旧校舎の戦闘
モニターは暗闇のまま。
岸波たちの状態さえも、わからない。
「……エルキドゥ、何が起きた」
「……これは、侵食の黒い泥……かな」
泥……表側の旧校舎を飲み込んだアレか……!
なら迷宮にいる岸波は死んではいなくとも、動けない状態なのだろう。
……ダメ元で、外から宝具でも打ち込んでみるか……?
『これが私のスキル、“
「十の王冠――まさか、原初の女神の権能……!? まずい、それが本当ならギルでさえ分が悪い……!」
「英雄王でも分が悪いって、それお前でも駄目ってコトか……!?」
つまり、裏側ではこの世界も自分たちも所詮BBの
しかしまだ完全に諦めるわけにはいかない。生徒会は――
『あれ、まだ逆らう気力とかあるんですか? いえ、この場合は理性? 体力や本能を抑えつける強い理性と精神力……うんうん、たいへん素晴らしいです』
……岸波も、やはりまだ諦めたわけではないようだ。
『でも、わたしはこうも思うのです。そういうのって、生きるコトには足かせだなって。だから、まずはそれを壊しますね。
――ユリウスさん、もうやっちゃっていいですよ』
「…………げ」
怪しいとは思っていた。
思っていたが、まさか本当に――
「マスター、防壁が解除された。外にエネミーの気配がある。しかも複数体」
防壁――を、管理しているのは桜だ。ユリウスに無力化されたのだろう。
……しかし、エネミーか。
「? あの人……殺していないね。皆をどこかの空間に転移させてるみたい」
エルキドゥの言葉に思わず、は? と口にする。
殺していない……? まだ凛たちは生きているということか。
なら、ユリウスは一体――と、考えたところで、
『――月成。いるか』
コンコン、と行儀良く扉からノックの音がした。
……さっきのエルキドゥの報告がなければ、真っ先に扉越しにトラップの類の術式を仕掛けたところなのだが……
「……暗殺者。つい今しがた、お前に裏切りの疑惑がかけられたところなんだが」
『解っている。詳しい事情を説明している時間はない。急げ、敵性プログラムが来るぞ』
「招き入れたのはお前だろ!」
私がそう言うと、エルキドゥが自室の扉を開ける。
外にいたのは、相変わらず黒ずくめの格好が印象のユリウス。
サーヴァントがいるからか、攻撃してくる気配は見られない。
「……それがお前のサーヴァントか。こんなに小さかったか……?」
「外見については何も言うな。色々あったんだよ。
――で、どうするつもりだ?」
「虚数空間か、迷宮行きだ」
「なるほど断る。お前はさっさとやりたい事に取り掛かれ」
即答しながら、エルキドゥを連れて外へ出る。
凛たちを殺してない、つまりこいつは二重スパイということだろう。
虚数空間か迷宮――これは、NPCたちを、エネミーがなだれ込むこの校舎から退避させる場所。
ジナコの件については問いただしたいところだが、そんなことをしている暇はない。
「何を言っている? ここでエネミーに殺されたいのか」
「違うって。敵性プログラムってさ――倒したら、サクラメント落とすんだよな?」
あ、とそこでエルキドゥが納得したかのような声を上げる。
理解が早くて大変よろしい、ありがとう。
「……パワーソース欲しさに命を投げ出すのか? 防壁が無い今、どれだけのエネミーが――」
「じゃあ防壁は私がかけ直そう。早く行ってくれ。BBは故障だかエラーだか言っていたが、戦闘能力が全くないわけじゃないんだ」
適当な返答に、やはり怪訝な顔をするユリウス。
しかしタイムリミットが訪れたのか、やがてこちらに背を向けた。
「……なら勝手にしろ。文句は言うなよ」
「言わないよ」
ユリウスが何処かへと転移する。
残されたのは自分とエルキドゥだけ。
AIやNPCはおろか、私たち以外のマスターやサーヴァントもいない――つまり心配の種である英雄王がいない。
廊下や窓の外には、既にエネミーが侵入してきていた。
好き勝手暴れるなら今だ。
「ランサー、付き合ってくれ」
「いいよ。僕にも関係あることなんだし」
呆れ、ではなくニッと好戦的な表情を浮かべるエルキドゥ。
そこにいつもの穏やかさは残しつつも、その内面は闘志が燃え上がっているに違いない。
「――稼ぐぞ。思う存分蹂躙しろォ!!」
「了解。リハビリには丁度いいしね」
そして、数日ぶりの戦闘が始まった。
❀
――まだ、二階までエネミーは入ってきていない。
いや、いたのかもしれないが、エルキドゥという、自分たちに仇なすサーヴァントの反応を感知したエネミー達は、彼が校庭へと飛び出していくなり、わらわらと集まっていった。
一方で私は、いつまでもエルキドゥに戦闘をさせておくわけにもいかないので、防壁を張りなおすため、この旧校舎で一番多くのリソースがあるであろう生徒会室へ足を向ける。
防壁くらい、権限とリソースがあればなんとかできるだろう。
しかしそれはエルキドゥに魔力を回しながらの作業になる。
こちらからの戦闘の指示はほぼなし。だが彼一人でも十分に戦える。基本、必要に応じて念話で伝達だ。
「――と、ここだ」
生徒会室の扉を開けるが、室内には誰もいない。
仮に誰かがいても、生徒会のメンバーはかなりの人数が減ってしまった。
「デバイス……こっちでいいな。えーと、防壁……桜の権限を……」
目的は赤いデバイスがある席の座り、管理AI――「S-6-01」の権限をハッキングし、再起動させること。
しかし彼女はムーンセルの上級AI。そう簡単に外部からの干渉を許される筈がない。
「……ヒッ」
今までに見たことのないほど強固な、そして複雑なプログラム。
いや、別に全てを解析する必要はない。現在必要なのは「権限」の項目のみ……!
外から戦闘の音が聞こえる。
今のエルキドゥの戦法は、自身の身体の一部を武器に変化させて行うものだ。
その上、今回あいつがいるのは校庭――すなわち、地面がある。パーツを借りて、そこから武器を作りだすことも可能だと、以前に聞いたことがあった。
『――マスター! エネミーの数が多くなってきた、これ以上は流石に……!』
が、やはりステータスの影響もあって満足に力を出し切ることはできないようだ。
単純にマスターの力量が劣っているというのもあるのだろうが、今は深く考えないでおく。
「……分かった。魔力まわすから宝具を使用しろ!」
ただし空間を壊さない程度に! とも付け加える。
外には地表から溢れ出す魔力の気配が、室内にはキーボードを叩く音。
プログラム――半分をクリア。しかし桜の権限を乗っ取るまでにはまだかかる。
「――――っ」
その時、ぐらっと視界がブレた。
……く、威力を抑えてくれてはいるのだろうが、やはり元々の貯蔵量が少ない私の魔力ではかなり持っていかれるらしい。本来のステータスに戻ったらどうなるんだろうか。
外で巻き起こる風の威力が増していく。
校舎の窓がガタガタと揺れている。
――そして、聞こえてきたのは咆哮のような、美麗な声音。
大地が啼き、魔力の渦が形成される。
顔を上げるまでもなく、窓の光が溢れているのを感じ取る。
次の瞬間、念話越しに宝具の発動を意味する言葉が紡がれた。
『【
神業の槍が空間に放たれる。
その影響で発生した地震が旧校舎を巻き込んで、校内のあらゆる無機物が震動する。
窓ガラスが砕け散らないのは、彼が力を抑えている証拠だろう。
本棚に詰められた書物が次々と床に落下していくのは、この際無視を決め込んだ。
キーボードもガタガタ揺れるが、慎重に迅速にキーを打ち込んでいく。
……また視界が霧にかかってきた。
意識はある。指もまだ動いている。
たぶん、これでプログラムは突破した。後は権限を――
「…………っ、もう、ちょい……!」
キーを叩く動きを加速させる。
おのれユリウス、やはりハーウェイ家憎むべし。
権限の項目を確認し、防壁「校舎を覆う泡」を再起動。
この作業は起動させて、維持させるところまでやらないと意味がない。
維持させるのに必要なのはリソースだ。幸い、その点に問題はない。
「え、エルキ……エネミーは……どう、なった?」
『宝具でほぼ一掃したよ。あと二分くらいは空間に入ってこないんじゃないかな』
ただし時間制限つき。
大丈夫だ、あとは構築してやるだけなのだから――!
❀
「嗚呼ぁ――……っつっかれたぁぁ……」
「えーと……大丈夫かい、マスター?」
「大丈夫に見えんならお前の目は節穴だなぁ……」
キーボード上に突っ伏していた。
二度とやらない、やりたくないこんな作業……!
「――外の様子は?」
「ほとんどのマスターたちとNPCたちは帰ってきたよ。けど、まだギルと岸波白野の姿、気配も感知できてない」
あのコンビは……まぁ、大方BBにでも遊ばれているんだろう。
いずれすぐに帰ってくるだろうし……今は無事を信じて待つしかない。
「……お前の傷は」
「大丈夫。ちょっと疲れたけど、致命傷は負ってないよ」
「――――【recover()】」
「ちょ、」
ガクンと、今度こそ気を失いそうになったが、これでいい。
今の
なので――
「帰る。戻る。寝る。手、貸してくれ……」
「……お疲れさま、マスター。良い夢を」
サーヴァントの声を最後に、私の意識は薄れていった。