Fate/カレイド CCC   作:時杜 境

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食事会

 自室の扉を開けると、カサリと何かぶつかった音がした。

 

「…………手紙?」

 

 というよりは、招待状の方が近いか。

 差出人は書かれておらず、特になんの仕掛けも無いようなので、遠慮なく封を切って読んでみる。

 

『親愛なる生贄(ファン)

 先日は危ないところを助けて頂き、ワケが分かりません。

 しかし、最低限のお礼にと思い、試食を兼ねた【食事会】にお招きします。

 サーヴァントを連れず、一人で十四階までやってきなさい』

 

「毒殺アイドル、エリザベートより……って、これさぁ、破り捨てちゃ駄目かね」

 

「気持ちは分からなくもないけど、それはやめた方がいいと思うよ。どのみち迷宮には行くんだし、ひとまず生徒会の皆に相談してみたらどうかな」

 

 それもそうだな、と軽く頭に思い浮かんだ手紙の焼却計画を諦める。

 ここはエルキドゥの言う通り、誰かに相談するのが吉だ。

 

 

「コトミネー、ちょいと補充しておきたいアイテムが――」

 

「すまないが、今は売れる商品がない」

 

 購買へと近づき、返された言葉にはい? と首を傾げて商品棚を見ると、なるほど確かに、空っぽである。

 ……入荷でも遅れているのか?

 

「先ほど、間桐シンジが料理をすると言って全て買い占めていった。なので当店は現在、開店休業状態にある」

 

「料理って……オイ、ここって文房具もあったよな……?」

 

「推して知るべし、というところだろう」

 

 ……あぁ、もう嫌な予感しかない。

 結晶の塊が欲しかったのだが、ともあれ今日は手持ちを大事にするとしよう。

 

 

 ❀

 

 

「おはよ、昨日はよく眠れた? ……あれ、何そのメール?」

 

「毒殺アイドルからだよ」

 

 生徒会室に入ると、取引の時には見えなかった画面が映し出されているのに気がついた。

 あれは……地球の世界地図か?

 

「これは“七日後(セブンレイター)”、『BBがムーンセル中枢を侵食し、行動を開始したら?』という題目で、『その七日後』の地球環境を計算中です」

 

 ラニ曰く、桜との協力でムーンセルのスペックを推量し、その影響力を再現しているらしい。

 つまり、この画面はほぼ現実に起きる未来だと考えていいのだろう。

 

「……これが、七日後の時点なんだよな? もう40%くらい死んでるじゃねぇか」

 

 仮に十人の友人がいたとして、その内四人が死亡する計算だ。

 ……実感は持ちにくいが、絶望的な死の総数である。

 

「何度も再計算したけど、これが現実よ。加速度的に滅びの未来は確定していく」

 

 そうなれば、自分たちが聖杯戦争に勝って得るべき望みもおのずから意味を失ってしまう。

 人類が自分の欲望で自滅、命を放棄した末での滅亡など笑い話にもならない。というかそんな世界線など見たくない。

 

「――勝つしかないな。つか、ムーンセルと同化して、BBは正常な思考ルーチンを保てるのか?」

 

 BBは現在、裏側の90%を掌握し、あとは中枢を攻め落とすだけらしい――というのは、先日の改竄の時に聞いたこと。

 月の裏側の支配だけならともかく……ムーンセル全てとなると、人格基準が上書きされるのは明白だ。

 その問題に、彼女が気付いていないはずがないのだが……

 

「BBは自滅する可能性が高い……ってこと?」

 

「……今のところはそうでしょうが、しかし彼女が始めてしまったプログラムは止まりません。BBが理解していても、状況は同じです」

 

「なんにせよ、BBが中枢に辿り着く前に止めるしかないかぁ……」

 

 言いながら、凛とラニの向かい側の席へと座る。

 そこで今朝に起きた具体的な事情を説明し、どう思うかを訊いてみた。

 

「……エリザベート・バートリーは、錬金術の素養もあったと伝承にはありますが……」

 

「気をつけて月成さん。料理の中に魅了(チャーム)強制(ギアス)のプログラムが混じっていると思うから」

 

「だよな」

 

 どう見ても古典的な罠である。

 引っ掛かる方がどうかしているが――今回の場合、引っ掛からざるを得ない。

 

 早く帰って来い岸波、そして英雄王。

 親友のマスターが倒れたら、決闘も何もなくなるぞ。

 

「……そういや、桜は?」

 

「不要なデータが多くなってきましたので、内部データの整理を。保健室で軽量化中です」

 

「休憩してほしいって言わないと休まないのよあの娘。……その、BBが裏側を侵食する過程で、SE.RA.PH(セラフ)の色んなシステムが変化しちゃったの。だから――」

 

「裏側はBBの価値観の方が正常とみなされ、私達に協力する桜の姿勢は違法行為に該当する……か?」

 

 今まで桜は何度か倒れている。

 それに取引の際にも見たが、彼女の髪は段々色素が抜けるように変質していっていた。

 旧校舎のシステム維持や、迷宮探索のバックアップは、桜にそれほどの負担をかけてしまうもの。

 つまり、こちらの味方である限り、彼女は少しずつ壊れていく、ということだ。

 

「……白野が帰ってきても、彼女には言わないでおいて。桜から口止めするよう、何度も言われたの」

 

「迷宮は残りわずかですが、その分危険度は折り紙つきです。オペレーションは万全の状態で行いますので、貴方も油断しないよう、迷宮攻略をお願いします」

 

「オーケイ。あ――それと、記憶に関しては全部解決した。……気を遣わせて悪かったな」

 

「それは良かったわね。詳しくは……まだ言えない?」

 

「岸波が戻ってきたら洗いざらい話すし、それまではそっちの要望にもしっかり応えさせてもらうよ。んじゃ、さっそく行ってきまーす」

 

 席を立って、生徒会室を後にする。

 桜のことは気がかりだが、私が行っても意味はない。

 本来、この場にいるべき人物は岸波白野。

 私はその開いた穴を埋めるべく、自分の思うままに行動すればいいだけだ。

 

 

 ❀

 

 

 相変わらず、神殿は重苦しい空気をまとったままだった。

 さて、招待状に場所の指定はなかったが、ここからどう動こうか。

 

「向こうから来るよ、マスター」

 

 エルキドゥの声が聞こえるや否や、目の前にエリザとシンジが現れた。

 

「――ごきげんよう。招待状を受け取ってくれて何より、今日は朝・昼・晩にちなんだ食事を味わいなさい」

 

「……本命は岸波なんだろ? 試食って書いてたけど、そんなことやる必要あるか?」

 

「もちろんあるわよ。ま、昨日の助けてくれたお礼もあるし? ついでに料理の感想を聞きたいの。試食だからって手抜きなんて真似はしてないから、安心なさい」

 

 一体どう安心しろというのか。

 彼女の後ろにいるシンジの顔も青ざめてるし、悪いことしか想像できないのだが。

 

「まずは朝のテーブルよ。さ、ついてらっしゃい」

 

 先導するように迷宮奥へと消えるエリザベート。

 行きたくないなぁ、せめて桜から胃薬を貰ってきた方がよかったかなぁ……

 

 

 時折襲って来るエネミー達を沈めながら、迷宮を走っていくこと約五分。

 通路の先、少し開けたフロアに、迷宮には場違いな真っ白なクロスがかけられたテーブルが設置されていた。

 

「ようこそ、朝の食卓へ。最初は駝鳥肉のボロネーゼ。駝鳥を刺し殺すところから自分でやったのよ」

 

 ご丁寧にどうも……と改めてテーブルの上に乗った――真っ赤な料理を見つめる。

 これアカンやつや。

 直感も本能も理性もそう告げている。別に無理して食べる必要はない。

 

「で、何を企んでるんだ?」

 

「えっ……嘘!? あの完璧な招待状と、私の謙虚な態度にバレる要因なんてなかったでしょう!?」

 

 最初からアウトである。

 こんなんで騙されるほど私も馬鹿じゃない。

 

「で、でも貴方に拒否権はなくてよ! なぜなら――」

 

 エリザベートとシンジの背後、どっかで見た厳重な扉がその先の道を塞いでいる。

 あれは……確かラニの階層で見た……

 

「えっと……? 脱衣式ナントカだっけ?」

 

「これ、もう改造済みだから全自動完食式だよ。……うっぷ」

 

「そう、つまり貴方が完食しないと先に進めない。だから食べなさい。今の貴方にはそれしか選択肢はないわよ!」

 

「待った。完食する、というのが条件なら僕が食べてもいいんだよね?」

 

「残念だったな。その料理データは月成しか消化(デリート)できないよう利用者権限をかけてある。他の奴じゃ駄目だ」

 

 くっ、無駄に用意周到じゃないか間桐シンジ……!

 こんなところで細かいところに気を利かせなくたって……

 

「さ、覚悟を決めて食べなさい。天国に行くような体験が待ってるわよ?」

 

 それどういう意味で言ってるんだか。

 しかしこうなってしまうと、食べる以外の選択肢が思い浮かばない。

 ……まぁ見た目だけは赤いだけで、悪くはないし、大丈夫……かな?

 

 渋々ながらも席につく。

 うん、異臭もしないし、多分…………い、いけるか?

 

「――いただきます」

 

 礼儀よく、日本式挨拶をして用意されていたフォークでスパゲッティを口に運ぶ。

 瞬間。

 

 ミチの感カクが、ゼン身ヲ 襲ッタ。

 

 

「ま、マスター!? 今一瞬だけ気配が別のモノに……!」

 

『いけません! バイタル、マッハダウンです!!』

 

『これは毒――ではなく、純粋な“不味さ”のようです』

 

『嘘でしょ!? 不味さだけでこんな数値のダメージ叩き出したの!?』

 

 …………壮絶だった。

 甘いとか辛いとか、そういうレベルの話じゃない。

 全身が異物を拒否し、胃が蠢いて汗が噴き出しているが、食べる速度を緩めてはならない。

 少しでも止めてみろ、一瞬で胃が逆流するぞ、と自己暗示を唱え続けて、それらを胃袋に押し込める。

 

 掠れ掠れの声で、「……ごちそうさま」と言って席から立つ。

 嗚呼――岸波よ、貴様早く戻って来い。この爆殺料理を本来食うのはお前なのだから……

 

「ど、どうかしら? もちろんその涙は喜びの涙よね?」

 

「テロい」

 

 酷いのだ。

 これはもはや破壊活動の域。

 料理としての美味い、不味い、評価はできない。

 

「なん、ですって……!?」

 

「……お見事だよルツ。君ならギルも、僕に相応しいマスターとして認めてくると思う」

 

 ――しかし、今のは()()食卓。

 こんなのは序の口。お次は昼食……すなわちメインなのである。

 

「つ、次。次よ! 次こそ貴方の期待を裏切らないわ!」

 

 言うと、鉄の扉が開いた道の奥へと走り去っていくエリザ。

 付き人のシンジもその後に続こうとした直前、

 

「お前……すごいな」

 

 別にそこまでありがたくもない賞賛の言葉を言って駆けて行く。

 

 ……胃袋は爆発しなかった。

 それでもエリザベート、本当は金星辺りの全く違う文化圏の英霊じゃないのか? などと疑ってしまうくらいにはえぐい料理であった。

 まぁ、あまりの衝撃で罠もまともに発動しなかったし、とにかく今は先へ進むとしよう……

 

 

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