迷宮を進む。
危険と隣合わせだが、途中で礼装を見つけたりと探索自体は結構楽しい。
……ちなみに礼装はアリーナの階層データが表示されるものだったが、最高ランクの気配感知がある以上、私達には不必要なものだった。
「――ん」
シールドで道が塞がれている、迷宮の最奥らしき場所へと辿り着く。
そこにはやる気満々のエリザベートと、うんざり顔したシンジの姿。
その二人の後ろには、強烈な存在感を放っているものが設置されていた。基本的な外見はあの細い通路にあった大型エネミーと変わらないが、アレは……何か改造を施されているようだ。
「なんでお前が出てくるんだよ。お前を隠すために、こいつを用意したってのにさ」
「私の迷宮で私以外を目立たせるなんて観客に失礼でしょ。ま、このゴレム、派手なビームとか一杯出すみたいだし、今回は特別に許してあげる。ライブの前座に使ってあげるわ」
「あぁそうですか。
――エネミーが動き始める。
やはり戦闘らしい。
「ビーム……ってことはスキルか。ひとまず基本は坂道で戦ったときと同じ感じで」
了解、と言いながらエルキドゥが前に出る。
手を床へ触れさせると、そこから武具が生み出され、一斉にシンジタンクなるものに向かって射出された。
一方で、敵の方もそれらの刃達を撃ち落とすようビームを発射していく。
が、今回はこちらの数が多い。
備えつけられた砲台分しかビームを出せないシンジタンクと、床からほぼ無制限に武器を生み出せるエルキドゥとの差は明らかである。
ついでに言うと一度に行える動作も一つだけらしく、ビームを撃ち続けている間は防御体勢に入ることなく隙だらけ。なので――
「――――」
地から武器を生み出し、ビームと相殺させている間に、エルキドゥは素早くタンクの懐へ飛び込み、直接物理的な一撃を決めていた。
「しっ……シンジタンク――!?」
思いのほかいいのが入ってしまったのか、それともそれまで受けた武具のダメージが重なっていたのかは分からない。
ガシャン、と音を立ててシンジタンクはその動きを停止させた。
要は壊れた。
「な、中々見所あるじゃない……」
「嘘だろ……!? おい動け、動けってばシンジタンク! 僕に恥をかかせるなよ!」
苛立ったシンジが思わず蹴りを入れる。
……おいおい、壊れた直後の機械をそう乱暴に扱うなよ。
などと思った直後、沈黙したハズの巨体が振動し始める。
「あれ……さ、再起動した?」
「馬っ鹿、違うって!」
叩いて直るのは旧時代のテレビだけである。
タンクから黒い煙が出、バチバチと電気が漏れ出し始めた。
数秒先の未来を予測し、短い悲鳴を出してシンジはこの場から離脱していく。
残されたのはポカンと立ち尽くすエリザベート。あぁ、危ないなぁ、と思いながら、
「回収」
エルキドゥに指示を出した瞬間、その足元から鎖が巻きついた。
「っっ!!!?」
悲鳴を上げる暇すらない。
地面から生成された鎖は一瞬でエリザベートをがんじがらめにし、ポーンと上へと投げ出した。
瞬間、地上で巻き起こる爆発。シンジタンクよ永遠に。
一方、鎖から解放されるや否や、バサリと自前の羽を羽ばたかせて着地するエリザ。反射的な行動だったのか、いまだ口をパクパクさせている。
「やっぱ飛べるんだなあの羽……」
「彼女には竜の血が混ざっているらしいからね。多分あの角も本物だよ」
『ちょ、ちょっと! あんまり刺激したら逆にSGが……!』
慌てた様子の凛の声が通信越しに聞こえるが、大して真面目には考えない。なぜなら、
「い、今の……助けたつもりだっていうの? ファンのクセに、ファンの分際で……!」
「大丈夫かエリザベート。いやぁ、悪いな。
は……? と、一瞬の静寂に包まれる。
だが次の瞬間、狙い通り、みるみる内にエリザベートの顔が赤くなっていく。
そして同時、左手の疼きも始まる。王手まであと一歩。ここまで来たら何としてでも戦果を上げてやる……!
「ばっ……よ、よくも助けたわね! みなさい、この赤く高揚した頬を! 怒り狂った私は絶対に秘密なんて漏らさない! こうなれば私の勝ちね!」
「恨み言は聞かないぞエルキドゥ。お前、この間アイツの声綺麗だって言ってたよな?」
「敵も味方も利用していく君の手腕は流石だね……まぁ、マスターのためになるなら構わないよ」
『これが月成さんのやり方……』
『色々ねじくれてるわね……ま、効率としては悪くないけど、』
普通の乙女からしてみれば、まさに氷河期モノの所業である。
が、生憎と目の前にいる乙女は普通ではない。アイドルであり、竜であり、そして生粋の――
「“
『オーケー、そのままキメちゃって!』
凛の声が聞こえた途端、足がエリザベートへと引き寄せられるように地を蹴った。
左手がエリザの胸へと溶け込み、瞬間、彼女の嗜好が閃光のように脳裏を走る。
『SG判明しました! シールド、開きます!』
……これがSGの摘出。
なるほど、これは――あまり暴きすぎるもんじゃないな、うん。
「……貴方も相当アイドルの暴露話がお好きなようね。けど、いいわ。こんにちは、恋なんて絵物語に憧れていた新しい私。貴方、ただの豚じゃないようだし、ライブはここでお開きにしてあげる」
そう告げて、エリザのクォーターは砕け散った。
……SG以外であまり暴走したような様子がなかったのは、岸波じゃないからか。なんにせよ、結果オーライである。
『ミス月成、お疲れ様でした。少し先にチェックポイントがあるので、そこから校舎に帰還してください』
ラニの声に了解の意を示して歩き出す。
これが迷宮探索。少女の秘密。
……岸波、よくこなしてきたよなぁ。
❀
特にこれといったトラブルもなく、旧校舎へ帰還する。
肉体的ダメージはないが、流石に精神面での疲労はあった。
『最初はどうなるかと思ったけど、初めての探索にしては順調だったわね。記憶のことについてはもう大丈夫なの?』
「あぁ、それについては色々整理してから報告するよ――ま、言ってもあんまり得にはならないとは思うけど」
『そう。じゃあ気が向いたらでいいわ。今日はもう休んで、次に向けての準備を万全にしておいて』
凛の配慮はありがたい。
流石は副会長、気配りが細やかだ。
「……ていうか、あんまり驚いてないのな。BBの目的について」
『ま、最終的にはそうなるのかなーって、大体の予測はしてたからね。想定していた最悪の中の最悪なパターンが現実になっちゃっただけで、怖いだけで驚きはないわ』
そういうもんか。
それはそれで頼りになることこの上ない。ところで、
「一応聞くけど、岸波からの応答は?」
『……全然ナシ。でもあの子なら大丈夫。途中で諦めるような奴じゃないんだから』
『全く同意見です。レオ会長に任された身なら、むしろ帰って来ない方がおかしいです』
『…………はい。私の知ってる白野さんなら戻ってくるはずです――絶対に』
……随分と信頼が厚い。
確かに、奴はあのレオから次の会長職を任されている身だ――帰って来ない、なんてヘマはよっぽどのことがない限りしないだろう。
「……ってことらしい。エルキドゥ、戻ってきてもすぐに決闘開始、なんてことにはならないように」
「うん。なるべくそうならないようには……気をつける、よ。たぶん」
……いざという時には残りの令呪も消費する覚悟をしておこう。
古代人たちの決闘で全てが水の泡、なんて笑えない。
❀
「さぁーてと。死ね師匠」
「全然吹っ切れていないね……」
当たり前だ。
並行世界に送られてました、なんて事実、そう簡単に飲み込めるわけがない。
自室に戻るなり、これまでのことを整理していく。
私達がこの世界線に来たのは、裏側に落とされたとき。
そこからは制約を解除したいが為に、様子見を決め込んだ。
そしてつい先日、探索筆頭の岸波とギルガメッシュが帰ってこなくなったので、本格的に自分達が動くことになった……と。
「ジジイは『月の聖杯戦争を観測して来い』と言っていた……観測、か」
「確かその師匠さんは、自分が関わると世界線が確定してしまう、とも言っていたんだね?」
そう――だから弟子の私を送り込んだ。
しかし万が一のトラブルを回避するため、わざわざ虚数空間を「経由」するなどという、実にまわりくどーい方法を選んでまでここに送り込んだのだ。
「だけど――
私の起源が分岐……というのもきっと関係しているのだろう。
分岐。生まれるのはあらゆる可能性。
「いや……『逆』なのか?」
既にある可能性を――分岐させろとでも?
……自分でも何を言っているか分からなくなってきた。
人類が滅亡、ましてや地球が滅びる、なんてことになったら間違いなく抑止力が動くだろうに。
「つーかその場合、抑止力的立場なのは岸波が一番近いんじゃ……」
最弱のくせしてなぜか逆転する。
読者にも登場人物にも結末にも愛される――どこかの童話作家がそう言っていた。
もしも、この世界が何らかの原因で滅亡の危機に瀕したとする。
現状、それを引き起こせる可能性……ひとまずBBと仮定しよう。
ならば、BBを倒せば世界は破滅の危機を逃れられるともしよう。
彼女を唯一倒せる存在は――岸波白野だ。
その結末がバッドエンドであるはずがない。
英雄王と契約している彼女ならば、大団円な最後を掴み取ってくれるはずだ。
……だとしたら。
あえてここに送り込まれた自分は何なのか。
「――役割が分からん。なんだ、つまり岸波の動きを観察してりゃいいのか」
「けど、今は彼女がいない。そこで君が動き出したんだよね。僕もだけど」
「……じゃあ、私がいなかったら?」
別に私がいなくとも、まだ岸波白野は生きている。
なら凛たちはそれをただ待っていればいい話だ。
――待つ、とするなら。
岸波が帰ってくるまで、彼女たちは一体どれほどの時間を無駄にしてしまうのだろう。
「無駄にした時間が後に影響する……か。うん、その場合、生徒会はBBが中枢に辿り着くところに追いつけない、という可能性が出てくるね」
「……この世界線は、どう足掻いても滅びの運命しかないってコトか? んな馬鹿な。
……………………、あれ。
「あ、だから送り込まれたのか。なるほど、流石だねマスター」
「ちょ、ちょい待て。さらっと今解決したぞ。いいのかそんなんで」
いや――そう、ならば、なんとなく合点はつくが……
抑止力は?
「抑止力でもどうにかできない問題なんてあってたまるか……って、君は言ったんじゃないのかい?」
「ん、んん?」
可能性を分岐。
滅びしかないなんてあってたまるか。
……観測して来い、という言葉。
つまり自分の
「世界を――
抑止力には霊長と世界のものがある。
どちらも、その目的は現在の世界の安定した延長だ。
それを妨げる原因を、抑止力は排除する。
もしも。
もしも、今いる世界の運命が「滅びしかない」なんて可能性しか残っていないものなら。
世界線がその「滅び」に辿りついてしまったら、抑止力が働いてどうにか世界は安定する。
だけど、まだそれは「確定」したことではない。あくまでこれは予測に過ぎない。
だからこそ――今いるこの世界という一つの可能性が
「つまり……
「そもそも、君がこの世界線に辿り着いた時点で世界は分岐されるんだから、師匠さんの目的はもう達成されたんじゃないかな」
ってコトは、私は師匠に
それこそ馬鹿な。第一、抑止力は人間の目には見えない、認識できないものである。
私は人間を止めた覚えなんてないぞ。霊長の守護者なんて面倒なものやってられるか。
「だからさ。もう君は『あれが抑止力だったのかー』っていう時点にいるんだよ。この世界に着いたときに、師匠さんの目的――『可能性の分岐』は達成されたから」
「……お、おぉう」
抑止力は目には見えないモノ――そう、つまりジジイが抑止力につき動かされて私を並行世界に送っ……た……? まぁ師匠自身の考えがたまたま抑止力の動きと一致していた可能性だってあるが。
……つか、やっぱり私は他人の手の平の上じゃないか!
そして将来的に師匠を殴ることが決定したぞ。聖水ってどこに売ってるのかね。
「はー……結局、私は目の前にある目的を達成してけばいいってコトか。……あーあ、散々悩んで損した気分だ」
「そうかな? 少なくとも、君がやるべきことを見つけられたんだから、むしろ収穫だったと思うけど」
エルキドゥの言葉にそうだな、と答えてベッドへと寝転がる。
……色々と今日は疲れた。と思った途端、身体的にも精神的にも溜まっていた疲労が襲ってくる。
世界線だの未来だの確定だのと考えたが、結局最後はロクな事態にならない、ということが分かってしまった。
――どうか、この世界の未来がより良いものであるようにと、切実に願う。
何か矛盾点、疑問点があればご指摘願います。
矛盾が発見された場合は、どうにかこうにか辻褄合わせしますので……!