申してみよ。つまらなければここで斬り捨てるのもやぶさかではないぞ?」
その一言で場の空気が凍った。
殺気こそまだ感じ取れてはいないが、返答を誤れば死ぬと直感している。
これが絶対君主。古代の、神代の人間を統一した王。
おそらく相手はこの程度の会話、暇つぶしか余興の一環でしかないのだろう。面白ければよし、そうでなかったのなら――運命は語るまでもない。
「――あぁ、癇に障ったのなら謝罪する。サーヴァントの気配がしたから気になって見に行っただけだ。他意はない」
内心の焦りはなるべく表に出さず、はっきりとした事実を述べる。
あえてエルキドゥの存在は伏せたが、嘘は言っていないのだ。
「……ふ、ただの腰抜けかと思ったが、存外気骨はあるようだな。それに免じて今回は見逃してやろう。自らの幸運に感謝しろよ」
どこまでも上から目線な王様であった。一言交わすだけの疲労量がハンパない。そして腰抜けの件はどうかご留意して頂きたい!!
こんなサーヴァントと契約するなんて、岸波も胃が痛いに違いない。その点については心の底から同情する。
……で、用はこれだけか?
「実は、生徒会のメンバーを探しているんだ。ええと、貴方は……」
言葉を詰まらせる岸波。
そうか、表で向こうがこちらの名を聞いたことがあっても記憶がないから――
「月成ルツだ。生徒会……てことは裏側からの脱出作戦か。アンタも大変だな」
「ま、まぁ……あ、私は岸波白野。知っているのなら話は早い。協力してくれないか?」
「断る。ていうかソレ、もう昨日の内に交渉決裂してるから」
えっ、と声を上げた岸波は放置し、やっと校内散策を始める。
まずは図書室にでも行ってみよう。
「待て。貴様、サーヴァントはどうした?」
背を向けて歩き出そうとすると再び英雄王に声をかけられた。
無視できるものならしたいが、先ほど殺されかけた相手である。答えないわけにはいかない――というか、レオから私についての説明はなかったのだろうか?
「いるよ。けど今は何かのエラーか大不調を起こしていてな。現在進行形で治療中だ」
「な――それは、危険じゃないのか? 皆で協力した方が……」
「いやいやこの程度、私一人でどうにかできる問題さ。そうだな、これといった手助けはしてやれないが、事態の状況把握のために話だけは聞かせておいて貰おう。こっちの用が終わったらバックアップくらいはできるかもな。じゃ!」
早口に虚実混じる話でそうまくし立て、相手が怯んでいる隙にぱっと駆け出していく。
この手の奴は早々に話題を切らないと最終的に引き込まれる。そういう才能がある、他人をどんどん巻き込む才覚というか……絆されたら負けるような気がした。
*
図書室へ逃げ込み、なんとか安全を確保する。
……やれやれ、英雄王のおかげで息抜きも何もなくなったが、やっと落ち着くことができるな。
図書室は至って普通に、学校施設の一つとしてあった。
本棚が並び、ご丁寧に読書用の机や椅子まで備え付けられている。
カウンターやその近くにNPCと思しき者達もいた。本を借りる機能はまだ残っているらしい。
「ムーンセル――制限……解除……ダメだ。流石にないな」
ひとまず近くにあった本棚を調べつくしてみるも、サーヴァントの制限解除について書かれた本はなかった。
息抜きをする、といってもここは情報の庭だ。調べないわけがない。
しかし一向に目的に繋がりそうな本が見つからないので、そろそろ本格的に休息タイムに入ろうと思う。
……久しぶりに、昔読んでた童話を読んだりしてみるのもいいかもしれない。
などと思って児童書のコーナーへ目を向けると――青い髪の少年が手に持っている本を元の場所に戻そうと必死に背伸びする光景があった。
………………一瞬だけ。可愛いなぁ、と思ってしまったのは秘密だ。
まぁ何はともあれ。
困っている人を見ると誰でも助けたくなってしまう――なんて性質は持ち合わせていないが、なんだか哀れに見えてきたので手を貸そうと思う。いわゆる同情心というヤツである。
そっと近づいてみるとギリギリと歯軋りする音が聞こえてきた。嗚呼、これで限界なのか。身長とは残酷なもんである……子供だから無理もないが。
「ほいっと」
「!」
少年が上へ上へと押し上げていた本をあっさり戻す。
本の題名は「人魚姫」。隣りを見ていくと同じ作家の書いた物語がいくつか並んでおり、適当にその中の一冊を掴み取る。
「……礼は言っておこう、お嬢さん。ただし周囲に話を広げる真似はくれぐれも止めて頂きたい」
少年の声は予想していたよりもかなり低く、渋かった。
見た目からしてなんとなく勘付いていはいたが、コイツ英霊か。
それにしては――
「ただの同情心だ。気にするな。ところでアンタ、マスターはどうした?」
「む、もう俺をサーヴァントと看破したか。いや、当然か。我が主とは別行動中だ。なんだ? この機に乗じて俺を始末するとでも?」
……その発言は自ら自分を始末できる存在だと言っているようなものなのだが。
まぁ皮肉を言われたからには皮肉で返してやるのが私のスタイルだ。
「今は休憩時間だ。それにアンタを始末する役目は私じゃなくても務まるだろ」
「そいつは良かった。しかしお嬢さん、お前こそサーヴァントはどうした?」
「お嬢さんはやめろ。月成ルツだ……サーヴァントは不調でな。治療法を模索しているところさ」
手に取っていた「裸の王様」を本棚に戻し、次に「みにくいアヒルの子」を手に取る。
改めて読み返すとおぼろげだったストーリーがはっきりしてきた。懐かしい。
「不調? 裏側に落とされたときのエラーか」
「厳密にはちょっと違うけどな。まぁ不調ってことにしておいてくれよ」
「……いいだろう。俺が首を突っ込んでどうにかなることでもないしな。
ところで月成、お前やけに読むスピードが早いな。俺が見た限り今ので
「まさか。ちゃんと文章も読んでるよ。昔、魔術についての本を片っ端から読み漁ったことがあってな……その時の名残りで大抵の本はすぐに読み終えることができるのさ。児童書なら尚更だ」
「ほーぉ、それは書いた本人が聞けば腹立たしくなる言葉だな。何せ長い時間をかけて書いたものが数秒で読み終わられていくのだから! ……まぁ本なんて大概そんなもんだが」
「その口調から察するにアンタは作家系のサーヴァントか。これは失礼。先の発言は取り消そう」
「言いながら次の本を取っていく辺り、全く反省していないと見た。おまえ相当性根がねじ曲がっているな。目的には真直ぐ突き進むその『意思』が原動力か? 端役としての才能なら一流に達するかもしれないな」
……他人を見る目は一流らしい、このサーヴァント。
暴言は酷いが言葉を、真実を曲げるようなことはしていない。そこは尊敬に値する。
「分かってるよそんなコト。アンタはあれだな。マシンガントークするのはいいけど、もう少し自分の身体を労わってやれよ?」
「お? 気付いていたのか。ならばもう真名を隠す意味もない。遅くなったが、名乗られたからにはこちらも名乗ろう――三流のサーヴァント、アンデルセンだ」
何のクラスかは語るまでもない、とさらに付け加えた。概ねキャスターといったところだろう。
ハンス・クリスチャン・アンデルセン。世界三大童話作家の一人だ。
……最初に背伸びしていたところを見かけたとき。
ズボンの裾からわずかに見えた足には、魚の鱗のようなものが見えていた。
呪い、風評被害、というやつであろう。原作者様は大変だ。
「70歳の爺さんがまさか子供の姿とはね。……マスターの趣味か何かか?」
「おい、恐ろしい説を提唱するな。その件については触れるんじゃない……!」
冷や汗まで流しているところを見るに、本気で触れてもらいたくないらしい。
この話題については、こちらも自重することとしよう。
Q.なんでアンデルセンは自分の本を持っていたの?
A.生前の自分についての資料探し。戻そうと思ったら身長が届かなくて焦った。
AUOもアンデルセンも口調ムズカシイ……