――女の話をしよう。
◈
自分の家が魔術師の家系、ということは母から何度か聞かされたことだ。
しかし、祖父の代で魔術刻印は破棄され、魔術の修行だとかも止めてしまったのだそう。
代わりに、そこから祖父は道場を立ち上げて我が家は武道の道に進んでいった。孫の私もそれなりに鍛えられた身である。
「別に私は魔術を学ぼうと思わなかったし、親からも学べ、って言われなかったから、高校までは至って普通の生活だったよ。
あぁ、でも父親は魔術なんて訳の分からないものが怖くなったらしくてな、私が物心つく前にはもう家から出て行ってたし、母親の方はアムネジア……なんとかっていう病気にかかって小学生の時に亡くなった。だから、実際育ててくれたのは爺さん、ってわけ」
といっても、高校卒業の一年前に寿命が尽きてポックリ逝ってしまったのだが。
高校生活は楽しかった。
話の合う親友もできたし、交友関係もそこまで悪いこともない。
家では普通に勉強や、息抜きに携帯ゲームをプレイ、漫画も読んだりして、たまにハッキング技術を上達させていったりした。
事件が起きたのは卒業式当日のことだ。
「テロか」
「その通り」
卒業証書を受け取って、家に帰る途中のことだった。
いくつもの爆音、銃声が響いて街は一瞬で戦場と化した。友達に電話しても繋がらない、仮に繋がったとしてもそのまま応答なし。
そして訳も分からず――パニックの状態になった私は知った顔を捜すため、炎に包まれた街を駆け回ったのだ。
よくよく考えればただの自殺行為である。
それでも、運よく銃撃戦に巻き込まれることなく、私は一人だけよく知る顔を見つけることができた。まぁ、そいつもろくに会話できないまま眠ってしまったのだが。
「そん時は身内を看取ったときよりも堪えてなぁ……ショック受けて、一気に頭が冷めたんだろ。気がついたら自宅前に立ってた」
後から知ったのだが、テロの発生場所は高層ビルが立ち並ぶ中心市街地だったようだ。まったく迷惑極まりない。
翌日になると西欧財閥から、保護下に入りませんか、という内容のメールが届いた。いや、前から届いてはいたのだが、ずっと無視し続けてきていたのだ。
荷物をまとめて、手続きしてしまえば安全地帯に行ける……判断を決めるのは早かった。
だが、
「道場や家の中を改めて掃除してたらな、地下に通じる階段を見つけたんだよ。そういや私ん家、魔術師の家系だったなー、って思い出してさ」
私の家が傷一つついていなかったのも、何かの結界が張ってあったからだろう。そこら辺、魔術師をやっていた曾祖父に感謝したのを覚えている。
「入ってみたら案の定、魔術工房よ。けどトラップとかまるで無くてさ、パッと見はただの書庫。だけどよくよく見ると、それ全部魔術関係の本だったんだ」
そう、魔術師としての活動はやめても、“かつてそうだった”という証拠を完全に無くすことはできなかったのだ。
祖父があえて残したのか、単に気付かなかったのかは永遠の謎だが。
……そして私は「魔術」というものを思い出し、何を思ったのか、
「
「――――」
聞き手の顔が呆れたような、落胆したような表情になる。
気持ちは分かる。話している私も同じようなことを思った。
死者の蘇生。
それはもう魔術ではない、魔法の領域だ。
しかし当時はロクに魔術世界のことも知らない自分だ、まだ魔術と魔法の違いなんて分からなかった。
……だが、本当にあの時の決意の固さと強い執着心はなんだったのだろう。
魔術師の血が疼いたのか、それとも、それほど奴にもう一度会いたいと願っていたのか。
そこからは西欧財閥の保護は断り、半年ほど書物の解読に時間を使ったが、結局、死者蘇生の法は分からず、それ以前に全てを読破することさえ叶わなかった。
成果といえば、その過程で魔術回路を開き「強化」を習得したことと、魔術協会、聖堂教会といった魔術の世界についての知識。
なので、次に私は
目的は死者を蘇らせる方法の探究、そして魔術の師を見つけること。
けれども中国へ密入国し、紛争地帯を突っ切っていた途中で――臥藤門司と
「妙な言い方だな」
「うん。私さぁ、そいつと話したら人生観が塗り変わっちゃったのよ。“全部間が悪かった”ってな。だからそこであっさり蘇生法の探求は諦めた」
今まで行ってきたことが馬鹿らしく思えた。「目が覚めた」、と言ってもいい。
とにかくそこで、最初に思った願いはなくなった。後に残った目的は、魔術の師を見つけることだったが――
「折角海外に来たんだし、って観光気分で適当にフラつき始めた。紛争だのなんだのやってたけど、大半は電脳戦だったっぽいし」
行き当たりばったりである。
計画を立てるのは正直苦手なのだ。
「その後、本気で死んだわ、って思ったのはイラクで死徒に襲われた時だな。血の匂いが気になって路地に入った私も馬鹿だったけど――それが私の人生の転機でもある」
「例の魔法使いか」
ご名答、と言って話を続ける。
死徒に襲われた時は、持っていた武器と自身の身体を「強化」し、幼少に叩き込まれた運動能力を駆使してなんとか応戦した。
しかし、向こうの数が多すぎたのだ。
一体だけならば、ギリギリ生き残れる可能性はあったものの、後から一気に五、六体出てきたときには本気で死を覚悟した。
――が、今でもその時何が起こったのか分からない。
いつの間にか、目の前にいたのは黒い衣服を纏った老齢の男性。
瞬時に理解できたのは、その人が死徒を
助けられた、というより、単に邪魔なものを取り払っていたような気がした。
そして何の気まぐれか――最初に彼の口から聞いた言葉は、
「『お前さん、今から儂の弟子な』……だってよ」
「ふむ、行動倫理が破綻している人物とみた」
大体あってる。
あまりにも唐突過ぎる台詞で何を言われたのか理解するにも時間がかかった。
理由を訊いてみたこともあったが、大体は「なんとなく」とはぐらかされた。最近思い当たった、唯一“それっぽい”理由は私の起源なんじゃないだろうか。
……別に、弟子になれと言われて「嫌だ」とは一言も言わなかった。
別段、行くところもなかったし、家に帰ったところで、あとは引き継いだ遺産で日々を食い繋ぐことくらいしかない。
というよりまぁ、丁度魔術の師を探していたんだし、良い機会だと思ったのだ。
その後はしっかり衣食住が整った場所を用意してくれたし、師匠らしく魔術の指導もしてくれた。
……魔術の才はほぼない、という評価もされたが。
「魔法使いとしての弟子ではなかったのか?」
「あぁ、なんか最初に『魔術師と魔法使い、どっちがいい?』みたいな質問されたけど、違いが分かってなかったから即行で『魔術』って答えたよ」
そっちの単語の方が聞き慣れてたし、魔法とか面倒そうだったし。
彼の弟子になって、この世界の「魔術」についてやっと理解が及んだ。
メイガスとウィザード。
当時私が使っていたのは旧時代の方の魔術だったらしい。
神秘の時代が完全に終わったのは、イギリスで行われた大規模な儀式がきっかけ。
魔力は枯渇し、
今は魂を霊子変換できるウィザードの時代。
ハック技術に手をつけていたことが、まさかこんなところで役立つとは思いもしなかった。
ちなみに魔術と魔法との違いも分かったとき、過去の行いは完全に黒歴史化した。人生観を変えてくれたガトーには本当に感謝してもしきれない。
「とまぁ、後はこうして月の聖杯戦争に参加させられたワケさ。どうだった?」
「旅に出ようと思うほど、強く思った目的をあっさり諦めてしまうのはいかがなものか。そして魔法使いの登場が唐突過ぎるな。伏線も何もない。ご都合主義か、それとも『運命』だと言うつもりか?」
容赦なく批評してくるのは先までの話の聞き手、アンデルセン。
場所は図書室。机を挟むように向かい合い、私達は言葉を交わしている。
しかしここまでハッキリ言ってくれるといっそ清々しい。
だが、こちらも言い訳を述べさせてもらう。
「前者はなー……もう納得しちゃったんだよ。アンタとしてはもっとずるずる引きずって欲しかったのか?」
「引きずる、というより諦めるのなら結果を出してからにしろ。せめて方法を見つけるか、独学で方法を確立させるか。人生観を変えられた程度で諦めるとは、それほどその『親友』とやらに会いたいと思っていなかっただけだろう」
「……そうかもな。けど、あそこで諦めていなかったら、魔術協会が解散してるって事実を知らずに西欧財閥に捕まって殺されてたかもしれない。
あと後者の方は『死徒に襲われたところ、助けてくれた人物が実は魔法使いだった』というのが近いぞ」
「唐突に大人物に出会い、唐突に弟子扱いか。なんだそれは。面白くない。お前の人生は唐突なことばかりなのか」
「知らんよ。まぁ、魔術の腕を上げたい、って思ったのは確かだし。実際、そこで死徒を片付けてくれなかったら、私はここにいないし」
「……血の匂いが気になって、か。その好奇心旺盛なところは魔術師らしいといえば魔術師らしいか。お前も自分から面倒事に首を突っ込むタイプのようだな」
それは遠まわしに岸波と似ている、と言いたいのか。
けど彼女と私は違う気がする。
私はサーヴァント同士の衝突を恐れた、というのもあるが、彼女は最初から生徒会に協力的だった。
一方のこちらはバックアップにも参加せず、ただただ迷宮探索の様子を眺めていただけである。
「まるで『サーヴァントが露見するような可能性』を避けているようだな。早々にバレていたら、まずお前の首が飛んでいただろう」
「……あ、そうか。英雄王を納得させる、あるいは見逃してもらう程度の働きをしてから表に出した方が、死亡率は低くなる……」
バックアップに参加……していたら、あの王様と太陽の騎士の口論でエルキドゥの存在がバレてしまっていたかもしれない。
今でこそ、決闘は回避したが、最初に出していたらBBの警戒度は跳ね上がるわ、私も岸波も死んでいた可能性もある。
英雄王と岸波に十分な信頼関係が築かれ、
まるで、何かの意思のように。
「でも、いま深く考えたってなぁ……っと」
端末に連絡が来た。
どうやら機材の用意ができたらしい。
「話は終わりか? ならこれで俺もお役目御免だな。そら、ネタ提供の代金に俺の宝具を教えてやろう」
そう言って、やはり名刺交換のように宝具の情報が渡される。
…………「貴方のための物語」? 対象の人物を「理想の自分」にする能力……
「とんだチート宝具じゃねぇか」
「見方によってはそうかもしれん。だが世は既に退廃と凡俗の地獄。書くに値する人間などそういない」
そういうもんかねぇ、と呟きながら席を立つ。
アンデルセンとの対話は中々に面白く、楽しい。それはこの英霊の本質が「拒絶」ではなく「理解」というのもあるかもしれない。
毒舌を飛ばす奴だが、その言葉は的を射たものばかりだ。流石は人間観察Aランク。
「……しかし、事は世界の存亡にまで発展したか。お前達も難儀なものだな」
「分かってるなら手伝えよ童話作家。それとも何か、アンタは世界が滅んでも構わないと?」
「俺は捻くれ者だが、これを良しとする程ろくでなしという訳ではないさ。
……世界を殺したいと思うほど、個人を強く愛する何者かがお前達の敵だ。くれぐれも、最後の道を見誤るなよ」
アドバイスありがとう、と軽く手を振って別れる。
彼からの言葉を胸に刻み、そして歩き出す。
――もう二度と、その姿を見ることがないようにと祈りながら。