サクラ迷宮十五階、踏破完了なのだった。
……にしては早い。エリザやシンジの姿も見えなかったぞ。
生徒会室に戻ると、早速迷宮探索が開始された。
エルキドゥは何故か霊体化――聞くところによると、購買で激辛麻婆というのを食してしまったらしい――のままで、きっと私の背後か隣の席に座っている。
あと迷宮の英雄王がちょいと青ざめてた気がした。ホントにそんな気がしただけだ。
今回の迷宮のマップ自体は狭い。少なくとも私達が探索したフロアのよりずっと狭い。
シンジがエリザを隠したことも考えられるが……迷宮の核を完全に隠すなんてそうできることじゃない。
「――ッ! 白野さん、後ろです!」
桜の声に岸波が振り向いたとき、既に「ソレ」は迫っていた。
足を武器に扱い、串刺しにするつもりだろう――が、直前でギルガメッシュが攻撃を防ぐ。
『貴様、もう一体のアルターエゴか』
『ふふ、よく防いだわね。アナタも特別と認めてあげる』
岸波たちがいる方面へ向かって華麗に一回転する形で飛び上がり、シールドを背後にして着地するアルターエゴ。
黒いコートに、棘がある
……あと妙に下半身の露出が多い。本当にギリギリである。
『はじめまして。私はアルターエゴ、メルトリリス。……白野、アナタの本当の理解者よ』
メルトリリス――まさかエリザベートの領域で奇襲してくるとは思わなかった。
しかし理解者、というのは一体……?
『これは驚きだ。しかし我が知る限り、マスターと貴様はこれが初の顔合わせ。なにをもって理解者と語る?』
『決まっているわ。私は岸波白野のすべてを、貴方は私のすべてを知ることになる。
……本当は、もっと早く迎えに来たかったのだけれど、BBったら貴方を独り占めして、探索には全く別の奴が来るんだもの。それにここはアノ子の領域だし、BBの目を盗んで侵入するのも楽じゃない』
岸波白野を知るためだけに、自分の意思でここまで来た。
彼女といい、BBといい、パッションリップといい……岸波への執着が尋常じゃない。まぁ、その大体の理由は予想できているが。
『やっと会えたから今すぐ私のモノにしたいけど……この一分だけ、猶予をあげる。BBの役割は終わった。ことによっては貴方さえ消しにかかるわ。けど私がBBから貴方を守る。だから、』
私にすべてを捧げる気はあるか――などと。
イエスかノーか、わざわざ答えを聞いてきた。
『……ノーだ』
『その答えも楽しいわ。いい、ありすと同じにしてあげる』
ありす……そうだ、あの白黒の少女たち。
全く出てこないと思ったら、メルトリリスに捕まっていたのか――
『白野、アレは貴様の意見など求めていない。何を返そうが答えは決まりきっている』
『うるさいサーヴァントね。白野は私が管理するの。ここで石榴のように散華なさい!』
――戦闘が始まった。
しかしどういうカラクリか、攻撃こそ当たるものの、メルトには傷一つつけられない。
確かに戦力では向こうが勝っているだろう、だがここまで圧倒的な差はおかしい。
BBと同じようなスキルを、彼女も持っているとでも……?
『私は無敵――そう、ムーンセルにおいて私を傷つけられるモノはなくなった。それなのに、まだ貴方は私に逆らうのね』
圧されながらも、ギルガメッシュは体勢を立て直した。
……自身を改造したか、それとも他の手段を使ったか。
自分を変える以外の手段――世界のルールにでも手を出したのか?
『ねぇ、どうして抵抗するのよ白野? 楽園に案内してあげるのに、嫌がる理由が分からないわ』
『……その楽園がどれだけ甘くても、仮初めのモラトリアムに安住することはできない』
地球の人々を見捨てて、となれば尚更のこと。
そう岸波は言い切った。
『いい答えね。その返答の方が興奮するわ。私、
ピリッ、と画面越しだが、自分の左手に施された五停心観も僅かながら反応した。
――すなわち、SGの判明である。
『……まぁいいわ。お近づきの印に持っていきなさい』
あっさりと秘密を渡すメルトリリス。
情報を入手できたのはいいが、やはりアルターエゴはクォーターのように消え去ることはない。
『私はリップとは違う。やると決めたのなら――確実に終わらせるわ』
彼女の両足に更なる力が籠められた。
襲撃時に見せられた瞬発力の再現……まずい、今あの勢いで攻められたら――
「ラニ、
「アルターエゴの持つ力場の影響でログアウト難度が上昇。生徒会室の計算出力を全て投入――出ました、転送まであと60秒」
『瞬きの内に終わらせてあげる。メルトの蜜はサーヴァントすら溶かしきるんだから』
溶かす……サーヴァントを?
能力のヒントなのだろうが、いずれにせよ攻撃が無効化されるのでは勝ち目がない。
何か、転送時間を短縮する方法は――
『後ろだ。下がりなお嬢さん』
そんな声がしたかと思うと、画面――に映る迷宮の広間が禍々しい色で染められる。
今のは……サーヴァント、だろうか?
緑の霧に紛れて岸波たちの反応が勢いよくアルターエゴから離れていく。
その間、メルトが「誰か」に向かって攻撃したような動作をしたのだが……いや、今は岸波たちに集中するとしよう。
「――検証終了。強制退出、実行します」
迷宮から岸波の反応が消える。無事、校舎に戻ってきたのだろう。
と、同時に心配で迎えに行ったのか、桜も何処かへ転移していった。まぁ、自分たちがスキャンするより彼女が看た方が早い。
「どう、桜? あのメルトリリスって奴、妙な口ぶりだったでしょ。白野とギルガメッシュにおかしな傷はない?」
『あ、はい! ……よかった、お二人とも異常ありません。ですが、精神面での疲労が目立ちますので、少しお休みするべきかと』
凛からの通信に、そう報告する桜。
迷宮自体は狭く、本来の敵であるエリザベートの反応は確認できなかったが、確かに向こうもこちらも緊張の連続だった。
岸波が休んでいる間、私たちはメルトリリスの解析だ。いずれは戦うことになるのだろうし。
「SGの他に、彼女の戦闘スタイルからマトリクスを入手しました。ですが、あの無敵性は解析できません。今後の情報収集に期待します」
「ってことは……今できるのはジャミングの強化くらいだな。もう少し上げておくぞ」
『ジャミング……? 先輩が、メルトリリスに居場所を発見されないように、ですか?』
「ミス遠坂の発案です。既にそちらへ生徒会室の4%の出力をまわしています」
「だけど今のレベルじゃ、エゴ相手には厳しかったみたい。よろしくね、月成さん」
はーい、と返事しながらジャミング作業に移る。
凛曰く、長いことゲリラやってればこれは常識なのだとか。大変参考になるので頭に叩き込んでおく。
『ありがとう、凛。皆も、自分は見えないところで助けられてばっかりだ』
「こ、これぐらいフツーよ。ともかく早くマイルームに行ったら? 休息は万全にね」
『あのー……エリザベートさんのことはいいんですか?』
「あの娘はそう脅威ってわけでもないし。その場のノリで対応すればオーケーじゃない?」
全く同意見である。
確かに今はエリザのSGを手に入れなければ先に進むことはできないが、対策はそれで十分であろう。まぁ、油断は禁物というのには変わりないが。
岸波は一旦自室へ戻り、自分は任された作業をこなすと、生徒会は作戦会議に入った。
議題はBBへの対抗策とメルトリリスの解析。
BBについてはまだ情報が足りないが、アルターエゴについては先ほど取れたデータから打開策が提案された。
「あの無敵性が特殊なスキルであることは明白。ならば、そのスキルの元になったサーヴァントを探し当てれば、おのずと対策は見えてくると推測します」
アルターエゴはサーヴァントの複合体。
メルトの元になった女神たちの中に「無敵」の属性を持つ者を見つけることができれば、弱点が分かるかもしれない――という話。
「まずは桜が迷宮の十六階にアクセス、その後にムーンセルのライブラリから彼女の構造と一致する女神を検索するわ」
迷宮そのものがそのアルターエゴなのだから、パーソナルデータを探るのは十分に可能。
……とんでもない離れ技を思いついたものだ。流石は生徒会の副会長と会計係。
「で、当然私も参加すると。けど大丈夫か? 向こうから攻撃されたら元も子もないぞ」
「確かにリスクは伴いますが……しかし、これが唯一私たちの考えられる方法です。それとも、ミス月成には他の方法が……?」
「ないです。私は防御を固めておくから、どうぞよろしく」
生徒会の回線も少し複雑なものにしておくか。
万が一のときに、少しでも時間稼ぎになってくれればいいのだが。
❀
数時間の休息の後、岸波も生徒会室に呼び出し、方法を説明した。
桜を心配していたようだが、岸波が生徒会室にいる以上、迷宮探索にて行われている分のタスクはなくなる。……まぁ、彼女が限界に近いことを承知の上での作業だ。早めに終了できるよう努めるほかない。
「それでは、迷宮にアクセスします。皆さん、データ送りますね」
さすが同型機、繋がるのは一瞬だ。
凛、ラニ、そして私の画面にもアルターエゴの波長が映るが、さっぱり分からない。魂のDNAパターンのようなものだから当たり前のことだが。
「――出ました。一致した検索結果、103件」
データを取得できても、全て解析するには生徒会のリソースでも十年はかかる。なので、時間がない今は「同じ波長のもの」を探すのみ。
彼女の構造と一致する女神。英雄もそうだが、神も星の数ほどいるものだ。
「無敵性……ってあれ、どこにもないけど……?」
どれを調べてみても「無敵」という属性は見当たらない。これ、本当にメルトリリスのものだろうか?
「え? そんなハズ……あれ? もう一度調べて……異常なし……エゴ自身に、違法改造なし……」
「はぁ? デフォルトで無敵だっていうのアイツ!? そんなのあり得ないって!」
凛の言うことは分かるが、メルト自身に異常がないとすると――
「も、もう一度、より深く調べてみます! そうすれば――――きゃ!?」
瞬間、桜の身体が何かに弾かれるように跳ねた。
これは――霊子データへの直接の
『回線は中々複雑になってたけど、無駄よ。だって貴女たちの方からアクセスしてきたんだもの。逆に辿れば、やり返すのは簡単だったわ』
どこからかメルトリリスの声が聞こえた。
校舎への侵入、ではなく音声だけのようだ。
「三重のブラックアイスがほぼ同時に溶かされてる……!? 迂闊だったわ、回線を通して桜にアクセスされた!」
「どういうハッキングだよ……とにかく、桜。お前の自我領域をプロテクトするぞ」
「はい……お願い、します……!」
目でラニに合図し、桜の凍結を実行する。
だが、もうメルトからのウイルスは注入されてしまっている。完全停止させて浸食を抑えても、いつまで保つか分からない。
『その女はもう私のものよ。このムーンセルと同じように、いずれは私の一部になる』
メルトリリスの一部になる……ということは、彼女のスキルはドレインか。
それも、これはただのドレインじゃない。
『私のスキル、オールドレインはパラメーターはおろか、レベル、パーソナリティーすら奪う毒の女王。しかもその女に与えた蜜にはとっておきの蜜蜂を混ぜてあるの』
……停止したはずの体内で、何かが活動している。
このままだと、メルトリリスにいずれサクラの意識は取り込まれてしまうだろう。
『これで先に進む術はなくなったわ。あとは高みの見物ね。ここで私のもたらす完璧な福音を震えて待っていなさい』
メルトからの通信が途切れる。
そう、桜のサポートなしでは迷宮を突破することはできない。
彼女がアルターエゴの手に落ちてしまえば、自動的にこちらの敗北は決定する――
「霊子化電脳体へのハッキングなら、殺生院キアラに知識があるはずです」
ラニの口から出た「その名」にピクリと自分の肩が震えた。
……キアラが国際手配を受けた原因。
それは他人の電脳に侵入し、自在に交信、管理する禁断のコードキャストの開発だ。
「『
危険ではあるが、桜を救うためにはそれしか方法はない。
提案を聞くや否や、岸波は生徒会室を飛び出していった。
殺生院キアラ――聖人などと呼ばれる彼女でも、何の見返りもなく人を救うことはないだろう。
果たして岸波はどんな要求をされるのか、その点だけが気がかりでならない。