別れは既に済ませてある。
だからそれほどのショックはなかった。
けれど、やっぱり目の前で知人がいなくなってしまうのは、嫌だ。
目覚めは案外すっきりしていた。
身体的にはよく眠れた証拠なのだろうが……なんにせよ、未だ気が重いのは確かだ。
あの後、結局ジナコはレリーフの中へとかえってしまった。
別にガトーの説得が失敗したワケではない。むしろ大成功だった。
しかし――ガトーが示した答えがあまりにも正しかったが故、自分の弱さを嫌うジナコは耐え切れなかった。
要は、救いすぎてしまったのである。
「迷宮探索、か……そういやもう十二階なんだよな」
「確かにこの前、増築された迷宮はここまでと言われていたね。また迷宮の果てに追いつくんじゃないかな」
生徒会のブリーフィングの様子を見てみるが、そこでももう一体のアルターエゴの反応も確認していないという。
これまで探索した十二階よりも下のフロアは全く空っぽ。
上手く事が運べば、脱出できる。
『ですがBBの思考ルーチンには「自己保管」が優先されています。考えてみると、これは危険なんです』
……レオの言う通りだ。
彼女はムーンセルに見つかれば消されるAI。それはBB自身も承知のこと。
だから奴の優先事項は遅かれ早かれ、ムーンセルの排除に移項するだろう。自分が、生き残るために。
極端な結論ではあるが、BBの根本はAIである。
「いずれムーンセルに消されるなら、その前にムーンセルを乗っ取るべきである」
……そんな結論に至るのは、ごく当然の流れといえよう。
『それでは、これより月海原生徒会、第四期ラストミッションを開始します!』
全ては岸波白野の健闘にかかっている。
……本当にここで表側に戻れたら、私達は本当に何もしなかったニート確定なのだがな。
ジナコのレリーフの前には、既にキアラがひかえていた。
決着ということもあって英雄王の衣装も元の黄金の鎧に戻っている。
『白野さんの準備がよろしければ、すぐにでも侵入を開始します。よろしいですか?』
キアラの質問にこくりと頷く岸波。
最後――に、なるかもしれないサイコダイブが始まった。
❀
「……戻ってきたな」
数分の後、レリーフは消え、岸波とギルガメッシュ、そしてジナコの姿がモニター内に現れる。
今回も救出には成功した。問題があるとすれば、この後だ。
『予定通り、このまま表側まで突っ切るわよ。目の前の階段を降りて、迷宮の先端に向かってちょうだい』
『現状、迷宮に異変はみられません。BBもこちらの侵攻に対応できていないようです』
凛とラニによる通信。
レオは……どうしたのだろう?
『代えの利かない大一番だから、お互いうっかりは禁止ね』
「大一番――って、」
レオとガウェインは聖杯戦争の優勝候補――即ち、最強の主従。
裏側では切り札として、生徒会室でずっと指揮していたが……なるほど。
岸波たちが階段をおりていき、やがて生徒会の通信、そしてモニターの映像が途切れて音声のみが聞こえてくる。
『あら? ここまで来ちゃったんですか?』
――BBの声。
どうやら、迷宮が増築される前に追いつくことはできたらしい。
『らしくなく実体を晒したな女。つまらん決着だが、ここで刈り取るとしよう!』
その言葉でギルガメッシュがためらうことなく、BBに斬りかかったことが分かる。
しかし――きっと、その直前。
『チッ、いい反応するじゃねぇか』
新たな声と、迎撃の音。
これは……ロビンフッド(仮)か?
そうだ、BBにはこのサーヴァントが残っていた。と、いうことならあの白黒な童女もまだいる可能性がある。
『迷宮を増やす理由がない以上、追い詰められないと行動は起こせない……だけど、センパイがカルナさんに手こずっている内に、わたしはガシガシ掘り進めて……、ッ!?』
瞬間、ゴウッと炎が立ったような音が聞こえる。
これは、レオの――
『お待たせしました、白野さん。ここまで庶務としての活動、本当にお疲れ様です。ここからは、ボクの仕事です』
……これは完全に想像でしかない配置なのだが。
おそらく、レオの術式でBBを同じ場所に閉じ込めた。転移するような気配がないということは、それだけ強力なプログラムなのだろう。
『
BBがアーチャーに助けを求めるが、不可能だという。
なんでも、今発動している術式は聖剣じゃないと壊せないのだと。
……なんて術式だ。流石は西欧財閥といったところか。
『ガウェイン。あのAIに手加減は不要です。暦よ周れ、祝福の日ぞ幕開けよ。
さぁ――あなたの時間です』
『御意。サーヴァント、セイバー。太陽の聖剣を以って、月の不浄を焼き払いましょう』
『わたしもいよいよピンチって感じですか? いいですよ、楽しい現実はここで終わりです』
BBの声には余裕がある。
こちらにとっては脱出をかけた最後の戦いであるというのに、だ。
なのにどうして、どこにそんな――
「――――……待て」
BBの戦闘能力、余裕の根拠、それに関連すること全てを思い出し、振り返る。
暴走しているとはいえ彼女はAIだ。マスターに危害を加えることはできない――?
「……っ」
何故、どうして今まで考えなかったのかと後悔する。
しかしもう間に合わない。今その事実を言ったとしても、戦闘に支障をきたしてしまう。
「マスター? 何か――」
「……アルターエゴだ」
パッションリップはBBの「分身」である。
加えて、BBは自己保存という基本命令をしている。
つまり、分身である「自分」を危険にさらすことで、正当防衛を成立――
『ふふ、あっけない。聖杯戦争中、最高スペックのコンビって、こんなものなんですか?』
その一言で、どちらの勝敗かは容易に理解できた。
……後悔なんていつでもできる。今は、起こってしまった現実について考えるときだ。
『さて。運動してお腹も減ったし。ガウェインさんのリソース、丸ごといただきますね♥』
『……っ、ガウェイン、令呪をもって命じます! レオ・B・ハーウェイとの契約を聖杯戦争予選にまで遡り、これを破棄してください!』
『――!?』
レオが言ったのは、契約を断ってサーヴァントを「元いた場所」に戻す行為だ。
言葉をそのまま受け取れば、今のでガウェインは「BBが月の裏側に現れる前に契約を破棄されていた」ことになる。
『な、何を言うのですレオ。それでは貴方が――!』
『令呪を三つ重ね、これを勅令とします! ガウェイン卿――まだボクに王命が残っているのなら、もう一度、必ず』
結果論としてBBとガウェインは出会えず、BBは彼を取り込めない。
取り込めない以上、ガウェインは表側に戻ることになる……
『……待ちに待ったご馳走を、目の前でひっくり返された気分です。わたし、最高にイラッときました。予定変更です。さようなら、貴方はこのまま、虚数の海に消えてください』
『ぐっ――、っ! 来ないで! ボクに触れれば貴方も同じ結末になる!』
……レオの叫びから察するに、岸波が彼を助けようと動いたのだろう。
『そ、それじゃあ……レオを見捨てろと言うのか……!?』
『違います。ボクは貴方に、後を託すのです。ミス岸波……ありがとう。充実した活動でした。勝手な話ですが、次期生徒会長は貴方にお任せしますね』
「…………」
……なんて、あっけない。
ガトーも、レオも、ガウェインも、次々と見知った者たちが消えていく。
せめて、彼等に未来を託されてきた岸波をなんとか――
『……これで月の裏側にいるサーヴァントは三体。聖杯戦争に参加せず、ずっと隠れていたジナコさんはわたしの見落とし。月成さんのは裏側に落ちてきた時のエラーで故障中』
「……あ、そういう認識……」
故障、というのはムーンセルにかせられた制約のことだろう。
満足に力を発揮できない――真名までは知らないのだろうが、きっとBBの中では「使えない」という判断になっている。
……ということは、真名を告げた瞬間、私達に対するBBの警戒レベルは跳ね上がるやもしれん。油断している間がチャンス、とも言える状況だが、そう長くは続くまい。
『センパイのサーヴァントは初めからこちらに埋没していた規格外品。本当、目障りすぎて許せない。センパイに
「――ん」
全て? 令呪を?
「……きっと、『聞く』『語る』『見る』……辺りかな。彼女、すごいよ」
「………………マジすか」
契約するのに令呪全部消費とか……サーヴァントが行うことじゃねぇわ。いや、英雄王の場合は「王」ということが重要になってくるから……うーん、理不尽さは常識……なのか?
『センパイもセンパイです。わたしの交渉を跳ね除けてまで、そのサーヴァントと契約している。その先の結末は、当然分かっていますよね?』
サーヴァントがサーヴァントならマスターもマスターか……
改めて思うがなんだあの主従。ブッ飛び過ぎだろう、条件とか状況とか関係とかその他諸々。
つまり、岸波白野の目的は裏側からの脱出だけじゃない。
令呪の補填も達成しなければ、戻った途端に消去されてしまう。
英雄王との契約は裏側でのみ――それだけのリスクを背負って、ここまでやってきたというワケか。なんなんだあいつ。
しかしレオが倒された今、優先すべきはBBである。
止められるのはあの二人しか――
『え、戦う気なんですか? 付き合ってあげたいけど、それは無理です。と、いうかですね……』
ガシャン、と照明が落ちるような音がした。
なにか、とてつもなく悪いことが起きている気がする。
『――この通り、戦う必要なんてないんです。分かってくれましたか? これが今の、わたしとセンパイの現実です♥』