月海原生徒会
「――え、まだ帰ってない?」
目が覚めて、最初に伝えられた報告に呆然とする。
数時間前まであった疲労は睡眠によってほぼ解消されていた。
しかし魔力の方は宝具、性能はいいが燃費の悪いコードキャストによって、まだ完全に戻ってはいない。
「うん。校内のAIやNPC、ほとんどのマスター達も戻ってきた。だけど、ギルと岸波白野の気配が捉えられていない」
そうなのだ。
エルキドゥの気配感知が捉えていない――つまりこの旧校舎に帰還していないということ。
BBになにか、こちらに戻れないよう妨害を食らっているか、あるいは……
「いや、結論を出すのは早いな。なんだかんだいって、あいつはここまで迷宮探索をやってきたマスターだし。大丈夫だろ」
「そうだね。なにせギルがついてるし」
そういうわけで、ひとまず岸波の話題は置いておく。
いま考えるべきは、今後の課題についてである。
「凛やラニは無事だったんだろ? なら、もう生徒会室で何か作戦を立てているかもしれ――」
ない、という言葉を、モニターからの受信音が遮った。
……メールが来たらしい。
『質問したいことがあるから至急、生徒会室まで来なさい。特に校庭のクレーターとか、私のデバイスがオーバーヒート直前のまま動かないこととか!!』
………………。
エルキドゥと目を合わせ――いや、逸らされた。
クレーターってなんだ、オイ。
「……宝具の影響だね。いや、その、威力は抑えたつもりだったんだけど、やっぱり耐え切れなかったみたいで……」
「あぁ……そうなんだ」
なんにせよ“宝具を使用しろ”と命じたのは自分だ。
謝罪も兼ねて、ここは行くしかないだろう。
というかあのデバイス、凛のやつだったのか……
❀
「失礼しまーす! 此度は色々とご迷惑をおかけしてすみませーん!」
「開口一番に謝罪とは分かってるじゃない。で、
生徒会室には、席に座った凛とラニ、そして机の近くに桜が立っていた。
副会長と会計係、旧校舎の管理AI。
……現状の生徒会の戦力は、この三人だけということだろう。
「まぁアレだ。サクラメント欲しさにエネミーを壊滅させて、勝手に桜さんをハックして防壁を張りました」
「……あの時の外部からのアクセスにはびっくりしました。権限が乗っ取られたときはどうしようかと……」
「人がいない間に随分暴れてくれたわね……とにかく今は、早く私のデバイスを直しなさい。どういう手順で操作したらこんなことに……」
凛専用のコンピューターは、後から凛自身が色々いじってしまったのだろう、黒を背景に画面一杯、数字の羅列や記号が表示されていた。
下手に電源を切らなかったのは良い判断だ。最悪の場合、このデバイス内の情報が全て吹き飛んでしまうことだってある。
「はいはい、っと――――どうぞ。しばらくの間はぎこちないかもしれんが、そこは我慢してくれ」
「誰のせいだと……でも、桜の権限を乗っ取るって、貴方一体……」
「あれは二度とやらないし、やりたくないんで安心してください」
気の抜けた、ふざけたように返答するが、凛、ラニ、桜は唖然とした様子でこちらを見ている。
確かに馬鹿なことをしたとは思っている。けどそれなりに、やりがいはあったぞ。
「いや、そういう意味じゃなくて……そういえばこの前送りつけてきたサルベージデータもだけど――貴方、もしかして有能なの?」
「……やはり、チェス勝負のときに見せた実力は本物でしたか。魔術もハック技術も並より下辺りだと思っていましたが……」
「あ、魔術はホント、ゴミなんで。持ってる礼装とかも師匠からの貰い物だし、基本戦闘能力はほぼ皆無なんで」
攻撃系の礼装といえば、表側で購入した破邪刀くらいのものだ。
師匠から貰ったやつは高性能だが、先に述べた通り、燃費が悪すぎる。ちなみに破邪刀の方は魔術(物理)と化しているという酷い有様だ。
そういえば、岸波は迷宮で拾った空気撃ち系のものを使用していた。一の太刀なら購買にも売ってあるが……そんなものを買うためにサクラメントを使う予定はない。
「じゃあ次の質問。あのクレーターは……貴方の、サーヴァントが?」
「そうだ。おい、ランサー」
エルキドゥが霊体化を解いて姿を現すと、三人は今度こそ絶句した。
可愛さに心奪われたか――と一瞬思ったが、どうやら違うらしい。
「思ってたよりかわい……コホン、えーと真名は……串刺し公、じゃないわよね?」
「串刺し……?」
といえば、ヴラド三世……のことだろうか。
けどそのサーヴァントは――
「確かそいつ、
「そうだね。マスター、一度の戦闘に二度も宝具を開帳するのはもうやめようね」
それは大いに反省した。
当時は宝具を解禁されたこともあって、結構はしゃいでいたのだ。まだ制限あるし大丈夫だろ、などと調子に乗って全力で発動させまくった結果、例により魔力をかなり持っていかれたのである。まぁ、あの時は魔法石でなんとか絶え凌いだが。
「それに、貴方はバーサーカーのクラスでもありませんね。ランサー、でしたか」
「ん? あぁ、こいつのクラスは最初からランサーだけど」
「……どういうこと? レオの記憶が間違ってたのかしら……?」
? 何故そこでレオの名が?
ラニと凛の話の底が見えてこない。
ヴラド三世、バーサーカー。そしてレオの記憶……ダメだ、関連性が掴めない。
「――説明求む。少年王が、なんだって?」
そう言うと、二人は顔を見合わせた。
長い話になりそうな予感がしたので、そこで彼女たちの向かい側の席にエルキドゥと座っておく。
やがて、しばしためらった様子の後、彼女たちは「その情報」を明かした。
レオ本人が言っていた、自分とはもう表側の聖杯戦争、三回戦で戦い、勝利したという記憶。
その際の私のサーヴァントが、バーサーカーのヴラド三世だということ。
「――――」
それはつまり、記憶の齟齬。
三回戦で既に自分達はあのレオと戦っていた?
……そんな筈はない。そんな記憶はない。
三回戦の相手といえば――
「……私の記憶じゃ、三回戦の相手はアサシンのクラスだったんだが」
といってもアサシンの皮を被ったバーサーカーであったが。
ちらりと視線を隣のサーヴァントへ向けると、彼もうんうんと首を縦に振っていた。
何か――おかしくなってきたぞ?
「……BBによって、記憶がいじられてしまったのでしょうか。貴方かレオ会長、もしくはその両方の記憶が」
「可能性はあるけど……ねぇ、そのサーヴァント……ランサー、ちゃん? の真名は? 一応聞いておいていいかしら。あと、宝具は使えるのに、どうして今まで黙っていたのかも」
……一気に質問がきたが、凛たちの気持ちは分かる。
宝具も使える状態――つまりそこまで重い症状じゃないのに、どうして迷宮探索に付き合わなかったか、という当たり前の疑問。
姿を見せた以上、確かにもう黙ってはいられないだろう。
ふう、と息を吐いて気持ちを落ち着ける。
レオのことについてはひとまず頭の片隅に置いておき、なるべくすぐに、一言で事情を理解してくれるよう、話の順番を考えて――
「――岸波のサーヴァント、英雄王ギルガメッシュの親友だ」
口にした。
直接的ではないが、これで今までのこちらの配慮も分かってくれるハズ。
「……え、あいつに友達っていたの?」
「よし。なるほど。オーケイ。はっきり言おうか」
ですよねー!
それもまた当たり前の疑問なのだった。
確かにあんな傲岸不遜、傍若無人な奴に友がいるのかと最初に思う。
ランサーも苦笑を浮かべてしまっているし、さっさと結論を言ってしまおう。
「もう一度言うぞ。
「うん? 手始めにお互い、全力をぶつけ合っただけだよ。三日三晩戦っても、決着はつかなかったけどね」
アンダスタン? という目で三人を見やる。
要は、こいつとあの王様が会えば、この空間そのものが消し飛ぶ可能性があったから、あえて出さなかった、というわけだ。
……生徒会室が静寂に包まれる。突然の告白はやはり呑みこむのに、しばし時間を使うようだ。
やがて、合点がいったのか片手を額に当てる凛。
「なるほどね……確かに、それは……」
「……一理ありますね。しかし、貴方が説得して決闘を回避する、という選択もあったのでは?」
「無理だね」
「い、言い切っちゃいました!?」
しかも即答した。
そも、会ったらコイツだって説得より「戦いたい」という気持ちを先に持つ。
それは彼等によって、友が友としてそこに存在していると実感するのに一番手っ取り早い方法なのだ。なぜだ。
「とまぁ、私たちの事情はこんなところだ。質問があるなら答えよう」
答えるといっても、ほぼこちらの情報は出尽くした。
あとは彼女たちの判断に任せて待つ。
「――オーケー。とりあえず、貴方たちの事情は理解した。念のため尋ねておくけど、BBについての情報、もしくは彼女に関連する何かを知っているなら教えて」
「BBについては……裏側に落ちてくるとき、あいつに『衛士にならないか』って聞かれたな。けどそれは断ったし、すぐその後に令呪でランサーを呼んで、ここに来た」
「それは…………なんということでしょう」
オイ、どういう意味だラニ=Ⅷ。
SGか、SGが気になるのか。確かに岸波や桜、キアラは例外として、旧校舎側の女で私だけ迷宮の核にはされていないが!
「ってコトは、BBに対しての認識も、私たちと同じってことね。
じゃあ、今度はこっちの状況を説明するわ。桜」
「はい。この通り、今の生徒会には私たち三人しかいません。白野さんとギルガメッシュさんの行方もまだ掴めておらず、通信も試みていますが一向に繋がりません。
同様に、BBの反応もまだ感知していませんが、今朝の観測でサクラ迷宮が十八階まで拡張されたのを確認しました」
「恒例のBBチャンネルも発生しないので、白野さん達はBBに直接何らかの妨害を食らい、
「敵もまだ白野たちに構っているのかもしれないけど、迷宮が拡張された以上、こっちも何もしないわけにはいかない。効率を考えて、迷宮に行って少しでも情報を集めたい」
「だけど岸波がいない以上、生徒会側のサーヴァント、マスターはいないし、このままじゃ迷宮探索は進めたくとも進められない。そこで、動ける私たちが必要になる……と?」
「話が早くて助かるわ。こちらとしては、貴方たちも生徒会に入って、サクサク迷宮突破を目指してもらいところなんだけど……」
――ふむ、なるほど。
驚くほど、実に好都合な状況である。
「……分かった。迷宮探索には協力しよう。
ただし、その前にこっちにも要望がある」
何かしら、という凛の声。
それを聞き、情報を纏めて分かりやすいよう説明していく。
「私のサーヴァントは本来『英雄』じゃなくて『神霊』級の英霊なんだ。だから聖杯戦争に参加する時にも相当な制約をかけられてね。これは今まで英雄王と対峙しなかった理由の一つでもある」
「彼と戦うのなら、僕は万全の状態で向かいたい。けど、彼も僕もステータスがランクダウンしていた。
彼の宝物庫には時戻しの秘薬もあってね、出て行けばすぐに決闘は行うことができたけど、さっき言った通り、どう足掻いても周囲に被害が、君たちにも迷惑をかけてしまう。
……それに、僕がいるという理由だけで、彼が自分の現界を決めてしまうのは、君たちに失礼かと思った」
英雄王は初め、この出来事に退屈しのぎに参加した。
そこに親友がいるというのなら、間違いなく彼は岸波との契約を切ろうなどという考えはなくなるだろう。
しかし、エルキドゥは“それでは意味がない”、と思ったのか、あえて自分からは会いに行かなかった……というところか? 全て憶測に過ぎないが。
「要は、今のランサーを万全のステータスに仕上げたい。方法も掴んでるし、今はパワーソースも集まった。
だから、生徒会にはこいつの制約解除――魂の改竄を行う環境を用意してもらいたい」
「? 方法を掴んだ……っていうなら、一度は私たちの手を借りずに成功したってことでしょ? 最初の方法はもう使えないの?」
「最初は私のと、ジナコのデバイスを使ったんだ。けど、今の状態じゃあ部屋にも入りにくいだろ。だから、この機に生徒会に頼みたいってことさ」
無理に押しかければ可能かもしれないが、相手のことを考えると、流石にそんなことをするほどの勇気はない。
まぁ、ジナコに対する配慮である。
「ランサーを万全の状態にすれば、それだけ迷宮探索の効率も上がるんだし、むしろそんなことで協力してもらえるなら大歓迎よ。ただし、機械は壊さないでね?」
「win-winな関係、というコトですね。まさに理想的です」
――これで月海原生徒会との取引、もとい協力関係は成立した。
岸波が戻ってくるまでだろうが、今まで見てきただけの迷宮探索……少し、楽しみだ。
「……で、やっぱり五停心観の術式は必要なのか?」
「当たり前よ。衛士がいるんだから。はい、
「過去の経験を学習した結果ですよ。強引ですが、それで貴方にもインストールは可能な筈です」
「あ、あと、手に入れたSGをシールドに転送して消滅させる作業はこちらで行いますので」
……過去の経験、というのは分からないが。
なんだろう、岸波が迷宮探索を行うことになった理由がちょっと分かってきた気がする……